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「ふあー。朝か」
取り敢えず、ステータス確認。
田坂悠馬 25歳 男
種族 :人間
MP :20272/20272
筋力 :24
生命力:26
器用さ:36
素早さ:24
知力 :91
精神力:100
持久力:31
スキル:言語自動変換
パラメーター上昇ボーナス
小物生産
異次元収納
鑑定
上がっていたのは、MPが+6750。筋力、器用さが+1。生命力、素早さ、持久力が+3。知力、精神力が+10。
やはりと言うか、戦闘に関する項目の上りが悪い。昨日の狩りはほとんど付いて行くだけだったので仕方がないが、これからも狩りの度にこうなるのでは問題がある。何かしら狩りの日でも能力値のアップを図れる方法を考えないと。
かと言って、マッチョみたいにずっとトレーニングをしていてみんなから暑苦しいと思われるのも嫌だ。
重りを着けて行動することも考えたが、万が一のことを考えると動きを阻害する物を身に着けるのは避けた方がいいような気がする。
それならまだ重い金属製の鎧を纏う方がましだろう。
ただ、他のみんなが厚手の服のような軽装備なのに、戦わない俺が重装備なのも変に目立つのでやりたくはなかった。
「あ、単純に狩りから帰った後でトレーニングすればいいか」
狩りから帰ってきても風呂屋が閉まる午後十時まではかなり時間がある。
昨日のように剣術道場で一時間程汗を流しても二時間くらいはあるはずだ。
その時間を使って筋トレなどをしていこう。
異次元収納内のスライムは処理出来たが、やはり自分で倒せるようになりたいから。
取り敢えず、今日の予定では街から出ることはないので、手足に重りを着けて過ごすことにする。
俺は早速生産ブロックを出し、手足に着ける重りを作り始めた。
生産ブロックに皮と石を送り込み成形を始めたのだが、目視だけではいまいちサイズが掴めないので生産ブロックに左腕を入れてみる。
生産ブロックに入った腕はラップでも掛けられたような感触があった。
「へえー、不思議な感じだな」
色々腕を動かしてみるが、生産ブロックに入っている場所だけラップが掛けられたようになるのは不思議なものだ。
まあ、ずっとやっていても意味は無いのでさっさと生産の方に戻ることにする。
そう思い、腕に纏わりつかせるように皮を張ろうとしたが出来なかった。
どうやら腕を入れたままでは加工は出来ないらしい。加工する物も、それ以外の物も、生産ブロックに収まっていないとダメなようだ。
仕方なく腕を抜いて皮と石を加工していく。
ある程度形が出来たところで止めて、腕を入れて合わせてみる。
ラップ越しに触れているような感触を感じながら微調整が必要な部分を記憶していく。
それから腕を抜き、微調整部分を意識しつつ加工を行った。
何度かその一連の動作を繰り返し、最後に合わせの部分を数本のベルトで止めれるように加工して完成だ。
「こんなものか」
小物生産を『完了』状態にし、手甲のような重りを左腕に装着してみる。重量としては二キロくらいか。服の袖で隠せる程度になるようにしたために重さとしてはそれ程でもない。
同じように右腕に着ける重りも作り、その後は脚に着けるための重りも作っていく。脚用の重りは片脚分で五キロ程。
最後にスキューバダイビングで使うようなベルト状の重りを作って身に着ける。これも服の下に着けいても目立たないようなサイズにしているので重さとしては二キロくらいだ。
これで全ての重りを合計すれば十六キロ超になった。
「うーん、多少重く感じるくらいかな」
一応、俺も数値的には一般人の平均の二倍の筋力がある。これだけの重りを身に着けてもすぐにへばるような感じはしない。このくらいなら狩りの時に着けていっても問題は無いのかも。
まあ、今日一日これらを着けて過ごしてみてから考えよう。
ついでに靴も改良しておくことにする。
この世界の靴はあまり履き心地が良くないから。感覚としては薄いスリッパに近い。
