14
俺たちはクロークルを出て南に広がる森へとやって来た。
先頭を行くのは麻衣、怜奈、智弘君の三人。続いて今江さん。その後ろに俺と有香さんと山下さん。その後ろに進藤。最後尾がマッチョとなっている。これがこのパーティーのベストな隊列らしい。
先頭を行く三人は前を行きたいという希望から決まったらしいが、麻衣が『気配察知』、智弘君が『罠察知』を持っているので先頭を進むのに向いているし、怜奈も弓や魔法で遠距離から様子を探れるので二人の補佐として申し分ない。
その三人に続く今江さんは索敵能力で言えばメンバーで一番なようだ。『気配察知』のスキルを持っているだけでなく、日本に居た時にバスの運転手だっただけあって周囲を観察する能力自体が高い。その高い索敵能力で先頭の三人が見落とした対象への対処をしたり、指示を出したりと、司令塔の役割を担っている。
それに続く有香さんと山下さんは当然火力と回復。
その後ろの進藤が殿の役目だ。
マッチョが最後尾を進んでいるけど、あれはただの肉の壁ですよ。殿なんて無理無理。今も周囲の警戒をすることもなく兎跳びで付いてくるだけだし。
そうした隊列で進んでいるのだが、今のところ獲物を探しながら進んでいるという感じではない。ただ通り過ぎているだけみたいだ。
この辺りはまだ出没する魔物が少なく、狩りをするのにはあまり向いていないから。
魔物はマナの濃さが一定以上ある場所で生まれ、マナの濃い地域を好む。だから魔物を狩るなら早くマナの濃い地域に行った方がいいという訳だ。
そうして進んで行けば段々と森が濃くなった。草も木も生い茂り、かなり見通しが悪くなる。
どうやらこれから先がマナの濃い場所になるようだ。みんなの顔付が警戒感を増したものになった。
まあ、マッチョは相変わらず兎跳びするだけだけど。
「おうおう、居るねー」
先頭を行く麻衣が足を止め、槍をしっかりと構え直す。
どうやら魔物が居るようだ。
「このままだと見難いから、刈り取れ!ウインドカッター!」
麻衣が手を前に突き出しながら叫ぶと、風の刃が視界を遮る草を刈っていく。
そうして、前方に三十メートル程の視界が開ける。
そこには刈られた草と、殺る気に満ちた角の生えた兎さんたちが居た。
「あー、殺れたのは一匹だけか」
麻衣の言葉を確認するように前を見ると、刈られた草に埋もれるように一羽の兎が横たわっている。その兎は胴体が真っ二つになっているようだ。草で覆われているからいいようなものの、腸をぶちまけているのは間違いない。あれを後で異次元収納に仕舞う作業が待っているとなると気が滅入ってくる。どう考えてもグロいのだから。
一応、その兎のステータスを確認しておく。
角兎 2歳 雌
種族 :角兎
MP :15/15
筋力 :8
生命力:9
器用さ:9
素早さ:22
知力 :7
精神力:7
持久力:12
スキル:ダッシュ
状態 :死亡
角が生えているからそうだと思っていたが、やっぱり魔物だった。スキルを持っているのが何よりの証拠だ。ただの獣ならスキルは持っていない。
それにしてもこの角兎、俺にとってはかなり危険な相手だ。俺より素早さが高い上に、スキルの『ダッシュ』で更に素早さを上げることさえ出来るのだから。
おまけに今は群れている。
あの数に遭遇したら絶対に蜂の巣だよな。
俺は目の前の十数羽にもなる角兎を見てそう思った。
「取り敢えず、あいつらは私が殺るね。木の上から新手が来るからそっちよろしく」
そんな相手に対して麻衣が『誘引』を発動させながら一人で突っ込んでいく。
角兎たちは麻衣に引き寄せられるように『ダッシュ』を使って襲い掛かる。
「秘儀!千手観音!」
『身体強化』を使って器用さと素早さが二倍になった麻衣が、無数の残像を残しながら槍を繰り出していく。
角兎たちは顔を貫かれ、首を飛ばされ、払い飛ばされた後に腹を貫かれて死んでいった。
