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「ごちそうさまでした」
昼食を食べ終えた俺はすぐに飯屋を後にした。
あ、ちなみに料金は先払いなので食い逃げではない。
午前中に行った薬屋への骨容器の売り込みの成果はまずまずだった。
直径七センチ高さ三センチのものは銅貨三枚で、七店合計五百六十個。高さ五センチのものが銅貨四枚で、百十個。高さ七センチのものが銅貨五枚で六十個。全て合わせると二千四百二十ディオもの契約が取れた。
しかも、あっさりと。
どうやら、どの店の人も貝殻に詰めて紐で縛るという行為に辟易していたらしい。簡単に開け閉め出来る容器に感動する人すら居た。
お高目な値段も、ハインツが言うようにそれほど気にされる様子もなく、サービスで店名を彫り込むと言えば非常にありがたがられた。
予想以上にスムーズだった売り込みを終え、昼食を済ませた俺は、先ずは服屋へと向うことにする。
替えの服に、寝る時に着るTシャツのような服に、作業着など、不足している衣類を買う必要があるからだ。
そうして一軒の服屋に立ち寄って目当ての服と、革の手袋を買った時に、試着ついでに作業着に着替えておいた。
この後のことを考えると、営業用の高級な服のままでは何かと不都合があるからな。
服屋を出た後、今度は冒険者ギルドに向かう。
正午の鐘が鳴ってしばらく経った冒険者ギルドは人が疎らだった。
流石にこの時間帯だと冒険者たちは街の外に居るのだろう。どの受付も空いている。
冒険者ギルドの受付は、商人ギルドの受付と違い女性の数が非常に少ない。
商人ギルドでは全て女性であったものが、冒険者ギルドでは八人居る受付の中で二人しか居ないのだ。
女性に不人気な理由でもあるのかな?
応対する相手が違うのは分かるけど、それ以外の面については知りようがない。
まあ、考えてみても仕方がないので正面の受付で用件を告げた。
「すみません。魔物の出没状況を知りたいのですけど」
「それでしたらあちらの水晶玉に手を当てると確認出来ますよ」
「そうですか。ありがとうございます」
俺が受付の女性に用件を告げると、ロビーの一角に置かれた複数の水晶玉を指差される。
商人ギルドでも街道周辺の魔物や危険な獣の出没情報や、大まかな活動の傾向は調べることが出来るのだが、それ以外の詳細な情報については冒険者ギルドでないと扱っていなかった。
今日はこれから街の外に出て材料の調達をするつもりなのでどうしてもその情報が必要だったのだ。
ん。大体分かった。
必要な情報を確認し終えた俺は、早速材料調達のために街の外に向かうことにする。
「あ、すみません。ちょっと待ってください」
俺は冒険者ギルドを出ようとする声に振り返ると、昨日、廃棄物の処理代金の支払いを担当してもらった男性職員が小走りでやってきた。
「ん?何か用ですか?」
「ええ。あなたにお願いしたいことがあって。今から廃棄物の処理をお願い出来ないかと」
「すみませんが、お断りします」
俺は話を聞いてすぐに断った。
正直、廃棄物の処理など昨日の今日で受けたくはない。
「そんなこと言わずにお願いします。異次元収納を展開していただくだけでいいですから。作業は職員がやりますので。割増料金もお支払いいたします。他に対応出来る人が居ないんです。お願いします!」
「・・・はあー、分かりました。引き受けます」
俺が断りを入れると、男性職員は土下座でもしそうな勢いで頼み込んできた。
流石にここまで頼まれては断わる方が心苦しくなってくる。
「ありがとうございます!」
興奮気味に感謝の言葉を述べる男性職員と共に、俺は解体所へと向った。
