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「悠馬さん!紙持ってませんか!紙!」

「それと筆記用具!」


 マッチョの一人ローションプレイ、いや、スライムとの戦闘が終わったところで、麻衣と怜奈が詰め寄ってきた。どうやらかなり興奮しているようだ。


「持ってないけど」

「持ってないだと・・・」

「すぐに作って!」

「すぐには無理だよ。材料無いし」


 正直なところ、少量であれば狩りの時に集めた草から紙は作れる。

 筆記用具に関しても、不要な物を原子レベルまでバラし、炭素を取り出して固めれば、鉛筆の一、二本は作れると思う。

 だけど、材料が無いと言った方が材料採取の時間が出来るのではと思っていた。


「材料って何が必要なの?」

「取り敢えず、木があれば何とかなるかな」

「分かった!木があればいいのね!」

「すぐ伐り倒す!」

「え、勝手に伐採していいの?」


 俺としては倒木などを探すつもりだったのだが、麻衣と怜奈は伐採する気満々だった。


「大丈夫。普通の森の木は森林組合の管理下だからダメだけど、マナの濃い魔物の生息域は冒険者ギルドの管理下」

「冒険者ギルドの規約に『木を伐ってはいけない』なんてものは存在しない」

「大量に伐らなきゃ大丈夫だって」

「そうなんだ。それならいいけど」


 麻衣と怜奈はそう言ってすぐ側に生えている大木を伐り倒しに掛かった。


「うらあ!!」

「はっ!」


 麻衣が風魔法を纏わせた槍で抉り、怜奈が雷魔法を纏わせた矢を貫通させる。そうすることで大木の根元にはいくつもの穴が出来ていく。

 魔物を相手にしていた時のように技の名前を叫ぶこともなく、一心不乱に大木を削っていく二人には狂気じみたものを感じる。

 何が二人をそこまで突き動かしているのか分からないが、詮索しない方が無難だろう。


「そろそろ倒れそうかな。悠馬さん用意しておいて」

「ああ、分かった」


 麻衣が言うように大木は既にいつ倒れてもおかしくない。

 俺はいつでも異次元収納を出せるように気構えてその時を待った。


「倒れるぞー」


 ミシミシと音をたてながら倒れていく大木を受け止めるべく、俺は異次元収納を展開した。


 大木ゲットだぜ!


 幹の直径が七十センチ、高さが四十メートルにもなる大木だ。この一本だけでかなりの物が作れる。


「悠馬さん紙!」

「筆記用具!」

「分かった。今から作るよ。えーと、紙と鉛筆でいい?」

「「うん!!」」

「紙って何枚くらい要るの?」

「取り敢えず、百枚!」

「私は二百で!」

「そんなに?まあ、いいけど。あ、バラで渡した方がいい?それとも、ノート状とかの束にする?」

「うーん、じゃあ、ノート状で」

「私も」

「分かった。じゃあ、五十枚綴りで作ろうか?」

「そうだね。それくらいが使い易いかな」

「お願いします」

「分かった」


 俺はすぐに生産ブロックを六つ出して、異次元収納から木を送り込む。

 それを粉々の繊維にしてから、複雑に絡み合うようにして紙にする。魔法なので強度も厚さも表面の質感も思いのままだ。

 サイズは縦二十五センチ、横十八センチ。見慣れたノートのサイズに近いものにした。

 五十枚分の紙を重ね、表紙となる厚手の紙で挟んで綴じたら完成。


「取り敢えず、ノートね」

「おお」

「あっと言う間」


 完成したノートを麻衣に二冊、怜奈に四冊渡して鉛筆に取り掛かる。

 鉛筆は一人当たり二本でいいだろう。生産ブロックを一つだけ出す。

 異次元収納の中の要らない物、廃棄物処理で入れた臓物や狼の死体を原子レベルにまでバラして、そこから炭素だけを集めて生産ブロックへと送る。

 それを固めて芯にし、木で挟んで形を整えた。


「はい。鉛筆。取り敢えず、二本ずつでいいよね?」

「うん!」

「ありがとうございます」

「どういたしまして」

「あ、代金はいくらですか?」

「ああ、さっきの木を代金代わりに貰うからいいよ。それに、今のままだと俺の方が貰い過ぎだから暫くは只で注文を受けるよ。だから、何かあったら遠慮なく言って。出来ることなら対応するから」