靴底に皮を足してクッション性を高め、更に昨夜寝るまで炭素の割合を研究していた鋼を板状にして挟むことで安全性も高める。これにより履き心地がかなり低下してしまうが、安全性の方が重要だ。それに、これでも元の靴より快適ではある。
爪先も鋼で覆い安全靴のようにした。
「うん。こんなものかな」
色々いじった結果、靴底は三センチを超える厚みになっていた。
これはあくまでクッション性と防御力のためで、身長が高く見えるようにわざと分厚くした訳ではないからな。
一応、身長は百七十一あるし。
まあ、この世界の成人男性の平均よりは低いけど。
改良した靴に満足した俺は、気になることを確認するために生産ブロックを出した。
その位置は床から十センチくらい上の空中。
そこへ異次元収納から巨石を送り込み踏み付ける。
やはり重りを作っていた時のように確かな感触がある。
徐々に体重を掛けていくがびくともしない。遂にはその上に立つことが出来た。
「おお、乗れた。これなら空中戦も出来るな」
生産ブロックの中の物を足場に出来たので将来的には空中戦も可能だ。
戦う為の身のこなしが身に付いていない現状では戦闘時以外に足場として使うのが現実的だろう。
一応、他の物でも確認しておく。
気体はすり抜けるので不可。
液体である水もすり抜けて不可。溢れるはずの水は異次元収納に送られていた。
固体でも砂粒や爪楊枝では足場にならずに異次元収納に送られてしまう。
結論としては、足場にするのは巨石のようなそれ自体で俺の体重を支えられるような物でなければダメだった。
実験結果に満足した俺は食堂へと向かう。
食堂に着くと歯ブラシを注文してくれた行商人たちが居たので、彼らに注文の品が用意出来たと告げて一緒に食事を取った。
食事を済ませた後、一旦部屋に戻って歯ブラシをリュックサックに入れて食堂に戻る。
それぞれの注文数を渡して代金を受け取った。代金は合計で千六百二十ディオ。
宿の女将にも委託販売の歯ブラシを百本渡してから宿を出た。
宿を出た俺は職人ギルドへと向かう。
取り敢えず、塗料や染料のことをハインツに聞くつもりだ。
「おはようございます」
「おはようございます。今日はどんな用件でいらしたのですか?」
「塗料や染料を手に入れたくて。今日それらを手に入れられる場所って在りますか?」
「塗料や染料ですか。どのような物を作るのに必要なのですか?」
「知り合いに頼まれた『タロットカード』と言う紙で作る占いの道具です」
「そうですか。それなら絵具を売っている店で揃えられると思います」
「その場所を教えてもらえますか?」
これで山下さんの注文は片付きそうだ。
「はい。用件はそれだけですか?」
「いえ、塗料や染料を注文したいので、注文出来る単位と掛かる金額、日数などを教えてもらいたいです」
「分かりました。ところで、一体何を作るのに必要なのですか?」
「えーと、娯楽用品に歯ブラシとか容器ですね。作る時に色付け出来ればバリエーションが増えると思って」
「材質は骨ですか?」
「そうですね。骨とか紙になりますね」
「そうですか。じゃあ、塗料と染料両方について話をしておきましょう」
俺はハインツから塗料と染料の詳細を聞き、染料を数点注文しておいた。
その後、魔物の生息域に生えている木について聞いてみたが、あれの価値はほとんど無いらしい。どうやらマナの影響で節の多い木になる上に、その節がかなり硬いため加工するのに向かないのだとか。
だから生態系に影響が出る程大規模に伐採しなければ問題は無いようだ。それなら遠慮無く伐採させてもらおう。
取り敢えず、みんなに協力してもらって数を確保し、みんなが他の街に行ってもそれが無くなる前に自力で伐採する方法を考えればいい。
俺は職人ギルドを後にして一旦薬屋に向かう。
昨日クロスボウの弦で強打した手がまだ痛むから。
薬屋で傷薬を買いすぐに塗る。するとそれだけでかなり痛みが和らぐ。
やはり傷薬は常備しておくべきだな。
この世界の傷薬の効能には驚くばかりだ。浅い傷なら塗って一晩で治るのだから。
高級な物になると骨折も一週間程で治してしまう。
更に『霊薬』と呼ばれる物になると千切れた腕をくっつけたり、瀕死の重傷者でもたちどころに回復するのだとか。
