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「さて、風呂屋に行くか」


 職人ギルドでゴミを貰った俺はいつものように風呂屋へと向う。

 入り組んだ路地を抜け、大きな通りまで来たところで声を掛けられた。


「田坂さん、こんばんは」

「あ、進藤君。こんばんは」


 声を掛けてきたのは進藤だった。

 ここは職人街で冒険者が来ることは珍しい。おまけに今は日没後で、注文などを受け付けてくれる時間帯ではなかった。一体何をしに来たのだろうかと思ったが、それはさておき、取り敢えず初日ぶりに見た進藤のステータスを鑑定で確認してみる。



進藤和也 16歳 男

種族 :人間

MP :84/1024

筋力 :57

生命力:55

器用さ:58

素早さ:61

知力 :56

精神力:54

持久力:58

スキル:言語自動変換

    パラメーター上昇ボーナス

    剣術

    短剣術

    盾術

    体術

    身体強化

    火魔法

    土魔法

    水魔法

    風魔法

    雷魔法

    聖魔法

    無属性魔法

    気配察知

    魔力察知

    異次元収納

    鑑定



 相変わらず高い能力値。俺の記憶では初日に見た能力値はどれも40ちょっとだったはずだから、全ての値がかなり上がっている。

 やっぱりこのステータスは羨ましい。今日は猪に遭遇して身の危険を感じただけに尚更だ。

 羨ましくてため息が出そうになるのを堪えていると、進藤は呆れた顔で俺のことを見ていた。

 やはり『鑑定』持ち同士だと行動が被る。


「何ですかそのMP。多いとは思っていたけど、9000越えって。道理で何処に居ても田坂さんの居場所が分かる訳だ」

「え、俺の居場所分かるの?」

「はい。田坂さんのMP量ってクロークルで断トツに多いですから、『魔力察知』を使えばすぐに分かります」

「そうなんだ」


 『魔力察知』を使えばすぐに居場所が分かるというのは由々しき事態かもしれない。

 誰かに行動を監視されていると思うと、如何わしいお店に行き辛いのだから。

 少なくとも、進藤にそんなことがバレるのは嫌だ。

 他に有香さんも『魔力察知』を持っていたから、有香さんにバレるのも勿論避けたい。


 二人がクロークルを離れるまではそういった店には行かない方がいいかな。出来ればMP量を隠蔽出来る魔道具みたいな物があればいいのに。


 高いステータスの冒険者の二人だけに何れはこの街を離れるだろう。クロークル周辺は腕の立つ冒険者にとっては取れる獲物の単価が安くて実入りの悪い場所なのだから。それまでは如何わしい店は避けておこうと思った。

 それと、MPを隠蔽出来る魔道具があれば絶対に買おうとも。


「ええ。今日みたいに田坂さんを探す時は非常に便利ですね」

「俺のこと探してたの?」

「はい。聞きたいことがあって。いい風呂屋って知りませんか?」

「いい風呂屋?いつも行く所なら分かるけど、進藤君が泊まっている宿屋の近くには無いの?」

「僕が泊まっている宿屋の近くだと冒険者の利用が多いんです。そういった風呂屋は浴室もお湯も汚いし、嫌らしい目付きでジロジロ見てくる人は多いし、お尻などを触ってくる人も居るので寛げないんです」

「そうなんだ」


 汚い風呂屋は確かに嫌だ。俺も行きたくない。

 その他のことについては、イケメンを不憫に思ったのは初めてだと言っておこう。この件については一切羨ましくない。


 取り敢えず、進藤を風呂屋に案内することに否はないので一緒に行くことにした。

 途中、他の人の話を聞くと、男性陣は分かれて風呂屋を巡って情報収集しているらしい。泊まっている宿に近い所から始めて、段々と北上してきているようだ。やはり、みんな汚い風呂屋はダメみたい。

 女性陣はというと、冒険者ギルドの近くに元冒険者の女性が営む女性専用の風呂屋が在るからそこに通っているらしい。値段は高目だが、女性冒険者にとって嬉しいサービスが充実しているそうだ。

