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異世界における革命軍の創り方  作者: 吉本ヒロ
3章 12歳、学園編
92/112

卒業





「あ、いたいた。探したわよ」

「…………何の用ですか?」



誰からも好かれるような自然でにこやかな笑み。しかしだからこそ、どこか胡散臭いとリヴィアは誰に言われるまでもなく悟る。

そんな笑みを浮かべながらフィオナが近づいて来た時、リヴィアは反射的に警戒心を強めた。本来交わる事のない相手、正反対と言っても良い性格のため全く合わない相手ではあったが、しかしある点を経由してそれなりに顔を合わせるようになった女性。



元々油断出来ない相手ではあったが、イザークにちょっかいを掛けているせいで尚更好きになれない。尤も、リヴィアの抵抗など、フィオナからすれば子供が必死になって頑張っている程度にしか思われていないのが実情だが。



そんな相手も今日で卒業とあってか、心中で思う所は多くて色々な点で複雑ではある。だがそんなリヴィアとは対照的にフィオナはいつも通り……とは違い、思わず同性の自分でさえ胸が高鳴ってしまいそうになるほど見事なドレス姿を披露する。対して在校生である自分はこの場ではいつもの制服姿であり、自然と気後れしてしまっている。



実際、フィオナの方は先程まで同学年は勿論、他学年の男子生徒から次々とダンスの相手を申し込まれただけでなく、複数人から告白さえされていたのに対し、つまはじき者である自分はダンスをする相手さえいない。


女としての出来の差は圧倒的であった。


今も未練がましそうな視線をやる者を何人も見掛け、フィオナもまたその視線に気付いているのだろうが、歯牙にもかけていない。



「ねえ、ちょっとお姉さんとお話しないかしら?」

「……いいでしょう」



思わず引いてしまいそうになるのを堪え、傍にいたシリルにはその場から動かないよう視線を送り、フィオナの後について行く。エイグルの方は派閥などおかまいなしいに男子生徒を巻き込んでは食べ歩きながら勝手に会場を歩きまわっているため、なにかあってもシリルに任せておけばよいだろう。

そして会場の外に出て人気がいない場所に着いた時、フィオナは足を止めて唐突に口を開く。



「リヴィアちゃんにお姉さんからの忠告よ。彼の事は諦めなさい」

「っ!? ……なぜ私があなたの言う事に従わなければならない。それに、突然そんな事を言われても理解できない」



うんうんと、まるで分かると言いたげに頷いているが、かと言ってフィオナの口から出る言葉に対し、簡単に頷けるはずもない。


事実、それは続く言葉であっさりと証明された。



「あら、でも薄々は気付いているんでしょう? あなたに彼は似合わないわ。だって、彼はあなたと違うもの。あなたに彼は理解できない。彼は此方側の人間よ。闇を知って、抱え込んで、それを一生誰にも話さずにいられる強い子だわ。光に生き、闇を否定するあなたとは、ずっと相容れない」


「それは……」



リヴィアの瞳が揺れる。

地面を向いて、逡巡した。

フィオナの言葉を、リヴィアは否定できない。イザークはいつも心を見せてくれない。気安そうに見えて一線を張り、単純そうに見せて何を考えているのか分からない。どこか賢人めいた、遥か先を見ているような不思議な瞳をする事がある。



