グランジスロック
本日二話目です。
高さは推定三キロ、横幅に至っては二十キロを超すだろう超大な台形の岩山。
これが複数の岩の集まりでも、山でもなくたったひとつの山のような一枚岩なのだから、この光景を初めて見ればその威容に自然の雄大さと己自身の矮小さを思い知り、誰もが声を失った。
こここそが、炭坑族ドワーフにとって最大の住処にして最後の砦となった場所だ。
来る者を拒む、ほとんど垂直に近い急峻な登り口。それとは逆に、天辺は平地と言っても差し支えないほどであり、大多数が安定して陣取る事の出来る環境。そして何より、狭い坑道内は無数の坑道が複雑怪奇に絡み合い、そこに住むドワーフでなければすぐ迷子になってしまうほどに広大な地下帝国を形成していた。
真偽はともかく、ドワーフの幼子が遊びの最中に迷子になり、忘れ去られた頃に餓死した状態で発見されたと、そう子供に言い聞かせてあちこち動き回らないようにしているほどだ。
だが、少なくともここを知るドワーフからすれば誰も冗談だと笑い飛ばせない程、その言葉には説得力があった。なにせ自身が数十年かけてようやく全体を把握するほどであり、自然に出来た大穴などもあるのだから、正しい道など子供に分かるわけもない。
今現在、ここにいるドワーフの防衛体制が崩されていない事には大きな理由がある。それはドワーフの奴隷としての旨みの少なさだ。
鉱山奴隷としてならば質はともかく人間でも代用出来、尚且つ屈強なドワーフの捕縛は難しい。十年前に大規模な奴隷狩りが行われた際は、さすがに予想だにしない奇襲だったせいで混乱していた間に多くのドワーフが捕らえられた。しかし今、その奇襲を凌ぎきり、近接戦闘に特化し、穴倉に籠ったドワーフを捕らえるには骨が折れた。
狭い坑道では常に少数同士の戦闘が主となるため、近接戦闘がメインとなる。また、殺すことなく一体を倒した所ですぐに次のドワーフを相手にしなければならないため、捕獲までには至らない事。何より、エルフと違って特別見目麗しいというわけでもないため、それほど価格も高くない。だから多くの奴隷狩りはエルフに流れ、ドワーフを標的にした奴隷狩りはそう多くはない。
しかし多くはないだけで、全くいないわけではない。
ここは例外としても、それほど大きくない鉱山に籠るドワーフは自給自足の出来る環境が整っている事は稀なため、生きるためにはたとえ一時的とはいえ鉱山を出なければならない。
エルフと違って、人間の領域で罠を張って待っていれば掛かるのだ。そこを狙われ、多くのドワーフが捕らえられた。しかし、ここはそうではない。
鉱内には地下水が湧きでる場所が何点もあり、川も流れている。そしてここに生息する魔物を倒し、その肉を喰らう事で自給自足が成り立っているのだ。
その安定した生活基盤があるために奴隷狩りも率先してここを狙う事はないから、穴倉を出て近辺まで出るだけの余裕があった。
故に、その点だけ見ればここにいるドワーフは盤石だった。だが――
「動くな! それ以上近づけば敵とみなす! 何者だ!」
そんな誰何の声が、叫んだドワーフの背後にある坑道に響き渡る。
グランジスロックに複数ある入口の内の一つに、ジェナス達は辿りついていた。
ここまでくれば変装は不要だとばかりにマントを放り捨て、名乗り上げる。
「ランド銀鉱の出身、戦士ドミニクの息子、ジェナス=マグドネルだ! 話があってここに来た。族長に会わせろ!」
喧嘩腰ともとれる、怒鳴りつけるようながなり声。
これに慣れていない他種族からすれば不快に思うか、諍いでも始まるのではと警戒してしまうのも無理はない。
こういった粗野な部分が、特に理知的なエルフには受け入れ難いと不仲になってしまった原因の一つではあるが、しかしそれは、ドワーフにとって他部族への正常な挨拶なのだ。
そのような細かい部分での、相手の文化を知らないが故に起こった過ちを正すため、イザークは一部他種族の亜人を共に住まわせるようにと指示を下した。無論そこには、卒なく他種族との交流をこなせるよう配慮した人選をしている。
「グランジスロック百人長、ガーブだ。よくぞここまで辿り着いた、若きドワーフの戦士、ジェナスよ。歓迎するぞ!」