「「「「「「「「「「「ウキー!!!」」」」」」」」」」」
角兎への対応に追われる麻衣に、頭上より猿の魔物が襲い掛かる。その数十一匹。
「貫け!サンダーボルト!」
「超速!!!」
怜奈が右側の六匹に雷魔法を放ち、『身体強化』を使って素早さが三倍になった智弘君が左側の五匹に切り込む。
雷魔法を食らった猿は顔を炭にして地面に落ち、智弘君に斬り掛かられた猿は斬られたことに気付くことなく首が胴体から離れていった。
「すげー。技の名前を叫びながら戦ってるよ」
魔物をバンバン倒していくのも凄いのだが、それ以上に技の名前を叫びながら戦っているのが凄い。俺にはあんなの恥ずかしくて無理だ。
まあ、俺の場合はそんな余裕すら無いけどな。
「あ、言っておきますけどあんなことをやっているのはあの三人だけですからね」
他にもやっている人が居るのかなと思っていると、機先を制するように進藤がそう言ってくる。
「そうなんだ。進藤君もやればいいのに。ヒーローっぽくていいと思うよ」
「やめてください。あんなの恥ずかし過ぎます」
「そう言わずにやってみたら?きっと似合うわよ」
「確かに似合いそうですね」
「もう、有香さんや今江さんまで。あんなことやりませんよ。そんなに言うならみなさんもやればいいじゃないですか」
「私はパス」
「そういったことは若い人に任せますよ」
俺たちがそうやって冗談を言い合っている内に戦闘は終わっていた。
結果は当然、三人の圧勝である。
「一先ず終わりかな」
「楽勝楽勝」
「お疲れ。あっと言う間に倒すなんて凄いね」
「まあね。あんなのザコザコ」
智弘君が雑魚扱いする猿も俺にはかなり危険な相手だ。
そのステータスを見て改めてそう思う。
噛み付き猿 3歳 雄
種族 :噛み付き猿
MP :22/22
筋力 :12
生命力:9
器用さ:15
素早さ:11
知力 :10
精神力:8
持久力:13
スキル:噛み付き
状態 :死亡
スキルの『噛み付き』は革鎧くらいなら簡単に食い千切ってしまう程の威力を持つ。おまけに、対応し難い頭上から攻撃してくるので俺一人だと不意討ちであっさりやられる可能性が高い。
今日はみんなと一緒だからいいが、一人で来てはいけない場所だとつくづく思った。
「それじゃあ仕事をしますか」
いつまでも魔物への対処方法を考えていても仕方ないので、俺は自分の仕事に取り掛かることにする。
異次元収納から手袋とシャベルを取り出して作業に取り掛かった。
取り敢えず転がっているものは全て異次元収納に放り込めばいい。
「はあー、それにしてもグロい」
グロさで言えば廃棄物処理で見ている臓物だらけの樽より上だ。何というか、生首とか、首無しの胴体とか、胴体からはみ出ている腸などの方がより生々しくてグロく感じる。
「もう、そんなこと言っちゃダメですよ。ようやくこの光景に慣れてきたのに」
「そうそう」
「ごめん」
俺は麻衣と怜奈に『グロい』と言ったことを窘められる。
みんな日本に居た頃はこんなに動物の死体を見ることもなかったので嫌悪感があるものの、この世界で冒険者として生きていくと決めた以上慣れていかなきゃと思い始めたところなのだろう。
その後は淡々と狩った獲物を異次元収納に放り込んでいく。グロいと思いつつも口には出さずに。
ついでに麻衣の魔法で刈られた草も集めて放り込む。トイレットペーパーの材料になるからね。
「あれ?草も入れるんだ」
「うん。トイレットペーパーの材料になるから」
「そうなんだ。じゃあ入れとく」
みんなが手伝ってくれたので作業はすぐに終わった。
「さあ次行こう」
一通り回収し終えたところで再び進む。
まだまだ狩りはこれからだ。
「エアライド!」
「水牢!」
「分身の術!!!」
これで魔物との戦闘は四度目だが、相変わらず三人が無双していた。
現れる魔物は角兎、噛み付き猿以外に大鼠、隠れ鼬なんてものが居たのだが、そのどれもがやたらと数が多い。常に十体以上の群れである。