「「はい。遠慮はしません」」

「お手柔らかにね」


 俺は、遠慮はしないとはっきり告げる麻衣と怜奈に苦笑した。正直、結構無茶なことを言ってきそうで怖い。

 まあ、大木一本を貰うのだから多少の無茶は引き受けないとダメだろう。

 大木一本分の値段ではなく、大木を伐り倒した手間賃分として考えたとしても、安い値段ではない。


「ねえ、田坂のおじさん。ぼくも欲しいものがあるんだけど」

「何?」

「遊ぶもの。この世界ゲームも漫画もないから夜がつまんないんだもん」

「ああ。確かに娯楽は少ないよな」


 娯楽に溢れていた日本と比べると、この世界は遥かに娯楽が少ない。

 特に子供向けの娯楽が顕著だろう。

 この世界でも大人にとって最大の娯楽と言える酒は在るし、如何わしいお店や賭博場も存在する。大人であれば日常の娯楽としてこれらで大体満足出来るだろうが、子供が手を出せるものではない。

 子供がやっても問題ないものに、チェスのようなボードゲームの類がいくつか存在はしているが、高度なルールなどから子供が遊ぶものと言うより大人の娯楽になっている。

 トランプのようなカードゲームも存在しているが、こちらに至っては完全に賭博行為専用と言った扱いだ。だから店頭で大っぴらに販売はされていなかった。


「うーん、今作れそうなのは『オセロ』と、『トランプ』くらいかな」

「それでいいから作って」

「分かった。今から作るよ」


 俺は生産ブロックを出してオセロの制作を始めた。

 先ずは骨で盤を作る。8×8のマス目を一つ当たり一辺三センチで作り、縁に一センチの余白を設ける。これで縦横二十六センチの盤が出来た。それをトイレットペーパーを作る時に草から抜いた緑の色素で、マス目以外の盤面を薄っすらとだが緑に仕上げる。加工としては刺青を入れるような感じ。

