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異世界における革命軍の創り方  作者: 吉本ヒロ
3章 12歳、学園編
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再会

新作に関してのお知らせがあります。

お手数をお掛けしますが、よろしければ活動報告をご参照いただけると幸いです。




奴隷商人の一団がザークリア領へ入ったのは朝方の事だった。

積み荷の多くはドワーフ、それと比較すれば僅かばかりのエルフや獣人、ダークエルフ。

山賊が多発するという地域に差し掛かっているせいか、街にも程近い街道とはいえ、周囲に人影はない。が、本来この大規模な商隊を襲うような程の勢力を誇る山賊はいないため、魔物に対する警戒だけで問題ないだろう。

しかし、街道近くの森は身を隠すにはうってつけであり、恐らく誰もがそこを警戒するだろうし、そうと分かっていながら相手もそこに身を隠す。



それほどまでに襲撃にはもってこいの場所であり、危険地帯なのだ。

だが、あろうことか彼ら奴隷商人の一団は自ら森へと進路を変更した。既に周辺に人影がない事は確認済み。

今も四方に散開した偵察から、そうサインを受け取っている。

動揺しているのは積み荷でもある亜人種のみで、それを率いる人間は周囲を警戒こそすれ、確かな目的地へ向かって進んでいる事が窺い知れる。

そんな森の中を行く奴隷たちの中にも、周囲の気配に敏感な者は空気の違いを確かに感じとっていた。

鋭い視線をしているのは、元は戦士階級の者達だろう。


なにかが違う。


奴隷商だけでなく、他の何かにずっと見られているような、そんな感覚。

尤も、それが吉と出るか凶とでるかまでは分からない。しかし普通じゃない事は感じ取れているから、やはり不安を押し殺す事は出来ていないが。



そして唐突に、森が開けた。

その瞬間、自らの境遇に怒りを、不安を抱き、そして誰もが一定の悲哀と諦観を滲ませていたその表情が、しかし今ばかりは驚きの一色に彩られた。



森の中、隠れるように出来ていた村の中、そこにはエルフがいた。ダークエルフがいた。獣人がいた。ドワーフがいた。そして何より、人間がいた。


そしてこの中の誰一人、敵対しあってなどいない事が見て取れる。


だからこそ、彼ら奴隷として運ばれてきた者たちにとって、皆が幻覚を、夢を見ているのではないかと己の正気を疑ったのだ。

種族も関係なく横にいる者を見て自分の目は正常なのか、自分自身の脳が正常なのかを確認してしまうほどだ。



そんな中、各種族の者一人ずつが自分達の方へと歩み出る。

その瞬間、到着したばかりの彼らは呑まれた。

威風が道を払い、そこを堂々と歩む姿に強く心を打たれた。



彼らはまだ若い。だと言うのに、かつての族長よりよほど他を威圧するような風格が自然と滲みでている。

自分達の前で足を止めたその四人の中の一人。

ドワーフの青年が、一歩前へと踏み込んだ。最も多いドワーフを納得させるために選ばれたのが彼だったからだ。



「突然ここに連れてこられて、こんな光景を見せられたら理解出来ねえ奴ばっかりだろうが、言っとくぞ。夢でも何でもねえし、信じられねえだろうが信じろ!」



傍若無人な振る舞いでありながら、しかしこれが現実なのだと、現実逃避などさせないとばかりの威圧感がある。

そして、だからこそ目が醒めたと言うべきか、ようやく思考停止した脳が現実を受け入れ始めた。

だが、一名だけは違った。

他の奴隷と違い、もう一つの衝撃が彼を襲ったのだ。



「…………お前さん……まさかジェナス坊やか……?」



ドワーフの中でも老齢な男ドワーフが、まるで亡霊を見るかのように呟く。

よたよたと歩み寄る足取りは体格に似合わずに弱く、痴呆のように口は開きっぱなしだ。しかしその目だけは、しっかりとジェナスを見て離さない。



「おいおい……まさかハンス爺さんか?」



そしてそれはジェナスも同じだ。

立ったばかりの赤ん坊のようなヨタヨタ歩きは、どしどしと大地を踏みしめるものに、そしてすぐに駆け足に変わり、勢いを緩めることなく体でぶつかった。



「よくぞ……よくぞ生きておった!!」

「ハッ、そりゃこっちのセリフだぜ爺さん!!」



お互いが駆け寄り、熱い再会の抱擁を交わす。



「まさかお主とこうして話せるとはの。ドミニクはどうしておる! リックは? カインは? 他の者らは皆無事か!?」



熱に浮かされたように口早に喋る姿は、頑固なドワーフの職人の中でも頑固者で知られた、どっしりと大地に根を張ったように全てを受けとめるハンスを知っている者からすれば晴天の霹靂だろう。

