表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界における革命軍の創り方  作者: 吉本ヒロ
3章 12歳、学園編
97/112

襲撃

二話に分けるか悩みましたが、遅れちゃった分ということで一話で。

文字数多いのでご容赦を^^;



初の短編勢いだけで書いちゃいました。

主人公に関しての好き嫌いハッキリ分かれそうなキャラですが、よければ暇つぶし程度に読んでもらえれば幸いです。





春の訪れに合わせて王都で会議が開かれるのは例年の事だった。

伯爵以上の爵位や大商人や各ギルドマスターといった、大きな影響力を持つ者を招いての会議で、半年近く滞在する事になる王都。



更に今年は息子であるイザークが学園を卒業するのと同時に成人するとあって、何か贈ろうかと珍しく真っ当な父親らしい事を思っていたライルは、馬車に揺られながら考えを巡らせていた。

対面に座っている、長男であるイザークを生んだ後は碌に顔を合わせる事もない妻。その姿を見ているだけで、自身の事は棚に上げて皺の目立つ肥満体形を心中で詰る羽目になるので、ライルはずっと窓の外を眺めていた。



まるで鏡映しのように反対側の窓を眺めている妻に対して、思う所は何もない。

会話もせず、顔さえ碌に合わせない。そんな生活が当たり前となっていたからだ。

だけど今日この時、二人の心中は一致した。



何が起こったのかと叫び、そしてすぐにこの事態をどうにかしろと、護衛の者へと喚き散らす。



ライルは今、混乱の極みにいた。



いや、ライルだけじゃない。

妻は勿論、ここにいる護衛の騎士たちもまた同様だ。



知性のない魔物にしても、これほどの隊列を襲う魔物なんて数十年に一度あるかどうか。

まして貴族を襲う人間などいないと、そう心の底から信じていたし、今目の前の現実を突きつけられても未だにその価値観が根底に在るから、どこかで目の前の現実を否定している己がいる。



仮に貴族を襲撃し、成功して持ち物の宝石類を奪ったとしよう。その勢いを駆って人質にするなりなんなりして屋敷まで落とし、思う存分荒らしたとしよう。生涯遊んで暮らせるだけのお金を手に入れることだって出来るだろう。だが、その結果齎されるのは一思いに死んだ方がマシというくらいに酷く悲惨な末路だ。



草の根を分けてでも探しだし、関わった者はなぶり殺しにされ、自分だけでなく縁者もまた同様の目にあわされてしまう。

だから襲う者はいない。



村ぐるみなら、まだ可能性はある。



このままでは遠からず全員が死んでしまうと、ならば一蓮托生で死ぬ決意を決めた村が報復のためにという事件も、過去にないわけではない。が、そのような村などそうそうない。まして護衛に就いた百もの騎兵が苦戦するほどの人数で一気に攻めてくるような存在など余計にありえない。

そのはずなのに、なぜか野盗共は今、この馬車を襲撃しているのだ。

馬車にまで到達した流れ矢が窓を叩く。



「っ、クソが!」

「ひっ、ヒイッ!?」



悪態を吐く兵士の声が聞こえた。つまり、それほど追い詰められていると言う事だ。

思わず同じような悪態を吐こうとしていた口だが、代わりに出たのは何とも情けない悲鳴だけだった。



「数が多い!! 囲みを突破して次の街まで走ります! どこかにしっかりと掴まっていてください!」



夫婦は揃っては返事をせず、ただちに出っ張っていた取っ手を掴み、衝撃に備える。

それとほぼ同時に、馬車もまた動き始めた。

所詮は寄せ集め。

奇襲で数を減らし、動揺させ、騎士の数をも上回るほどの数で囲もうと、一点突破ならばそれほど問題はない。



街道の前後には特に兵を固め、馬車が離脱しないよう注意を払おうと、やはり騎兵の突撃を受ければその限りではない。多少の防備を固めていようが、無茶な突撃で更に十人を超える者が脱落して袋叩きにあったが、それでも未だに三十騎程が馬車の周囲を固めたまま、離脱を成功させた。



いくら馬車という足手まといがいた所で、馬と人間では端から移動速度が違う。

本来であれば失敗しては、生かしてはならないはずの標的。だが追手をかけるはずの野盗はほとんど馬を持ち合わせてなどいなかったし、その状態で追った所で返り討ちにあうだけである。