「いやー、本当に助かります。昨日の担当だった業者が倒れて来なかったので廃棄物の処理が出来ていないのです。今日の担当の業者は他の用事で早くても二時間後になるということですし、他の業者も手が空いてなくて。このままでは今日の業務に支障が出るところでした」
「そうですか」
「ところで、異次元収納の容量は大丈夫ですか?」
「容量ですか?」
俺は『異次元収納』は文字通り『異次元』だから容量なんてものはないと思っていた。
でも、男性職員の話を聞く限り容量があるようだ。
「はい。魔物の出没情報を調べられていたので、まだ昨日のものは廃棄されていないと思うのですけど、それで容量が不足することはないのかと」
「うーん。大丈夫じゃないですか。まだまだ一杯になる気配はないので」
俺は異次元収納に入っている物が容量のどれだけの割合になるのか意識してみたところ、1%にも満たないと感じていた。
まあ、数字が浮かぶ訳でもなく、ただそう感じるだけなのだが。
「そうですか。それなら問題ないですね」
そうして解体所まで行けば、昨日のような強烈な臭いはしなかった。
まあ、臭いことには変わりはないのだが、鼻を塞がないといけない程ではない。
何故だろうと周りを見渡せば、臓物の入っている樽は革で作られたシート状のものが被せられて紐で縛られていた。
「グラフさん、処理を請け負ってくれる方が見付かりましたよ」
「おお、そうか。お、あんたか。昨日は世話になったな。悪いけど今日も頼むな」
「はい」
グラフという責任者はマスクに革のエプロンという昨日と同じ格好だが、血塗れでもなく、刃物も持っていないので、昨日ほど怖くはない。
解体に追われる修羅場でもないので、言動も穏やかだ。
「よし、始めるか」
「「「「「はい」」」」」
「確か、樽ごと落とせばいいんだよな」
「はい。そうしてください」
「分かった。じゃあ、一樽に三人な。よし、異次元収納を出してくれ」
「はい」
グラフ以下解体に従事する六人が三人ずつ二組に分かれて配置に付く。
俺はそれに合わせて異次元収納を展開した。
「お前ら落ちるんじゃねえぞ」
「「「「「はい」」」」」
人間が異次元収納に入るとどうなるんだ?
俺はグラフたちのやり取りにふとそんなことを思った。
「人間が異次元収納に入るとどうなるんですか?」
「短時間であれば特に問題はないですね。多少気分が悪くなるくらいですから」
「長時間だとどうなるのですか?」
「それは、うっ!」
「うっ!」
グラフたちが樽に被せられたシートを外した途端、強烈な臭いが辺りを支配した。
俺はその臭いに慌てて右手で鼻を摘まむ。
明らかに昨日よりも臭い。とんでもない臭いだ。
「いやー、一日経ったものは一段と臭いですね」
そう言う男性職員も俺と同じように鼻を摘まんでいた。
「臭いです。この臭いが体に染み付くのかと思うと憂鬱になります」
「ああ、その点は心配しなくていいですよ。これが終わればこの建物全体に水魔法の『洗浄』を使うので、その時に一緒に居れば染み付いた臭いも取れますから」
「そうなのですか?」
どうやら今日はこの強烈な臭いに悩ませられる時間は短くて済みそうだ。
「ええ。昨日もあなたに掛けて差し上げればよかったのですけど、生憎と洗浄を使える子の手が空いてなかったので。申し訳ありません。水魔法を使える子は怪我人の治療が何より優先されますから」
「それは当然ですよ。お気になさらずに」
洗えば取れる臭いを取り除くために魔法を使うより、怪我人の治療に魔法を使う方が優先されるのは当然だろう。
謝罪してもらわなければいけない事案ではない。