ここにいたドワーフ総出で構えられていた武器は下ろされ、歓迎の意を示す。
しかしいつまでもマントをとらない後方の人影に、怪訝な様子を見せた。
「先に言っておくが、あいつらは敵じゃねえから落ちつけ。おいお前ら、さっさと脱げ」
その言葉でようやくマントを脱いだ同行者を見て、ガーブとその配下は驚きに目を見張った。それはどこからどう見ても人間だからだ。だがしかし、先の言葉と人間の一向に動く気配のない姿を見て、武器を向けそうになるのを抑えて警戒するに留める。
「そいつらはなんだ!」
「見ての通り、人間だ。だけど、味方でもある」
「……味方だと? 人間が?」
「ああそうだ。そこら辺、簡単には聞かせられねえ事情が色々あるんだ。だから今すぐ族長と話をつけさせろ」
「……確かに、これは俺の手に余りそうだな。いいだろう。ただし、通せるのはお前一人だ」
「当然だな。お前らはそこで待ってろ!」
そう言い残し、ガーブに従ってジェナスが坑道内へと姿を消した。
そこへ残されたのは警戒を解かないドワーフと、刺激しないよう一定の距離を置いた人間が数人だけだった。
始めのうちこそ誰とも会う事はなかったが、地下にぽっかりと空いた空間に築かれた居住区までくれば何百ものドワーフとすれ違う。
空間は高さだけで数十メートルはあるだろう。
全て地下を掘る事で造られた空間であり、外観からは想像もつかない広大さだ。建物も材質は石で出来ているが、それは大きな石を切り崩して形を整えたのではなく、ここにあった石を加工し、ボロボロになった小石を煉瓦に近い製法で成型したものだ。
すれ違う際、見馴れない顔を見掛ければ誰もが興味深そうにジェナスを見るのも当然だろう。閉じられた世界で生活していれば、新顔という異物には敏感にもなろうというものだ。
そしてそこを抜ければ、今度は槌音響く生産区だ。職人達のがなり声が槌音に混じり、立ち上る煙は専用に掘った穴から外へと吸い込まれていく。
そこを通る際にガーブと同年代程のドワーフの男が話しかけてきた。
「おう、ガーブ! お前さん、まだ警備の時間じゃねえのか? つーか見ねえ顔だが、そこの若いのはどうした?」
それに対し、心底おもしろそうにガーブが答えた。
「おう、それがおもしれえ事になったぞ。聞いて驚け、来訪者だ」
「――ハッ、ガハハハハハハハ!! そりゃまた随分とおもしれえな! 見馴れねえ顔かと思えば、まさか来訪者とは何年ぶりだ? おう、若いの! お前さんやるじゃねえか、気に入った!」
「生憎、色々と事情があるからだ。俺一人の力じゃねえ」
「おいおい、若いのに随分と謙虚な事だな! 俺の若い頃はもっと色々やって、自慢したもんだが。それにしても、こういうめでてえ時にお前みたいな奴とは一杯やりたかったんだがなあ……」
「たしかになあ……」
「ま、そんな事言っても仕方がねえ。急いでんだろ? 引き止めて悪かったな」
「別に、このくらいなら構わねえよ」
遠い目をした二人のドワーフだが、気を取り直した後その場で別れ、再び歩き始める。
そうして辿り着いたのは神殿だ。
過去の名工達が全身全霊を懸けて技を競い、創り上げた技術の結晶。
壮大で優雅、そして精緻を極めた彫刻。
これは、その部族に所属するドワーフの中でも最高の技術を持った名工だけが手を加える事を許される建築物であり、代々のドワーフ族長が政務を行う場所でもある。また、使節を迎え入れる場所でもあるから、それらの性質上自然と部族の顔ともなるものでもあるため、どの部族も己の住みかとなっている鉱山の神殿の建築だけは一切の妥協を許さない。
つまりドワーフが住みついているどの鉱山の神殿を見ても見事の一言に尽きるのだが、その中でも、これに並ぶ神殿はないと断言できるほど見事なものだった。
ここでガーブは足を止め、ジェナスへと語りかける。
「いいか、同胞とはいえ、よその部族でしかないお前さんを無闇に信頼するわけにはいかん。最悪、俺達の武器はお前に向けられるものとしておけ」
「分かってる、いいからさっさと行くぞ」
言う必要のない忠告をくれる辺り、これはガーブなりの優しさだろう。
言葉には出さずとも感謝をしつつ、目の前の建物、その門前にいる門番を睨みつける。