 因みに、その風呂屋は当初男性も利用出来たそうだが、男性冒険者があまりにも汚すので女性専用に変わったのだとか。何をやっているんだろうね。男性冒険者は。


 そんな話をしているといつもの風呂屋が見えてきた。


「ここだよ。俺がいつも行く風呂屋は」

「へえー、いい感じじゃないですか」


 俺が毎日通っているこの風呂屋は、自動販売機や、テレビ、扇風機、マッサージチェアなどの機械類が無い点を除けば、日本のスーパー銭湯とほぼ同じだ。

 俺たちは料金を支払って脱衣所へと向った。


 服を脱いで浴場に向い、体を洗ってから湯船に浸かる。


「「はあー」」


 湯船に浸かる時に出る声が進藤とハモる。まあ、これは仕方がない。風呂にはそう言わせる魔力があるからな。

 それよりも気になることがある。やたらと他人と目が合うのだ。

 進藤は祖父がフィンランド人のクォーターで、超が付く程のイケメン。だから他人の視線が集まるのは仕方がないのかもしれないが、隣に居る俺にも一緒にそれらが向くので居心地が悪い。

 場所が男湯というのも一層そうさせている。


「何か滅茶苦茶見られている気がする」

「これくらいなら大したことないですよ」


 そう言って平然としている進藤を見るとこれくらいは許容範囲らしい。

 まあ、確かに嫌らしい目付きで見てくる人はほとんど居ない。どちらかと言えば羨望の眼差しと言う感じか。

 あまり気にしていても仕方がないので無視することにした。


「それはそうと、商売の方はどうですか?」

「今のところは順調だよ。ここまでで金貨四十枚分くらいの利益が出てる」

「そんなに。凄いですね」

「お陰様でね」


 本当に『お陰様で』だ。

 商売に関して言えば恵まれているとしか言いようがない。

 俺が持つスキルの『小物生産』と『異次元収納』がやっぱりチートだし、儲け話は舞い込むし、ハインツと言う得難い相談相手も出来たのだから。


「みんなはどうなの?」


 俺は気になる他のみんなのことを聞いてみた。

 チートだらけの集団なのだ。さぞや稼いでいることだろう。


「それ程多くないですね。一人当たりで言えば金貨十枚も無いですよ」

「そうなんだ。やっぱり狩りは難しい?」


 予想外に少なかった稼ぎに驚いた。


「獲物を仕留めるのは簡単なんですけど、高く買い取ってもらえるようには仕留められてないんです。特に初日は酷かったですね。オーバーキル祭りと言うか、原形を留めていないものを量産してました。みんなゲームキャラのような動きが出来るようになってテンションが上がっていたから」

「そうなんだ」


 進藤の説明に俺は若干引いていた。


 原形を留めていないものを量産って・・・。


 そんなことをしていては稼げるはずもない。

 彼らに遭遇してしまった獣や魔物には心底同情する。


「それ以降は気を付けて獲物を狩るようにはしているのですけど、なかなか上手くいかなくて。いい状態で狩れるのは三割以下ですね。それと、血抜きをしないとダメって知らなくて買い叩かれたこともあります」

「そっか。慣れないことをするのだから仕方ないね」


 現代日本人に狩りの経験が有る者などほとんど居ない。

 ゲームキャラのような動きが出来るようになっても、獲物に傷を付けないように上手く狩ったりするのにはそれなりに時間が掛かるのだろう。

 まあそれでも、狩られる側になりかけた俺よりかは遥にましだけどな。


「そういえば、田坂さんって何を売っているんですか?」

「ああ、今のところ歯ブラシと」

「歯ブラシですって!歯ブラシって、あの歯ブラシですよね!日本で売っていたような!」

「う、うん。そうだけど」


 俺が『歯ブラシ』と言った途端、進藤が俺の肩を掴んで迫ってくる。


「売ってください!」

「売るよ。売るから放してもらえないかな」


 近い。顔が近いから。


 こういうことはイケメンではなく、美女にやってもらいたい。


「絶対ですよ!はあー、これでちゃんと歯が磨ける。あの木の棒の先を割いたやつじゃ上手く磨けなくてイライラしてたんですよね。あれはありえない。まあ、トイレの方がありえなかったですけど」

「ああ。冒険者ギルドには葉っぱだけが置いてあったよね」


 あれはこの世界に来て一番の衝撃だった。


「そうです!って田坂さん冒険者ギルドに行ったんですね」

「うん。行った。クロークル周辺の魔物の出没情報を調べたりするのでね。その時にトイレを借りて愕然とした。あれはありえない」

「ですよね!」

「うん。その後すぐにトイレットペーパーの材料を取りに行ったよ」

「トイレットペーパー!」

「有るから。渡すから。放して」


 『トイレットペーパー』と聞いて再び俺の肩を掴んで迫る進藤に自制を求める。


 こんなことを繰り返しているとそっち系の人に思われるだろうが!