まあ、千切れてすぐに使わないとくっつかないし、お値段が金貨数万枚になるそうだからほとんどの人は手が出ないけど。
傷薬を買うついでに骨の容器の具合を聞いてみる。
店員たちは勿論、お客にも評判は良いようだ。
追加の注文も受け、次の廃棄物処理の日に納品することになった。
後で他の薬屋も回ることにする。
薬屋を出ると次は武器屋に向かう。
昨日作成したクロスボウの失敗を繰り返す訳にはいかないので実物を手に入れないといけない。
そうしてクロスボウを扱っている店を探し、店員に断って弦を引いて固定した状態で外れないか確認してから購入した。
今夜バラして仕組みを詳しく調べる予定だ。
武器屋の後はハインツに教えてもらった絵具を扱っている店に行って絵具を購入。
その後、途中屋台で昼食を取りながら色々な商店や露店を見て回った。
麻衣に頼まれた調味料に使う物もしっかり見て回る。
その時に鶏の卵が一個銅貨五枚もしたのには驚いた。この世界では卵はかなりの高級品だ。
まあ、マヨネーズを作るのに必要なので買いはしたけど。
他にも色々買ったので今日得た歯ブラシの代金はほとんど飛んでしまった。
そうして必要な物を買い終えると、剣術道場に行って廃棄物処理の時間まで汗を流す。
この時は流石に重りを身に着けていたことを後悔した。
何十回と剣を振るう内に地味に効いてくる。
練習だからいいけど、実戦では命取りだ。狩りの時には外して行こう。
そうして練習でへろへろになった俺は、少し休憩してから解体所に向かった。
「こんにちは」
解体所は相変わらず酷い臭いがする。
「おう、待ってたぞ。早速だがそいつを処理してくれ。長丁場になるからある程度処理したら適当に休憩してくれて構わねえ」
「分かりました」
グラフの説明を受けた俺は、作っておいたノーズクリップとマスク、手袋を着ける。
そして、異次元収納から骨で作った柄の短い大き目の柄杓を取り出し作業に取り掛かった。
異次元収納を樽の側に展開しなおし、柄杓で中身をすくって異次元収納へと入れていく。
ある程度減ったところで樽ごと押して異次元収納へ落とす。
落とした樽はすぐに臓物などを分別して取り出しておく。
それを十樽分こなしてから一旦休憩を取ることにした。
「はあー」
解体所の北の水場で手袋を外して桶の水で手を洗い、マスクやノーズクリップも外していく。
ノーズクリップを外せば服や体に染み付いた臭いが強烈だ。
こればかりは仕方ないと井戸から汲みなおした水で顔を洗う。冷たい水が気持ちいい。
再び水を汲んで異次元収納へ入れ、もう一度汲んで次の人が使うために桶に入れておく。
その後、近くの木の側に座り込み、もたれ掛った。
周りを確認し人目が無いことを確認してから、小物生産で果汁を水で薄めた物を作って一気に煽る。
「はあー」
空になった骨のコップを異次元収納へ戻し、目を瞑る。
そのまま十分程休憩したところで作業に戻った。
その後も作業をしては休憩するのを繰り返す。
途中、骨も回収しながら。
解体所の作業は午後九時近くになってようやく終わった。
「お疲れさん。今処理した分量を書くからちょっと待ってな」
「はい」
グラフがマスクと手袋を外して羊皮紙に処理した分量を記していく。
俺もノーズクリップを外して待っているが嫌な臭いはしない。
アンナマリーが解体所全体に『洗浄』を掛けてくれたお陰だ。
「・・・ほらよ。今日は三十五樽半だな。本館に行って代金を受け取ってくれ」
「はい。ありがとうございます」
「礼を言うのはこっちの方だ。引き受けてくれて助かってるよ。初日から長時間になってきつかっただろ」
「はい。ここまで掛かるとは思ってなかったですね」
「最近は持ち込まれる数が多くてよ。特に昨日は凄かったな。数が多い上に馬鹿でかい猪が数頭あって参ったよ。お陰で昨日は風呂屋に行きそびれるし、今日も早くから仕事に出る破目になっちまった」
「ああ、あれは確かにそうなってしまいますね。すみません。大量に持ち込んでしまって」
昨日、俺たちが持ち込んだ多数の獲物は解体所の処理能力を軽く上回っていたようだ。