「それにしても、やたらと数が多いですね。いつもこんな感じですか?」
「そうね、いつもより多少多い気はするけど、こんな感じね」
「そうなんだ。あと、やたらと好戦的ですよね」
「そうですね。こうしてただ適当に歩いているだけで襲ってきますから」
「え、『気配察知』で見付けた魔物の群れの方に進んでいる訳ではないんですか?」
「違いますね。魔物の住む領域を適当に歩いているだけで魔物が集まってきてこちらを襲ってくるのです。気配察知があるとその動きがよく分かりますよ」
「そうなんだ。うーん、これで本当に死傷率低いのかな?」
今江さんの説明だとこれまでの戦闘は全て魔物に襲われて撃退しているだけのようだ。確かに思い返してみれば全て待ち構えられていたような気がする。
それにしても、一度にこれ程の数が襲ってきて他の冒険者たちは対応出来ているのだろうか?俺が鑑定で見てきたクロークルの冒険者のステータスではかなり死傷者が出ると思うのだが。
「あ、他の冒険者のパーティーはこんなに魔物に襲われたりしないそうですよ」
「そうなの?」
「はい。一度に遭遇する数は多くて四、五匹だとか」
「そうなんだ。この光景の方が異常なんだ」
「そうみたいです。冒険者ギルドの人には遭遇する魔物の数も頻度も異常だと言われました。それに、遭遇した魔物もここまで好戦的ではないようです。特に角兎なんかは逃げることの方が多いみたいですよ」
「そうなんだ」
進藤の説明が本当ならクロークル周辺は死傷率が低いと言われているのも納得出来る。
「じゃあ、このパーティーだけがこんなに襲われるんだ」
「そうみたいです」
「それって麻衣ちゃんが『誘引』持っているから?」
「違うと思いますよ。説明を見る限りそんなスキルではありません」
進藤の言葉に、俺は鑑定で麻衣の持つ『誘引』スキルの詳細を見てみた。
『誘引』
認識した対象の注意を自分に向け引き寄せる。
確かに、『誘引』の説明を見る限りこの状況を作り出すようなものではない。
魔物との遭遇率や遭遇する数に関係しそうにないのだから。
「うーん、『誘引』じゃないならなんで・・・あ、あれか。転生者だからか」
俺は魔物にやたらと襲撃される理由が、俺たちが転生者であるからだと思い至った。
「やっぱりそうなりますよね」
どうやら進藤たちもそう思っていたようだ。
このパーティーと他のパーティーを比べれば間違いなくその結論に辿り着くのだから。
「はあー、嫌な体質だな」
ただでさえトラブルに見舞われると言われているのに、更に魔物にまで襲われる体質なんて嫌過ぎる。いや、魔物もトラブルの一種と考えるのが正しいのか。
何にせよ嬉しくないことだけは確かだ。
「そう?狩りをするにはとっても便利よ。だって獲物の方からやって来てくれるんだもの」
「まあ、そうかもしれませんけど、かなりハイリスクハイリターンですよ。それに、俺の場合は俺が『獲物』になってしまうので」
「ふふ、そうね。田坂さんには迷惑な体質よね」
「はい。とっても」
確かに、有香さんたちには獲物を探す手間が省けていいのかもしれないが、俺にとっては魔物の群れなど対処出来ないトラブルでしかない。つくづく迷惑な体質だ。
「終わったよー」
「ああ、今行く」
俺たちは仕留めた獲物を手早く片付けて再び歩き出した。
うーん、それにしても、思いの外材料を採取するのが難しいな。
俺の予定ではみんなが戦っている間に材料を採取しようと思っていたのだが、戦闘がすぐに終わってしまうのでその時間が無い。有香さんたちとちょっと話をしていると終わっているのだ。
移動中もみんなのペースに合わせるから草を引っこ抜いている暇など無いし、石などを採取しようにも腰の高さを超えて茂る草の前には発見すること自体無理だった。
まあ、今日は毛皮が目的だから他の物を採取出来なくても構わないんだけど、折角外に出ているんだからもう少し何か持って帰りたいよな。