 駒は木で作る。直径二.五センチ、高さ一センチの円柱状にし、片面を焦がして黒くする。これを予備を含めて七十個作った。

 他に駒を入れておく容器を骨で二つ作れば一セット完成だ。


「はい。先ずはオセロね」

「早っ」


 続いてトランプの制作に掛かった。

 生産ブロックに木を送り、厚目の紙に仕上げる。サイズは縦十センチ、横七センチ。枚数は五十三枚。

 これに、毎日回収しているゴミの中の古布から取った染料で絵柄を描く。染料は微々たるものなので全体的に色味が薄くなってしまうが仕方ない。

 これにも骨で容器を作って完成だ。


「はい。トランプ。色が薄いのは我慢してね」

「うん」

「ありがとうございます。あのお代の方は」

「うーん、智弘君、代金として『大鼠』一匹貰ってもいいかな?」

「いいよ」

「じゃあ、そう言うことで」


 オセロとトランプの代金として、今日獲った獲物の中で一番買い取り価格の低い『大鼠』を智弘君から貰うことにした。

 因みに、『大鼠』の買い取り価格は一匹当たり銀貨二枚から三枚の間だ。


「山下さんも何か入り用な物があれば言ってください。対応しますから」

「そうね。あたしもノートと鉛筆を貰おうかしら」

「分かりました。ノートと鉛筆ですね。・・・どうぞ」


 俺はすぐにノートと鉛筆を作り上げた。


「本当にすぐ出来るんですね。お代の方は」

「智弘君のおまけと言うことでいいですよ」


 ノート一冊に鉛筆一本だ。智弘君から大鼠一匹を代金として貰っているのでおまけでいいだろう。


「あ、紗奈江さん、占術で使う道具を作って貰ったらどうですか?」

「タロットとかあればよりはっきり占えると思う」

「そうね。お願いしてもいいですか?」


 そう言えば山下さんはスキルに『占術』を持っていた。

 女性は占い好きだからよくやっているのだろう。

 俺は占いをしてもらおうとは思わない。この世界では波乱万丈の人生に当確が出ている。そんな状態で占いなんてすると凹むことが多々ありそうだからな。


「はい。ただ、白黒でいいなら今作れますけど、カラフルな物だと後日になります。どうしますか?」

「そうね。折角だからカラフルな物の方にしようかしら」

「そうですか。じゃあ、塗料か染料を仕入れるまで待ってください」

「はい。構いませんよ」

「あ、タロットカードってどんな絵柄の物が必要なのか教えてもらえますか?」

「はいはーい、私分かるよ」

「私も」

「ちょっと待って。今ノート作ってメモるから」


 俺は自分用のノートと鉛筆を作って麻衣と怜奈から聞くタロットカードの絵柄のメモを取っていった。


「今江さんは何か入り用な物はありますか?」

「そうですね、手帳のような物をお願いします」

「分かりました」


 俺は今江さんの要望に応じて、縦十五センチ、横十センチのサイズの手帳を作り上げる。

 そして、手帳の背表紙に差し込める紐付きの鉛筆を作って手渡した。

 代金はこの後獲る獲物を貰うことにする。


「その手帳私も貰える?」

「僕もお願いします」


 今江さんに手帳を渡した後、有香さんと進藤が側にやって来た。

 二人はずっとスライムだらけになったマッチョを実験台に水魔法の『洗浄』を練習していたのだ。

 二人ともMPが200も減っている。チートとは言え何でも上手くいく訳ではない。まだまだ練習は必要だろう。

 まあ、何にせよ二人のお陰でマッチョはスライムでべとべとだったのが綺麗になっていた。


「分かりました」


 俺は有香さんと進藤にも手帳と鉛筆を作って手渡した。

 二人も支払いはこの後の獲物になる。


「田坂君、俺も作ってもらいたい物があるんだが」

「何でしょうか?」

「ダンベルを作ってくれ」


 有香さんと進藤に続きマッチョも注文を出してくる。

 注文の品はやはりと言うかトレーニング器具だ。


「ダンベルですか。材料が無いので今は作れないですね」

「材料か。何があればいい?」

「そうですね。鉄などの金属があればいいですけど、最悪石などでもそれなりの物は作れますよ」


 ダンベルと言っても金属製である必要はないだろう。トレーニングに使いたいのだから重くて持ち易い物であれば問題ないはず。俺が骨剣山の重しとして作った石アレイでもいいと思う。

 まあ、重さは増やさないとダメだろうが。

 ただ、あれは俺の貴重な武器だ。マッチョのために放出するのはごめんこうむる。


「そうか。じゃあ取ってくる」


 マッチョは一言そう告げると何処かへと走って行った。


「え?」


 まさか一人で何処かに走って行くとは思ってもみなかった。

 これから狩りも再開するのに勝手過ぎるだろ。


「拳児さん、何処行くのー?また迷子になるよー!はあー、もう!」

「行っちゃった」

「場所の把握も出来ないのに何で勝手に行くかな。いっそのこと一回このまま放って置いてみる?」

「流石にそれは。追い掛けましょうか」


 今江さんの言葉にみな頷いてマッチョを追い掛ける。

 これで休憩時間は終了だ。

 それにしても、場所も分からないのに飛び出して行くとは。一体どうやって合流するつもりだったんだ?