全てを処理しきれないと判断したグラフはギルド職員の異次元収納持ちを掻き集め、彼らの異次元収納へ大物から順に放り込んでいったらしい。
しかし、それぞれの異次元収納の容量などから全ては入りきらず、その分を解体するのでかなりの残業をする破目になったのだとか。
大猪に至っては軽自動車並の巨体なのだから一頭解体するだけでも大変な労力と時間が掛かったのは間違いない。
グラフたちをそう追い込んだ片棒を担いでいただけに申し訳なく思ってしまう。
「昨日のやつはあんたが持ち込んだのか」
「はい。狩ったのは知り合いの冒険者ですけど」
「なるほどな。あんたが関わっていたのか。道理で血や内容物が綺麗さっぱり無かった訳だ。あれには本当に助かった。あれだけでかいと血抜きをするのも大変だからな。お陰で肉をダメにせずに済んだ。ありがとな」
「いえ、お礼を言われるようなことでは。あれはこちらの都合で抜いたので」
血や内容物は俺が欲しくて抜いたのだ。
そのことでお礼を言われると恐縮してしまう。
「そうなのか?まあ、何にせよ助かったことには変わりねえよ」
「でも、多分明日も大量に持ち込むことになると思うのでお礼を言われるのは心苦しいのですが」
「何?明日も昨日みたいなことになるのか?」
「はい。明日は私も狩りに付いて行くので。それと、明後日と明々後日も多分」
明日、俺がみんなの狩りに付いて行くことで解体所の負担が上がるのは確実だと思う。
多分、明後日と明々後日も。
何しろ、昨日の狩りでは前日比三倍以上の買い取り金額になった。
俺が付いて行くことで狩りの効率が異常に上がったのは間違いない。
朝から全力で奥地を目指すなら昨日以上の大物ラッシュになることだろう。
「・・・マジか」
「はい」
グラフが青ざめながら項垂れる。
連日捌き切れない数の獲物を持ち込まれては身が持つはずがない。
「・・・なあ、あんた血や内容物を残らず抜くことが出来るなら、皮を剥ぐとか、骨を取るなんてことも出来るんじゃねえのか?」
「ええ。出来ますよ」
そのようなことは既に角兎で実証済みである。
「マジかよ。だったら、大物を持ち込む時はバラしてからにしてくれねえか?手間賃として買い取りの担当には多少色を付けるように言っとくからよ」
「分かりました。こちらとしては断る理由は無いです」
俺にとって解体は一瞬だ。普通なら数時間掛かるような大物であっても手間は掛からない。
解体所にとっては処理能力を超える物を抱え込まなくて済むし、みんなにとっては買い取り金額のアップになる。いい取引だと思えた。
俺にとってのメリットは特に無いけど。
「そうか。じゃあ、頼むな。流石に連日あれじゃあ身が持たねえからよ」
「そうでしょうね。では、明日からそう言うことで」
「おう」
そんなことを話していた俺とグラフの喉元にナイフが突き付けられる。
ナイフを突き付けてきたのは解体魔アンナマリーだった。
着替えに行っていた彼女は薄い緑のワンピース姿。
栗色の癖毛に、幼い感じの整った顔。小柄な身長も相まって小動物みたいだ。
マスクを取って露わになったアンナマリーの顔は、聞いていた通り確かに可愛かった。
ただ、その瞳にはガチの殺意が漲っている。
「おい、アンナ。これはどういうことかな?」
グラフが顔を引きつらせながらアンナマリーに問いただす。
それを聞いている俺の顔も当然引きつっていた。
「さっき、聞き捨てならないことが聞こえた。私の楽しみを奪う企みが」
「そんな話はしてないぜ。なあ」
「ええ。してませんよ」
アンナマリーの楽しみとは『解体』に他ならない。
確かに俺たちはそれを奪う企みをしていたと言える。
何しろグラフは解体所の責任者だ。処理能力を超える分について何らかの対策を取らないといけないのは当たり前。
ただ、そんな正論が通じる相手ではないので、白を切る以外に俺たちの選択肢は無かった。
「いや、言ってた。大物を持ち込む時はバラしてとか」
「それは、えーと、あれだ、大物を持ち込む時は日にちをバラしてくれって話だ」
「そうそう」
「・・・それだと手間賃として買い取り金額に色を付けるのはおかしい」