だけどそれでいい。ここで殲滅出来れば最上であったが、それでもこれだけ数を減らしたのだ。その先にいる伏兵が全てを片付ける。

計画には何一つ問題はなかった。








ここまで逃げれば大丈夫だろうと馬の足を止め、一息ついて馬上で休む。

彼らは戦場のどさくさではぐれた護衛の一部だった。



いや、はぐれたと言うのは語弊がある。彼らは単に標的であるライルを囮にし、戦場のどさくさではぐれたという理由で言い逃れる事が出来る事を理解しているだけだ。

しかし、彼らは理解していなかった。



黒幕がイザークである事を。



全ての絵図を描いた黒幕は自軍の状態を良く理解しているイザークで、奇襲を受けて統率を完璧に維持できるほどの将兵はおらず、しかし自分が生きるためなら最悪領主を囮にする程度には生き汚い人間の集まりである事実を把握していないわけがないのだという事を。



こんな時に冷静に動けるような人間がいるなら、イザークはまた別の手を打っていた。が、ここにいる兵達は誰もが安易に包囲が薄く、そして最も近くに人が、兵の詰め所があるような街を目指して逃げる。

そして一部、それより少しだけ頭の働く人間は、野盗がおらず、かつ味方の騎士が逃げない方向へと走る。



どちらが正しいということはない。



それは、最終的に何人生き残ったかという結果が示すだろう。

だが、そもそも正解さえ用意されていない選択肢も世の中には存在した。これはただ、それだけの事なのだ。







さて。イザークが自軍において最も懸念していた事はなにかと言われれば、実戦経験のなさを真っ先に挙げるだろう。


訓練は積んだ。

覚悟もある。

魔物相手に、実戦も幾度となく行った。だが、人間相手だけはまだだった。


表だって動く事の出来ない彼らが最も憎んでいる人間を殺せるチャンスを与えられて、果たして感情のコントロールが出来るのか。初めての殺しあいで、実力を発揮できるかどうか。何より、指揮に従えるかどうか。


それこそ、イザークが最も懸念している事だと言っても良い。

大半の手勢が初陣は革命戦争という事になる。その時、基幹要員となるべき彼らまで経験が不足していては話にならない。


だからこそ、それほど大規模な物や純粋な回数も重ねられないが、多少なりとも経験を積ませるために、今回の件は彼らにも出陣をさせた。

無論の事、あらゆる場所に斥候を放ち、細心の注意を払った上で。




「なあ、おい」

「ああ、そうだな」

「……へへっ」



その下卑た笑みを見れば、それ以上は言葉にせずとも何を考えているのかが良く分かる。

死地は脱した。

部隊からはぐれたものの、ここならばもう安全圏と思っても良い程の距離。



追撃が放たれた様子はない。当然だ。騎兵に追いつけるなどと思いあがるほどバカではないし、狙うのなら領主の乗った馬車に決まっている。戦闘で昂ぶった獣性が、挑発的な格好で女の色香を漂わせている目の前のダークエルフに注がれようとしていた。

決して、その腰に下げられたレイピアが目に入っていないわけではない。しかし、此方は五人で、相手は女一人だ。

力で組み敷いて、有無を言わさず蹂躙する。



「ふふ、いいわよ」



まるで男達のとる行動を肯定するかのようなその言葉を受けてしまえば、男達に我慢出来るはずもない。

馬を降り、まさに獣の如く距離を詰めんとする男達に対し、しかし先の言葉は己の仲間に向けられた言葉だと直後に気付かされる。なぜなら、ルツィアの背後にある森から無数の矢が放たれたからだ。