「そう言ってもらえると助かります。あ、それで異次元収納の話ですけど、長時間入っているとどうなるかは、はっきりしていないのです。罪人を一ヶ月間に渡って入れておいた実験の結果が公表されていますけど、無事だった者、精神を病んだ者、死んでいた者、異次元収納から出てくることなく行方不明になった者、と様々だそうですよ。今のところ長時間異次元収納に入るのは止めた方がいいというのが研究者たちの見解ですね」
「そうですか」
異次元収納に長時間入っていると最悪死ぬのか。
これはマジで止めておいた方がいい。
それにしても、罪人、多分死刑囚だと思うけど、人体実験に使われるとは。罪人の人権なんてものは存在しないようだ。
「はい。人間に限らず、生物全体に言えることなので、輸送を引き受ける際には注意してください。多額の賠償をしないといけないことになりますから」
「気を付けます。教えていただきありがとうございました」
「いえいえ。これくらいお安い御用ですよ」
そんなことを話している間にも、臓物で満たされた樽はどんどん異次元収納へと押し倒されていく。俺一人ではびくともしなかった満杯の樽も、三人掛りだと結構簡単に落とされていくのだ。
俺はその都度異次元収納をずらしながら鼻を摘まんだまま作業を見守っていた。
十五の樽が終わった後は、六つの桶、二つのバケツに満たされた臓物が異次元収納へと捨てられていく。
そして、最後に毛皮を剥ぎ取られた狼の死体が七体異次元収納へと捨てられて作業は終わった。
「終わったな。アンナ洗浄してくれ」
「はい」
アンナと呼ばれた解体所の職員の女性が両手を前に突き出し集中すると、彼女の手袋に付いた血などが綺麗に消えてなくなる。
そして、それと同じ現象が辺り一面に広がっていった。
「もう大丈夫ですよ」
「あ、本当だ」
男性職員が鼻を摘まんでいた手を放したのに続いて手を放すと、あの強烈だった臭いが嘘のように全くしなかった。
改めて思うが、魔法って凄いな。
「凄いですね」
「そうですね。『洗浄』について言えば彼女がクロークルで一番だと思います」
「だろうな。他の奴じゃこの建物全体を洗浄することなんて出来ねえよ。難点を言えば仕事を始める時と、終わった時にしかやってくれねえってことか。出来れば休憩の時にもやってもらいてえんだけどな」
「何か理由があるのですか?」
建物全体に『洗浄』の魔法を掛けたことでMPを20消費していたが、MP残量からすれば後一回しか使えないなどということはない。
先にMPを4消費していたので他にも魔法を使う機会があるのだろうが、後二回か三回建物全体に洗浄を使ったところで問題はないと思うのだ。
ちなみに彼女のステータスはこうなっている。
アンナマリー・ノーム 19歳 女
種族 :人間
MP :92/116
筋力 :15
生命力:10
器用さ:24
素早さ:16
知力 :20
精神力:5
持久力:19
スキル:短剣術
水魔法
解体
一般人と比べるとかなり能力値が高い。これなら冒険者としてもやっていけると思う。
ちなみに、クロークルの冒険者の平均だと、MPが80、他の能力値が16くらいで、スキルが一つか二つ。
冒険者ギルド本館の職員の平均だと、MPが100、他の能力値が20くらいで、スキルが二つから四つと言ったところだ。
この解体所だとそんな人ばかりということもなく、スキルを持たない一般人も居る。
あと、商人ギルドの一階で見かけた職員も、冒険者ギルド本館の職員と同じくらいのステータスだった。
大金を扱う場所だと、職員が警備員を兼ねているということなのだろう。
「ああ。あいつは解体が趣味なんだ。極度のな。解体している時は他のことを一切しねえ。休憩も取らねえし、便所にも行かねえ。当然ながら漏らしちまってるんだが、後で洗浄を使えばいいとでも思っているんだろうよ」
「・・・」
グラフから聞かされたアンナこと、アンナマリー・ノームの話にはドン引きした。
というか、そんな話勝手にしていいのだろうか?