その様子を見てガーブは、心配は無用だったとばかりに正面へ向けて声を発する。
「百人長ガーブ、先程ここへ辿り着いたランド銀鉱出身の戦士、ジェナスを連れて参った! 火急の用との事、取り急ぎ族長へお目通り願う!」
「しばし待て!」
門番であるドワーフの一人が中へ入り、数分後に出てくる。
「族長の許可が下りた。入れ!」
力自慢のドワーフ十人掛かりで開けられた重い門の中は、外見から想像出来ても尚、感嘆するほどに壮大だった。
千人は容易く収容できるだろう大広間は一見、質素なまでに無駄な調度品がない。内装は武骨な造りに見えるが、柱などに埋め込まれた宝石は、遠目から見れば誰もが知っている、ドワーフの英雄がドラゴンを倒すシーンを描く一枚の絵になっている。ある程度近づけば精緻な細工は姿を変え、遠目からでは分からないほど細かいものがそのシーンに至るまでの絵となっている。
そんな光景が至る所に見られる。
そして最奥、2メートル程の台形の頂点に置かれている椅子こそ、族長のみが座る事の許された椅子だ。そして、そこまで一直線に布かれた絨毯の横に列をなすドワーフがいる。
距離があるため、左右一列だというのに百人は超えるだろう。
ここまで案内してきたガーブがその列の端へ加わり、ジェナスに進むよう視線で促す。
どのドワーフも、これまですれ違った者とは目付きが違う。纏う気配は研ぎ澄まされた一流の戦士のもの。まるでこれから戦場に立ち向かうかのような静謐さと、好戦的な気配を醸し出している。
只人ならば進む事を躊躇われるその道を、ジェナスはまるで自らが族長であるかのごとく堂々と、一切の物怖じする事なく歩んだ。そして族長の前まで着き、歩を止める。
「グランジスロック族長、ガレスだ! 歓迎しよう、同胞よ。長旅を経て良くぞここまで参った。ここ数年聞く事のなかった良い知らせだ!」
「ランド銀鉱の出身、戦士ドミニクの息子、ジェナス=マグドネルだ! アンタに話があってここに来た!」
「うむ、今は急ぎの案件もないため、発言を許可する。用件を述べるが良い」
最も強い発言力を有しているのは族長だが、ドワーフは基本合議制の種族だ。
だからここに百人にも上るドワーフがいるのもおかしなことではない。そしてここにいる全員に聞こえるよう、ジェナスは怒鳴りつけるような大声を発した。
「俺達ドワーフの、そして亜人種の窮状は知っているだろう! だから人間に指揮下に入り、エルフ、ダークエルフ、獣人全ての大同盟を締結し、今俺達を捉えんとしている人間共への大反攻――革命をやる!! 黙って俺について来い!!!」
「……………………なっ!?」
誰もが空いた口が塞がらない。
どんな口上が述べられるかと期待してみれば、それはあまりに理解出来ない言葉。
そして僅かな空白の後、当然のようにこの場は紛糾した。
「お前は何を言っておる!」
「人間なんかの指揮下だと、ふざけんな!」
「頭でっかちのエルフなんぞと同盟など結べるものか!」
人間の指揮下に入り、人間を打倒する。その時点で疑問を抱くべきなのだが、彼らはただ言葉尻を捉え、深く考える前に反論する。
しかしジェナスもまた、ここでの反対は無論予想済み。
彼らを従わせる方法はあるが、まずはドワーフの流儀に則り、その上であの秘密兵器を使う。
これで、ドワーフの全権は掌握出来る。
「静まれッ!!」
ここで、ジェナスが叫ぶより早く族長ガレスの大喝が響き渡る。
「さて、ジェナスよ。若きランドの戦士よ。ここへ来るまでに色々考えてきたはず。ならば先の発言は当然、意味あっての発言なのだろうな?」
「ふん、当然だ」
その事に一瞬だけ鼻白んだが、気を取り直して続けた。
「気に入らねえが、人間は強え。一対一ならドワーフが勝つが、俺達は人間に負けた」
その言葉に、誰もが反論をしようと口を開きかけ、しかし沈黙する。
奇襲を受けた。
自分なら勝てる。
搦め手でなく正面きってなら。
そんな言い訳はいくら浮かぼうと、戦争とはそもそも多対多で行うものだ。そして、自分より名のある戦士でさえ数の暴力に屈した事実を、彼らも弁えている。
何より、こうして穴倉に籠っている時点で何を言っても説得力に欠けるのだ。