 その辺り、流石は『知力7』のマッチョと言うことか。


 俺たちは今江さんを先頭に、進藤、有香さん、山下さん、俺、怜奈、麻衣、智弘君の順番で進む。

 どうやら昼食休憩の後は順番を交代するようだ。森に入った時に先頭だった麻衣、怜奈、智弘君も文句を言わずに付いてくる。

 まあ、あれだけ派手に戦っていたのだから満足しているのだろう。


 そうしてマッチョを追い掛けて走り出した俺たちを魔物たちが襲撃してくる。

 それを迎え撃つ今江さん、進藤、有香さんは、麻衣たちとは違い実に無駄の無い動きで仕留めていく。

 俺は仕留めた魔物の回収時間を短縮するために、魔物が仕留められる度にそれらを異次元収納で受け止めていった。

 それを見た今江さんは、以降足を止めることなくマッチョを追い掛ける。

 それからはずっと走りながらの戦闘だ。

 今江さんは前方の魔物のみ相手をし、それ以外に関しては来る方向と数を知らせて後ろに続く進藤や有香さんに任せる。

 進藤や有香さんはそれらに危なげなく対応し、時折山下さんがメイスを振るって魔物を仕留めていた。

 こうなってくると一番大変なのは俺だ。

 何せ俺の対応する相手は全ての魔物なのだから。

 俺は取りこぼしがないように全ての魔物との戦闘に目を凝らし異次元収納で受け止めていくが、たまに上手く異次元収納で受け止めることが出来なかった魔物が出てくる。

 それらについては麻衣、怜奈、智弘君が拾って持って来てくれた。


 そうやって進んでいく中で魔物たちに変化があった。

 段々と個体の能力が高くなっているだ。

 どうやらよりマナの濃い場所に向かって進んでいるらしい。


 俺たちはそれからもかなりの時間走った。

 出てくる魔物の能力も五割増しと言った感じになっている。


「ようやく追い付きましたね」


 今江さんの声に俺は前方に目を向けた。

 すると、木の横からマッチョの背中が覗いている。

 俺たちはようやくマッチョに追い付いたようだ。

 そのマッチョは足を止めて何者かと対峙していた。


 でかい。


 マッチョが睨み合っているのは軽自動車くらいの大きさの猪だった。

 俺はすぐに鑑定を使って見てみる。



大猪 15歳 オス

種族 :大猪

MP :45/45

筋力 :42

生命力:44

器用さ:26

素早さ:23

知力 :17

精神力:27

持久力:38

スキル:突進

    勇猛



 今まで遭遇した小型の魔物とは一線を画す高いステータス。スキルも二つ持っている。

 因みに、二つのスキルの詳細はこうなっていた。


『突進』

 前方への走り込んでの攻撃の威力を二倍にする。MP消費。


『勇猛』

 一時的に、筋力、生命力、器用さ、素早さ、持久力を二割増しにする。MP消費。


「でっかいね」

「うん。あのサイズは見たことない」

「いいな。ぼくもやってみたいよ」

「えーと、掩護とかしないの?」

「やばそうだったらするよ」

「だね。今のところタイマンだし」

「下手に掩護しようとすると巻き添えを食らう。もしくは拳児さんに当たる。今は様子見が正解」

「そうなんだ」


 他のパーティーでは全員が一丸となって戦っても死人が出かねない魔物だ。

 なのにこのパーティーときたら全員警戒しながらも様子見だけらしい。

 つくづくチートなパーティーだと思う。


 そんなことを思っていると、大猪の体を覆うように赤いオーラのようなものが現れる。

 鼻先が特に濃く見えるあれは『突進』を使った攻撃の前兆とみて間違いない。


「ブモォォォォ!」


 赤いオーラを纏った大猪がマッチョに突進する。

 マッチョは身体強化を使い、腰を落とす。どうやら真正面で受け止める気のようだ。

 幾らステータスで勝っているとは言え、体重は大猪の方が十倍以上あるはず。

 そこにスキルの『突進』『勇猛』が加わるのだから、俺にはマッチョの行為は危険なことにしか思えなかった。


 ドパアーン!


 激しい音と共にマッチョが大猪を受け止める。

 直径二十センチはありそうな牙を両手でしっかりと掴み、僅か一メートル程後退しただけで完全に動きを止めてしまっていた。


 大猪は懸命に足を動かしマッチョを押し潰そうとするものの、ただ足元の土を抉ることしか出来ない。

 そうしている内に大猪を覆っていた赤いオーラが消え失せる。『突進』の効果が切れたのだ。


 マッチョはそれを好機とみたのか、更に腰を落として力を加える。

 すると大猪の体が段々と持ち上がっていった。

 大猪は足をバタつかせ、体を激しく動かし、懸命に逃れようとするのだが、牙を持つマッチョの両手は揺るぎもしない。

 マッチョはそのまま大猪の体を高々と掲げてしまう。


「うおりゃあー!」


 マッチョは大猪を空中で持ち変えると、パワーボムの要領で地面に叩き付けた。


 ドゴォォォン!