俺の感覚では完全にアウトだ。
「ドン引きでしょ。こんな話言いふらすのはどうかと思うのですが、言っておかないとダメなんですよね」
「ああ、あいつの取り扱いには注意が必要なんだ。あいつは解体の邪魔をされるとキレる。でもって、邪魔をした奴を解体しようとする訳だ」
「今のところ犠牲者は出てませんけど、これからもそうするためには周囲への注意喚起が必要なんですよ」
解体魔アンナマリーに更にドン引き。
「まあ、好きなだけあって仕事は速くて丁寧なんだ。多少性格に問題があっても目を瞑るさ。それに、うちで思う存分解体させた方が街は平和だと思うしよ」
「ですね。野放しにしていると連続猟奇事件とか起こりそうですから。仕事終わりのやりきったって顔を見れば解体所勤めをさせるのが一番だと思います。なまじその顔が可愛いだけに残念感が半端ないですけど」
「ふっ、違いねえ。あんたも解体中のアンナには近付くなよ。捌かれちまっても知らねえからな」
「はい。肝に銘じます」
嬉々として解体の準備をするアンナを見て、解体の邪魔だけはするまいと肝に銘じた。
「それじゃあ、入れた容器を出してくれ」
「分かりました」
俺は異次元収納に入った樽、桶、バケツを順次取り出していく。
勿論、染み込んだ血などは取り除いて。
「昨日も思ったが、あんたは異次元収納で容器の洗浄も出来るんだな」
「やっているのは分別しての整理なんですけど、結果的には洗浄したようになりますね」
「そうかい。まあ、何にしても大したもんだ。他の業者だと容器ごと入れて、容器だけ取り出すなんて芸当自体出来ないからな」
「そうなのですか?」
「ああ。入れた物をそのまま出すだけだ。だから樽の中身だけ回収していくな」
どうやら廃棄物処理業者の異次元収納は、ただ単純に出し入れするだけで、俺のもの程色々出来る訳ではないようだ。
だから俺のように樽ごと異次元収納に入れることなどせずに、中に入った臓物などだけを回収するのだと。
「なあ、お前さん正式に廃棄物処理を請け負ってはくれないか。昨日の担当だった業者が倒れてな、その穴をどう埋めるか悩んでいるところなんだ。担当するのは四日ごと。どうだ?やってくれないか」
グラフは俺に正式に廃棄物処理を請け負わないかと持ち掛けてくる。
正式に請け負うと、指定された日に出る廃棄物の全てを処理しなくてはならない。解体所の業務が始まってから、解体作業の終わる午後八時過ぎまで、その間は定期的に廃棄物を回収し、樽に空きが出来るようにする必要がある。サボれば契約を解除されたり、損害賠償を請求されたりするようだ。
「分かりました。引き受けます」
毎日であれば断るところだが、四日ごとならまあ許容範囲だ。他のことをする時間の確保も問題ないだろう。
引き受ければ安定した収入が出来るし、解体作業が終わるまで付き合うのだからアンナの洗浄で染み付く臭いも取ることが出来る。
作業中の臭いに関してはノーズクリップのようなものを用意すればいい。
折角のお誘いなのだ。出来るだけ前向きに考えてみようと思う。
「お、引き受けてくれるか!ありがとよ。じゃあ、明々後日の処理を頼むわ」
「はい。それで、いつ頃来ればいいのですか?」
「そうだな、午後四時くらいからだな。それより早い時間だと樽に溜まってねえからよ」
「分かりました。ではその時間に」
「おう。頼むな」
大筋の話が纏まったところで、俺と男性職員は冒険者ギルドの本館へと向かった。
「それでは今回の報酬千八十ディオは全て口座への振り込みということですね」
「はい」
今回の報酬は日を跨いだものであったために二割増額されている。
一樽銀貨六枚で、十五樽分。六つの桶と二つのバケツの分は纏めて銀貨四枚。狼の死体は一体銀貨二枚で、七体分。それら全てを合計して千八十ディオとなった。
俺が報酬を受け取るために水晶玉に右手をかざすと、指輪の青い石が輝いて報酬が口座に振り込まれる。
「こちらが正式な処理業者となる際の契約書になります。これでよろしければお名前を記入していただけますか」
「はい」
俺が契約書を一読すると、そこには既に説明されている諸注意の他に、契約の期間が記されていた。
