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異世界における革命軍の創り方  作者: 吉本ヒロ
1章 5歳、革命決意
9/112

始動


「あなたがこの店の店主で間違いないでしょうか?」


 中流階級が住む住宅街の一角にある店で、まだ幼い少年が開口一番にこの中で最も逞しい体躯の人間に語りかける。

 日に焼けた浅黒い肌に、筋骨隆々の体躯は商人というより戦士にしか見えない。

 だが、警備としてここにいるなら従業員にあれこれ指示を出しているのもがおかしいので、やはり彼が店主なのだろう。


「……え? ええ。これは失礼。紹介が遅れました。この店の店主を務めております、ベルトラン=フォークランドと申します。以後、よろしくお願いします」


「突然失礼ですが、あなたは商人として大切なことは何だと思います?」


 ベルトランに対して自己紹介の挨拶を無視し、一見商談には何の関係もないことを聞く。

 ベルトランは怪訝そうな表情を浮かべ、しばらく固まっているが、それも仕方がないだろう。目の前の変わり種に対してどういう対応をとるべきか図りあぐねているのだろうから。



 実際、この店舗で5軒目だった。

 どれもこの店主と同じような表情をした後で「訳の分からないことを」、「冷やかしなら帰れ」、と言われたのはつい先ほどのことだった。もっとも、彼らの側からすれば失礼な子供に対する普通の対応だろうから責めるつもりはないが。



「信用、情報、お金ですかな。もちろん、時と場合によって順位は前後する可能性もありますが、基本的には先に挙げた順になるかと……」


 だがこの店主は違った。

 信用と情報があれば、お金は結果として付いてくると言う事を知っている。更には、こんな子供に対してもある程度は誠実。

 5件目にしてようやく当たりの可能性を引いたが、判断するにはこれだけではまだ不十分だ。


「子供相手に、それも商売に何の関係もない事を素直に答えた理由を聞いてもいいですか?」

「お客様に年齢は関係ありませんよ。お金だけに限らず、何らかの形で益をもたらしてくださるのならば皆お客様です。それに……その、何というかお客様はあまりそういう風に見れないというか……いえ、身形(みなり)はしっかりなさっておいでなので、名のある方のご子息だとは思いますが、なんと言うか掴みどころがないと言った感じでして……失礼にあたるかもしれませんがあまり子供という感じがしないのです」


「いえ、気にしていませんよ」


 そして知識は勿論、柔軟な知性を持ち合わせている。

 ああ、だが、まだ結論を出すのは早い。


「今日はベルトランさんに良い話を持ってきました。これを形にしてみませんか?」


 差し出したのは、オセロに関する紙。

 遊び方を幾つかの図解と共に書き記したものだ。

 さっそくそれを、興味深そうに見ている。


「ほう、これは……いやはや、中々に面白そうですな。実際に自分でやってみないと最終的な判断は下せませんが、このシンプルなゲーム性はプレイヤー、地域を選ばない。万人受けする商品ではないかと……」

「ええ、このゲームの売りはそこです。メインターゲットは娯楽に飢えた平民。教養のない人間でも手軽にプレイ出来る点、一家に一台は無理でも、お金を出し合えば最悪一つの村にひとつくらいは手に入るでしょう。また酒場等に置いておけば、それを目当てに訪れる客も少なからずいる筈です」


