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異世界における革命軍の創り方  作者: 吉本ヒロ
3章 12歳、学園編
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変化する日常




「リヴィア、おはよう」

「…………あ、ああ、おはよう」



教室でリヴィアと顔を合わせ、いつものようにした挨拶。

リヴィアが俺の事を好きだと聞いたせいで、どこかぎこちなくなりそうな所を抑えて自然を心がけたと言うのに、リヴィアの方がおかしい。

最初のうちは真面目な表情のまま、キビキビとした返事をしていたリヴィアだが、ここ数ヶ月で少し口元を崩し微笑む、柔らかい挨拶を返すようになって来ていた。だというのに、なぜか今日は視線を逸らし、たどたどしい挨拶となっている。



「……どうかしたのか?」



その違和感に気付かないはずもなく、しかしあの時の会話が聞かれたとも思えないので、本当に心当たりがない。



「い、いや、別になんでもない……。なんでも、ないんだ……」

「そうか……」



どう聞いても何かあるようだが、かといって問い詰める必要性も感じなければ、そうした所で口も割らないだろう。

気にはなるし片隅に留めておく必要はあるかもしれないが、踏み込むほどではない。そう判断し、流した。



そもそもそれなりに信頼関係を構築した今、リヴィアには必要以上に踏み込むつもりもない。

やるべき事は幾らでもある。

あのフィオナを相手にどうするか、今後、自領をどう運営していくか。やるべき事は今でも山積みだ。だから時間が解決してくれるだろうという事にして、触れないでおく。

だが、いつだってこっちにそのつもりはなくとも、相手がその気ならば関わらざるを得ない事は多い。故に、これもまた必然だったのかもしれない。







「私のリヴィアに、一体何をしたのかしら?」



珍しく、というより初めてシリルに校舎裏へ呼び出され、行ってみれば始めから怒気を隠す気もないシリルに問い詰められた。

普段の冷静さは形を潜め、真剣勝負のような気迫で用があると言われたから思わずついてきてしまったが、正直来ない方が良かった気がする。



「知らないよ。というか俺も知りたいくらいだ」

「恍けないで!」

「恍けてはいないんだがなあ……」



これはとぼけている訳でもない、本当の事だ。

正直、なんでリヴィアがああなったのか理解できない。

とは言え、あの態度から少なからず自分に関係する内容だろうと察しもつくが、それは敢えて言わない。それに、その程度ならばシリルも悟っているだろう。



「嘘よ! あの子があんな風に悩む事なんて、今は貴方くらいしか思い当たらない!」

「…………」



悲しい事に同感だが、だからと言って全部俺のせいにするのはいかがなものだろうか。



「丁度良い機会だから聞く事にするわ。あの日……、貴方と関わってからあの子は弱くなったわ。あの日からずっと変で、剣以外の事にも意識を向けるようになってきた。あの時、行軍訓練で二人きりになった時、貴方はあの子に何をしたの!?」


「大した事は言っていない。単にリヴィアが死んだら弱い俺も生き残れなかったから、適当な事を言ってやる気を出してもらっただけだ」


「…………そんな嘘が通じると本気で思っているの? そんな心ない言葉にあの子は惑わされない。そんな態度であれほど嫌っていた貴方を庇うほど、あの子は馬鹿じゃない。貴方が何かをした。それもあの子の心を動かすほどの何かを……」


「…………」



この手の輩は厄介な事に、俺の事を知らなくてもリヴィアの事を知っている。だからこそ、そこから俺がどういう人間なのかをある程度とはいえ悟れる。

それでも今まで踏み込まなかったのは、リヴィアがストッパーになっていたからだ。そのリヴィアが変調をきたせば問いただしに来る可能性はあると予想はしていたが、その変調はしばらく見られなかったから大丈夫と思っていただけに、今回の件は予想がつかなかった。



「少しずつ、以前と比べて変わってきているわ。それも良くない方向に。たった一つの目標を見据えて走って来たのに、貴方のせいであの子に迷いが生じた。今までずっと、苦しむ姿も見てきたわ。全部を一人で抱え込んで、傷ついて、限界なんてとっくに超えている。それでもまだ立ち上がって、傷ついて行く。それなのに、余計な事で悩む姿も多くなった! これ以上、あの子を苦しめるのはやめて!!」

「…………」



正直、流すつもりでいた。

シリルのリヴィアを大切に想う気持ちは分かっていたつもりだった。

だから、必要以上にリヴィア達に関わるつもりのないイザークとしては、ほどほどで流すくらいがちょうどよかったからだ。

だけど、それはあまりに思い上がりが強く、そして勘違いも甚だしいものだったから、思わず反論が口をついた。



「それでリヴィアを想っているつもりか?」

「……なんですって?」



訝る言葉、膨れ上がった怒気。

まるで気温が数度下がったかと思わせるほどにシリルの声は冷たく、しかし大きな怒りが含まれていた。

だけど、その程度は臆するほどでもない。



「幼馴染で仲が良く、ずっと一緒に育ってきた主従以上の絆を持つ三人? それで、だから大切なんだと甘やかすと? リヴィアはそんなに弱くはないのは知っているだろう。いくら周りが敵だらけだからと言って、一々事あるごとに助けるだの甘やかすだのと思い上がるなよ。助けるときは最低限、本人が望んだ時か本当に必要な時だけで良い」



生温い環境で人は強くなれない。

戦う意志、それ失くしていったい何が為せるというのか。



「知ったふうな口を――!」


「利くさ。迷う事が弱さだと思っているなら、その勘違いを正せよ。一つの道しかなく、そこを歩くだけの人間に本当の強さなんて得られない。迷いの中から選んだ道でなければ、そこに誇り(つよさ)は生まれない。たとえその時の選択が間違いであっても、致命的にならないようフォローする程度で十分だろう。出過ぎるなよ、従者なら」