あ、待てよ、獲物の血とか使えるんじゃないか?血には鉄分が多いからそこから鉄を作り出すことも出来るんじゃ。そうだよ。何で気付かなかったかな。
あと、糞尿なんかも普通に肥料で使えるし。
よし、早速分別するか。
俺は早速異次元収納内の獲物から血と内容物を分別することにした。これらを抜いたところで買い取り金額が下がることはないのだから勝手にやっても問題ないだろう。
やはり死んだ獲物からは簡単に分別することが出来る。
ただ、これまでに仕留めた獲物の数が七十四体と数が多いのでかなり大変だ。おまけにバラバラになった個体もあるとなっては尚更だった。
「田坂さん何処に行くんですか?あの、田坂さん。田坂さんってば」
「え、あ、進藤君何か用?」
「何か用じゃないですよ。一人で離れて何処に行くんですか?用を足したいなら一言言ってからにしてください」
「え、あれ?あ、ごめん。そうじゃないんだ。ちょっと作業に気を取られてた」
俺は進藤に肩を掴まれてようやくみんなと別の方向に進んでいたことに気が付いた。
「作業ですか?一体何をしていたんですか?」
「ああ、取った獲物から血や内容物を分けてた」
「え、そんなこと出来るんですか?」
「うん。死んでいるやつなら出来るよ。異次元収納の分別整理機能とでも言えばいいのかな?進藤君たちも試してみたら?」
「そうなんですね。試してみます」
俺は進藤と隊列に戻り、はぐれないように気を付けながら作業を続けつつ歩いて行く。
その後、五度目の魔物との戦闘を終えた時に有香さん、怜奈、進藤の異次元収納持ちがそれぞれ一体ずつ獲物を入れて分別整理機能が使えるか試してみたが、結果は全員ダメだった。
それから暫く歩くと開けた場所に出たので、そこで昼食を取ることになった。
「いやー、運動の後のご飯は美味しいね」
「だね」
「でも、ちょっと物足りない。あの、取った獲物焼いて食べていいですか?」
「構いませんよ」
「よっしゃー!悠馬さん角兎出して」
「角兎ね。どんな状態で出せばいい?毛は取るとして、内臓は別にした方がいいよね。皮とか骨は取る?取らない?どんな状態がいいの?」
「あ、そうか。悠馬さんは色々出来るんだよね。それじゃあ、えーと、毛と骨と内臓と筋を取ったものを出して」
「分かった。何か容器に入れた方がいいよね?」
「うん」
俺は生産ブロックを出して骨の皿を作ると、胴体の傷が大きい角兎を選んで麻衣の注文通りに毛と骨格と内臓と筋、それに雑菌などを取ったものを生産ブロックへと送った。
「「「「「!!!」」」」」
生産ブロックに送られた角兎は毛が無く肌色で、骨や内臓が無いために全体的に潰れており、目玉が飛び出していた。
グロい。飛び出した目玉が物凄くグロい。
俺は食べた昼食が喉を駆け上がってくるよりも早く全て異次元収納に送り返した。
「はあー、びっくりした」
首から上の処理をうっかりしたためにえらいものを見る羽目になったよ。
「もう、何やってんですか!危うく食べた物を吐きそうになったじゃないですか!」
「そうそう。あれは食後に見せるものじゃない。食後以外でも見たくないけど」
「確かにあれはちょっと」
「何やってんだよ」
「ごめん」
俺は生産ブロックを覗いていた麻衣、怜奈、進藤、智弘君に非難されて謝った。
確かにあれは見るものじゃない。
「取り敢えず、肉は切ってもいいよね。一応、それまでは見ないようにしてくれる」
俺はそう告げてから作業を再開した。
解体中の角兎の状態を確認し、目玉は勿論、他に取り除いてなかった脳や内耳などの気になるものを取って生産ブロックへおくる。
そうして、生産ブロックへ送った肉を一口サイズに切っていった。
ここまですればスーパーで売られている肉とほとんど同じだ。
「はい。これでいいかな」
「おー、肉だ」
「うん。スーパーで売ってるやつ」
「これが一瞬で出来るなんて便利ですね」