「なっ!?」

「ひっ!!」



予想外の攻撃に対し、彼らはせいぜい反射的に身を縮こまらせながら腕を出し、頭と心臓を守ることしか出来なかった。

いや、反応出来ただけでも上等な方だろう。少なくとも三人は何も出来ずに死んだのだから。

だが結果、反応した彼らの腕や足に矢が突き立つ。



「ぎゃぁぁああああああ!!」

「いでえええぇぇっ!!」



護衛として移動しても、彼らは実戦の可能性を微塵も考えていなかった。

百人にも上る騎士を相手に攻撃を仕掛ける人間は勿論、魔物でさえ現れないと高をくくっていたからだ。

そして本来、その考えは間違っていなかった。



間違ってはいなかったが、それでも極少の確率で起こる事が起こってしまった。単に運が悪かっただけとも言えるが。

最低限で着用していた鎧で胴体への攻撃は防げたものの、それは結果として苦しむ時間が増えただけだった。



痛みに呻く中、余裕を持ってゆっくりと距離を詰めるルツィアの表情は、こんな状況に似合わず、未だ扇情的だった。どこか熱に浮かされるような恍惚とした表情のルツィアに、彼ら二人が一瞬とはいえ痛みも忘れて見惚れてしまうのは無理もない。

だがその瞬間、いつの間にか間合いまで詰まった距離を認識するより早くに喉に穴をあけられ、彼らはあっさりと息絶えた。







彼らは不幸にも流れ矢が中って馬を失い、味方に置いていかれた者たちが自然に集まったグループだった。

脱落者は置いて行かれる。



護衛対象を最優先というお題目がある。そして何より、自身もまた生き残るため、騎兵として足手まといに構ってなんかいられない。それを、逆の立場なら迷わずそうしたと誰もが考えているからこそ、

生き残りたければ突破する騎兵の後ろを死ぬ気でついていくか、それとも手薄とみられる方向へ逃げるか。



彼らが選んだのは後者だった。

多くの敵の標的になっているライルとは別方向の、手薄であり、騎兵の入り込む余地のない森へと一目散に駆けていた。ここなら追跡の手もないだろうと考えての事であり、その際に少なくない落伍者を出したものの、自分が無事ならそれで良かった。



「……………………」



だが、そこには静かに立ち塞がる者がいた。



「なっ、子供……?」

「おい、注意しろ。亜人だぞ!」

「なんで亜人の子供がこんな所に……」



異常な光景だった。

こんな場所に亜人種がいること自体が、それも子供一人で。

幼さを残すあどけない顔立ち、低い身長。

故に彼らは自然と少女自身ではなくその周囲を警戒し、身を固くする。



だが、彼らの眼前に立つ子供は正反対だった。

体を弛緩させ、ゆったりとした自然体に近い状態。

事態が理解できていないわけでも、まして油断しているわけでもない。



その弛緩した体はまさしく、獲物にとびかかる直前の狩猟動物のそれ。戦闘態勢というなら、彼ら以上にその子供は戦闘態勢に入っていた。だが、そのことに彼らは気付かない。

異常な状況に警戒したまま、しかしその子供自体に対してはどこか油断したまま。

彼らは一歩近づく。



それは慎重な、小さな一歩だった。



しかしそれこそが、少なくとも子どもと見られたエステルにとって不用心かつ大きな一歩だったと言っても良いだろう。それに合わせるかのように、彼らの眼前に立つ子供とされたエステルもまた、やはり彼らとは正反対に大きく、そして疾走(はや)く。



「……へ?」



先程まで確かに正面に立っていた小柄な少女が消えた。

少し離れた場所にいた兵士は、先頭に立つ兵士の腰よりも低い位置、どころか、地面スレスレの膝程度の高さで疾走する影に一拍遅れて気が付く。だが、それはもはやその兵士の足元にいる時だ。

慌てて援護のために武器を振るおうとするも、あまりにも遅すぎた。



かち上げるようなアッパーカットで先頭に立っていた男の顎が消し飛び、横にいた二人から慌てて繰り出された生半可な攻撃は死体となったばかりの味方へ当たるのを恐れて空を切る。

むしろ空を切った武器を蹴りつけて攻撃した兵士の体勢を崩すだけでなく、その反動を利用して回された足が残った兵士の側頭部を引っ掛け、そのまま地面へと叩きつけられる。



それだけで、頭蓋骨が陥没するほどの衝撃。まして靴の先端に取り付けられたナイフが深々と男の脳髄を貫き、男を即死させる。

最初の一人目を倒す際に宙に跳び上がったエステルの体は、二人目を倒してまだ空中にあった。

地面へと叩きつけるような強力な蹴りの反動を利用し、三人目へとそのまま肉薄。再び突きだされた槍さえも足場に跳びはね、空中で回転。その勢いを利用した踵落としがヘルム越しに男の脳天へと叩き込まれる。



