モンチョゴメリーズ 21話
夢を、見た。
ラムジュレップさんに見放されて 見捨てられて 東の国に帰る夢。
もう 後が無い 俺に残されたチャンスは きっと コレが最後。
1回目の対決は スイスのヒンウィル フーガの故郷。
“主人公”と その家族の抹殺の命を受けたが 主人公だけは討ち損じた(←3話)。
2回目は ビアを殺しに来たフーガと フィロントタロンの空中庭園で。
オリンピックで2回もメダルを取った奴に 肉弾戦で応戦した俺が バカだった(←9話)。
3回目は 再びスイスへ向かう飛行船の上(←17話)。
この時 フーガには 俺を殺す意思が無い事を知った。
教師は子供を殺せないのか? でも ビアだってフーガの教え子だ。
どうやらフーガは 家族を亡き者にしたのが俺だという事を 未だに知らないらしい。
夢を、見た。
東の国に戻っても 俺には居場所も 友達も居ない。
弱い俺は ただ黙って 全てを差し出して 全てを奪われる事しか 出来なかった。
あの惨めな生活に 戻りたくなかった。
あの地獄に戻るのは 死ぬ事より辛い だから 俺は 最後の手を使う事にした。
「…またお前かよ!
お前じゃ俺には勝てねぇよ いい加減 白旗上げてくんねぇか?」
「フーガ先生よ 覚えておくんだな
戦場では その油断が 命取りになるんだぜ!!!」
(ドルヒで斬り掛かる)
「そんなセオリー 誰から教わったんだ?
そんなの ちっともお前らしくないぜ? お前は厨房で いつもみたく笑ってろ!」
(子供 しかも教え子が相手だから 素手で応戦)
「厨房で笑って居たいから アンタを殺すんだよ!!!」
(左手にドルヒ 右手にタクティカルペン 完全に力負けしている)
「…4戦4敗、またお前の負けだ いい加減 降参してくれ」
(柔道の崩上四方固め 完全に身動きを封じる)
「アンタ… レスリングだけじゃなかったのかよ…」
「悪いな 柔道・合気道・太極拳・カンフー 一通りかじった上でのレスリングだ
子供のケンカの腕っ節レベルなら お前がナイフを持ってたとしても…」
「コレはナイフじゃねえ! ラムジュレップさんがくれた ドルヒだ!!!」
(でも 動けない)
「この体制のままで悪いが 個人面談さして貰って良いか?
あくまで 教師と生徒としてな」
「…殺せ 話す事なんて 何も無ぇ」
「お前は俺に負けたんだ 少しくらい 俺に付き合ってくれても良くないか?」
「俺はアンタに負けたんだ 命でも何でも くれてやる とっとと殺せ」
「…泣くなよ」
「泣いてねぇよ!!! 泣いてなんか… 泣いてなんか…」
「ダイキリ、いつもクリスにクッキー作ってくれて ありがとうな
クリスがお前を友達だと思ってるんだ だから 俺はお前を殺さねぇよ」
(教師スマイル)
「クリス… ブラックサンシャインが…?」
(さすがに驚いたらしい)
「あのクッキー 塩も砂糖も使ってない ちゃんと犬用のクッキーだった
クリスも 喜んで食ってたぜ? そんな優しい子 殺したくねぇよ」
「…。」
「なぁ もう こんな戦い 止めにしねぇか?
子供を戦争の道具にする ビアやラムジュレップは まともじゃねぇよ
お前は 子供らしく 厨房で笑っててくれよ
俺 お前の作ってくれるメシ 好きだぜ? 元気が出るもの」
「アンタに何が分かるんだよ…
俺に戦争をさせてるのは ビアでも ラムジュレップさんでもねぇ!
アンタが 俺に戦争をさせてるんだぜ? 分かんねぇのかよ?」
「…すまん、分からん 教えてくれ」
「弱い奴はな 強い奴に全てを掠め取られても 何も出来ねぇんだよ
逆らう事も 歯向かう事も出来ない、 ただ 奪われるしか出来ねぇ…
ラムジュレップさんは そんな地獄から 俺を救い出してくれた人なんだ
東の国にいた頃は 俺 本当に惨めだった!
その恩に報いたいと思うのは いけない事なのか?」
「…そうか 大変だったんだな
恩に報いたいってのは 立派な心掛けだが こんな方法 恩返しにならんぞ?
もっと別の方法で報いたいと思えないのか?」
「なぁ フーガ先生よ アンタ 教師なら 教えてくれよ
人の物をとったら それは 泥棒じゃねぇのか?
