グランジスロック2
予約投稿していたつもりだったんですが、できてなかったみたいです(´・ω・`)
この後お盆ということで暇な方も多いでしょうから、短めですがもう一話投稿します。まあ休みがない職業も今時珍しくないですけどね|д゜)
ええ、ほんと・・・( ;∀;)
敗北者は戦闘の行方を見守るだけになったため、いつしかジェナスの周辺には大きな半円が出来ていた。
長時間の戦闘における疲労、そして回数を重ねる毎に、技や癖を見抜かれる。それらの要素から、そろそろ負けるだろうという現実的な理性とは裏腹に、一人倒すたびにもしかしたらという期待は嫌が応にも上がっていく。空前絶後の偉業を達成するのではないか。それは、現実の代替でもあった。
ドワーフを取り巻く困難は誰もが理解していた。だからこそ、ここでもしジェナスが勝てば、それはそのままジェナスの言う大同盟を結ぶだけの価値が、革命を達成出来るだけの希望を抱いていいのではないか。そんな期待が少しずつ、しかし確かに皆の胸に湧き起こった。
そしてとうとうジェナスの前に出来ていた列が解消され、最後の戦士が倒される。
しかし歓声は上がらず、静寂の間に知らず力んだ体を解きほぐすような溜め息が漏れただけだった。
既に充分な偉業。
この功績を以って空前絶後の大同盟成れり。
そう認めるに値する、文句ない所業だった。
だがまだ、一人いる。
まだ、ジェナスと戦う資格を有した者の中で、ここにいるドワーフで唯一ジェナスと戦っていない者が。
「残るはワシ一人か」
列に並ぶ事もなく、一段上から俯瞰を続けていたその視線が、とうとう同じ場所まで降りてくる。
誰もが固唾を飲んで見守る中、ガレスが続けて口を開く。
「さて、早速お前さんと試合たい。が、その前に、お前さんも長旅にこの連戦で疲れておるじゃろう。出来ればお前さんとは尋常に試合いたい。水の一杯を飲む時間くらいはやるが、どうだね?」
「へっ、戦場でそんな暇があるならもらうが?」
肩で息をし、汗で服は張り付いている。
既に疲労の極致にいるのは誰の目にも分かる。しかし浮かぶは変わらず不敵な笑み。
「その意気や良し」
その笑みに、ガレスもまた同種の笑みで応える。
そして両者、武器を構えて向かい合う。
奇しくも、武器は同じ戦斧。ミスリル製でこそないものの、良い金属を使い、長く使いこまれているのが分かる。それはガレスがジェナスに敬意を表して合わせた結果でもあり、しかし長年の相棒でもある最も慣れ親しんだ武器でもあった。
充分な睨み合いの後、両者一歩を踏み出した。
それは即ち、両者共に互いの間合いに入ったということ。
「ぬうぅっ!」
「ぐおおっ!」
直後、まるで鏡映しのように両者の戦斧が振るわれ、火花を立てて共に弾かれる。
仰け反りそうになる体を堪え、再び強引に戦斧を振るう。そしてまた火花を散らして弾かれる。
今まで各人が積み上げてきた、技巧を凝らした勝負とは打って変わって、それは一見あまりにも稚拙な打ち合いだった。
共に間合いから一歩も退がろうとしない。ほとんどノーガードの殴り合いに等しい、子供のような対決。これが達人同士の戦いなどと言われても、到底納得できないだろう。
しかしそれは、共に意地を懸けた戦いでもあった。
革命に関し、今更否とは言わない。
言葉にせずとも、そのくらいの意思は統一されている。
これは単に、部族の象徴たる武と、革命の象徴たる武。互いの信念を懸けた、自分の想いこそが最も重いと、ただそれを見せつけるための幼子のように純粋な信念の戦い。
共に限界を振り絞り、限界を超えんとする打ち合いは既に数十合。
腕がしびれようと一合一合体に響き、疲労を加速度的に蓄積しようと自身の持った武器を離す事はなく、膝を屈することもまたない。
だがやはり、ここで有利なのは族長たるガレスだった。