「――――ッ!! ただの従者なんかじゃない! 私はリヴィアと共に育った仲間よ! そんな薄い関係じゃない、そんなに弱くない! 先陣を切らせて後ろを楽して付いて行くような仲じゃない! いいじゃない! せめて少しでも楽になってくれればって思っても! 何をするにも責められて、大した能もない奴らがこぞって女だからと馬鹿にする。そんな中でずっとあの子は頑張って来たのよ! 少しでも負担を減らしたいと思う事の何が悪いの。それなのになんで貴方まであの子を苦しめるの!?」



頑張っているのは知っている。

そうでなければあれほどの強さを持ち合わせていないだろう。

負担も、抱えきれない程抱え込むような性格だから、周りの判断で補助くらいはするべきなのかもしれない。



そして確かに、俺のせいで苦しんでいるのも分かっているつもりだ。だけど、リヴィアを最も近くで支えるシリルが間違っていては、それこそリヴィアも間違う可能性がある。

個人的には、此方に支障のない範囲での軽い手助けくらいならしても良いと思えているからこそ、シリルの考えに危うさを見出した以上、多少の矯正を図るべきだろう。



「アイツの父親を、ジェラルド様を見習い、学べよ。そしてここにあの方がいないのなら、それこそ導くのもシリルの役目だろう」



今までに為した功績、言動、そして実際に対面した感想。それらがリヴィアの父の優秀だと判断するに十分なものだった。だから手本としては申し分ないだろう。



「どこまでも知ったふうな口を利くな! 貴方のそこらの貴族よりよほど何を考えているのか分からない所が気に入らない。善人の顔をして、私達とも対等に接して、そのくせあの子の真っ直ぐさを見て、何の反応もないのが気に入らない!」



敵対するでもなく味方するでもない。そのくせ、近い距離に在りながら無関心ともとれるほどに関わらないが気に入らないと、そうシリルは言った。



「別にリヴィアの事は割と好ましく思っているつもりだけど?」

「そうやって煙に巻いて、本心を見せない所が気に入らないと言っている! 高位貴族のくせに、貴方のやりたい事が見えてこない!」



その手の人間にありがちな欲は見えないからこそ、何を考えているのか余計に分からない。

そこにあるのは恐れだ。

分からないというのは怖い。

それはイザークも十分に理解しているが、じゃあ自分はこういう人間なんだと言った所で今のシリルでは信用しないのも理解している。

何より、一々そこまで打ち解ける必要性もない。

リヴィアは初めから盤外の存在だ。革命を起こしても大局に影響を及ぼす事はない。



「だったら――下級貴族の分際で、とでも言えば満足か?」

「――ッ!」



シリルは咄嗟に出そうになった言葉を抑えるために、思わず唇を噛んだ。

それを許せば、きっとイザークに対して二度と何も言えなくなる。

身分は勿論だが、精神的にも両者の仲は致命的な亀裂を生む事になる。

イザークの事は嫌いだが、それでもそれほど嫌いな相手というわけでもない。ただ、リヴィアとの関係が、近くもなく遠くもない、しかし最適とはとても言えない微妙な距離感を保つあの空気が、どうしようもないほどに嫌いなのだ。



それは間違いなくイザークが作り出したものだから。

だけど、そもそも高位貴族に位置するイザークを相手に、このように言い争いをしている今の時点で既に異常なのだ。それを許せる貴族はいったいどれだけいるだろうか。それを許す人間は少なくとも悪い奴ではないと、理性が告げるのだ。

だからこそ、気にいらない。



まるで気を許した仲間であるかのように振る舞うリヴィアを見ると、高位貴族を信じるべきではないと言いたくなる。


あの日何があったのか知らないが、根は素直で優しいリヴィアを得意の口先で誑し込んだに決まっているのだ。あの場に残った瞬間、イザークは信頼される切っ掛けを得た。だけど結局はそれだけのはず。

実際に戦ったのはリヴィアで、傷ついたのはリヴィアで、苦しんでいるのもリヴィアだ。実際、イザークはリヴィアの事をほとんど気にも留めていない。常に何かを思い悩み、気が向いた時だけリヴィアの相手をしているようにさえ思える。


表面で優しく振舞う貴族の持つ残虐非道な裏の顔なんてものも、枚挙に暇がないのは知っている。

可能性を挙げてしまえば、リスクを考慮すれば。並の貴族じゃない。手に負えない。余計なものを抱え込んでいる。深入りすべきじゃない。


そんな考えがあるのと同時に、だけど少なくとも現在まで、彼はリヴィアにとって利をもたらす存在でもあった。理性や感情がごちゃ混ぜになって、正直何が正しいのか分からない。


だから、結局はどうしようもないほどに、ただただイザークが気に入らないのだ。



「…………私、貴方が嫌いよ」

「へえ……」

「大っ嫌い……」

「そうか。お前みたいな奴を、俺はそれほど嫌いじゃないんだけどな」

「――っ!」



叫びかけた言葉を呑みこんで、シリルは努めて平坦に言う。



「そういう所が嫌いなのよ……」

「そりゃ残念だ」



まるでこれ以上は顔も見たくないとばかりに苦々しそうに吐き捨て、シリルは踵を返す。

静謐な怒気を発しながら帰るシリルを、器用な奴だと苦笑しながら見送るイザークの表情に、残念などという感情は一切浮かんでいない。



取り繕うしかない関係をズルズルと引き摺り続けるよりはこっちの方が良いかもしれないと、ただそう思った。




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