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異世界における革命軍の創り方  作者: 吉本ヒロ
3章 12歳、学園編
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対面

本日三話目




ロザン公爵と会見の機会を得たのは、結局半年後の事だった。

尤も、そのおかげでと言うべきか、この日のために覚悟を決める事が出来、対応策も練れたのだから文句はない。まあそれも、せいぜいが質疑応答や本番のシミュレーションをする程度で、対応策というほど立派な物ではないが。



場所は相手側、ロザンが王都に所有する屋敷の一室。

そこへ案内された後で十分程待たされ、ようやくのご対面となる。

ドアをノックする音、それは待ち望んでいた瞬間であるのと同時、最も訪れてほしくない瞬間でもあった。



壁越しに伝わる化け物の気配。

一度だけ深呼吸をして強引にでも意識を切り替え、立ち上がり、言葉を放つ。



「どうぞ」

「失礼する」



何度か一方的にある程度の距離を置いて眺めていた経験があるとはいえ、相変わらず見ているだけで吐き気がする。小奇麗な身だしなみはしかし濃厚な死の気配を纏わせ、こびり付いてとれない血臭を漂わせ、昆虫染みた無機質な目で見てくるのが本当に気持ち悪いのだ。



唾を飲み込もうとして、唾さえ出ていない事に気付く。この事態も予想して万全を整えるため、直前で水を飲んできたというのにもう口の中が渇いていた。

だが、初対面の時と違い覚悟があり、これまでにも遠目から何度か見たと言う経験がある。お陰でようやく、辛うじて表面では平静を保ちつつ真っ向から向き合える。



「お初にお目にかかります、ロザン公爵閣下。私はイザーク、ジナード侯爵家の跡取りです。本日は――」

「ああ、構わんよ。一通り、姪から話は聞いている。それに、私は武人でな。そういう回りくどいものは好かぬのだ」

「……畏まりました」



その一通りがどの程度なのか聞きたいところではあるが、形式にこだわる人間ではないと言う事か。

一つ情報を得、それを胸に留め置いてすぐ、どう切り出すか事前に考えていた数パターンの中から選択する。



「言ったであろう。敬語も無理に使わなくても良い。言葉遣いで人を判断するほど愚かではないつもりだ。話しやすいように話したまえ」

「それでは早速、単刀直入に伺わせてもらいますが、どうすれば貴方ほど強くなれるのかお聞きしてもよろしいでしょうか?」



「…………あの姪が珍しく、と言うより初めて私に会ってみる事を勧めた人物が君でね。果たしてその価値が君にあるのかどうか、少々迷っている。姪の眼を疑っているわけではない。君の体つき、そして瞳を見れば分かる。その年齢でならばなるほど優秀ではあるが、凡人の枠を出ない強さだ。なら、あの姪が認めたのは賢さという事になる。生憎、そちらは私には測りかねるが、果たしてそれだけで私と会う事を勧めるだろうか、ともな」



「…………」



思案するかのように、或いは試すかのように、どこまでも深い底なし沼のような眼でジッと見つめる。

その真意を推し量ることが出来ない。



「ふむ、まあいい。君の質問に答えよう。だが生憎、気の利いた答えは返せてやれない。ただ膨大なまでの訓練、そして死と隣り合わせの実戦を積み重ねれば、誰でもそうなれる。尤も、生きていれば、だがね」

「…………」



返って来たのは最も簡単に予測出来た、裏道が存在しないシンプル過ぎる程の答え。しかしそれはどうしようもなく重く、そして最も聞きたくない答えだった。



それが何よりも難しい事だ。実際、戦場に出ても本陣にいて戦闘を行わなければ生きて帰れるだろう。だが、ロザンはそれこそほとんどの戦で先陣を切ってきたのだ。

ならば単純な死亡率なんて言うまでもない。間違いなく、死んでいなければおかしい。



だが今、生きて、ここにいる。



ああ、本当に手に負えない化け物だと、諦観から全てを投げ出してしまいたくなる衝動に駆られた。

それを無理やり呑み下し、再びロザンに対して僅かな情報をも見逃さないと意識を強く持つ。



「私の場合、初陣がそうだった。信頼出来る友が死んだ、叔父が死んだ、部下が死んだ、付き従った者誰一人例外なく皆が死んだ。だが――私一人が生きている」



それも知っている。

公爵家の嫡男が初陣。それだけの条件が整えば、敵としては是が非でも討ち取りたいだろう。まして、隣国の帝国は何度も王国に侵攻を仕掛け、その度に公爵家に阻まれている。だからこそ策を弄し、戦経験のない嫡男であるロザンに圧倒的有利な状況を築きあげて襲いかかった。



そして当然、ロザンが率いた部下は死んだ。全滅だ。幾ら優秀な者を集め、奮戦しようとも奇襲を受け、それも圧倒的な数の差には勝てなかった。



だが彼だけが生き残った。逃げたのでも守られたのでもなく、襲い来る敵兵全てを己が手で切り刻んで、己の身を己自身で守り抜いた。体中に傷を負おうとも致命傷は避け、生き残った。