自身で言ったとおり、ジェナスには旅の疲労と連戦の疲労。その二つが重くのしかかっている。つまり、このまま打ち合いを続ければ負けるのはジェナスだという確信があった。
信念の重さは充分、強さもまた充分過ぎる。そこは認める。だがしかし、それだけでスタート時点からついていた圧倒的な差を覆すには限界がある。
そして当然、そんな事はここにいる誰もが言うまでもなく気付いている。だから魅せてみろと、手を抜く気のない自分を打ち破れるなら打ち破ってみせてくれと、新時代を築かんとする若人に密かに願った。
何かが起こると、予感しながら――
ドワーフというのは物の本質を見極める目を持つ。
ドワーフという存在が生まれてから今日まで鍛冶や彫刻で鍛え上げたそれは、ドワーフの中でも限られた一流の中の一流のみが開眼するという。
同じ物質でも物によって、常人には気付かないほど僅かな違いがある。最適な温度が1℃違う。最適な配合のバランスが1g違う。たったそれだけの、しかし完璧を目指すならば疎かにしてはならないその差。そこに気付かず、他の物と同じように扱えば、その素材を本当の意味で生かせない。
だがしかし、見た目は他と何の変哲もない鉱石に、一つ一つの差を見極めろというのは元来不可能と言えよう。だが、ドワーフ史に名を残すような時の名工達は言った。
「声が聞こえる」「輝きが違う」「黒ずんで見える」「それぞれ違う匂いがする」
それぞれが違う事を言っているし、ある特定の鉱物だけわかるという者もいた。
周囲にいたドワーフでさえ誰も理解出来ない世界ではあったが、確かに彼らは後世に名を残すほどの名工だった――
体はとっくに限界だった。
だが、それに気付かないのは、単に目の前の勝負事に真剣だから。
余計な思考、僅かにあった無駄な動き。それら全て、疲労の極致に至る事で自然と省かれて行き、ただただ、異常なまでの量の脳内物質が疲労に気付かせない。
普通じゃない状態が、今までの普通だったジェナスを改変していく。
毎日戦斧を振るう事で無駄などとうに省かれたはずの動作でありながら、しかし極少残っていた無駄。無我の境地に至り、ただ体の声に従って戦斧を振るう事で、いつしかその無駄さえも省かれて行く。ガレスを見ながらに、しかし見ていない。
ならば何を見ているのかと言われればジェナスは光を見ていた。
いや、無意識なのでうろ覚えであり、後になって思い出そうとしても何だったのか良く分からない。だがしかし、その結果だけは間違いなくジェナスにとって予定調和であり、故に驚きはなかった。
「――っ!?」
何合目だろうか。
ガレスの上げた、声なき声。
それはとうに百を数え、いつ悲鳴を上げてもおかしくない限界を超えた状態での根競べの中で起きた。この状況で真っ先に悲鳴を上げたのは、いや、上げさせられたのは、互いの武器。
普段は創る側であるドワーフだが、元来破壊と創造とは表裏一体の概念だ。
そして、物の本質を見極める目を持っている者にとって、それはゆっくりと対話をするように時間をかけて、物を完成に導くからこそ出来た行為である。勝負とは一瞬、刹那の出来ごと。時間を掛けて物と語り合うようなほどの時間はない。だからこそ、今までジェナスと同じ事は偶然以外で起こらなかった。だが、今回は異常だった。
仮にも達人級の者があれほど単調な攻めで、これほど長い時間戦いが続くという事など起こり得ない。だからこそ起こった、例外的な異常事態。
そんな中、理屈こそまだ理解していないが、ジェナスはただ直感で最適な行動を理解していた。鍛冶など一切手を付けておらず、戦士としてのみの成長を続けたジェナスは、その才の一端を戦士として開花させた。
砕け、落ち行く武器にガレスの体が思わず硬直した直後、まるで予想通りとばかりに既に残った柄を離して更に一歩の距離を詰めたジェナスの姿がそこにはあった。
