毒婦の遺伝2
半分に分けるところが見当たらず、更には添削(削を中心に)しようとした端からなぜか添の方ばっかり・・・
なんか文字数すごいことになっちゃいました。。。
うん、これはもうしばらく休んでもいいよね?(チラッ
「うふふ、いつまでも強く手を握って引っ張ってくれるなんて……。お姉さんゾクゾクしちゃうな~」
リヴィアから逃げるためとはいえ手を掴んだままになっていたことを、ここでようやく思い出す。
そしてすぐに離した。
「あっ、もう。紳士的にエスコートしてくれるんじゃないかしら?」
「恋仲でもない女性の手を繋いで、街中を歩きまわるだなんて誤解を招くような真似をしてしまえば、あらぬ噂を立てられることになってしまいます。それはお互い迷惑でしょう?」
そちらが、と言えばこの女性は間違いなく迷惑じゃないと答えるだろう。だから自分が、という意味を強調するためにお互いの部分を強く言う。
「あら、私は別に構わないわ。むしろ見せつけちゃいたいくらい」
しかしそんな事は気にも留めない。
今が最盛期の恋人の如く、熱烈に腕ごと抱きしめてくる。
充分に此方の意図を察しておいてこの行動だ。これは遠まわしな表現を止めて直接言わなければいけないと言うことだろう。
イザークは二の腕にあたる柔らかい感触を意識し、すぐに拒絶の言葉を告げようとする。が、しかしなぜだか蛇に絡みつかれたような悪寒が走った。すぐにバッと、言葉よりも先に反射的に腕を振り払って一歩分の距離を置く。
「あら、どうしたのかしら?」
きょとんと、まるでなんでそんな行動に出たのか分からないという表情。
「……いえ、なんでもありません。女性と触れあうのに慣れていないだけですよ」
気のせいだったのか。そう思い直し、しかしその悪寒が正しかったと教えられたのはその直後。
「ふふ、体を触ったから分かるけど、随分と鍛えているのね?」
「っ!」
今までの差し障りのない会話がジャブですらなかったと、ここで強く、イザークの内側へと一歩踏み込む。
やっぱり悪寒は正しかった。
誰もが初対面で親しみを覚えるような陽気な雰囲気が霧散し、反射的に警戒心を抱いてしまうほどの冷徹さが一瞬だけ顔を覗かせる。
あの一瞬でそこまで見抜かれていた。
さすがにあの状況で暗器までは悟られていないだろうが、少なくとも日頃からかなり鍛えているという部分は見抜かれたと思って間違いないだろう。
「ねえ、どうしてキミは爪を隠しているのかしら? その爪で狙う獲物は何なのかな? 私はそれが、とても気になるわ」
「…………僕は、爪も牙もないただの人間です。それより僕も貴方が誰なのか、とても気になりますね。それに、まだ名前も知らないままではやはり据わりが悪い」
「あら、嬉しいわね。そんなに私に興味を持ってくれたのかしら?」
答えるつもりがあるのかないのか分からないようなはぐらかす言い方。だが、出来る事なら答えてもらわないと困るのは此方なのだから押し通す。
「名前も知らないのは据わりが悪いと言ったはずですが?」
「キミもいい加減勘づいていそうだけど……。うーん、そうね……ちょっと恥ずかしいけど戦乙女、って言えば信じるかしら?」
「っ!」
やはり、と言うべきだろう。
彼女の外見上の特徴に思い当たる人物を一人だけ知っていた。
無論ここで予想を外せば、厄介だと感じるレベルの人間が二人いると言うそれはそれで面倒な事になっていそうだったが、見え透いた話題転換に乗る程度には、相手に余裕があった。
そしてその余裕は、決して慢心や虚栄の類ではない。
「と言う事は、貴女がフィオナさんで間違いないですか?」
「ええ、そうね。でも、私とキミの仲なんだから敬称はなしでいいわ」
「出会ってまだ十分でそう言うとは、随分と尻が軽い人ですね」
