毒婦の遺伝3
今回と次話では直接先輩が出てこないのでタイトル悩みましたが、その後からはまた続くために一応このタイトルに。
なんかたまにどうやってもしっくりくるタイトルが決まらない時ってあるよね?
「どうしたものか……」
深い溜息と共に思わず呟いた言葉に答える声はない。
しかしイザークは本気で困っていた。どうすればいいか分からないし、どんな行動をとっても危険に思えてならないのだ。かといって、行動に出ないのは論外。
今までのように無警戒の相手ではない。それどころか自分に最大の関心を抱いて、細部まで細かく逃さないよう監視しているだろう。
予定ならばそろそろ新規の奴隷を買いに行くつもりだったのだが、間違いなくこの屋敷は、正確に言えば自分は見張られている。
他ならぬ、油断のならないあの先輩の部下によって。
もし見付かれば、奴隷を買ったと言う事実からどこまで迫られるかも分かったものではない。そして、探られれば致命傷にも繋がる程の弱点を晒す事になる。
将来的にも、出来れば自分自身で赴いて奴隷商人と顔つなぎをしたいと言うのが本音だったが、背に腹は代えられないと自身を納得させるべきだろう。だが、今回の一件で終わるはずがない。いつまでも動かないと言うわけにはいかず、しかしこれからは年中無休で見張られていると仮定して動かなければならないため、今後全ての活動に支障をきたす事になる。
それを思えば重い溜め息などバーゲンセールの如く安売りしてしまうし、行軍訓練のゴタゴタさえなければ少しでもなんとかなったものを、と言いたくなるのも仕方のないことだろう。
どのように噂がどう広まっているのか、その手の情報収集や火消しに集中していたせいで、当初の予定が後回しになっていたのだ。急ぎではなかったからこそ後回しにもしていたのだが、今更後悔してももう遅い。
監視者の目を物理的に潰すことも考えはしたが、一度やって素直に引いてくれるほど物分かりの良い相手とも思えない。あれは自分が全力で遊んでも壊れないおもちゃを見つけた人間の目だ。最悪密偵の潰しあいになりかねないため、無為な消耗戦も避けた方が良いだろう。
そんな予定外の重い事態に再びとても深いため息を一つつき、強引に気持ちを切り替えた。
幸い、彼女が自分に気付いたのは最近の事だと本人も言っていた。あの様子ではそこは嘘ではないはず。行軍訓練前後に合わせ、そちらへ注意が向いている時にターニャが動いたに違いない。
なら、ベルトラン商会の件のように大きく動いた部分はまだしも、それ以前の目立っていない行動は悟られたわけではないはず。それだけでも充分に救いになる。
「…………キャリー、任務だ」
「はい。何でしょうか?」
「ベルトラン商会にいる関係者全員に、しばらくは今まで以上に大人しくしておくよう通達。また、今後は警戒を厳にするようにと。特にフィオナ先輩本人やその関係者には極力自分から関わらないよう、知り得る限りの情報を伝えておけ」
間違いなく、フィオナはベルトラン商会の黒幕が自分だと気付いている。なら、当然手の内の人間も入り込んでいると探りを入れてくるだろう。此方は伝書鳩があるのだから王都はともかく、他の都市ならば此方の方が行動は早い。
あとは少し前から作り始めた二つの商会を、早く中堅規模まで押し上げるべきだろう。
此方もベルトラン商会を介さなくても財力という力押しでなんとかなる。また、初期の資本を得る過程も、近々中堅になりそうな商人を買収して引退させ、弟子として育てさせた孤児が自然とその後を継ぐようにしてある。後は彼らが堅実な商売で中堅の商会にするだろう。
ただ、やはり急速に伸ばせば目に留まるため、三年はかけてその台頭も自然に見せかける必要がある。
「それと王都にいて商売関連の任務に就いているやつに五体満足で病気も持っていないドワーフ、獣人の奴隷を買うように言ってくれ。数に制限はない。それに使えそうな他種族もその半数ほど。これらは直接開拓村へ送ってほしい。これは今後定期的に継続するように」