 正確な判断力もある。

 この街にある中堅規模の商会は少なくなってきたせいで正直少し焦っていたが、一先ずは合格だと判断してもいいだろう。


「販売経路等、全てお任せします。生産から販売までにかかる費用をすべて差し引いた後の純利益からいくらほど頂けるでしょうか?」


「そうですな…………」


 そしてこれが最後の関門だ。


 それなりに子供相手でも対等に判断する人間だと理解したが、ここでガメツイようだと商談はここまで。今後に繋がる事はないだろう。


「……五対五でいかがでしょうか?」


 順当な判断だと言えるだろう。だが、それでは駄目だ。

 少なくとも何の交渉もなく、最初の提案ですぐに納得してしまえばそれだけで甘くみられる。


「もう少しどうにかなりませんか? このアイディアでしたら、きっとどこの商会でも喉から手が出るほどほしいと思いますが?」

「ですがお客様は販路を持ち合わせておいでではないのでは? 商人特有の流通経路やネットワーク、コネに至る全てを網羅出来ているとは思えません。いくら他の商人で代用できるからと言って、これ程の物なら生産から流通まですべて自前で用意して捌くべきであり、また、それができる商人はそう多くはないはず。まして、その中から、素直に五対五を提案するような商人はね。……ですが、一商人としては、これほどの発明品に敬意を表したい。と言う事で、限界まで譲歩して四対六でどうしょうか?」


 ああ、まいった。

 僅かな情報から此方の事情をほとんど見透かしている。

 そのくせ、そのタイミングで譲歩する形で此方の譲歩を引き出そうとしている。

 このレベルの人が中堅規模の商人とは冗談キツイね。


「降参です。正直に言って、ベルトランさんとは今後長い付き合いを続けていきたいと思っております。故に先程から数々の失礼をお許し願いたい。お詫びも兼ねて、レートは五分で構いません。それと、私の名前はイザーク=フォン=ジナードと申します」


 もっとも、レートに関してはこれで最後と言うわけでもないから、ここでがめつい印象を与えない方が良いだろうとの思いもあるが。


「なっ!?」

「ああ、堅苦しいのは嫌いですし、今後ベルトランさんとは長い付き合いになりそうですから、なるべく変な遠慮はなしでお願いしたいです」

「あ、貴方様がそうおっしゃられるのならそれで構いませんが……」

「ですので最低限は仕方がないかもしれませんが、私とベルトランさんは対等な商売仲間。なるべく敬語もなしでお願いします」

「わ、分かりました。それでは改めてよろしくお願いします。イザーク殿」


 まあ、商人である以上、敬語は癖みたいなものだし、過剰でなければ仕方がないだろう。


「ではオセロ以外にこれらの販売もお願いします」


 マントを着てきたことでなんとか懐に隠していた紙の束を差し出す。

 オセロの件で最低限の信用はできることを判断したから、とりあえず一晩で思いついたアイディアの内の三割を選別したものだ。


「…………なっ!? まさかっ!! いや、しかし……」


 幾つかの紙を捲った後のベルトランの驚愕も当然だろう。

 渡した紙に記載してある内容はほぼ全てがオーバーテクノロジー。

 科学の知識がない以上、現実に可能かどうかは実際に試し、結果を見るまで分からないだろうが、単純なゲーム等、検証するまでもなく分かる事も幾つかある。そこから導き出される事で増す信憑性、そしてこのタイミングで嘘をつくメリットがないことが、その記述内容の正しさを証明する。

 驚愕から戻った後、すぐに辺りを見回してほっと一息つく。

 イザーク以外に客がいなくて安心したのだろう。尤も、実際そのタイミングを見計らって話しかけたし、客が入ってくるかどうかは常に警戒していたのだから、その心配は不要だったが。



「今からもしお客様が訪れても決して入れるな! お前達も今はこの部屋から出て……いや、私が出て行こう」



 秘密は一人でも多くの人が握れば、それだけ外部に漏れやすい。まして中身は知られていないだろうが、タダでさえ興味を引くような驚きを見せていたのだから、この対応は正しい。


「取り乱してしまい申し訳ない。今から部屋に案内しましょう。そこなら誰の邪魔も入りませんので、ゆっくり話が出来ます」


 ベルトランは奥に続く扉を開け、イザークについてくるよう促した。





「どうぞ」


 部屋に入ってそう時間も経たない内に、紅茶が二つと茶菓子が用意された。

 だが二人とも、それらには一切手をつける様子はない。

 これはあくまで体裁を整えただけであり、呑気にお茶を飲んでいる状況ではないからだ。


「……さっそくですが、イザーク殿はこの件に関してどうお考えかお聞きしても?」


 それはどうとでも解釈出来るような曖昧な問いだが、だからこそ、この件に関する考えを聞くのには最適だろう。


 そこには未知に対して下手に自分の意見を言わず、可能な限りこちらの意を汲むという、ベルトランなりの意思の提示に他ならない。

 だが、今までのやりとりから、ただ言われた事をやるだけの能無しとも違う事は分かっている。ここでの回答を誤れば此方の評価を下げる事になるだろうし、それが過ぎれば対等じゃいられなくなる。