「えーと、それはあれだ、預かり賃ってところだな」
「そう」
「皮を剥ぐとか、骨を取るとか出来るかって聞こえたけど」
「それはあれだ、俺たちの業務について話してただけだよ。な」
「はい」
「・・・そうだったの。私の勘違いか」
「ああ、そうだよ。な」
「はい。そう思います」
「そう。ごめんなさい。ナイフを突き付けたりして。それじゃあ、お先に失礼します」
「おう、お疲れ」
「お疲れ様です」
アンナマリーはナイフを仕舞ってから謝り、一礼して帰って行った。
「「はあー」」
アンナマリーの姿が見えなくなって俺とグラフは大きなため息を吐く。
どうにか誤魔化せたようだ。
解体魔ガチで怖い。
どんなに可愛くてもあれに惚れるのは無理だ。
「えーと、どうします?」
解体魔アンナマリーの登場で当初案は破棄だ。
現状ではアンナマリーを脅迫で訴えたところで口頭注意で終わり。
なので、当初案を実行すると俺とグラフはかなりの確率で揃ってアンナマリーに酷い目に遭わされる。
最悪あの世逝きと言うのが二人の共通認識だ。
「うーん、明日ジャスティンと話しておくから、買い取りに出す前にジャスティンと話してくれ」
酷くやつれたグラフがそう告げる。
「分かりました」
俺はそれを了解すると、冒険者ギルド本館で今日の報酬千七百七十五ディオを受け取り、急いでいつもの風呂屋に向かった。
冒険者が利用する風呂屋は汚いらしいから。
風呂屋にはどうにか営業時間内に辿り着き、短めの入浴を済ませて宿に戻る。
食堂でいつもより遅い食事を取って部屋に戻り、いつものように生産を始めた。
「先ずはクロスボウからやるか」
買ってきたクロスボウを異次元収納から取り出し、鋼でのこぎりを作ってぶった切る。
少し勿体無いが、このままでは大き過ぎて生産ブロックに入らないのだ。
先と手元をぶった切り、生産ブロックに入れる。
そして、弦を止める部分の構造が分かるように削っていき、それをつぶさに観察した。
「なるほど。そうなっているのか」
構造をはっきりと理解した俺は、すぐに昨日作ったクロスボウを生産ブロックに送り改良した。
手袋をしてから出来上がったクロスボウの弦を引き固定する。
昨日とは違い、引き金を引かない限り弦が外れることはなかった。
「よし」
試射も終え、ちゃんとした物に仕上がったのを確認した俺は、すぐに量産に入る。
取り敢えず、百張。
矢も骨で二百本程作っておいた。
出来上がった物は弦を引いた状態で異次元収納へ入れておく。
撃つ度に取り換えればクロスボウ最大の欠点である発射するまでの時間の長さは解消されるから。
次に作るのも対空用の武器。
それもクロスボウと違って物凄く単純な物。
風呂に浸かっている時に湯気を見て思い付いた、水を熱しただけの高温の水蒸気だ。
これなら出した位置から上空に向かって進むし、材料を確保するのも作るのも簡単。
クロスボウと違って一度に多数の相手をすることも出来る。
ただ、高温で焼き殺すことになるので、対象の毛を利用したい時などには使わない方がいい。あくまでも身の危険が迫った緊急時の武器と言ったところか。
生産ブロックを出して異次元収納から水を送る。
これを熱せばすぐに高温の水蒸気が完成だ。
ただ、すぐに作れると言っても数秒は掛かる。
咄嗟の時にはその数秒が命取りになるだろうから予め作っておくのだ。
段々と温度を上げていき、七百度くらいで止める。ここまで高ければ十二分に効果を発揮するだろう。
異次元収納を生産ブロックを覆うように展開してから生産を完了する。
そうするとしっかりと異次元収納へ高温の水蒸気が収納されていた。
後はそれを生産ブロック百個分程作り収納していく。
それが終わる頃には部屋の温度が上がったように感じた。
その次は今日廃棄物処理で手に入れた物を分別していく。
糞尿や消化液などそのままで使えそうな物はそのままに、それ以外の物は原子レベルにまでバラして分別する。
消化液は武器として使うので多少水分を抜いて濃縮しておいた。
バラした材料の中から鉄を集めて生産ブロックに送る。
そして、昨日研究した割合に合わせて炭素を混ぜ、三種類の硬さの鋼を作った。