だが、ジェナスは抱擁を解いたばかりでなく一歩下がって距離を置き、喜色を滲ませていた表情さえ元に戻した。



「後で話そう。今は、まだやんなきゃなんねえ事がある。一緒に聞いてくれ」

「う、うむ……」



その姿、その態度。何かを背負うが故、今目の前にいる懐かしいはずの知人は自分の知るジェナスではないのだと、しかしやはり、ガキ大将だった時のように耳目を惹きつける何かを感じ、今はただ彼の指示に従う。


「人間を恨んでる奴はいるか?」


その言葉の意味を、彼らには理解できなかった。

何を今更、バカな事を、そんな想いが、胸の内で急速に湧きあがる。

この中に人間を恨んでいない者などいない。

家畜以下に扱われ、友を、家族を、恋人を失くし、或いは同じ境遇に貶められ、尊厳も何かもを踏みにじられて恨みを抱かない者などいればその者こそ狂っている。


「その人間が、信じられるのか?」


信じられるはずがない。

誰もがその愚問に対し、声を上げずとも視線で語る。

それを了承して尚、ジェナスは続ける。



「だけどな、その人間が、それも俺達をこんな立場に貶めた貴族の一人がこの場所を確保し、俺達を鍛え上げ、俺たちの為に戦おうとしてくれてるんだ。わだかまりを捨てろとは言わねえ。きっとアイツ自身、自分自身を含めた人間全てを恨んで当然と言うだろうさ。だがな、敵を見定めろ! 俺たちの敵は、俺たちをこんな境遇に追いやったクソ共だけだ! 味方ならいる。何より、俺らのボスが人間である事を認められない奴に用はねえ!」



幾ら貴族の嫡男だろうと、いや、たとえ当主であろうとこれだけの事をその権力だけで出来る筈もない。

自分達奴隷に付けられた値段なら知っている。並の領地なら何十回も破産する程の膨大な資金を費やし、革命に向けて軍事以外にも政治や経済等、あらゆる角度から攻め込む発想。



それら全て、普通の人間では誰もが思いつかないだろう。何よりまず、資金が確保できない。仮に確保出来たとして、今度は軍団が膨れ上がる程に露見する可能性は高まる。露見しなかったとして、勝利し、暴力で支配すればその結果、反発するのは身を以って知っている。



その相反する難題さえ解決する。それら全ては、イザーク個人の類稀な手腕によるものだと誰もが理解していた。

能力や思想に至るまで、あらゆる面で異質であり異端中の異端。

間違いなく真っ当な人間のやる事ではない。


故に、信頼を置いているのだ。


否応なく他の人間とは違うのだと理解させられたから。

当初は自分達を騙して最後に裏切り、絶望した顔を見るための貴族の遊びだと警戒した。信用など、出来るはずもなかった。だけど違った。これだけの能力ならそれこそ自分達などこんな形で騙す必要もなければ、もっと別のやり方もあっただろう。

その能力を自分のために使えば好きに生きられるはずだというのにここまで手順を整えられてしまえば、もはや彼の言葉を嘘とも妄想とも言えるはずがなかった。

だからこそ、今の自分達に出来る事は彼の指揮下において優れた手足として万全を尽くす事。



同族をまとめ上げ、他の種族との調和を図り、全をして一の個と成す事。

重要な果たすべき役割、やるべき事は全部分かっている。

とは言え、その想いを今まで誰も口にすることはなかった。



何せ過去に自分一人でやってみせると粋がっていたり、同種だけで固まったり、疑っていた事を自分自身がしっかりと理解しているのだから、こんな時じゃなければ恥ずかしくて到底言葉に出せる物ではない。

そして、その言葉を聞いてここにいる誰もが驚きを表情に表す。



「…………なんと……。お前さん……ほんとにあのジェナス坊やか……?」

「あら、おもしろい」

「……くす」

「……ふふ」



ある者は無言でにやにやと、またある者は思わずくすりと、隠しもせずに言う者もいるが、共通するのは意地の悪い笑み。

想いは共有しているはずなのだ。この考え自体に、この場にいる同志一同異論は一切ない。だが、元来弱みを見せるという事は、他者は明かさず自身が明かすというのはそういう事だ。