そんな時に、どうしようもない距離感を感じてしまう事は何度もあった。

傍にいるのに遠く、隔絶した距離を感じさせるほどの絶対的な差があった。



「だけど……」



言葉を切る。

一見すれば言い淀んだようにも見えるそれは不安の表れではなく、自分の中にある形にならないモノを明確な形にするための時間。

昔のように盲目なままなら、リヴィアは一切迷わなかった。迷いさえ生まれる余地もなく選択し、どこかで躓き、立ち直れなくなっただろう。

だが、違う。

複数の選択肢を理解した上で、その中から自らの意思で選びとったのだ。そこには自然と、強さが宿る。



「だけどいつか、私はアイツが全部話してくれると信じている。アイツが闇だと言うのなら、私はアイツとの壁を取り壊し、いつか光で照らしてみせる」



上を向き、フィオナと真っ向視線を合わせ、心のまま真っ直ぐに放つ。

皮肉にも、諦めさせるために放った言葉が何よりも強固に、リヴィアの意思を強くした。

この気持ちは諦めろと言われて諦められるような中途半端な気持ちなんかじゃない。耐えるのは得意で、形の有無を問わず、ずっと様々なものと戦ってきた。



――ただ真っ直ぐに。それだけが、自分がだれにも負けないと胸を張り、これこそ自分だと誇りに思える唯一だからだ。



だけどその言葉が、愚直なまでの心がフィオナをして驚かせ、故に本気にさせてしまった。



「でも、彼はあなたには絶対に言わない秘密を抱えているわよ。仮にもあの子の事を好きで見ていると言うなら、あなたにもその一欠片くらいは覚えがあるんじゃないかしら?」


「それは……」



言うに値しなかったリヴィアへ向けて放たれた、言うつもりのなかった言葉。

その言葉が、リヴィアの心の隙を突いた。

たしかに、よくよく考えてみれば不審な点は幾つもあった。



特に、行軍訓練の時はそれが最も顕著だったが、あの日以降、意識して見ていれば他にもふとした拍子に何か考え込んでいるような姿、まるで何かを隠すかのような行動を見た覚えがある。



「ひみつ、か……」



かつて行軍訓練の際にイザークが施した思考誘導は、たしかに問題なかった。

あの時いた人間に、あの瞬間にイザークが見知った人間の中にそれを解く事は出来ない。あらゆる人間がそれぞれの事情で目を曇らせ、知り得る情報と事実との整合性を正確にとれていなかったからだ。それに何よりリヴィア自身がそう考えようとしたのだから、それ以外の答えに辿りつけるはずがなかった。

だが、そのリヴィア自身の考え方を変えられるほど影響力のある人間がイザークの他にもいたとすれば、それはその限りではない。



それは親しい人間でなくとも、リヴィアがそれほど強く意識している相手ならば構わなかった。

あの時大きな疑念を収縮させ、押し殺したはずのものはしかし、今はそれを辿るかのように逆行する。疑問が徐々に膨らみ、無視できないものになったとリヴィアの様子からフィオナは確信した。



「それじゃ元気でね。まあリヴィアちゃんも悪い子じゃないみたいだし、中々からかいがいもあって面白い子だったから、私もそれほど嫌いじゃなかったわよ」



と、あまりにも上から目線の言葉さえ、自己に埋没している今のリヴィアには届かない。

その様子を見てフィオナはいつもの笑みを深くし、この場を後にした。











「うふふ、ごめんなさいね? でも、リヴィアちゃんだけは彼に届いちゃう可能性もあったからね」



人気のないパーティー会場の外をただ一人、フィオナは歩く。その足取りは軽く、鼻歌交じりにご機嫌そのものといった様子だった。既にリヴィアから距離をとったからこそ、その言葉は誰にも届くことなく霧散する。

イザークを好きな人間なら数多くいる。



侯爵家の跡取り息子である以上、ただそれだけで他家からすれば極上の獲物だ。許嫁はいても仲が良好というわけでもないから間に入り込める余地は十分にある、妾でも構わない、などと思っている家は多いだろう。



それに贅沢の象徴である暴食を好む貴族は多く、肥満体形も多い。だが当然、女の子としては相手に地位こそ伴っていれば否応こそないものの、スマートな男性の方が好ましいに決まっている。

だけどそんなもの、彼からすれば端から嫁の候補にもなりはしない。つまり、わざわざ相手をするほどでもない。しかしただ一人だけ、侯爵であるイザークではなく、イザークをイザークのままに好いていた。


それでも、現状危険視するほどではない。


放っておいた所で、恐らくは問題ないだろう。


しかしそれだけが、彼に届き得る唯一の可能性だった。


そして何より――



「彼を変えるのは私だけよ」



好いた男を他の女に変えられるのは許せないのだ。


自分自身がそうなのだから、彼もそうでなくてはいけない。



「キミは気付かないんでしょうけどね」



キミと出会って、退屈に倦んで停止していた私の鼓動がどれだけ高鳴ったのかを。



「これでも意外と、緊張したのよ?」



だけど私はお姉さんだから、そこは悟られないよう振る舞ったけど。



「この私が」



それが一体どれだけの異常事態なのか、キミは気付かない。



「だから――」



だから気付かせてやるのだ。

この想いを、私自身の価値を。

そして何より、キミ自身の希少性(かち)を。



「だから、キミは誰にも渡さないわ」



誰に向けたのかも分からない宣誓の言葉は、視線の先で見つかったと言わんばかりの表情を浮かべるイザークにもまだ、届かない。





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