俺の大事なダチの命を取ろうとしてるアンタは 泥棒と同じじゃねぇのか?」
(身体の小ささを活かして脱出)
「…ダイキリ、頼むから もう止めてくれ お前とは戦いたくない」
「フーガ、アンタは 俺からビアを取り上げようとしてる敵だ!
ラムジュレップさんに銃を向けたアンタは 俺の敵だ!!!」
(ドルヒを逆手に持って刺し殺そうとする)
「ぐっ!… ぐぅぅ…」
(右腕尺骨と橈骨で挟んでドルヒの刃を止め 左腕でダイキリ君を抱き締める)
「ダイキリ… どうしてお前は そんな悲しい生き方しか出来ないんだ?
父親が かわいい子供を戦争の道具に使うなんて おかしいだろう!
親友が どうしてお前に人殺しの真似事をさせるんだ?
お前は 利用されてるだけなんだ、ビアとラムジュレップに… 汚い大人達に…
目を覚ませ! お前は 自分らしく生きろ!!!」
「黙れ!!! 俺は 俺の大切なものを守りたいだけだ!!!
アンタに奪われる位なら 俺がアンタを殺す!!!」
(フーガの右腕からドルヒを引き抜こうとするも 抜けない 諦めて距離を取る)
「…ドルヒって 要はダガーだよな?
諸刃の剣なんて物騒な物 父親が子供に持たす物じゃねぇぞ?
しかもコレ 完全に刺し殺す為の物じゃん
このドルヒからは 父親の愛も 何も感じ取れないんだけど?」
(腕から抜いて ダイキリ君に投げて返す)
「それでも ラムジュレップさんは 今の俺の父さんだ…
アンタには分かんねぇよ、俺とラムジュレップさんの絆の形なんてな!」
(受け取って 血を拭き取って 背中の鞘に仕舞う)
「…もうドルヒは使わないのか?
肉弾戦じゃ お前に勝ち目は無いぞ?」
(出血多量でフラフラ)
「なぁ フーガ先生よ 1つ 頼みがあるんだけど
その前に 聞きたい事があるんだけど 正直に答えてくんねぇか?」
「…質問には答えてやる 何でも聞いてくれ
頼み事とやらは 内容を聞いてからでないと 何とも言えないな」
「いや 頼み事の方を先にする。
俺 アンタの事が知りたい だから 俺にキスしてくんねぇか?」
「…意味 分かんねぇんだけど」
「で 質問の方なんだがな アンタ キスの経験は?」
「ねぇよ!!!」
(出血多量状態で叫んだから 遂に倒れる)
「…童貞って噂は聞いてたけど まさか そこまで未開通なのか」
「とっ… 所構わず 誰とでもキスするお前とは 感覚が違うんだよ!!!」
「だって 人間ってみんな ウソツキじゃん
だから 言葉なんか信じて 裏切られたら悲しいだろ?
でも キスで嘘は吐けない 言葉を交わすより ずっと相手の事が分かるぜ?」
「…お前とキスしたら 俺にも お前の事が理解出来るのか?」
「俺はアンタじゃないからな 保障は出来ない
でも 俺の方には アンタの事を理解出来る可能性がある」
「…1回、 だけだからな?」
どうして 涙が出るのか 俺には分からなかった。
ただ ダイキリのキスが あまりに悲しくて あまりに切なくて あまりに痛々しくて
こんなに身も心もボロボロにして生きている この小さな教え子が 悲しかった。
出血多量で動けない俺に馬乗りになって そのまま 心臓にドルヒを突き立てれば
ダイキリの目的は 達成されていた筈だった。
しかし ダイキリは 敵である筈の俺に 金属の刃は立てなかった。
小さな手が 優しく髪を梳いて 俺の形を確かめる様に 瞼を 鼻筋を 唇をなぞった。
辛うじて動く左手で ダイキリの真似をして 髪に触れてみた。
小さな頭 ふわふわでコシの無い髪は 俺の髪質に似ていると思った。
俺が教師だからだろうか ダイキリに触れられて 愛情の様な物が湧いて来た。
体育の授業と 宮殿の食堂と 数回の戦闘、俺達の接点は それだけだった筈なのに
身体が 熱くなった この小さな子供が とても愛しい存在の様に感じてしまった。
(※ フーガ先生は体育教師なので全クラスの体育を受け持ってはいるものの
5年生の担任なので 3年生のダイキリ君との接点は その程度です)
なぁ ダイキリ、俺達 今からキスをするんだよな?