「本人なのか疑われてるわよ? 証明してみたらどう?」

「うっせえ黙れ!!」



そう、幾ら説得のために必要だったとはいえ、言葉にすれば弱みに変わるものなんて幾らでもある。



「人間どもを皆殺しにすると息巻いておったのが儂の知る最後の記憶じゃったのに……」

「あら、あなたらしいじゃない」

「……にゃ」

「じゃの」

「うっせえっつってんだろ!!」



もはやその言葉に迫力はない。が、異例の事態に混乱していた彼らはいい意味でリラックス出来た。



「ふむ、そのドワーフの中でも飛び抜けて短気な様と言い、すぐに怒鳴って黙らせようとする所と言い、そこは儂の知るジェナス坊やじゃの……」

「あら、成長してないのね」

「……にゃ」

「じゃの」

「…………」



もはや何も言わなくなったジェナスに対して、追い打ちが容赦なかった。だが、これはルツィアの計算通りだ。

この会話を聞けば誰だって、先のジェナスの言葉が嘘ではないと理解させられる。何の隔たりもない、仲間の関係が成り立っているのだと分かる。



何より、これを初めて見るドワーフとエルフの衝撃は計り知れない。



間違いなく、ドワーフがエルフにバカにされれば反論するし、争い事程度には発展するはずなのに、どうしたって彼は本当に怒っているようには見えないのだ。

ましてジェナスを知るハンスの驚きはもっと酷い。

先の呟きは過去の思い出を辿り、そのような人物であったと自分に言い聞かせる意味合いもあったのだ。



他種族に、たとえそのつもりはなくとも捉えようによってはバカにされるだけでなく、その相手は女なのだ。ハンスにはどうしたって、力任せに暴れる姿しか想像できない。最悪、殺し合いに発展してもおかしくないのだ。

だが、口では反抗的な態度をとりつつも、本心から怒っているようには、どうしたって見えないのだから――







一旦解散し、各種族の代表者が引率していく中、ジェナスがハンスだけを呼び止めた。



「爺さん、アンタに頼みがある」

「む、なんじゃい藪から棒に」

「俺達ドワーフの中でも最前線に立つ精鋭に向けて最低二百、それとこいつら含め、各種族の精鋭、最低でも十人にミスリルの武器と防具を作ってくれ」

「…………」



その言葉に、ハンスは息を呑む。

ミスリルはドワーフの鍛冶師に受け継がれた秘奥の技術だ。

ドワーフの職人の中でも熟練の鍛冶師のみが決められた繊細な金属の配合、そしてそれを全ての工程で適切な処置が出来るからこそ製造できる奇跡の金属の名称。



決して錆びず、折れず、刃こぼれさせる事さえ難しいと言われる程に固い。そして何より、金属でありながら鉄の半分の重さしかないのだから、一度でも命のやりとりを経験した者でその重要さを理解出来ない者などいない。

そしてそれは、その生産力の低さから一流の戦士にのみ遣う事を許されていた。

鎧、兜、籠手、具足、そして武具。

それら全てをミスリルで固める事が許された戦士は、ドワーフ全体の中でも両の手の指で事足りる程である。



歴史的に見ても長年ドワーフが狙われ、それら全てを撃退してきた栄光の歴史を築いた最大の要因であった。尤も、それに頼り切ってしまったからこそ近年の大敗北の原因にもなってしまったが。

しかし最高峰の武具の地位は変わってはいない。指揮官が先の敗北を考慮に入れ、上手く使えばかなり有利に戦闘を進める事が出来るだろう。そんなドワーフ復興のための切り札とも呼べる物を、他種族のためにも使えというのだ。



「…………ジェナス坊やよ。本気なんじゃな……?」

「ああ、それがアイツの考えで、俺の意思だ」



昔なら正気を疑う所であったが、その目は誰よりも現実を直視して尚、抗う男の目をしていた。

良く知る昔日の少年が今や分別を身に付け、粗暴な言動の中に思慮深さを滲ませ、総大将の風格さえ漂わせながらしかし、ここにはいない総大将のために尽くせと言ってくる。

ならば自分の出来る事は見ず知らずの人間を疑うのではなく、目の前にいる同胞を信じることだ。



「…………設備はどうなっておる。一からやれと言われれば、そう簡単にはいかんぞ。それに期限は? 素材は? 必要な物はどれだけ揃っておる?」



「ここから半日程山奥に行った場所に、既にドワーフの職人が十人程いる。今は通常の武具や防具を作らせてるが、一通りの設備は揃っているはずだ。素材に関しては現場にも充分にあるだろうが、俺や連絡係の人間に言ってもらえれば手配する。期限は早ければ五年だが、これはもう少し延びる事になるそうだ」

「まったく、二百以上とは老骨に無茶を言ってくれるわい。……が、ワシもお前さんが言う人間に興味が湧いた。中々に大それたことをやってのけておるようじゃし、良いじゃろう。その十人のうちにワシの補佐を出来る者がどれだけおるかによるが、なんとかしてみせよう」



「安心していいぜ。今後もまだまだ数は増える予定だから、楽にはなるはずだ。尤も、作る数も増える可能性はあるけどな」



ニヤリと笑うジェナスの顔に、ハンスはいつか見たガキ大将の顔を思い出した。




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