「キミだからよ」
「…………この様子ではあの噂も本当、でしょうね」
「あら、確認しなくていいの?」
「するまでもないですから」
四年前に王国の東側、帝国から広範囲で国境侵犯があった際、完全な奇襲にもかかわらず十歳になったばかりの少女が千の兵を率いて逆に奇襲をかけ、三千の兵を打ち破ったという話は今もまだ人々の記憶に新しい。
結果としてその勝利が敵の大攻勢を挫く切っ掛けとなり、勝利したのだから、大々的に称えられて当然の働きだろう。
現にこれだけ入念に状況を整え、果断に動く。それに頭の回転も早く、即興でのやりとりも申し分ない。これだけの事をやってのける事なんて常人じゃ無理だ。
たどり着いた喫茶店で飲み物を注文、向き合って座り、ウェイトレスが去った後で、会話を再開する。
「貴女方の流れる血に何か秘密でもあるんですか? 剣聖といい二人も英雄クラスの人間を生みだすなんて尋常じゃないですよ」
そして、かの偉大な剣聖の姪でもある。
「あら、女の子に対して英雄だなんて酷いじゃない。私がそんな大層なものに見えるかしら? それに、これでも私は女よ。姉さんから淑女の扱いは教わらなかったのかしら?」
「なら戦乙女サマ、とでも言えば良いんですかね? 生憎、じゃじゃ馬の扱いだけは最後まで教えて頂けませんでしたので」
「へえ……」
その言葉で、目が据わる。
相変わらず口元には笑みを湛えているが、それは今までのとは別種の冷たい微笑。
イザークが放った挑発の言葉に、人外扱いしても軽く受け流していた彼女がたとえ一瞬でも本気になったのだと悟った。しかし現に、最大のじゃじゃ馬を始めとし、女性陣の幾人かは御しきれていないのだから割と本心でもあるが。
「本当に生意気な子ね。お姉さん、躾がいがあって愉しみ。ねえ、それじゃあその英雄が本気になった所、見せて上げましょうか?」
「おや、淑女ではなかったのですか?」
「二人っきりの時まで淑女だとは限らないでしょう? まして、楚々としている人間の方が、夜は激しかったりするものよ」
「それじゃあ昼の今は関係ないですね」
「さて、どうかしらね?」
「どうなんでしょうね?」
ふふふ、と笑みを湛える両者を見て、通りがかりの人間は誰もが微笑ましいカップルだと思うだろう。が、その仮面の下では壮絶な殴り合いが繰り広げられていると、一体だれが想像し得ようか。
が、それは実質殴り合いではなく、一方的に殴りかかる側と防戦に徹する人間のそれだった。此方が繰り出せる攻撃は、せいぜいが牽制程度。実質、奇襲を受けていいように攻撃されているのを必死で防いでいるのが現状だ。
通りがかった人間が思わず足を止めてしまうようなフィオナの笑顔。
だが言葉が通じない相手に対し、警戒を解かせ、友好を求めるために笑う。笑顔は万国共通だ、などとほざいた輩は嘘つきもいい所だろう。
そして笑顔の本質は攻撃的なものである、と言った人は正しい。
この笑顔はまさにそれだった。
クソッたれ、化け物め。
イザークの内心はその類の悪態で占められる。そんな事を思う暇があるならもっと冷静に、理性的であるべきだ。そう分かっていても、ここまで一方的にいいようにされていれば思わず毒づいてしまうのは仕方のない事だろう。
未だに一矢も報いる事が出来ず、むしろ弱点を知っているけど突っ込まない。要は、見逃してもらっていると言う事を嫌が応にも理解させられているのだから。
自分にこんな口をきく相手も、こんな生意気な態度をとる相手も初めてだ。
ああなるほど、確かに面白い。
自分が賢いと勘違いしている無能な貴族と違い、彼は本当に賢い。
それも自分が決して一番などではないと、上には上がいるという自分の立ち位置を理解している。だからそこに固執することなく、しかし勝利が必要ならば諦めることもなく足掻き続け、切り口を変えて様々な角度から動く事が出来るタイプだ。