 そうなれば、今後のとるべき行動に大きな支障をきたす事になるだろう。


「まずなるべく早い段階で普及させたいのはオセロです。詳細は後ほど説明しますが、オセロが普及してから数年後、今度はチェスというゲームを普及させたい」


 十年以内にやらなければならないことは幾つもある。その中には、当然ながら長期的に取り組んでいかなければならないことも幾つかあり、これがその中の一つなのだ。


「チェス……ですか? しかしこちらは少々複雑そうなゲームですから、オセロと違ってそれほど広く受け入れられるとが思えませんが……」


 オセロとチェスの紙を交互に見比べながら首をかしげるベルトランの考えは尤もだ。

 プレイ時間、ルールの単純さ等の点から貴族は勿論、農民達からも支持を集める娯楽として普及するオセロとは違い、チェスはあまりにも頭を使う。


「ええ、これは貴族向けの商売になりますが、少々複雑なゲームです。売り込む際は、農民のようなものには理解できない、高尚な者達の、選ばれた貴族のためのゲームとでも言って、自尊心をくすぐりながら売ってもらえればと思います。貴族のうち誰か一人がやれば後はほぼ全員するでしょうから。チェスの方は正直なところ、利益は最低限で構いません」


 チェスの方は、そうたいした商売にはならないだろう。赤字にはならないだろうが貴族向け、と言う時点で市場は狭く、捌ける数が知れている。だが、チェスにはオセロにない利点があるから、オセロ以上に普及させたいものでもあった。


 だから可能な限りすべての貴族がプレイするような土壌を作り上げないといけない。そのためのオセロでもあり、他にも様々な発明品で名を挙げるこの商会が出した新商品とくれば、多くの貴族が飛びつくことになるだろう。


「他にも蒸留酒等、様々なアイディアとその有効活用法をこちらの紙にまとめさせて頂きました。手っ取り早く利益が得られる物や初期設備投資の低い物から順に販売していくべきかと。それと、このアイディアはあなた一人が考えついたものであり、私とは何の接点もない赤の他人という事にしていただきたい」


「……と言いますと?」


「ベルトラン殿はこれらのアイディアをこんな子供が考えたと言うとどう思いますか?」


「…………あっ!」


 己の失策に思い至ったのだろう。

 その答えは人によっては不快に感じるだろうから、それをわざわざ言わせたとなると商人失格ととられてもおかしくない事だからだ。もっとも、こんなイレギュラーじみた自体に遭遇してここまでやれた時点で、充分にそこらの商人を上回っていると言えるが。


「はっきり言って頂いて構いませんよ。こんな子供がこれほどの発想や知識を持っていて、まるで化け物のようだと」


「いや、それは……いえ、たしかにイザーク殿の言うとおり、失礼を承知で悪く言えば化け物ですな。今まで出会ったどんな方とも違う。大人でさえ、イザーク殿程の方は見たことがない。更にはこれだけの発想、発表すれば多大な功績でしょう。富、栄誉、名声、望めばこの世のほぼ総て、あらゆるものを得られるはず。だがそれに溺れず、その功績を危険だからと他人に譲る時点で、並はずれた人物であることの証でしょう」


 言外にその発想もそうだが、それ以上にその用心深さや欲に溺れない点こそを化け物だとベルトランは評す。そしてその点に気付いたベルトランに対して、イザークもまた同じように評価を上方修正する。


「ははっ、そうとられるとは思いませんでしたが、やはりあなたは私の見込んだ通りのお方だ。それに普通、いくら私自身がそう言ったところで、そう素直に化け物と言うような方はいませんよ」