それって お互いの愛情を確かめ合う 幸せな行為だと ずっと思って来たのだが…
どうしてお前は そんな悲しい目で 俺を見るんだ?
小さな唇は とても優しくて さっき迄俺を殺そうとしていた子供の物とは思えなかった。
甘くて 温かくて… 息を止めて 小さくぴくんと身体を振わせたダイキリを
左腕だけで 力の限り抱き締めていた 愛おしくて 堪らなかった。
ダイキリの小さな舌が 俺のそれに絡み付いて来た。
さっき迄は あんなに甘くて温かかったのに… ダイキリの“痛み”が 流れ込んで来た。
まるで 全身を切り刻まれて 血を流している様子を 汚い大人達の前に晒して
嘲笑われる様な 唾を吐かれる様な 悲しさと惨めさが 流れ込んで来た。
俺は 虐めっ子の気持ちも 虐められっ子の気持ちも 今迄 知らなかった。
ダイキリが抱えていた悲しみは そんな生易しい物ではなかった。
自尊心も何もかも ズタズタに引き裂かれて 踏み躙られて 唾を吐かれて嘲笑われる、
そんな悲しさが 悔しさが 惨めさが 甘い涎と一緒に 流れ込んで来た…。
シャムロックは 母親に会いたい、ペットのトナカイと鹿に会いたいと言って
時々 泣いている。
ジャスティスに選ばれてしまったが為に 愛する家族から引き離され
フィロントタロンで 戦争の道具にされている 可哀相だと思う。
でも ダイキリだけは 事情が違った。
地獄の苦しみから救われ 友達を与えられ 喜んで料理を食べてくれる客を与えられた。
だからダイキリは いつも食堂で笑っていたんだ。
こんな小さな身体に こんなに深い悲しみを閉じ込めて それでも 笑っていたんだ…。
俺は こんな子供の やっと手に入れた小さな幸せを 奪おうとしていた…。
「フーガ… アンタ 本当はいい先生なんだな」
「ダイキリ、スマン それでも俺は ビアを倒さないと…」
「いいよ 俺にもちゃんと分かったから…
戦場では 俺達は敵同士だ 学校では 教師と生徒だけどな」
「イヤだ… やっぱり俺 お前とは戦いたくない!
俺が親代わりじゃ ダメなのか? 俺の安月給じゃ 贅沢はさせてやれないけど
お前1人くらいなら 何とか食わせて行くくらい 出来る筈だ!」
「…俺達に 未来は無いぜ? 今 ココで死ぬんだから」
(口の中から オレンジ色のソフトカプセルの外殻だけを取り出す
かじって潰されていて 中身は無い)
「…お前 それって …諜報部か? 諜報部の奴らの指示か?」
「匂いも味も無かったから 気付かなかっただろ?
俺は 俺の意思で 俺の命を使って 俺の宝物を守るんだ…
アンタにビアは殺させない… 替わりに 俺の命をくれてやるから それで穏便にさぁ…」
「バカタレ!!! それは 絶対にやっちゃいけない事だ!
ふざけるな! なんでお前が あんな奴等を守ろうとするんだよ…
お前が死んだら 誰が喜ぶ? 悲しむ奴しか居ないだろうが!!!
お前 バカだ! お前の命なんか 要らない! 俺が欲しいのは…」
「ラム…ジュレッ…さ…」
「おい ふざけるなよ… 何 やり遂げた顔して 笑ってるんだよ…
バカタレぇ… お前はまだ 何も成し遂げてねぇよ… バカタレがぁぁぁぁぁぁ!!!」
白い天井 鈍痛が走る右腕 右隣から聞こえて来る小さな息遣い…
どうやら 俺は 病院で眠っていたらしい
「気が付いたかい?
私のかわいい息子が 大変お世話になった様だねぇ
治療費の心配はしなくて良い 私が払っておいたし 明後日には退院出来るよ」
「ラムジュレップ… その汚ぇ手を離せ! ダイキリを穢してやるな!」
「子供には致死量になり得るレベルの睡眠薬だったからねぇ
君が半分飲んでくれたお陰で ダイキリ君を失わずに済んだよ ありがとう」
「お前がダイキリに触るな!!!!!」
「フーガ先生、この子の父親として 君に頼みたい事があるんだけど」
「…頼み?」
「うん、この子はねぇ 拒絶される事を 何よりも恐れているんだよねぇ
だから この子が差し出す物は どんな物であっても 受け取ってやって欲しいんだ
それがたとえ 命に関わる物であったとしても 必ずね」
「ラムジュレップ… お前 父親なんだろう?