「早く焼いて食べようよ」
「そうだね。あ、悠馬さんってどんな調味料持ってる?」
「俺は塩しか持ってないけど」
「えー、塩だけ?色々作ったりしてないの?」
「うん。作ってない」
俺はこの世界に来てから自炊はしてないし、食事にも満足していたから調味料の類には手を出していない。
ディオナ様から貰った塩も調味料というより歯磨き粉代わりとして使っているだけだ。
「そうなんだ。じゃあ、今度作っておいてよ」
「分かった。材料が手に入ったら作ってみるよ」
「絶対だからね。あ、それと、この肉を熟成することって出来る?」
「どうなんだろう?取り敢えずやってみるよ」
俺は生産ブロックを出して角兎の肉を中に入れる。
そして、肉を熟成させようと意識してみるが何の変化も感じられなかった。
「うーん、無理っぽい」
俺の『熟成』のメカニズムに対する知識が漠然とし過ぎているためだろうか。一向に変化が無い。この様子では『発酵』させることも不可能だろうな。
「無理か。残念」
「どうする?塩振って焼けばいい?」
「それは出来るの?」
「多分ね」
塩を振るのは簡単だ。異次元収納から塩を適量送って万遍なく振り掛ける。
続いて焼く作業だが、これもイメージすれば簡単に出来た。部位ごとに加減することも可能だ。皮はしっかり焼いてパリッと、肉はあまり火を通し過ぎないようにしてふっくらジューシーに。そうイメージして『完了』すれば角兎の塩焼きが完成だ。
「「「「おおー」」」」
湯気が立ち上る焼けた肉。塩を振っただけのものだが物凄く美味そうだ。
「はい。これ」
俺は異次元収納から骨の爪楊枝が入った容器を取り出す。
麻衣、怜奈、進藤、智弘君はそれぞれ爪楊枝を手にして次々に角兎の肉に突き立てていった。
「美味ーい!」
「美味!」
「うん。美味しい」
「ほんと、うまいよな」
「悠馬さんも食べたら?」
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
そうして俺も角兎の塩焼きを口に入れた。
最初に広がったのは皮から出た脂の旨味。そこへ噛むごとに肉の旨味が加わってくる。
「角兎の肉ってこんなに美味いんだ」
「美味しいよね。聞くところによると、魔物ってマナの濃い地域に居るもの程美味しいみたい。だから角兎の美味しさなんて大したことないんだって」
「へえー、そうなんだ。うーん、マナの濃い地域の魔物ってどんな味がするのか気になるな」
この角兎の肉は捌いたばかりなのにかなり高い牛肉に匹敵すると言っていい。それが大したことないと言われるなら、一番美味い肉は一体どれ程美味なのであろうか?
「うん。ただ、マナの濃い地域程魔物は強くなる。美味しい肉を求めて食べられてしまう冒険者も多いらしい」
「そうなんだ。それは真似したくないな。あ、もう一個いい?」
「どうぞ。あ、爪楊枝貸してください。他の人にも配ってくるので」
「うん」
俺は麻衣に爪楊枝を容器ごと渡すと、二個目の肉を味わう。やはり美味しい。俺にはこうした簡単に手に入る美味しさで十分だ。無理して美食を求める気にはならない。
「あ、そうだ」
俺は角兎の肉の余韻に浸りながら思い付いたことを実行するべく生産ブロックを出した。
先程角兎の肉を生産ブロックで焼けたので、異次元収納に入れている邪魔なスライムも焼くことが出来るのではと思ったのだ。
「ち、無理か」
異次元収納から生産ブロックにスライムを送り、焼こうと意識してみるが反応が無い。
異次元収納に続き、小物生産も生きているものの命を奪うようなことは出来ないようだ。
「田坂さん、そのスライムどうしたんですか?」
「ああ、河原で遭遇したんだよ。よかったら倒してくれない?」
俺は生産ブロックのスライムを見て声を掛けてきた進藤にそう頼んでみる。
ちょうど休憩時間で手も空いているのだから引き受けてくれるのではと思ったから。
「あ、それぼくやる!ぼくやる!いいよね?」