「ドワーフだけなら、やつら人間は俺達を容易く倒せる。エルフだけなら、ダークエルフだけなら、獣人だけなら、やはり同じだ。一人でなら勝っても、集団になれば負ける。だから俺はここへ来た。奴隷になって、人間に買われ、その人間がこうして俺達を鍛えあげ、こんなバカげた構想を語った。ガーブ、アンタは見たはずだ。ここまで俺を護衛してきた人間達を! 実際、皆が生き残るにはそれしかねえんだ。だから俺はアイツに従うと決めた。人間のほとんどは信頼出来なくても、アイツだけは別だ。人間の中でもずば抜けて頭のいいアイツなら、必ず実現する。アイツは俺の上に立つに値する唯一の男だ! だからお前らも力を貸せ!!」
「「「…………」」」
誰もが口を閉ざす。
ドワーフは人や物を見る目に長けている。ジェナスの事を知らぬとは言え、その屈強な肉体、強い意志を宿した瞳を見れば、彼が一角の者であると察しがつかぬ者はここにはいない。
見るからに我の強い青年が、その気位を押しのけて人間が上に立つと認めている。
つまり、その人間はそれだけの人物だと言う事だ。故に誰もが口を閉ざし、族長の判断を仰ぐ。
「お前さんの言う事は分かった。だが、実際に戦争を行うならば様々な障害がある。正直、我らは今の生活を保つのにも一苦労しておるのが実情だ。戦士達が狩りをし、なんとか現状維持をしているにすぎぬ。実際に戦争を行うなら、武器はなんとかなるが食料が足らん。これは他の種族も同じはず。それだけの支援を始めとし、各地に散らばっている全種族が合流するための方法等、全て考えておるというのか?」
「当然だ。その程度の事、アイツはいとも簡単にやってのけるし、とっくにその時の為の準備をしているだろうさ」
実際、それどころか自分程度では想像もつかない準備を着々とやっているだろうという信頼があった。
「それより、そんなにここの食料事情は良くないのか?」
「食料か……」
その時、全てのドワーフがジェナスからそれとなく目を背けた。
確かに、ドワーフのジェナスから見れば、ドワーフにしては少し痩せているかもしれないと気付いてはいたが、それほど厳しいとは思いもしなかった。
とは言え、どの種族も数を増やすため、単純な事ではあるが産めや増やせやをそれとなく促すよう言い含められているので、食料支援は厳しくなくとも行う方向で話を進めろと言われている。
「肉はまだいい。それほど多くねぇが坑内や近隣に出る魔物の肉が食えるからな。だが酒だ。酒がねえ。もう三年も飲んでねえんだ。気がおかしくなっちまうが、飲まねえうちは死んでも死に切れん」
「ああ、酒の為に生きておる状態じゃとも。だというのに、酒が飲めずに死にたくなる」
「俺もこの前とうとう耐えきれなくなって、個人で大事に保管しといた秘蔵の酒がな。あれが最後だった」
「ああ゛!? そんなもんあるだなんて、俺ァ聞いてねえぞ!」
「うるせー! 俺の命の水を誰がやるか!」
「俺の時は半分分けてやっただろーが!」
「ああ、あれは旨かったなぁ」
「お前殺してやるぞゴラァッ!」
「やんのかゴラァッ!」
「うるせえぞ、この馬鹿共がァッ!!」
お互いが掴みあい、殴り合いに発展する直前で族長からの喝が入る。
ジェナスとしても今は大事な話の最中なので助かった。
「俺だって飲みてーの我慢してんだ! それをこんな場所で酒の話をして、しかもまだ酒が残ってただと!? まだ隠してる奴いて名乗り出なかった奴死罪にすんぞゴラアッ!!」
「横暴だ! 反乱起こすぞ!」
「おう! 族長といえど、覚悟あっての発言なのだろうな!」
「「「「…………」」」」
「おし、お前ら二人後で身辺捜査してやるから覚悟しとけ!!」
「「ゴフッ!?」」
大事な話の最中なので、話を逸らされたくなかったのだが……
「おい、このアル中共! いいから今は黙って俺の話を聞け!!」
ガンと戦斧の柄尻を勢いよく地面へ叩きつけ、この時のために考え、整えていた色々な段階全部すっ飛ばして勢いで叫ぶ。
「今からテメエら全員俺がぶっ飛ばしてやる! 準備が出来た奴から掛かって来やがれ! 全員纏めて相手にしてやらァッ!!」
不遜な大喝が神殿に響き渡る。