「絶対ですよ!絶対!」

「分かってる。ちゃんと渡すから。取り敢えず一ロールでいいよね?」

「出来ればもっと売ってほしいのですけど。他の人にも渡してあげたいし」

「じゃあ、今持ってる六ロール全部渡すよ。あー、値段どうしようかな」

「普通の売値でいいですよ。割引してもらわなくても構いません」

「いや、割引とかじゃなく、値段を決めてないんだよ。トイレットペーパーは売り物じゃなくて、自分で使うための物だから」


 俺がトイレットペーパーの値段について考えていると、進藤が値引きの話だと勘違いしていた。


「まあ、今回はいいか。只であげるよ。その代わり、ちゃんとみんなで話し合って分配して」

「ありがとうございます!」


 材料採取のための拘束時間を考えると、毎回只にする訳にもいかない。今後のことを考えて早めに値段を決めておこう。


「他には何を売ってるんですか?」

「他に売っているのは骨で作った容器だよ。薬屋に軟膏タイプの容器として売った。後は糸を作って売ったけど、これから先は売らないかもな」


 既に高級品路線で商売をすることを決めているし、ガラスの原料も発注している。

 商品ラインナップに糸を置いておく必要性は感じなかった。


「そうですか。その三つの商品だけで金貨四十枚って凄いですね」

「厳密に言えば、利益の六割くらいが骨の容器で、四割くらいが冒険者ギルドから請け負った解体所の廃棄物処理の代金だね。他は微々たるものだよ」

「そうなんだ。歯ブラシなんかかなり売れそうなのに」

「ああ、歯ブラシは大口の注文が入ってるよ。全部で四百五十本、金額で言えば千六百二十ディオの売り上げかな」

「凄いじゃないですか」

「これに関しては全部が利益と言う訳ではないけどね。材料の毛皮を買わないといけないから」


 今日毛皮を取り扱っている店を見て回ったが、少なくとも売り上げの三割は毛皮代で消えるはずだ。


「あ、それなら僕たちと一緒に狩りに行きませんか?異次元収納を使って狩った獲物などを運んでもらえれば、その代価として幾つかの獲物を差し上げることは可能だと思います。僕たちは買い取り金額を山分けしているので、買い取り金額の低い物から田坂さんに渡せばかなりの数になると思うし、買い取ってもらえないような物なら只で差し上げます。途中田坂さんが必要な物の採取をしていても構いません。どうですか?」


 進藤の申し出は非常にありがたいものだった。

 正直、すぐに頷いてしまおうかと思ったけれど、そこに今日の猪のことが頭を過ぎる。


「うーん。魔物の多い場所に行くのはちょっとな」


 魔物ではない普通の猪一匹ですら対処しきれない俺なのだ。チートな者たちと一緒だとしても万が一の不安が拭えなかった。


「大丈夫です!田坂さんのことは僕が守りますから!」


 進藤は俺の手を取ってそう叫んでいた。


 キュン!


 って感じには勿論ならない。進藤への好感度自体は上がったが、むしろこんな場所でなんてことをしてくれたんだって感じだ。


 ほら、周りの人たちが俺たちをそっち系のカップルに見だしたじゃないか!

 おい!そこのおっさん!『俺は理解あるぜ』みたいな顔で親指立ててくるな!