その一撃、鎧通しの技術を利用した技に、防具など無意味だった。その攻撃が一切回避行動をとる事もなく直撃を受けたヘルムと頭蓋骨の防御を通り抜け、脳が破裂する。

動いたのは少女だけではなかった。



合図らしい合図などない。

だが強いて合図というなら、それが合図だった。そして、当然ながら彼らにはそれで充分に伝わった。

エステルが動いた瞬間、背後の森から獣人を中心とした部隊が躍り出る。



その速さは馬に並び、その力強さは猛牛に比する。

そんな獣人の部隊が勢いよく殺到する様は、それだけで腰が引ける程の恐怖。

まとまった軍勢同士のぶつかり合いならともかく、一騎打ちで最強と名高い獣人を相手に少人数同士でぶつかり合うなど、それだけで死と同義だ。



どう考えても逃げ切れるはずがないのに、エステルと対峙していた兵士以外は逃走を開始する。しかしエステルが三人目を屠った時には既に追いつかれ、背中からそれぞれの武器で殴られ、斬られ、爪を、牙を立てられ、あっという間に地に伏していった。










それを見て、騎士たちは思わず馬の足を止めた。



この時、既に呑まれたと言っても良い。戦場でさえ物怖じしないよう軍馬としての調教を受けたはずの馬でさえ、それ以上近づくのを避けているという事にさえ、彼らは気付いていない。

その集団の先頭に立つのは、横に並べば誰もが見上げるような大男だった。



鋼のような筋肉をした浅黒い肌に丸太のような太い手足。伸びたままに手入れのされていない髭は、彼がドワーフであると雄弁に物語っている。

手に持つ戦斧は常人ならば持ち上げることさえ不可能だろう。

だが彼は、肩にかけていたそれを軽々と片手で持って構える。



「……ずっと待ってたんだ」

「あ……?」



その体躯から出るのは、不気味なほどに小さな声。だから始め、それを聞いた兵士は気のせいではないかと己の耳を疑った。



「ずっとずっとずっとずっと、テメエらのような人間をぶち殺すこの日をよォ」



しかしそれは、嵐の前の静けさだと気付いた人間が何人いようか。

ジェナスはまるでなにかがおかしくて堪え切れないとでも言うように、肩を震わせる。





「いつだってやれたのに、耐えるだけってのは(つれ)ぇんだ。もう見てるだけってのも、訓練や魔物なんかでも満足出来ねえんだ。だからよぉ、感謝してやる。まさかここまで早くお貴族様相手に実戦出来るとは思わなかったからな。お前ら、原型も残さずぶち殺してやらァッ!!」





怒声が響く。

喊声と共に放たれたのは極大の戦意。

それは彼が奴隷の身分に身を落とすよりも遥かに前。

人間に故郷を攻め立てられた時から何年も抱え続けた恨みの、ほんの一欠片。



しかしそれでさえここへ逃げてきたような、生半な覚悟で正面に立つ者達がこれに耐えられるはずもない。

例外なく馬は棹立ちになり、全員がその動きについて行けず、緩んだ手綱を握り直す事も出来ずに振り落とされる。



幸運にも、或いは不運にも、彼らは皆大した怪我を負わなかった。ただ生きていれば幸運だと言うのも違うだろう。ある者はあっさりと意識を手放し、またある者は腰を抜かしながらズボンの前を盛大に濡らす。