この件に関しては既に指示を出してあるため、人員を送り込めば向こう側で上手くやってくれるだろう。
出来る事なら各種族、万遍なく揃えたいのが本音だが、今は最も多く出回り、かつ鍛冶能力の優れているドワーフが最大となるのは仕方がないだろう。
それに特に人気のあるエルフは安い者でも屈強な青年のドワーフ十人分にも相当する。金銭的な面でならなんとかなっても、同じ人間が買い占めれば必ず誰かが疑問を覚えてしまうからこそ、今はまだあまり露骨に数が揃えられないのが実情であった。
「今日以降、伝達手段、相談事はベルトラン商会の商談室のみとする事を伝えておけ」
あそこならば商会の人間を伴わないと入れない場所にあり、かつ他人に聞かれないように壁は厚く、そもそも身分の高い人間しか入り込めないために廊下に人がいればそれだけで目立つ。
盗み聞きどころか、監視される心配さえいらないだろう。
どうせバレているなら、そのくらいは痛手にもならない。
「最後に、手が空いている人員は俺を見張っている奴の炙り出しだ。勿論、こちらから手出しをするつもりはないが、何人いて実力はどの程度か、それに交代の頻度などを探ってほしい。相手は手練と予測される。接近等は戒め、厳重に注意するよう伝達を。動くのは一週間後だ。その間はそこそこの腕利きを外部から数人雇い、そいつらにやらせろ。伝達する際には、とにかく過剰なまでに尾行に注意しろ。もしいれば無理に引き離さず、普通のメイドとしてやり過ごし…………いや、待て」
あの先輩の事だ。此方の手勢を使って、向こうを探る事自体お見通しだろう。
外部の人間を雇う事で囮として利用し、此方がその程度の手駒しかないと勘違いしてもらえればとは思うが、どうにもあの人は自分を実状以上に高く買っている節がある。
監視がいる事に気付いているのは向こうも察している。後は、お互いがどう対処するか、何枚裏を読みあうかの勝負となる。なら、囮がどの程度掻きまわせるか、という部分は、正直期待しない方が良い。
数人のメイドに少しずつ時間を置いて街へ買い物に行くよう指示した後でキャリーを行かせるという手段もあった。だが、それではメイドの中に息の掛かったメイドがいると宣伝するようなものなのだからやめておこう、などと思考した事自体が愚かだ。
先輩の事だ。
間違いなく、親に隠れて動いている事も察している。つまり、この屋敷にいる人間はイザークの味方ではないと知っている。そして、唯一動かせる手駒を置いているのが傍付きのメイドであるキャリーだと既に知っている? 確証はないまでも、確信に近い推測くらいはやってのけているはず。なら、わざわざ確証を与えるつもりはないなどと言っていられない。
「セイン! セインはいるか!」
動く時は大胆に、そして戦力を小出しにするような愚は犯さない。
この屋敷の管理を任されている執事を呼ぶ。
向こうがその気なら此方も人海戦術で臨んでやると、覚悟を決める。
待つこと数分。
部屋のドアをノックする音と共に、声が掛かる。
「イザーク様、セインです。お呼びでしょうか?」
「入れ」
「失礼いたします」
洗練された優雅な一礼を見せるがそれには見向きもせず、頭をあげる前には命令を下す。
「今から出る。三十分後に屋敷に最低限の人員を残し、十人以上、可能なら二十人は外に出ろ。最初は一分おきに一人ずつ出て、十人に達したら残りの者が一斉に出ろ。一人一人別行動をとるように。三十分すれば、後は戻っても構わない。ああ、それと適当にお茶や買い物でも出来るよう、多少の小遣いを出してやれ」
「……は? あ、いえ、かしこまりました」
突拍子もない命令に困惑したのも束の間。
主の言う事は聞くのが当たり前であり、ましてこんな事を急に言いだす人間だ。逆らえば何を言いだすか分からない以上、言う事を聞くほかない。
あげた頭をすぐさま下げ、去っていくセインが部屋を出た後でキャリーに向き合う。