「取り敢えず手を放そうか。周りの人に変な目で見られるから」

「え、あ、すみません」


 俺に言われて、進藤も周りの様子に気付いたようだ。すんなり手を放した。


「俺は先に出て寛いでいるから、進藤君はもう少ししてから出てくるといいよ。歯ブラシとトイレットペーパーはその時渡すから」

「分かりました」


 これ以上一緒に居ては更なる誤解を招きそうなので、俺だけ早々にその場を離れることにした。


 風呂を出て服を着た俺は、テーブルが在る場所のベンチに座って買った柑橘系の果汁を飲む。

 そうしてしばらく寛いでいると、進藤が脱衣所から出てくるのが見えた。

 その途端に周囲の視線を集めている。特に女性たちのものは根こそぎ持っていっているような感じだ。


 ふむ。これを利用しない手はないな。


 イケメンを嫉妬したところで幸運は訪れないし、一銅貨も稼げない。

 ならばここは利用するのみ。


「お待たせしました」

「進藤君も何か飲む?あそこで飲み物売っているからこれで買ってくるといいよ」

「いいんですか?ありがとうございます」


 進藤は俺が渡した銅貨を持って飲み物を買いに行った。


 ふふふ。まあ、取っておきたまえ。これから君には俺の役に立ってもらうのだからね。


 イケメンを利用しようと思えば、嫉妬心も悪い笑みえと変わっていく。

 まあ、利用すると言っても進藤に不利益を与えるつもりはない。ただ、俺の方がより利益を得るというだけのことだ。


 進藤が飲み物を手に、テーブルを挟んだ向かいの席に座ったところで声を掛ける。


「さっき風呂で一緒に狩りに行かないかって話をしてたけど、お願いしてもいいかな」

「はい!一緒に狩りに行きましょう!」

「なんかえらく歓迎されてるようだけど、俺は付いて行くだけだよ。まあ、荷物持ちはするけどさ」

「それが非常にありがたいんです。僕たちは血抜きが出来ないから、仕留めた獲物はすぐに異次元収納に仕舞わないと買い取り金額が下がるんです。だから、獲物を仕留める度に異次元収納を使うのですけど、その分他の魔法が使えなくなる訳で」

「なるほど。ちなみに、昨日は異次元収納だけでどれくらいMP使ったの?」

「400くらいですね」

「400か」


 なるほど。俺が狩りに付いていくのを歓迎する訳だ。異次元収納を使用するだけで四割もMPを消費するのではな。


「確か八木さんと安岡さんも異次元収納を使えたよね。その二人はどうなの?」

「そうですね、有香さんが400くらいで、怜奈が300くらいかな。二人とも僕と同じで一回異次元収納を使えばMP20を消費します。だから二人も田坂さんを歓迎すると思いますよ」

「そう」


 有香さんと怜奈も異次元収納で大量にMPを使っているのか。

 これはぜひとも狩りに付いて行って恩を売らねばなるまい。


「出来れば明日から一緒に行ってもらいたいのですけど、時間は空いていますか?」

「うん。明日なら一日空いているよ。で、何処で待ち合わせればいいの?」

「南門の前で。時間は九時から十時の間くらい。この世界には時計が無いので大体でいいです。遅いようなら迎えに行きますから」

「うん。分かった。それじゃあ、歯ブラシとトイレットペーパーを渡しておくよ。歯ブラシは一応みんなの分も入れておくので要る人には渡してあげて。代金は明日貰うから。リュックサックも明日返してもらえればいい」

「はい」


 俺はさもベンチの下から取り出したかのように異次元収納からリュックサックを取り出すと、その中に歯ブラシ八本と、トイレットペーパー六ロールを入れてテーブルの上に置いた。

 やはり、異次元収納を不特定多数の人間に見せるのは抵抗がある。

 俺はリュックサックの中から歯ブラシ一本と、トイレットペーパー一ロールを取り出す。


「それと、問題ないと思うけど、一応、品質をチェックしてもらえるかな」

「はい。・・・ああ、この感じ。これですよ!これ!」


 進藤は歯ブラシとトイレットペーパーを触ってはその感触を確かめる。

 待ち焦がれていた物を手にしてテンションが上がる進藤を見つつ、俺は横目で周囲の人たちの反応を窺った。


 みな注目はしてる。

 進藤が手にする歯ブラシやトイレットペーパーにも興味がありそうだ。

 ただ、用途をはっきりと理解しているとは言い難い。


 さあ、そろそろ役に立ってもらおうか。


「出来れば歯ブラシは実際に使ってみてもらいたいんだけど」

「ここでですか?」

「うん。使い心地について聞いておきたいからさ。毛の硬さとか、ヘッドの形とか、使ってみてどうだったか聞きたいんだ。要望があればこの後改良して明日渡すことも出来るし。幸いここには口を濯ぐ場所もあるからね」