 轟音と共に土煙が舞い上がり、大猪が叩き付けられた地面がクレーター状に陥没する。

 大猪は即死だった。


 マジか。


 『知力7』なので忘れそうになるが、マッチョも確かにチートなのだ。

 『クソマッチョ!』とか思っても、怒らせるのだけは絶対にやめようと心に誓った。


「酒田さん一人で行動していると危険ですよ」

「ん?おお、みんな来ていたのか。いや、なかなかダンベルの材料が見つからなくてな」

「はあー、ダメだねこれは」

「心配するだけ無駄」


 マッチョの言いようにみな呆れている。

 確かに、怜奈の言うように心配するだけ無駄なのだろう。多分、放って置いても死にはしない。そんな気がする。


「まあ、大物の獲物も得られたことですし、良しとしましょう」


 今江さんの言うようにマッチョが仕留めた大猪は今日一番の獲物である。

 マッチョの勝手な行動で余計な手間は掛かったが、結果としては悪くないと思う。

 軽自動車並の大きさなので肉の買い取り金額だけでもかなりの額だ。

 取り敢えず、大猪はマッチョ以外に持ち上げられる者が居ないのでマッチョに異次元収納に入れてもらう。

 その後、もう少しマナの濃い場所に向かいながら狩りを続けた。






「お疲れ様でした。こちらが今日の報酬になります」

「・・・おおー。金貨が十五枚もある」

「昨日は五枚も無かったから三倍以上」

「段々と成果は上がっていたけど、今日だけでこれまでの収入を上回るなんて」


 今日の狩りの成果はみんなも驚く程のものになった。

 俺を除いて、一人当たり千五百六十三ディオ。

 クロークルの冒険者の一日の稼ぎの平均が百八十ディオ程なのでかなり破格だ。

 ここまでの金額になった理由としては、みんなの戦闘技術が上がり傷を少なく出来たこと。昨日よりも狩った魔物の数が多かったこと。

 そして何より、大猪などの単価の高い獲物の数が格段に増えたことだ。

 これはいつもよりマナの濃い場所に行けたことからそうなった。


「いやー、これはもう悠馬さんのお陰だね」

「確かに。移動しつつ獲物を回収出来るからどんどん奥に進めた」

「そうですね。あそこまで深い場所に行けたのは田坂さんのお陰です。ありがとうございました」

「いやいや、今江さんの判断のお陰だと思いますよ。それと、酒田さんのお陰でもあるかな。酒田さんを追い掛けていたからあんな風に異次元収納を使ったんだし」


 下手をすると視界を奪ってしまう行為だっただけに、マッチョを追い掛ける状況でなければあんなことはしなかった。


「じゃあ、拳児さんにも感謝をしないとね」

「だね」


 麻衣と怜奈が苦笑しながらそう言うと、みんなも苦笑いをしていた。


 当のマッチョは狩りの最中に見付けた石で作ったダンベルでトレーニング中だ。

 本当に筋肉第一なのはブレが無い。

 一応、あれは一つ七十キロから八十キロはあるのだが片手で普通に使っている。


「じゃあ、俺はこの辺で失礼します」

「そうなの?じゃあ、また明日ね」

「また明日」

「あ、ごめん。明日は仕事が入っているから狩りには付き合えないよ」


 明日は解体所の廃棄物処理の仕事がある。

 時間としては午後四時頃に行けばいいのだから、早目に切り上げるなら狩りに行くことも出来なくはない。

 ただ、今日のマッチョの行動を見ると不安だった。


 責任者のグラフはおっかないから遅れるのだけは絶対に避けないと。


 そう言うことで明日は狩りには行きません。

 楽しいし、材料も大量に手に入るんだけど。

 今日も狩った獲物二百体の内の二割、四十体を貰ったし。


「え、マジで?」

「残念」

「じゃあ、明後日は?」

「明後日なら大丈夫だよ」

「そっか。じゃあ、明後日ね。調味料とか色々用意しておいて」

「分かった。明日色々回ってみるよ。それじゃあ、失礼します。お疲れ様でした」

「「「「お疲れ様」」」」

「「お疲れ様です」」

「バイバイ」

「お疲れ」


 みんなと別れた後、俺は剣術道場に向かった。そこで一時間程汗を流してから職人ギルドへゴミを回収しに行く。

 その後、風呂屋で汗を流し、宿に戻って夕食を食べた。


「さて、今日も作りますか」


 夕食後はいつもの生産タイムだ。

 取り敢えず、先ずは主力商品の歯ブラシから。

 注文を受けていた四百五十本分を作り上げ、五十本ずつ木で作った気密性の低い茶筒型の容器に入れていく。そこそこのサイズの物になるため、他の職人たちへの配慮で容器は雑に仕上げた。