進藤に頼んでいたところ、智弘君が手を挙げて立候補してくる。今日これまでにかなりの数の魔物を屠ってきたのだがまだやりたいとは。
まあ、断る理由もないのでやってもらおう。
「いいよ」
「あ、それ私もやりたい」
「私も」
智弘君に続き、麻衣と怜奈もやりたいと言ってくる。先頭を進んでいた三人は揃いも揃って戦闘狂か。
「いいよ。八匹居るから、実験も兼ねてみんなに一匹ずつ倒してもらおうかな?お願いしてもいいですか?」
三人に全て任せてもいいのだが、みんなにそれぞれ別の方法で倒してもらう方が有意義ではないかと思ったのだ。
「はい。スライムとは戦ったことがないのでやってみたいです」
「私も構いませんよ」
「私もいいわよ」
「いいですよ」
「俺の筋肉に任せておけ」
どうやらみんな俺の頼みを引き受けてくれるようだ。
実にありがたい。
「早くやろうよ」
「そうだね。じゃあ、出すよ」
智弘君に促された俺は生産ブロックを『完了』にしてスライムを解き放った。
「一番はぼくだからね。それにしても動きおそっ。ねえ、この見えてる玉って魔石だよね?」
「スライムだから『魔石』じゃなくて『核』ね。一応スライムの弱点」
「弱点って言っても魔石でしょ?傷つけたらダメなんじゃないの?」
「無傷でも銅貨一枚にしかならないから狙ってもいいんじゃない?」
『魔石』。魔物はみんな持っている魔力の塊。魔道具を使う際のエネルギー源になり、その内包する魔力の量で価値が変わる。基本的に魔物の心臓に癒着するような感じで存在しているため、冒険者たちは魔物の心臓を狙うことは無いそうだ。傷物になると価値が下がるから。
「そう。まあ、一応狙うのはあとにしよ」
智弘君はそう言ってスライムの核以外を刻んでいく。
ただ、それ程ダメージは与えられていないようだ。斬っただけではすぐに傷も塞がるし、一部が切り離されて状態が『軽傷』になっても、その切り離された部分が動いて本体と合体すると状態が元に戻ってしまう。
「あー、ムカつく!」
智弘君がそう言ってスライムの核を斬り付けると、スライムはあっさり死んでしまった。
「あー、だからスライムは割に合わないって言われてるんだ」
「討伐依頼が出ないと誰も狩らないのがよく分かる」
麻衣と怜奈が頷きながらそう呟く。
確かに、傷物の核(魔石)と買い取ってもらえない胴体しか手に入らないのでは、討伐依頼で報奨金が出るようにならないと狩る対象にはならないだろう。
「次、僕がやっていいですか?」
「いいよ」
どうやら進藤には何か考えがありそうだ。
俺は剣を抜いた進藤の前にスライムを出した。
進藤はスライムの一部を切断すると、切り離した部分を剣で遠くに弾き飛ばす。それを何度も繰り返しているとスライムの状態が『軽傷』から『重傷』へと変わる。そして遂には『死亡』へとなった。
「なるほど。胴体を削り取っていけば核を攻撃しなくても倒せるのか」
「みたいですね。智弘君が一部を切り離した時に『軽傷』になっていたから、もしかしたらと思ってましたけど」
「むうー」
進藤がスライムの核を攻撃せずに倒したことで智弘君が拗ねてしまった。
「拗ねないの。しっかりヒントを残したんだから。じゃあ、次は私ね」
そんな智弘君を宥めながら麻衣が槍を手に名乗りを上げる。
「あ、出来れば武器じゃなくて魔法を使ってみてくれる?色んな倒し方を見てみたいからさ」
「そうだね。分かった。・・・はっ!ウインドカッターV!」
麻衣は俺が出したスライムを槍で空中に放り上げてから風魔法を放つ。
スライムはVの字にカットされて絶命した。
無駄に派手だよな。まあ、かなり拗らせているから仕方ないか。
俺は落ちてくるスライムの残骸を異次元収納で受け止めながらつくづくそう思った。
「スライムには魔法の方が効くな」
「ですね」
スライムは、能力値の面でも、スキルの面でも、魔法への耐性が低いのだから当然と言える。