 俺はそう言って飲み物を売っている場所の近く、管から飲料用の水が出ている場所に目を向ける。無料で飲めるその水はずっと出続けていて、当然ながらその周囲に排水設備もある。歯を磨いた後の口を濯ぐ洗面台の機能は十分に備えていた。


「そうですね。じゃあ、ちょっと水を汲んできます」


 進藤はそう言って残っていた飲み物を一息で飲み干すと、席を立って水を汲みに行った。


「田坂さん、歯磨き粉ってありますか?」


 進藤は戻ってきて席に着くなりそう聞いてくるが、俺は首を横に振ることしか出来ない。


「無いよ。歯磨き粉の材料なんて知らないからね。進藤君は知ってる?」

「えーと、フッ素とか」

「それくらいなら俺でも知ってる。それ以外の材料だよ」

「すみません。分からないです」

「だろ」


 歯磨き粉を作っている会社の者ならともかく、日本で普通に生活していた者に歯磨き粉の作り方なんて分かる訳がない。


「まあ、無い物強請りしてても仕方がないから、取り敢えず歯ブラシの使い心地を確かめてみてよ」

「そうですね。・・・ああ、これですよ!これ!奥歯までしっかり磨けるこの感じ!やっぱり歯ブラシはこうでないと!」


 歯を磨きだした進藤がうっとりとした表情を見せる。俺とは違い、この世界に来てから四日目でようやくまともに歯を磨けたとあって、自然と出たその恍惚とした表情はやたらと色気を振り撒いていた。

 超イケメンが見せるその表情に、それを見た周囲の女性たちと、一部の男性たちまでもがうっとりとした表情を見せていく。


 グッジョブ進藤!