しかしそんな相手にも容赦なく、ジェナスの戦斧は振るわれる。

結果、たった一薙ぎ。ただそれだけで、鎧も肉も骨も関係なく二人まとめて屠られていく。

並外れた膂力から繰り出される一撃はまさしく暴風にして暴力の化身。

余計な荷物を振り落として自由になった軍馬だけが見逃されたと言うこともあり、その暴風圏から逃れる事が出来た。



僅か数秒で一部隊十人全て、戦意を失くした相手はそのままあっさりと命を失う結果となった。

後ろに控えた他の亜人達は自分の獲物を取られてやや不満気ながらも、手出しすれば危険極まりない間合いに入るという事実が待ち受けていた事が分かっていたから文句はない。

逃走を阻止するためについて来たエルフでさえ、ついに一矢も放つ事はなかった。



「ふんっ、つまんねえな。準備運動にさえならねえじゃねぇか……」



不満そうに鼻を鳴らすジェナス。



「物足りねぇ……、物足りねえぞ。なあおい、この辺にもう敵はいねえんだろうな!」



斥候や伝達として付き従っていた孤児の一人にがなり立てる。

八つ当たり気味のそれに、しかしジェナスのその態度に慣れている孤児は、表情を変えることなく頷いた。



「ちっ、おめえら行くぞ!」



部下たちの反応を確認する事もなく、ジェナスは最も数が多い本隊のもとへと歩を進める。確実に殲滅出来る数を集め、逃がさないように布陣しているとはいえ、今すぐに戻れば、案外残っている敵がいるかもしれない。

ただそれだけを期待し、だけどやはり駄目だろうなと諦観混じりにドシドシと足音を立てて、最後に指示されたポイントへと向かった。








たった一戦で半数以下にまで落ち込んだ兵力は、既に戦力と呼べるものではなかった。

戦闘など起こりはしない。そう楽観し、最低限の防具だけで出立したのが痛かった。特にヘルムを持ってきた者は半数を下回り、もってきていた者さえ、装着する前に矢に当たって死んだ者も少なくない。



悪夢そのものが具現化したような状況で、窮地を切り抜けられたとはいえ士気は高くない。各々が思いつく限りの罵倒を喚き散らし、或いはブツブツと呟いている様は敗残者のそれで、とうてい統率がとれているとは言えなかった。



だからこそ、その油断を突かれれば、まして先程のような質の低い野盗ではなく、戦士としての鍛練を怠らなかった者達がそれを成せば、ライルとその妻の乗る馬車を残して全滅するのはあっという間だった。

アーシェスが真っ先に馬車を引く馬を殺し、全包囲から降り注ぐ矢で誰もが大なり小なり傷を負う。完成していた包囲網は、その輪を徐々に縮めるだけで、そのまま負傷兵に近接戦闘に長けた者が順次トドメを刺していくだけ。