それによると、期間は倒れた業者が回復するまでとなっている。
その点に関して異存が有る訳でもないので素直に署名しておいた。
「ありがとうございます。『タサカ・ユウマ』さんですね。改めまして、私は廃棄物処理関連を担当しておりますジャスティン・トレバーと申します。これからもよろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくお願いいたします」
「タサカさんはまだ店舗をお持ちではないですよね」
「はい。持ってないです」
店舗を持つのは当分先だろう。
金銭的な問題もあるし、何より店番してもらうための人を雇わないことには店を持つ意味が無い。
「でしたら宿泊先を教えていただきたいのですけど。今日のようなことが起こった時に依頼を出せるように」
「今宿泊しているのは『走る陸亀亭』です」
「『走る陸亀亭』ですね。宿泊先が変わった時にはその都度知らせてもらえますか」
「分かりました」
「あと、他の街へ行くので長期間不在になる時や、外せない用事がある時など、処理業務を行えない日がある時は事前に申し出てください。調整が出来れば損害賠償の請求も起こりませんから」
「はい。その時は何日くらい前に言えばいいですか?」
「そうですね。一週間前までに言っていただけると助かります」
「分かりました」
これは他の処理業者へ挨拶に行っておいた方がいいかな。
見ず知らずのままでいたら協力なんてしてもらえないだろうし。
「他に何か聞きたいことなどありますか?」
「いえ、今のところは」
「そうですか。では、明々後日の処理よろしくお願いします」
「はい。あの、トイレ借りてもいいですか」
「構いませんよ。場所はその奥になります」
「そうですか。ありがとうございます」
この後街の外に行く予定の俺は、取り敢えず用を足してから行くことにした。
まあ、小の方なので外で立ちしょんでもいいのだが、安全に、且つ、あまり人目に晒されることなく出来るとは限らないからな。
この世界のトイレは基本的に男女別になどなっていない。全てが仕切りのある洋式便所だ。
俺は八つ並んだ扉の一つを開けて中を確認した時、絶句してしまった。
汚過ぎてということではない。きちんと掃除はされている。
ただ、お尻を拭くために置かれている物が葉っぱだった。
は、葉っぱだと・・・。
この世界にトイレットペーパーが無いのは分かっている。
紙が貴重なのも知っている。
だけれども、こう思わずにはおれない。
何故葉っぱなのだと!
俺が泊まっているリーズナブルな宿『走る陸亀亭』ですら質の悪い固めの紙と、葉書サイズに切り揃えられた古布が置かれているのに、『走る陸亀亭』よりも遥に大金を稼いでいる冒険者ギルドが何故葉っぱなのだと!
まあ、今回は小の方なのでさっさと用を足すことにした。
そうして、出すものを出しながら改めて考えてみると、ここは『冒険者ギルド』。『冒険者』のための施設なのだ。
冒険者であれば野宿は必至。時には数日にも及ぶだろう。予定の日数で戻ることが出来ないなんてことも考慮しないといけない。
持っていける荷物に限りがあるのだから、そういう場合に備えて使えるものを覚えておけよってことなのではないかと。
まあ、俺なら異次元収納があるので持っていく荷物の量を気にする必要はないですけど。
お尻を拭くための紙も、安くて硬い紙じゃなくてトイレットペーパーを作って持っていきますけど。
何にせよ、これが女性職員の少ない理由だと思う。
見かけた女性職員が全員水魔法持ちなのも。
一応、冒険者ギルドのトイレ事情をジャスティンに聞いてみたところ、冒険者への教育の面があると言っていた。野営の際の心構えとして新人たちに薬草などと一緒に採集させているそうだ。
それと、紙代の節約でもあると。一時期紙を置いておいたら密かに持ち帰る冒険者が多発したんだそうだ。
紙は貴重だから。
そういう訳で、紙も当然商品候補です。
というか、先ずは自分用のトイレットペーパーの作成です。
そのため、やって来ました街の外。壁が無いため風の通りが良く、走っていると気持ちがいいです。