 注文分以外にも五百本を作り、これも五十本ずつ容器に入れていく。


 次は草や樹皮からトイレットペーパーを作る。

 これは自分で使う分だけ。

 今日得た大木があれば量産可能だが、あれは魔物の生息域に生えていたもの。みんなと一緒でないと取りに行けない。

 みんなは何れクロークルを離れるだろうから、彼らの協力無しに調達出来る材料で作らないと商品として扱うのは難しいのだ。

 材料を買うのなら原価計算してから値段を決めないと損するし。

 これは商品ラインナップに加える予定の鉛筆やノートなどの紙類についても同じだ。


 オセロやトランプなどの娯楽類は塗料や染料が無いと完成度が下がるので今日は作らない。


 なので商品関連の生産は終了。

 これからは戦闘に使える物を作ることにする。


 先ずは鉄の精製から。

 今日狩った獲物たちから抜き取った血と、廃棄物処理で手に入れた臓物などの中の不要な物を異次元収納でバラし、鉄の原子だけを集めて生産ブロックに送る。

 それをまとめるとカステラ六切分くらいになった。


「おお。ちゃんと出来た。まあ、量はそれ程でもないけど」


 血から鉄を採取出来た異次元収納と小物生産の性能は呆れる程だが、元になった二百体もの魔物の血や、三十樽分近い臓物などの量を考えると微々たるものだ。

 それでも十分武器が作れるだけの量はあった。

 俺は早速武器の作成に取り掛かろうと思ったが、武器に適した鋼を作る為の炭素の割合とかが分からないので後回しにする。

 すぐに必要な訳でもないので焦らずに調べていけばいい。


 それよりも、今は頭上の敵に対応する物を作る方が先決だ。

 巨石にしろ、骨剣山にしろ、俺の主要武器は所詮『自由落下する物』である。これだと頭上から向かって来る敵には使えない。

 今日の噛み付き猿みたいに樹上に居るものにも使い難い。生産ブロックは物体が在る場所には出せないので、枝や葉の生い茂る樹上は条件が悪過ぎた。


「取り敢えず、投げナイフは作っておくか。他に弓系が欲しいけど、こっちは買った方がいいかな」


 俺は頭上の敵へ対処出来る武器として、投擲武器と弓系の武器を考えた。

 ただ、小物生産で作れるもののサイズを考えると弓は買う方がいいかもしれない。

 俺は取り敢えず骨でナイフを一本作ると、異次元収納に向かって投げてみた。


「練習次第だな」


 一応、広く展開した異次元収納の一点を狙って投げたのだが、その場所とは結構離れた位置にナイフは消えていった。

 たった一メートル先でしかないのに。

 これはかなり練習しないとダメだろう。

 でも使える物なので百本程作っておいた。


 弓系の武器も一応作っておく。

 弓は小さすぎて使い勝手が悪そうなのでクロスボウの方を。

 こちらであれば小さいと言っても拳銃感覚で使えるのだから。

 連射出来ないけど。


 先ずは弓の部分を作っていく。

 木と骨を板状にして重ね、腱や皮で補強する。それに腱や毛などで作った弦を張れば弓の部分は完成。

 次に骨で作った溝の付いた柄に、弦を固定し発射する引き金を付ける。

 その二つを合体させればクロスボウの完成だ。


「お、なかなか使えそうじゃないか。ん、くぬー、はあ。指めっちゃ痛え。素手でやるもんじゃねえな」


 俺はクロスボウの仕上がりを確認した後、弦を引いてセットする。

 素手でやったために弦が食い込んで痛かった。


「さてと、試射試射」


 俺は早速射てみようと骨で矢を作る。

 そして、それを異次元収納に向けたクロスボウに番えようとした。


 バチン!


「痛ってえー!」


 固定されていたはずの弦が外れ、矢を番えようとしていた手を強打する。

 大体こんな感じだろうと思って作った弦を固定する部分は、どうやら作りが甘かったらしい。


 赤く腫れ上がっていく手を冷たいおしぼりにした手拭いで冷やしながら、俺は明日の予定にクロスボウを買いに行くことを追加するのだった。

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