「お気に障りましたか?」


「いえ、正反対です。予想以上に気に入りました。出来る事ならパートナーとして長く付き合っていきたいものです。それと言うまでもない事でしょうが、今後はお金をケチらずに、キチンと護衛を雇った方がよろしいでしょう。あとくれぐれも今日、私と出会った事は内密に。それがたとえ私の親でもです」


「ええ、それは勿論。私からもこれからよろしくお願いしたいものです。とても良い取引が出来ました。……ですが今後、イザーク殿と連絡をとりたい場合、どうすればよろしいでしょうか?」


「今はまだ、何度かここまた来るつもりですから大丈夫でしょう。来なくなるのはおそらくこの商会が有名になり始めた一年後、それ以降であれば孤児たちに伝達していただければまいりましょう」


「孤児……ですか?」


「ええ、彼らにも働いてもらうつもりですから」


 怪訝そうな視線も当然だろう。

 使い道のない、人としての価値もない孤児を使うという発言は使い捨てとして使用する。そうとられてもおかしくなく、そんな人間であれば自分も孤児たちと同じ末路を辿る可能性があると考えるだろう。


「ですから、あなたには儲けたお金で私の取り分から支援していただきたい」


 だから早いうちに誤解の芽を潰す。


「支援……ですか。……いえ、イザーク殿の取り分ですから、その使い道にとやかく言う資格はないのですが、なぜそのようなことを?」

「言ったでしょう、使うと。捨て駒などと言った、くだらない真似をするつもりはないですよ。私は私のために存在する家臣がほしいだけです」


 この件に関してはここで終わり、というニュアンスを醸し出しながら打ち切った。

 都合上ある程度は教える必要が出てくるが、全てを話す義理はないし、知られすぎるのもよくはない。


「なるほど。出過ぎた真似をしてしまい申し訳ありません」


 それを正確に感じ取ったのだろう。

 これまでのやりとりに加え、踏み込んではいけない場所ではキチンと引くあたり、商人としての素質はもはや疑う余地もない。


「……これからベルトラン殿の店は間違いなく発展するでしょう。各地域に新規店舗を出店することになるのでしょうが、その際に数年間だけ、私が送る人材を各店舗の副店長にしていただきたい。勿論、それなりの人材を送りますし、あまり働く事はないですから給料は生活できるだけの最低限で構いません」


「…………失礼ながらその理由をお聞きしてもよろしいでしょうか? いえ、イザーク殿のアイディアで規模が大きくなりますし、数年間というからには乗っ取りなどされるはずはないのは解りますが、しかしそれ以外には何も思いつかないものでして……」


「分かりました。まずはこれから次々と出していく新商品について、それなりに詳しい人材という事が一点。その際に売り込む事になる貴族との接点を持たせたいのがもう一点です。オセロはともかく、チェスをちゃんとプレイ出来る人材というのは、最初の内はそういないでしょう。それにいざという時にそのパイプがあるかないかで大違いでしょうから」


「ああ、なるほど。そういう事でしたら是非、私の方からもお願いしたい」


 どこか安心したような表情をしたベルトランに、微笑みかける。

 本当の目的はほかにあるが、それを言う必要はないので黙っておくにこしたことはない。


「いつ頃から一つ目の商品の販売を開始するか聞いてもよろしいでしょうか?」


「そうですな……。生産や流通の段取りがありますので、およそ二ヶ月後、と言ったところでしょうな。それまでは大変心苦しいですが、お待ちいただければと思います」


「ええ、分かりました。その辺りの日に訪れるとしましょう。始めのうちは細かくお金を受け取りに来るつもりですので、申し訳ないですがそのつもりでお願いします。これで私からは以上です。また後日来る事になりますが、あまり遅くなっても良くないので、本日はここで帰ることにしますね。それではまた」


「本日は大変良い商談をする事が出来、商人冥利に尽きるというものです。今後もよろしくお付き合いのほどをお願いします」


「ええ、此方こそ」



頭を下げるベルトランの姿を最後に、イザークは店を出た。



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