目指すのは街の西側に流れている川。
その周辺で草でも刈ってトイレットペーパーの材料にしようかと思ってます。流木があればそれも材料に。
他に砂や石なども採取しておくことも考えてます。
色々あればそれだけ作れる物も増えるからね。
途中出会った農家の方に川の周辺の草や砂や石の利用状況を確認しておく。
この近辺の家屋には茅葺の屋根のものもあるし、草を刈って肥料にしたりしているのではないかと思ったからだ。
そういった場合勝手に取っていったらトラブルの元だしな。
そうして聞いてみたところ、茅以外は好きに取ればいいと言われた。茅は近々屋根を葺き替える予定があるので必要なのだそうだ。それ以外の草は使う予定がないし、取ったところですぐに生えてくるからと。
他の物も好きに持っていっても大丈夫らしい。
一応許可を取った俺は、川へと直行した。
川に着いた俺は、周囲に人が居ないことを確認してから小物生産で道具を作ることにした。
作るのはシャベル。
先ずは骨を圧縮して強度を増したものをシャベルの先に加工する。
そして、柄となる棒の両端をネジ状に加工したものを複数製作した。
これらを組み合わせればシャベルの完成だ。
「まあ、今日はこれでいいかな」
割れるのを警戒したシャベルの先は厚めで鉄製のもの程鋭くなく、柄の部分はネジ込む組み立て式のため使っていると緩むはずである。
正直、それ程使い勝手のいいものではないと思う。
まあ、売り物でもないし、硬い地盤を相手にする訳でもないので特に問題はない。
俺は革の手袋を嵌めて作業に取り掛かった。
大きめの草は引き抜いて根に付いた土ごと異次元収納へ放り込む。小さな草は土や砂や石ごとシャベルで掬って異次元収納へ。
そうして二時間程汗を流したところで休憩することにした。
土手の適当な場所に腰を下ろして周囲に人が居ないことを確認した後、小物生産で骨のコップを作り、それに昨日の残りのビールを入れて冷やして『完了』にする。
しっかりと受け取ったその冷たいビールが入った骨のコップに口を付けると、待ちきれないとばかりに一息に飲み下した。
「ぷはー、うめえー」
乾いた喉に流れる冷たいビールのなんと美味いことか。
酒類は水分補給には向いてないようだが、それがどうしたと言わんばかりの美味さである。
ただ、残念なことにその量は少ない。精々200mlと言ったところでしかないのだ。
唯一の利点は急性アルコール中毒になる可能性が低いことくらいだろうか。
正直、物凄く物足りない。
空のコップを空しく見つめていると、近くの茂みからがさがさと何かが蠢く音がした。
姿が完全に茂みに隠れていることから、それ程大きな動物ではないと思う。
ただ、小さくとも気を抜ける相手とは限らない。この周辺は魔物の出没率が低いとは言え、絶対に出て来ないと言い切れる訳ではないのだ。
俺は傍らのシャベルを手にして身構えた。
少し緩んだ柄を締め直しながら茂みから距離を取る。
しばらくすると、茂みからのそのそとスライムが這い出してきた。
俺はすぐにそのステータスを確認する。
スライム 1歳
種族 :スライム
MP :10
筋力 :13
生命力:20
器用さ:6
素早さ:3
知力 :2
精神力:3
持久力:18
スキル:物理攻撃耐性
注目すべきは生命力と持久力の高さ。そして何よりスキルの『物理攻撃耐性』だろう。
ただ、正直、それ以外は大したことない。
子供であっても走れば簡単に逃げ出せるくらいの素早さだから、身の危険を感じることは全く無かった。
「うーん。どうするかな」
出てきたのが危険度の低いスライムということもあって、慌てて何かをしなければいけない訳ではない。十分に考える時間がある。
この後の行動として考えているのは次の三つだ。
一、スライムに注意を払いながら採取を続ける。
二、冒険者に知らせてスライムを退治してもらう。
三、スライムと戦う。
俺が選択したのは三の『スライムと戦う』だった。
命懸けの戦いになることはないと思うし、もし危なくなったとしても走って逃げればいいのだ。
そうであるなら、冒険者っぽいことをしてみたいという思いを優先させてもいいではないか!