「と、言う事だ。他の奴らが出るのに紛れてお前も行け。尾行がついたなら手段は問わず、逃走だろうとどんな手で排除してもらおうとも構わない。それと、一つ前の命令はなしだ。探る必要はない」
「分かりました」
いくら分散させ、相手の見張りの人数を上回ろうとも、最低でも一人はキャリーにも尾行がつくだろう。が、決して分が悪いとは思っていない。王都の人ごみなら紛れるのは容易だ。キャリー一人なら簡単に逃げ切れるはず。
幸か不幸か、今日は学園も休みだから一日暇ではある。
これでは特に用もなくぶらぶらと歩き回るだけになってしまうが、これもまた仕方がないだろう。とにかく、これからキャリーが行く場所は避けるようにし、一人でも多くの監視者を引きつけるのが自分の役目だ。
「さて、と。とりあえずは以上だ。……それじゃあ行ってくる」
「はい、行ってらっしゃいませ」
頭を下げるキャリーを背に、気が乗らない厄介事に対して溜め息一つつきながら部屋を出る。
先程外を見た際、そこからでは見付けられない程度にはしっかりしている監視者ともう一人。子供のかくれんぼくらいにバレバレの監視者の両方を釣らなければならないのだから。
「……リヴィア?」
「なっ、い、イザーク!? ……き、奇遇だな」
門を出て、最初の角を曲がってすぐに偶然見かけたとばかりに驚いた風を装って声を掛ける。
対して、声を掛けられた少女の方は本当に驚いたとばかりにポニーテールが跳ね、慌てふためいていた。
大方昨日のやりとりの最中に置いて逃げたのがマズイのだろうが、それだけでは今日ここにいる理由が思いつかない。
まあ何やら怒っていたから、恐らくそれ絡みなのだろうが。
「なんでここに……?」
「き、貴様こそどうしてここにいる! あ、い、いや、そ、そう言えばここはお前の屋敷の前だったな。つい忘れていた。別に私は昨日の事が……ではなくて、ちょうど走り込みの途中でちょっと休憩していただけだ。偶然だな、うん、奇遇だ」
色々と言いたい事はあったが、それ以上深く追求するなというオーラが体全体から出ているため、それとなく話題を変える。ある程度予想はついているし、わざわざ藪をつついて蛇を出す必要もない。
「鍛練はいつも一人でやってるのか?」
「ん? ああ、たまにエイグルやシリルとも模擬戦はするが、こういった基礎部分は結局個々でやるようにしている」
「ふーん」
「な、なんだったらお前も一緒にどうだ?」
「いや、疲れそうだしやめとく」
「なんだ、男のくせにだらしない。もっとしっかりしろ」
僅かばかり緊張したように言ったと思えば、すぐに頬を膨らませて軽く怒る。昨日は一日中作り笑いしか見た記憶しかないからか、そんな風にコロコロと表情が変わる様は見ていて飽きない。
「頭脳労働専門なんだよ。と言うか貴族である以上、今はそっちが重要視されてるだろ。まあリヴィアの場合、地理的に仕方ないとは思うけど」
「万が一の有事に備えるのに問題はないだろう。お前の場合もう少し危機感をだな……」
「ああ、待った。今から街に行くんだが、リヴィアはどうする?」
面倒な説教が始まりそうな雰囲気だったので強引に遮って話題転換を図る。リヴィアはそれに疑問を覚える事もなく、素直に答えた。
「私も特にこれといって行く用事は……ああ、そう言えば武器を見に行こうとは思っていたのだ。この前の騒動で剣も盾も駄目にしてしまったからな。一応代用の物を使ってはいるが、やはりどうにも馴染まない」
確かに、あれほどの相手とやりあったのでは武器も防具も損壊していたものもあるし、そうでなくとも消耗したことだろう。
さすがに彼女の領地にいるお抱えの鍛冶師を呼ぶわけにもいかないだろうから、王都で特注品を作る事になるはずだ。
「ああ、それなら丁度いい。一緒に行かないか?」
「な、あっ……。ま、まあいいだろう」
どうせ暇なのだ。
どこか適当な喫茶店で過ごすよりは余程有意義だろう。リヴィアは一瞬だけ焦ったような表情をしたが、すぐに取り繕って肯定した。