最終的に、馬車の中で震えるだけの二人を力ずくで引き摺りだすまでに、そう時間はかからなかった。

無様な悲鳴を上げながら、転がり落ち、忙しなく周囲を見て、包囲する兵を割って出てきた指揮官、エミリオに向けて懇願する。



「かっ、金ならいくらでも出す! そ、そうだ、お前が望むような女も用意しよう。だから今すぐわしを助けろ!!」


「わ、私を誰だと思っているのです!? 南方の雄、ジナード侯爵家当主の妻ですよ!?」



懇願しているのか、命令しているのかも分からないような口調。

だが、それはある意味で仕方のないことだろう。

何せ、誰かに懇願した事などない立場にいたのだ。とっさに出た言葉は、やはり使い慣れた口調になるのも仕方がない。



護衛を殲滅され、馬車から引き摺りだされたライルは数十人に囲まれ、かつてない死の恐怖に晒されながらも死から逃れようと、なりふり構わずに喚き散らした。

そして、かつてはそうであったのかもしれないが、代々の浪費と悪政で既に半ば没落している家だ。

陽がまた昇るためには、ここで一度完全に沈む必要がある。

そう、新たな陽を迎えるために。



「無様じゃの。何度見てもあ奴の親とは、やはり到底思えんのじゃ」



その包囲を割って出てきたのは、アーシェスだった。



「貴様……まさか……いや、だが……?」



その表情はありありと、このような事態に陥った事よりもここにアーシェスがいる事の方が信じられないと語っていた。



「そうじゃな。お主が息子に買い与えた奴隷のハイエルフじゃ。お陰で奴と出会えたのだから、お主のような人間でもそこだけは感謝しておくのじゃ」

「なっ……!? た、頼む! わしを助けろ! お前なら――」



みっともなく同じセリフを吐くライルの言葉を遮って、エミリオが告げた。



「そうそう、忘れる前に、そのイザークからの伝言だ」

「…………イザーク、からか……?」



この事態とイザークがどうあっても結びつかないのだろう。

未だに間抜け面を晒しているライルを滑稽に思いながら、この先の言葉を告げればどう反応するのかが多少楽しみではある。



「末路を見届けられないのが残念です。少々時間はかかりますがなるべく早く、お友達全員をそちらへ送って差し上げますから安心して逝ってください、だとよ」


「――なっ!?」


「じ、実の親を手に掛けると言うのですかっ!?」



ライルは何か言いたそうに口をパクパクとさせるが、声は出ない。きっと混乱のあまり、何を言えばいいのかも分からないのだろう。

もう一人はヒステリックに喚き散らすだけで、やはり知性など欠片も見当たらない。

そんな間の抜けた、あまりにイザークとかけ離れた姿が、アーシェス同様本当にアイツの親かと思うとつい笑いそうになりながら、二人の喉を掻き切った。







「さて、別働隊の協力もあって標的は全滅。今頃は騎士に扮した奴らが屋敷を襲っている事だろうな」



実質的な指揮官である作戦を立てた男が狼煙を確認し、この地に展開していた本隊を集合させる。

平時に屋敷にいる兵力などたかが知れるし、ここで百の騎兵を殲滅したのだ。

騎士から奪った鎧を着て、不意打ちを重ねれば、油断しきった大した兵力のない屋敷の一つくらいは楽勝だろう事は、誰もが理解しているから。



「ここにいる奴らを集めろ。宴会をするぞ!」

「おっしゃあ!」



粗雑ながらも手当てを施し、呑気にも、この時のために用意されていた酒や食料を食べ始めた。

最後にして最大の大仕事を終えた今ばかりは無礼講だ。



野卑たがなり声が各所で上がるが、貴族を殺したと言うのに不安そうな表情は見られない。



なぜなら全員が既に聞かされているからだ。この作戦は誰が聞いても完璧で、更には多少の贅沢をしても生涯暮らせるほどの金銭が手に入ると言うならば、参加しないはずがない。街中の悪党がここにいると言っても過言ではない程だった。更に、この作戦を指揮する者が今までに成し遂げた実績から安心しているのだ。



貴族を襲う意味を理解していれば、確かに一秒でも早く遠くへ逃げるべきだろう。だが、もし本来ここでその野盗を殲滅する音頭をとるべき者がいなければどうなるか。


ある者はこのどさくさに紛れて金目の物を失敬しようとし、ある者は責任をとる事を恐れて何もせず、結果として代わりの者が的確な指示を出せるようになるまで、混乱する事になる。


そう。そして、その代わりとなるべき嫡男は今、この領地にいない。


つまり呑気に宴会をしていても問題はなく、情報が知れ渡る前に悠々と国外逃亡する時間があるわけだ。


そして最後は解散し、悠々自適に遊んで暮らす。


どこにでもいるただの小悪党だった自分が僅か数年で数百人もの配下を得るに至るのだから、人生なにがあるか分からない。


尤も、全部はアイツのお陰だろう。


ただの小悪党が、それほどまでの地位に至れたのは、信じられない程キレ者で、だけど人前に出るのが得意ではないからという理由から頭を張らなかったアイツの。


つまり、アイツの指示に従っていれば大丈夫だと実績が証明している。だから自身は促された時に号令を下すだけで、実際の作戦の立案から指揮に至るまでの一切合財も、任せていれば何の問題もない。

程良く酔いながら、そう、信じていた。



「ぎゃぁっ!?」



誰かが、悲鳴を上げるその時まで。



多少の疑問など抱いた所でアイツならその程度分かっているのだろうと、無条件で信じられるような実績があった。


だが、それも全てはこの時のためだったのなら。


別働隊の顔など一度も見た事がなく、だけどアイツが大丈夫だと言ったから問題ないと思わされていたのなら。


別働隊が敵だなどと、思いもよらなかった。


宴会には遅れて参加すると言われた時に、なぜ待たなかったのか。


誰もが少なからず酔っていた。


早い者はとっくに酔い潰れていた。


標的であった侯爵を討ちとった別働隊とやらが、まるで包囲をするような配置で距離を詰め、酒で酔い潰れた野盗達に火矢が襲いかかった。


中央に位置する、大きな火。特に仲の良い者で取り囲む小さな火。


必ず、火が傍にあった。


何故か、燃えやすい物があちこちに置かれている宴会場は夜でも良く見える。完全包囲されたそこから抜け出せる者は一人もおらず、すぐに物言わぬ死骸へと変貌していった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