どうして それが間違っている事だって 教えてやらないんだ?
そんな物まで差し出さなくても 誰もお前を嫌いにならないって 教えてやれよ」
「教えたよ 何度も
それでも この子 「受け取って欲しい」って欲求しか 持ってないんだもの
差し出す事しか知らない子に 何を与えても 受け取ってくれないんだよ…
私が気付いていないだけで この子なりに 何かを得ているのかもしれないけど」
「…俺は教育者だ 間違いを糺して 正しい道に導いてやるのが仕事だ
そんな愛は間違ってるって 俺が このバカタレに教えてやる!
そんな悲しい生き方は 俺が止めさせてやる… だから その手を離せ…」
「…ほら 分かるかい?
意識が無くても こうして首筋を吸ってあげると 身体は喜んでくれるんだよねぇ
こんな方法でしか 愛情を伝えられないなんて 親としては悲しいよ?」
「分かったよ! 何でも受け取ってやる だから その汚い手を離せ!!!」
「…コレ ダイキリ君の大切な物なんだ
置いて行くけど 大切に扱ってよ 間違っても壊さないでね?」
「…オルゴール? と 香水?」
「じゃあね フーガ先生 ダイキリ君が目覚めたら よろしくね?」
その日の深夜 ダイキリは目を覚ました。
枕元に置かれた香水瓶を見るなり 目に涙を溜めて 幸せそうに笑っていた。
ダイキリにとって ラムジュレップやビアが どれだけ大切な存在なのかを 思い知った。
そして もう1つ。
ダイキリは 決してホームシックに掛からない子ではないのだと気付いた。
香水瓶と一緒に抱えたオルゴールから 『君が代』の音色が 零れていた。
首筋に赤い痕を浮かべて 幸せな笑顔で ラムジュレップの名を呼ぶ 子供。
お前の愛は 誰より深く そして重い…。
俺を殺してでも守ろうとした物に それだけの愛を注ぐ価値を 俺には 見出せなかった。
それでも オルゴールと香水瓶を抱くダイキリは とても幸せそうに笑っていた。
その後 2日間 俺達は色々な話をした。
普段から接点の少ない子ではあったから そういう意味では 貴重な2日間だった。
東の国から取り寄せたお菓子は テーブルの上に置いておくと
全部 トムアンジェリーに食べられてしまうから クローゼットに隠しているだとか。
実はそんなに体育は得意でないとか(←寂)。
誉の畑のサクランボで デニッシュを作ったら ラムジュレップが褒めてくれたとか。
コアントローが強過ぎて勝てないだとか(←子供相手でも容赦無いからなぁ)。
いちばん気持ち良いキスをしてくれるのは ガリアーノだとか。
ラムジュレップは 少し恐くて 時々理解に苦しいけど 優しい父さんなんだとか…。
何処にでも居る 普通の 優しくて繊細な ただの感受性の強い子だった。
毎日が本当に楽しくて 幸せで 充実していると 笑っていた。
この2日間で 1度だけ ダイキリは泣いた。
…否、ダイキリをここまで深く傷付けたのは 他でもない 俺だった。
“俺のいちばんの友達”
“俺の父さん”
“俺の料理を褒めてくれる大事な客で 先生”
どれか1つでも 失うのは嫌だと言って 泣いた。
“俺のいちばんの友達と父さんが 俺の大事な客の家族を殺した”
“俺の先生が 俺のいちばんの友達を殺そうとした”
“俺の料理を褒めてくれる大事な客が 父さんに銃を向けた”
「俺の大好きな人達が 憎み合って 殺し合うなんて 悲しい」と言って 泣いた。
「戦争なんかしたくない、皆が笑顔で居て欲しいから厨房に立ってるのに」と 泣いた。
この優しい子を いちばん傷付けたのは 俺だった。
大切な物 全てを天秤にかけて “恩の重さ”で 俺と敵対する道を選んだ ダイキリ。
正しい事 悪い事を 冷静に見詰めて吟味するという 大人の遣り方を知らない子だった。
受けた恩に報いる、ただその1点だけで この優しい子は 武器を手に取った…。
俺がダイキリの担任だったら 戦争が始まる前に 教えてやれただろうか。
家族を殺された恨みだけで 戦争を始めてしまった俺には 何も言えなかった。
「大切な物 どれか1つでも 欠けてしまったら嫌だから 俺を殺して欲しい」
そんな事まで言い出した。
「お前を失いたくないから 殺さない」 そんな言葉で この子の何が救われるんだろう。