その後は、怜奈が雷魔法で感電させ、今江さんが火魔法で焼き、有香さんが水魔法と闇魔法を合成した氷結魔法でスライムを凍らせて倒していった。
「ねえ、おばあちゃんの分はぼくがやっていい?」
「おばあちゃんはいいけど・・・」
「いいですよ。智弘君で」
「やったー」
山下さんが戦う番になると智弘君がやらせてくれと言ってくる。
まあ、どうしても山下さんにやってもらいたいという訳でもないのでやらせておこう。こんなことで拗ねられても面倒なだけだし。
そうして智弘君の前にスライムを出してやると、ダガーで核だけを器用に抉り取っていた。
「ようやく俺の番か」
「あ、マッじゃなくて、酒田さんにはこれを使って戦ってもらいたいんですけど。確認したいことがあるので」
俺は異次元収納から骨の脇差を取り出してマッチョに手渡した。
「ん?刀か。まあ、いいだろう。ただし、折れても知らないぞ。俺の筋肉に耐えられなくてな」
「構いません。じゃあ、お願いします」
俺はマッチョからかなり距離を取ると、そこでようやくマッチョの前にスライムを出した。
「ふん!」
マッチョは目の前に出されたスライムに対しすぐさま脇差を振り下ろす。それは正確に核を捉えていた。
刃先がしっかりと地面に埋まる程の斬撃。それでもスライムは死んでいなかった。
『瀕死』だけど生きてるよ。
これで今のマッチョの筋力を超えないとスライムを斬り付けてもダメだとはっきりした。これは大きな収穫だ。
「「あ、増えた!」」
「ほんとだ」
俺にとっては見知った、他のみんなには初めての光景。核を傷付けられたスライムが分裂する。
「むう。ふんふん」
マッチョが再びスライムに斬り付けるが、ただ胴体を斬っただけなので『軽傷』にもならない。
この様子では最初に核に命中したのも偶々なのだろう。
「ぬうー!ふんふんふんふんふんふんふんふんふん!」
『身体強化』を使い筋力が三倍になったマッチョが脇差でスライムたちを滅多刺しにし始める。
ただ、手当たり次第に突き刺すだけなのでスライムを倒すには至らず、むしろ核を掠めて余計に分裂される羽目に陥っていた。
どんどん増えていくスライム。一匹だったスライムは十匹を超えようとしていた。
まあ、マッチョがダメージを負うようなことはないのだが、このままなのも不味い。
情報も得られたし、後はさっさと事態を収拾したいところだ。
「酒田さん!一度離れてください!」
今江さんが事態の収拾を図るべくそう指示を出すもマッチョは聞いていない。
一旦離れてくれれば掩護なども出来るのだが、『知力7』のマッチョに状況判断を求めるのは無理だった。
「ぬがー!」
バキッ!
マッチョは持っていた脇差を膝蹴りで叩き折る。そして、スライムを踏みつぶした。
ビチャ!
踏み潰されたスライムの体が飛んできて俺の顔に掛かる。
べとべとになる顔。おまけにかなり臭い。
俺は顔に掛かったスライムを手で拭った後、小物生産で手拭を温かいおしぼりにして顔を拭いた。
おしぼりで拭いたことでべとべと感は取れたのだが、臭いは完全に取れないし、皮膚がヒリヒリする。スライムの体が消化液を含んでいたということか。
クソマッチョが!
怒りを含んだ視線をマッチョに向けると、マッチョの周囲の空中にスライムの残骸が張り付いていた。
「すみません。もう少し早くこうしていればよかったのですけど」
進藤がそう言いながら回復魔法を掛けてくれる。
どうやら目の前の状況は進藤がマッチョの周囲に魔法障壁を張った結果らしい。
「ありがとう。進藤君は悪くないよ。それにしても酷い絵面だ」
「はい」
半球状の魔法障壁の中で暴れるマッチョ。
スライムを踏み潰し、蹴り飛ばし、魔法障壁に張り付いたスライムを殴る。そうしている内にマッチョの体はスライムでべとべとになっていく。
マッチョの一人ローションプレイ。
そうとしか言えない光景から、俺はそっと目を背けた。