馬鹿共のせいで衝動的に叫んでしまい、練りに練ったプランも何もかも吹き飛んだが、ジェナスはどの道最終的にはこうなるのだからどうでもいいと吹っ切れた。
それに対し、ある者は生意気だと、またある者は面白いとばかりに目を細め、しかし皆が価値を見極めてやるとばかりに、直立不動だった体をゆらりと動かした。ぐにゃりと曲がったかと思われた列は、再び二つに分かれる。だが片方はあまりに長大、そしてもう片方は数えるほど僅かな列。
それは、戦士階級と純粋な職人とに分かれただけの事。ドワーフの多くは戦士であると同時に職人でもあるからこそ、純粋な職人というのは意外なまでに少ないのだ。
彼らは一斉にかかるような真似はしない。この手の腕試しの場に措いて、ドワーフの戦士は一対一が絶対だからだ。挑戦者の戦士たる矜持を見せる場。それを多勢で汚す真似は戦士ではない。
ドワーフが同族から認められるには条件がある。まずは優れた武を見せるか、武具を作り出すか。それが出来るようになって初めて公的な場で意見を言う資格を得る事が出来、そこから更に実績を積み重ねる事で族長になる。
だからこそ、誰もが戦士としての礼を以ってジェナスを遇した。
つまり、ジェナスにとってここで武力を見せつける事こそが唯一にして絶対に満たさなければならない条件であった。だがもとより、こんな所で躓くつもりはない。ドワーフの戦士としての矜持が、自分がしくじるわけにはいかないという責任が、今まで歩んできた道への自負がある。
故に、今のジェナスは強かった。ただ純粋に重いのだ。己が求められる役割とその価値、そして任せられたという責務を理解しているからこそ、その重みがジェナスを高みへと押し上げた。
ただ認められただけではいけない。
それでは意見の一つでしかなく、あくまで一戦士の立場であり、絶対に説得出来るとは限らないからだ。イザークの命令は、同胞を納得させた上で彼らを率いる総大将となる事。
そして、ジェナスがここにいる全員を率いるに値するドワーフだと全員に認めさせるには、自分では勝てない、どうしたって真似できないと思うような事をやってのけるしかない。それ故の挑発。
この場にいる者は、ドワーフの中でも上位に位置する戦士階級の者だ。そんな彼らが集まって列をなす。
それだけではない。
この場にいなかった者まで、瞬く間に神殿の外にまで広まった噂で集まって来た。無論、その者等もまた上位の戦士階級のみであり、それ以下は門番によって門前払いにされる。彼らはそうなると分かっていながら野次馬根性で、外から来たドワーフを見に来たのだ。門番もまた、中がどうなっているのか気にはなっているが、分厚い石の扉は沈黙したまま内と外とを完全に隔てていた。
一対一を何度繰り返したかも分からないほど、絶え間ない戦闘は何度も続いた。
さすがに、自分などより何年も生きた戦士だ。斧や槌を扱う技術はある。力もある。だが、ドワーフが好む戦い方というのは誰もかれもが似通っているのだ。あくまで斧や槌といった重量のある武器であり、その枠組の中で戦い方を工夫しようとも幅が限られている。
いくら近接戦闘に優れているドワーフとて、一対一の近接戦闘で同族以外にも負ける事はある。力はなくとも迅い者。技術に優れている者。そして、賢き者。
それぞれにそれぞれの戦い方というものがあって、訓練という仮想とはいえ何度も負けて殺された身。
少なくともそんな多様な戦い方を知る今となっては、色んな奴と戦い続けてきたジェナスにとって、それはほとんど全てが同じに見えた。
たとえ熟練の戦士が技を以ってジェナスに挑んでも、それを理解した上でそれごと喰い破らんとばかりに力で返す。本来、その戦士にとっては見せれば勝てる、それほどの技だった。力技で返せるほど、甘い技ではない。一見力技に見えるその返しの中に、返し技とも言える確かな技術が存在している。だからこそ、それに押し負け、槌を手放したり尻もちをついてしまうシーンが多々見られた。
――うぉぉおおおおおおお!!
いつしかジェナスが一人倒すたびにそんな歓声が上がる。
そして次は俺だと、列の先頭にいるドワーフが名乗りでる。
事実上の戦争状態が続く今となっては、数年は見る事のなかったお祭り騒ぎのような盛り上がりは一晩中続いた。