「お前はまだ ラムジュレップに何も返していない、ちゃんと恩返しが出来て
それでも生きるのが辛かったら その時は殺してやる」 そんな事しか言えなかった。
教師と生徒が どうしてこんな悲しい約束をしているのか 分からなかった。
この時のダイキリのキスは 胸に刺さる程 苦くて痛かった。
ダイキリが 誰にでもキスをするのは 本当に全ての人を愛しているからだった。
何もかもが愛おしくて 大切過ぎて それでも それを伝える言葉を知らない、
かと言って 胸に秘めておける程 愛情の量が少ない訳でもなく…。
ダイキリ自身が 胸から無尽蔵に溢れ出る愛情で 常に溺れているのだった。
こんなに激しい愛を 1つも取り零さずに受け取ると言い張る ラムジュレップ。
アイツは逆に 溺れる程の愛を求めているのか? と 妙な考えが過った。
この2人が どんな愛情のキャッチボールをしているのか 逆に 気になった。
戦争は 何も生まない、そんな事は 昔から知っていた筈なのに。
正しい事 間違った事 それを子供達に教える立場の俺が 戦争を起こした、
ダイキリだけじゃない もっと大勢の笑顔を 俺は 奪った。
俺は 教え子達の為に 何をすれば良いのだろう…。
それでも ビアがした事は “悪い事”なのだ 教育者として それは
ビアに教えてやらなければならないと思う。
奪われたのが たまたま俺の家族の命だっただけで 襲われたのが たまたま俺の
祖国だったというだけの事で 俺が取るべき行動は 1つだ。
でも 俺は“主人公”だ。
俺がジャスティスに選ばれなかったら ビアは 俺の家族を殺す事も無かった筈だ。
ビアに“ラスボス”をやらせているのは “主人公”である俺が居るからだ。
俺さえ 居なければ…。
否、それは いけない事だ 俺はそれを教える立場の人間だ。
今は 何が正しいのか 本当の悪が何なのか 俺にも分からないが
子供達に顔向け出来ない様な生き方を 俺が してはいけない。
ダイキリの あのキレイな涙を無駄にしない為にも 俺が道を踏み外しちゃいけない。
ビアだって 実は 何かに苦しんでいるのかもしれない。
俺は 教育者だ 俺が子供達を 苦しめちゃいけない…。
だから 1日も早く この戦争を終わらせて 世界をあるべき姿に戻すんだ…
入院している時に ダイキリのブイヤベースがいちばん好きだと話したら
退院してすぐ 俺の為に 2日掛かりで作ってくれた。
正直 俺の母さんが作る物より 優しい味で 美味しいと思う。
ダイキリは 「フレンチでは使わない 中華の“貝柱スープ”を加えているからだ」と
教えてくれたが あの温かさは 優しさは そんな小手先の技ではないと思う。
2日掛かりで 手を傷だらけにして 魚介を捌いて作ってくれた ブイヤベース。
アイオリソースだって きちんと手作りだった。
東の国から取り寄せたという擂り鉢を 両足で挟み込んで すりこぎを回す、
フレンチの伝統的な料理を 古い日本の道具で 美味しく作ってくれた。
お前が誰より優しくて 誰よりも皆を愛してくれているから こんなに美味しいんだ。
ダイキリ、お前は ドルヒを振り回す為に生まれてきたんじゃない、
溢れる程の愛情を料理に込めて 皆を笑顔にする為に生まれて来たんだ。
でも ダイキリにドルヒを握らせたのは 俺だ。
厨房で鍋を振るう子に 武器を持たせたのは 教育者である筈の 俺だ。
俺は 何を間違えた?
「ありがとう 美味かった」 そんな言葉を掛ける資格が 俺にあるのだろうか。
頭を撫でてやる資格が 俺に あるのだろうか。
絆創膏だらけの手で頬に触れられて 優しいキスを贈られて
笑顔で食堂から送り出される資格が 俺に あるのだろうか…。
ふと 後ろを振り返ったら。
ダイキリは 俺にしてくれたキスと同じキスを ビアに カンパリに 贈っていた。
あの子にとって 全ての人間が 愛すべき存在なのだ。
敵も 味方も 関係無い、全ての人間があの子の客で そして 愛する者なのだった。
あんな風に 俺も 生きられたら… それは とても苦しい事だと思う。
でも いちばん幸せな いちばん理想的な生き方なのだとも思う。
和をもって尊しとなす 奥ゆかしい日本人、それが 最も理想的な“平和”だと思う。
ダイキリは だから いちばん幸せにならなければならない子だと思った。