最も硬い鋼を刃の部分に据え、柔らかい鋼で支えるようにする。それを中間の硬さの鋼でサンドした。
分子を揃えるように意識しながら成形し、熱を加えたり、冷やしたりして、焼き入れ、焼き戻しも行う。
最後にミクロン単位の凹凸を刃先に付けるように意識しながら研ぎあげ、鍔と柄を骨で作って完成だ。
「おおー、鋼で作ると一段とかっこいいな」
鋼で作り上げた脇差は金属光沢が実に美しい。
正直、使うのが勿体無いと思ってしまう。
まあ、材料さえあればいくらでも量産出来るのでそんなことを思う必要は無いのだが。
取り敢えず、試し斬り。
異次元収納から骨を一本取り出し、作ったばかりの脇差を振るってみる。
すると、骨はすぱっと両断することが出来た。
「おおー、斬れた。やっぱ骨で作った物よりよく斬れる」
鋼の脇差は骨の物より刃先が鋭く、その分斬れ味もいい。
これはそのまま異次元収納に仕舞う気にはならず、骨で鞘を作ってそれに納めてから異次元収納へ仕舞う。
材料的にもう一本作れるので作っておいた。
他にも武器として思い付いた物を作っておく。
作ったのは液体窒素に溶岩。
どちらも作った量は少ないが、極めて強力な攻撃手段だと思う。
まあ、溶岩は完全に対象をダメにしてしまうので使うことはないだろうけど。
今思い付く武器はこれくらいかな。
次は頼まれた物を作っていこう。
先ずは山下さんの注文のタロットカードから。
厚手の紙を作り、絵具を使って絵柄を描いていく。
表面を凹凸の無いように仕上げ、木で作った箱に入れて完成だ。
次は薬屋に売る骨の容器。
各店の容器をそれぞれの注文数に応じて作っておく。
納品は次の廃棄物処理の日だ。
麻衣と怜奈に頼まれた調味料類も忘れずに作っておく。
マヨネーズに、焼肉のたれのような物、ソースなど。
それらは石で作った容器に入れておいた。
これで頼まれた物は終わりだ。
後は気になったことを確かめてみることにした。
それは『ダイヤモンド』の製造。
今日、色々作る中で、高温や高圧での加工を実行している。それらはMPさえ注ぎ込めば上限など無いように感じた。
だったら、ダイヤを作ることも出来るのではないかと思ったのだ。
作ることが出来れば、板ガラスを切るのに使う『ダイヤモンドカッター』の材料にしようと思う。
生産ブロックを出し、異次元収納から炭素をみっちりと隙間無く送り込む。
そして、それに高温と高圧を掛けていった。
結論から言えばダイヤはMPを5000程消費したところで出来ました。
ダイヤとしてはあほみたいにでかいです。
ただの立方体なのでそれ程きらきらしていないけど。
『鑑定』で見たところ、『人工ダイヤモンド』となると思っていたのに、『ダイヤモンド』となっていた。
「うーん、天然のダイヤと同じ扱いなのか?まあ、天然と人工の違いがそもそも分からないけど」
この世界では調べようもないことだ。あまり気にしても仕方ない。
それよりも、『人工』と言う言葉が付いていないのだ。
このまま宝石として売りに出しても偽物だと騒ぐ者はいないだろう。
だとしたら商品として考えるべきか?
「・・・うん。止めておくか」
ダイヤの産地に行ったこともない駆け出しの商人がダイヤを売りに出す。
どう考えても身の危険が増すだけにしか思えない。
ただでさえ、ハインツから『小物生産』の存在がばれたら拉致られると言われているのに。
「この件はハインツにも黙っておこう。こんなの見せたら卒倒するだろうし」
考えている間に変えてみたダイヤの形状。
宝石としてのカッティングを施したそれは極上の輝きを放っていた。
一目見た時に浮かんだ言葉が『傾国の美女』。
こんな物世に出しても良いことなど無いと本能が思っているのだろう。
「それにしてもあれだな。こんな物が作れるとダイヤに価値なんて感じなくなるな」
日本に居た時に彼女から強請られる小さな石の値段に頭を痛めていたのが懐かしい。
今ではその数千倍のサイズをゴミから量産出来るのだ。
「うん。誰かと結婚する時はダイヤ以外の宝石を送ろう」
ゴミから簡単に作れる物に永遠の愛なんて誓えないよね。