と、言うことで、戦闘に突入し、スライムをシャベルで突き刺しているのだが、一向にダメージを与えた気配がない。
鑑定で見ながらなので、少しでもダメージを与えれば状態が『軽症』以上になるはずなのだ。
「うーん、やっぱ『物理攻撃耐性』ってでかいのか」
スライムが攻撃してきそうなところでさっと距離を取りながら、スライムのスキル『物理攻撃耐性』について考える。『無効』ではなく『耐性』なのだからある程度威力があればダメージは与えられるはず。
一応、スライムの弱点と思われる核を狙って攻撃しているのだが、まだ命中してない。
核自体が小さいし、当たるかと思っても微妙に逃げるのだ。何というか、納豆を掛けたご飯の米粒が上手く噛めないみたいな感じ。
「お、やった!」
今までと違い確かな手応え。何度目かの攻撃でついに核に命中させることが出来た。
スライムの状態も『軽症』になっている。
これならいずれ倒せると思った矢先、スライムの体に変化が現れた。
核に付けた傷が核全体に広がり、それを境に二つに分かれてそれぞれが丸くなる。それに合わせてゼリーみたいな体も二つに分かれ、完全に分離した。
スライムが二体に分裂したのだ。
「えー」
俺は二体に増えてしまったスライムにげんなりする。
しかも、分かれる前は症状が『軽症』となっていたのに、分かれた後ではその表示も消えてしまった。
これでは振り出しに戻るよりも酷い状況ではないか。
まあ、スライムのステータス自体は変わらないので、逃げることは簡単なままだ。
俺は十分に距離を取って再び考えることにした。
このままシャベルで戦うのは最悪の選択だ。状況を悪化させるだけである。
賢い行動としては冒険者に知らせることだろう。だけど、もう少しスライムを倒す方法を考えてみたい。
正直、スライムに手も足も出ないままで終わりたくはないのだ。
そのためにも、先ずは武器が必要だろうと思うのだが、俺が使いこなせる武器が思い付かない。俺に戦うスキルは無いし、この世界に来る前にも武器など扱ったことなどないのだから。
下手に試してこれ以上数を増やす訳にはいかない。
スライムを仕留めるには強力な一撃が必要なのだ。
「あ、そうか。これならいけるかも」
俺は思い付いた強力な一撃をスライムに食らわせるべく、シャベルで次々と周りの石を異次元収納へ放り込んだ。
「ふふふ。この一撃なら耐えられまい」
二体のスライムの頭上三メートル程の位置にそれぞれ出現させた生産ブロック。一辺30センチの立方体をぴっちりと埋めた大きな石に、俺は勝利を確信した。
「食らえ!」
ドズン。
『完了』と同時に落下する石。動きの遅い二体のスライムは避けることも出来ずにその下敷きとなった。
百キロは越えていると思われる石の直撃だ。人間だったら即死だろう。
スライムだって死んでいるはずだ。
まあ、石が重いから死体を確認するのは大変だがな。
などと、余裕でそんなことを考えていると、石の下からもぞもぞとスライムたちが這い出してきた。
その数八匹。
「うそー!」
ここは川原で、下は砂か石。砂が衝撃を吸収し、石が隙間を作ったことで核を潰しきれなかったということか。
八匹という数は確実に冒険者ギルドに報告して退治してもらわないとダメな数字だ。放置すると農作物に被害が出る。
だが、その時は詳細を聞かれる訳で、俺が戦闘スキルも無く、身の危険も無い状態でスライムと戦い、挙句に数を増やしてしまったことがバレてしまう。
そうなると、どんなペナルティーがあるのか分からない。
放置しても場所が場所だけにきちんと調査されるだろうし、偽証など、商人ギルドに登録した時のことを考えれば、水晶玉に手をかざせばすぐにバレると思うので論外だ。
「やばい。やばいぞ。はっ、そうだ」
俺はシャベルを手にしてスライムへと近寄った。
そして、スライムをシャベルで掬うと、異次元収納へ放り込む。
どうやら生きているものはバラすことが出来ないようだが仕方ない。
俺は片っ端からスライムを異次元収納に放り込んだ。
「ふうー。これで取り敢えずは問題ないな」
スライムを全て異次元収納に放り込んだことで、この周辺の農作物に被害が出ることはなくなった。
これなら俺がスライムと戦ったことを知られることもないだろう。
後はどうにかしてスライムを処理すればいいだけだ。
正直、スライム舐めてました。
俺の異世界最初の戦闘は、スライムの数を増やすだけで終わった。




