トランディス大平原2
遅くなってしまい申し訳ないです。
ようやく執筆できるようになってきたので、急いで遅れを取り戻します。
正直この話は削除するかアップするかで迷いましたが、連投すれば問題ないかなという事で短めですが投稿します。
本日一話目
「勝負しろ、エステル!」
「…………や」
と、この村でレオンハルトがエステルに突っかかるのは早くも恒例行事と化した。
そしてまた、エステルが相手にするのも面倒とばかり胡乱げな視線を一つやり、すぐに素知らぬ風に歩き始める。
「今日こそお前を負かしてみせるから、この俺と勝負しろ!」
「……面倒にゃ」
逃げようとするエステルに、しかしレオンハルトが強引に突っかかるのもまた、いつも通りの光景だった。
「何故だ、何故勝てない!」
そして十分後。
もう何度も地に転がされたレオンハルトがまるで子供のように喚いた。
「……弱いからにゃ。だから全部失って、プライドもずたずたにゃ」
「この俺が弱いなど――」
「……直接目で追い過ぎ、フェイントに掛かり過ぎ、駆け引きを知らない、全部大振り、必要な事は考えない癖に余計な事ばかり考えすぎ。全部においてだめだめにゃ」
「ぐぬう……」
歯を剥きながら歯ぎしりする様は迫力満点であったが、そんなものはどこ吹く風。
エステルは淡々と、ボロボロになったレオンハルトの心に更なる追い打ちをかける。
いつも通り、息一つ乱さずにエステルは地面に仰向けになって倒れ込んでいるレオンハルトに向けて容赦なく告げる。
それでも、その程度で済んでいる時点で、まだ取り返しもつけば失ったものも大したものじゃない。人間に捕まればそれ以上の、自分の持ち得る総てを蹂躙されるのだから。
とは言え、それでも傷つくものは傷つく。
地に堕ち、泥まみれになろうとそれでも残ったプライドだろうと、それでも完全に失くしたわけではない。
毎日のように突っかかっては打ちのめされ、いつか打倒すると誓いながらも歯牙にもかからない。
そんな自身の境遇がどう映っているのかは、冷やかな同族の目を見れば一目瞭然だ。
だが、そんなものは気にしないとあの日に決めた。
それでも一族を守るための最善を尽くすと、そう在ろうとするのが己自身に残された最後の誇りなのだから。
「……いい加減、駄々こねてないで修行するにゃ」
「駄々だと!? この俺が、駄々など捏ねるわけがないだろう!」
「…………」
とは言え、エステルの口以上に物を言う疑惑のジト目に、しかし胸を張るレオンハルトは気付かぬまま。
そんな姿を見て呆れたように、或いは面倒くさそうにエステルは溜め息をついた。
「……こうか?」
「……違う、こうにゃ」
レオンハルトに型を教え込むエステルだったが、それは難航した。
おおよそ格闘術というものを習得しようとしてこなかった、というよりその必要がなかった獣人だ。今更になって習得しようとしても一筋縄ではいかない。
まして体格によって体の動かし方や戦い方の最適解が異なるため、エステルに教えられるのは基本的な動作のみだ。
後は実戦あるのみではあったが、今の所レオンハルトの相手が務まるのはエステルだけであり、経験が限られてしまう。体格の良い者でレオンハルトと渡り合える者が、この場にはいないのだ。
「…………失敗にゃ」
群れの主導権を得る所までは予定通りだったが、その後の事を考えていなかったとここにきてようやく気付く。が、反省は一瞬。まあなるようになるだろうし、すぐ代えの人員を呼び寄せれば良いかと一つ頷いて、都合良く失敗の事は忘れ去ることにした。
最初、まるで誇りを失い、エステルへへりくだったように見えるレオンハルトに対し、かなりの数に上る村の獣人が失望したような視線を送っていた。中には露骨な罵声を浴びせた者さえもいる。だが、いつしかレオンハルトの背後には、彼同様エステルに武術を乞う獣人が増えていった。
夜討ち朝駆け、そして集団戦法。
狩りで学んだ全ての手段をエステルへ使い、そして悉く返り討ちにされたからだ。その中にはエステルだけでは懲りずレオンハルトに挑み、再び返り討ちにされた者さえいる。
元々祖の血の濃さと実力があれば認めるのが獣人であり、そしてレオンハルトはレオンハルトのままであると気付いた者から順に、再びレオンハルトの下へ集まったのだ。
結局はエステルだけが例外であり、エステルに関しては腫れものを扱うように微妙な距離をとっている。
だが、エステルはそんなものどこ吹く風で、彼らのトップであるレオンハルトさえ下していれば問題ないと飄々とした態度を崩していない。
しばらくすれば馴染むだろうし、すぐに馴染めるほど器用な性格でもないのは重々承知しているからだ。
「…………疲れるにゃ」
余計な事を考えなければならないし、革命軍の獣人族筆頭とはいえ、今更ながらに面倒なものを引きうけてしまったものだと溜め息が零れる。
その必要性や人選を考慮すれば納得せざるを得ないが、面倒な事に変わりはない。
元来、自由気ままに生きていければいい。それが至上だったというのに、何の因果か今の立場に立ち、面倒事が尽きないというのにそれほど嫌ではないのだからおかしなものだ。
思えば奴隷となってから随分と遠い場所まできたものだと、エステルは思う。
不思議、と言うより変な人間だと思いながらも、決して嫌ではないし今も助けられている。
幼いころから冷徹な大人の面を見せたと思えば、孤児や奴隷である男連中と付き合って年齢相応の馬鹿をやったりと、驚くほど両極端な二面性を幾つも持ち合わせている。
そう、だからあの人間を上手く言い表す言葉を、エステルは持ちあわせていない。
「…………へんなやつにゃ」
結局、イザークはそんな変わった奴なのだと呟く。
だけどそれだけでどことなく心が温かくなるのだから、やっぱり変な奴だと納得する。
目下、レオンハルト達が強く成る事で革命軍の一助となるし、何よりイザークを驚かせてみたい。
イザークは獣人に遊撃や奇襲を担当させると言っていた。
そうなると、必要なのは短距離と長距離、両方の速さとなる。
「…………とりあえず、あの山のふもとまでにゃ」
それを聞いて、レオンハルトについて行くと決めた獣人数百から悲鳴が上がるのは、もう少し後の事。
遥か彼方の山まで走り込むなどと、普段草原を駆ける獣人からでさえ悲鳴が上がるほどのデスマーチを、エステルは淡々とケツを叩きながら敢行させるが、エステルは今まで以上に距離を置かれる羽目になった。