 俺の期待を遥かに超える、気を抜けばこちらまで惚れそうになる程の光景。CMとしては文句の付けようもない。


「なあ、そっちの兄ちゃんが使っているのは歯を磨く物だよな?俺にもちょっと見せてもらえないか?」

「はい。・・・どうぞ」


 進藤に視線を奪われた連中を他所に、一人の中年男性が俺に声を掛けてきた。

 俺は待っていたとばかりにリュックサックに手を入れて、異次元収納から取り出した一本の歯ブラシを男性へと手渡す。


「へえ。棒の横に毛が付いているのか」

「そうです。そのために奥歯も磨き易いんです」

「なるほどな。なあ、これってあんたが売っているんだよな?」

「はい。銅貨五枚で販売しています」

「だったら俺に売ってくれ。えーと、これでいいよな」

「はい。毎度ありがとうございます」


 俺は男性から歯ブラシの代金を受け取ると、頭を下げて礼を述べた。


「俺にも売ってくれ」

「俺にも」


 一本売れたことが呼び水となって、売りに出せる十二本はすぐに売れてしまった。


「すみませんが、手持ちの分はこれで売り切れです。申し訳ありません」

「なんだよ。もう売り切れか」

「この近くの『走る陸亀亭』と言う宿で委託販売していますので、ご入用の方はそちらでお求めください。まだかなりの数が残っていると思います」

「そうか。『走る陸亀亭』だな」


 俺がそう告げると、結構な数の人間が風呂屋を出て行く。


 よし。上手くいった。

 どうやら歯ブラシの実演販売は成功だな。


 俺は出て行く人たちの背中を見送ってから視線を正面に戻す。

 進藤はまだ恍惚とした表情で歯を磨いていた。


「どうだい?使い心地のほうは。要望があれば遠慮無く言ってよ」


 俺が期待した以上の効果があったのだ。多少の要望など二つ返事で叶えてやろう。


「そうですね。これでも十分ですけど、もう少しヘッドの幅を広げて毛を増やした物がほしいかな」

「ヘッドの幅を広げて毛を増やしたやつね。分かった。今晩作っておくよ」


 その程度の要望などおやすいご用である。

 毛を増やした物の方がしっかりと歯を磨けるだろうから、進藤に渡すだけでなくワンランク上の商品として扱ってもいいかもしれない。


 実演販売の成功だけでなく、商品のヒントも手に入るとは。

 やはりイケメンは利用するべきだな。


 俺はしみじみとそんなことを考えながら進藤が歯を磨き終えるのを待った。


「明日はよろしくね」

「はい。こちらこそよろしくお願いします。今日は色々とありがとうございました。それじゃあ、僕はこれで失礼します」

「うん。湯冷めしないようにね」

「はい」


 リュックサックを手にした進藤を見送ってから、俺は宿へと向った。


「お帰り」

「ただいま」

「さっき大勢人が来て歯ブラシが売り切れたんだけど、あんた何かしたのかい?」

「ええ、まあ。先程風呂屋で実演販売的なことを」

「へえー、あんたなかなかやるねえ。ああ、そうだ。売り上げを渡しておかないとね」


 俺は女将から売上代金を受け取った後、食事をしてから部屋に戻った。

 これからいつものように生産タイムだ。


 先ずは進藤に渡すための歯ブラシを作る。

 いつも作る歯ブラシよりもヘッドの幅を広げ、毛の量も五割増やす。そのついでに毛の長さを長いものと短いものにし、長い毛の先は細く、短い毛の先は平らな形状にする。長くて先細の毛は歯周ポケットを、短くて平らな毛は歯面を磨くためのものに仕上げたのだ。

 そうして出来上がった物は、正にワンランク上の歯ブラシと言えた。


「なかなかいいな」


 指で触る感触はかなりしっかり磨けそうだ。

 俺は自分で使っていた歯ブラシも同じように改造しておいた。


 後は普通の歯ブラシを作っていく。

 出来たのは十六本。これは全て明日女将に渡しておこう。


「一応、戦い方も考えておかないとな」


 明日はみんなと狩りに行く。

 チートな者たちの集団だから俺が戦う必要は無いと思うが、万が一に備えておいて損は無い。

 そう思った俺はこれまでの戦いを振り返った。


 現状、俺の一番の武器は生産ブロックを使っての巨石落としだ。

 それは習い始めた剣術で振るう脇差などよりも遥に高い殺傷能力を誇るのだが、現在保有している巨石の数は十二個と数が少ない。それに使用後に回収するのに大変な労力も必要となる。

 使用に際しても、今日猪と戦った時のように素早い相手にピンポイントで命中させるのはかなり難しく、おまけに落とした後は移動の邪魔にもなった。

 はっきり言って問題だらけである。


 先ず解決しないといけないのは数の少なさだ。

 そこで今保有している巨石を小さくする。

 具体的には一個の巨石を四分の一にした。これで一気に数が四倍だ。

 ただ、これで確実に殺傷能力は落ちる。まあ、それでも一個辺り五十キロを越えるのだから相当な殺傷能力はあるのだけど。

 そこで、今度は形状を考える。

 考え出した形状は剣山をひっくり返したようなもの。これの針の部分を大量にある骨で作り、五十キロ超の石と組み合わせれば強力な武器になるはずだ。


 異次元収納から生産ブロックに送った骨を圧縮して強度を高めると、根元の直径が三センチ、長さが二十センチの円錐状の針を先が下に向くように作る。その数三十六本。

 そして、それら全てを繋ぐ骨組みを作ると、今度は五十キロ超の石を四等分にし、それぞれを鉄アレイならぬ石アレイに仕上げていく。落とした後で回収し易いように。

 最後に、落とす際に石アレイが外れないように、石アレイと骨組みの形を微調整して完成だ。


「うん。これなら猪くらいは仕留められる!多分」


 完成して下に広げた異次元収納へと落ちていく新たな武器。

 これなら猪に後れを取ることはないはずだ。

 俺はこの骨剣山を合計四十個作った。


「じゃあ寝るか」


 俺は明日に備えて早目に寝ることにしたのだけど、なかなか寝付けなかった。

 遠足前夜の子供かって言うくらい気分が高揚していたから。

 まあ、荷物持ちとして付いて行くだけなんだけどね。


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