その活躍はまさに英雄的だろう。



「君はなぜ、私が生きているのだと思う?」



その時、一瞬だけ彼の目に人間らしい感情が浮かんだ。

いや、人間らしい感情と言うべきではないだろう。それは、湧いて出た感情を押し殺したが故、いつにも増して機械染みた、だけどだからこそ人間の反射的行動といえる何か。



「私を取り巻く時は遅い」

「…………は?」



答えを期待してはいなかったのだろう。



そこへ浮かんだのは、果たして怒りか憎悪か懺悔か。それさえも分からない刹那の時は過ぎ去り、淡々とした口調を崩すことなく、答えも待たずに喋り続ける。



「皆私を置いて、前のめり駆け足で断崖へと疾走し、手の届かない所へ行く。それは、殺し合いの場でもそうなのだ。一挙一動総てが遅い。舐めているのか、やる気があるのかと言いたくなるほどにな。無論、彼らが命懸けで必死なのは分かるのだが……。いつからだろうな。総てが、止まって見えるよ」

「――っ!」



まさか、と思う気持ちはある。

少数派を、例外を否定する事は簡単だが、それ故に重要な事実を見落とすようでは愚かだ。

しかしそれでも、自分で思いついておきながら信じられない。



学者でもないから、推測ばかりだ。



ああ、だが、世の中には信じられないような例外的な人間が幾らでも存在した事くらいは知っている。それにもしそうなら今までの功績、ベルガからの報告や、今まで集めた情報に説明がつく。



何度死を覚悟したのか。



何度走馬灯を経験したのだろうか。



恐らくはその過剰な負荷のせいで脳が狂い、見える風景が変わった。

任意か常時か、或いは特定の条件下でのことかは知らない。だが、全てがスローモーションで見える世界を構築できると言うのなら、彼を殺すには本当に回避不能な範囲、防御不可能な威力による面攻撃以外では倒せないと言う事だ。



そして、僅かな殺気を逃さず察する人並外れた直感力も持ち合わせている。だから、そんな攻撃を事前に察知してしまうし、死角外からの攻撃さえ通用しない。



ああ、だから初対面のあの時、止まっていると、完結し、終わっていると思ったのか。



先へ先へと行った者を追いかけているのではない。



仲間が倒れ、しかもその腕に抱えきれない程多くの死があるから、そこから進めなくなっただけの事だ。



立ち止まり、後ろを振り返り、目をそらせず、前へと歩けなくなった。



そこには進歩も変化も、何もない。



ただ鼓動を刻んでいるから生きているだけの死者。



死ぬべき時、死ぬべき場所で死ねなかった、そんなリビングデッドの成れの果て。



英雄なんかじゃない。コレはただの敗者。それが、曲がりなりにも生き残ってしまったから狂ったのだ。

なぜだかそこにかつての、そして未来の自分を幻視して――




「――っ!」




そして、ありえもしない、あってはならない未来を強引に振り払う。


こんな機会、二度とないかもしれない。今はただ、目の前にいる人間に集中するべきだ。

情報と呼ぶにもおこがましいほど僅かな情報でも入手すべきで、ただ全身全霊を以って臨まなければならない。



「…………なぜその話を私に?」

「なぜだろうな。強いて言うなら、姪が気にかけているからだろう」

「そうですか……」



なら、これだけでもあの人に仲介を頼んだ価値はあったということだろう。

その後も個人の戦闘から集団の戦争、果ては哲学のように個人の思考そのものに至るまで、ロザンを可能な限り知るために時間の許す限り問答に費やす。



「――ああ」



そして、最後。



「私からも一つ、君に質問がある」



この対話の終わりが見えたとき――



「……なんでしょうか?」



時間も押してきた時、ふと思い出したように、ロザンは呟く。



訝る視線には頓着せず、ただ今日の天気を訪ねるかのようにあまりにも自然に――





「――君が、私を殺してくれるのか?」






「……………………は?」







――あまりにも理解出来ない事を、彼は口にした。










「彼は君が言う程の人物ではなかったようだが?」



イザークが去った後、入れ替わるように部屋を訪れた姪に感想を告げる。

少々期待しただけに残念だったという意味を含めて。



「あら、叔父様にはそう見えた? ふふ、でも大丈夫。この件は彼だけじゃなく、叔父様の利にもなるはずよ。彼はきっと大きくなるわ。今までだれも……私でさえ考えつかなかったような何かをする。そんな予感がするの」



「……君がそこまで言うなら、一応は気にかけておくとしよう。縁があればまた会う事もあるだろう」



責めているわけではないので特に思う事はないが、その言葉は笑って流された。

だけど、だからこそ先の邂逅を振り返り、小さな違和感に辿りつく。

先の一幕、姪が気にかけていた、などと言う言葉が自然に出たからこそ、ロザンは心中で密かに、僅かながらも困惑した。



己で言っておきながら、なぜあの時に誤魔化すような言葉が出たのかが分からない。そこらにいる人間よりは随分とまともだが、しかし取るに足らない人物のように思えたのは事実。

だが、自分でさえ知らず、気付かない内に期待してしまったのではないかという思いが僅かにあるからこそ、それが理解できない。



「ふふ、そうね。私も叔父様も、きっと再び、決定的な場面で彼と会うわ。そして――」





――きっと互いの悲願を成就する。






それは、彼なくしてあり得ないと、フィオナは確信しているのだから。







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