「――っォラァッ!」
「――ッ!」
顔面を狙ったストレートを、硬直した体と思考の中強引に躱す。顎先にたっぷり蓄えた髭を掠りつつも、辛うじてすぐ横を通り抜けた剛腕を思わず見遣る。そうなったのは、ほとんど反射的な行動が故。間違いなく一撃必殺を期した強撃を、心胆寒からしめる、そして心を熱くさせられる一撃を、たとえ戦いの最中、愚行と呼ばれる類のものであろうと最後まで見ていたいと思ったからこそ。
この時、ガレスは今までの獲物とは打って変わって武器は二つあると、もう片方の腕が残っていると分かっていたのなら、ドワーフの慣習以外を深く知っていれば、このようなヘマはしなかったかもしれない。
ドワーフとは示現流にも似通った、一撃必殺を旨とした部分がある。それはドワーフにとって相性の良い組み合わせだからだ。防ぐ盾ごと力で吹き飛ばし、鎧の中にダメージを与える。
連撃を否定こそしないし、実際ジェナスも今までの戦士との連戦で何度も見せたし、見せられた。
しかしそれで良かったし、何の問題もなかった。
一撃を回避し、反撃すればいい。
言葉にするのは簡単だが、それはそんなに容易いものではない。
必殺を期した、後先を考えない最速の一撃を、体勢も崩さず掻い潜って反撃など出来る者などそうはいなかったからだ。大柄なドワーフ同士での殴り合いならば特にその傾向が強く、一撃一撃に全力を込めた必殺を期した大技が主流になっている。つまり、コンビネーションを前提としたパンチは不慣れであった。
反撃とばかりにガレスがジェナスの顔面目掛けてストレートを放った際、ジェナスの脳裏にちらついたのはどこぞの黒猫。
その技の一つを、自分にとっては馴染みのある、体格差や体力があろうと関係ないため、よく喰らってしまったあの技。それが、たとえジェナスにそのつもりはなくとも、記憶にあるせいで反射的に出たフック気味のクロスカウンターがガレスの顎先を捉えた。
「あ゛……?」
知らず、ガレスは膝を着く。
低くなった視点が、そんな状態だと理解させられる。
意思とは裏腹に、体が動かない。
「っぐ、なんの……、まだッまだぁ――!」
なぜかは分からないが、だからと言ってこのままというのは論外だ。ならば強引に、根性で動かす。手に力を込め、足を震わせ、片足ついて――
「これで終わりだ! とっとと落ちろオッ!!」
丁度良い高さにあった顎に、ジェナスのアッパーカットがヒットする。僅かに浮いた巨体は仰け反り、今度こそ仰向けに倒れ込んだ。
「チッ、嫌な記憶まで思い出しちまったじゃねえか。……だけどまあ、感謝する」
自身にとって屈辱的な敗北の記憶であろうと、たとえ望まぬ形の勝利であろうと、あのままでは負けていた事くらい察している。
勝てたのはほとんど奇跡のようなもので、でもだからこそ、自分をここまで苦戦させた戦士達の技量は確かだと頼もしくも思う。
「…………ああ」
ガレスの呟く声は意味を成さない。
明らかにすぐ立てる状態ではなく、故に、戦える状態でもなかった。
そして、その気になればジェナスは追撃を放てる。これの意味する所は言うまでもない。
「「「「うおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」
神殿を揺るがす大歓声は、各々が叫んだからだ。
誰もがジェナスに駆け寄り、思う存分体を叩いた。
「まさか本当にやるとはのう!」
「いいぞ若いの!」
「お前さんにならワシの娘をやろう!」
「コイツのなんかより俺の娘にしとけ! 近所でも評判の娘だ!」
「なにおう!」
「なんだと!」
そんな喧騒があまりにも心地よかったから――
「悪ぃが俺は寝る」
ジェナスの体はそのまま地面に大の字になって倒れ込んだ。
――この日、ジェナスはドワーフの戦士に、ひいてはここの部族のドワーフ全てに認められた。