今どきこんな賢い子がいったいどれだけいるだろうか。
彼自身、さすがに己自身のミスに気付いたのだろうがもう遅い。
私から逃れようとしたのなら、それこそ私がつまらないと感じる人間を演じるべきだった。尤も、愚鈍な人間でない事は元から知っていたから、ありきたりな貴族を演じたところで見破ってしまうため、彼にとっては難しかったと思うが。
今更他の人間と変わらないような対応をしたところで逃す気はない。
それを彼自身理解しているのだろうから、彼も本当の意味で無駄な抵抗はしないようだが。
その潔さもいいな、なんて、何故だかたいていの事を好意的に捉えてしまう。
ああ、まいったな。
なんだか本気になってしまいそうな予感がする。それは良くない。本気になってしまえば歯止めが効かなくなってしまうというのに。
でももう、抑えが利かないのだから仕方がない。だからこそ、言葉は自然と出てきた。
「ねえ、私達結婚しましょうか?」
「…………は?」
ここで再び、イザークからすれば特大の爆弾を投下した。
これは、さすがのイザークとしても予想の範疇を超えていた。
奇襲を警戒し、並大抵の事では動揺すまいと意思を固めた瞬間、その防御を軽く上回る言葉。
「……正気ですか?」
「もちろんよ。キミみたいな子が二人もいるとは思えないし、悪くないわね。うん、悪くないわね」
どうにも彼女は一人で頷き、勝手に結論付けている。
いや、むしろ、彼女の頭の中ではどんどん自分を納得させる材料を見つけだしているのではないだろうか。
「……お互いの立場、理解してます?」
「ええ、私がキミの家に嫁入りすればいいだけの事よね?」
あっけらかんと、まるでその程度の問題とばかりに言ってくるが、そんなはずはない。むしろ本人も他の問題を理解しているだろうに、それについて言及するつもりがなさそうだった。
「さすがに悪ふざけが過ぎますね。なんで敵方の公爵家に縁がある人間と一緒にならなきゃいけないんですか」
「あら、でもヒューゲル公爵よりは叔父様の方が頼りがいあるわよ。それにキミ自身が此方側に近いし、そこは理解してるでしょう? それに私なら家格も釣り合うわよ」
間をとるために、ウェイトレスが運んできた紅茶を一口すすり、先の内容を吟味する。
たしかに、条件だけ見れば申し分ないだろう。
だがさすがに、身の内に化け物を飼う趣味は持ち合わせちゃいない。
そんな回りくどい事をせずともどの道外側から腹を食い破られそうな気もするが、それはそれ。
「僕には父上が決めた許嫁がいますから、それを覆したいならそれこそその方より家の格が上でないと無理だと思いますよ?」
数回ほど顔を合わせた程度の相手ではあるが、典型的な貴族の令嬢といった相手だ。使い道などないと思っていたが、初めてその相手に感謝しよう。人生何があるか分からないものだ。だから唯一役に立つであろう今、全力で利用させてもらう事にさせてもらう。
「どうせどこぞのつまらない伯爵令嬢でしょう? だったら家格も釣り合うし、個人に目を向ければ私の圧勝ね。それに何より、キミは親が決めたからって素直に従うタマでもないでしょう?」
これで、やはりその程度の情報は仕入れているという事が確認できた。が、それは確認するまでもない事でしかない。問題は、このままどこまで探れるかだ。
「まさか、僕ほど優等生な人間はそういないと自負していますが? 何せ、未だに親の言う事に逆らった試しがない。それに、同格ではわざわざ破棄するほどではないですね」
これでも現状では後継ぎとしてなんの問題もない優等生を自負しているのだ。
それにあそこまで分かりやすく、扱いやすく、それでいて息子と言う事で油断してくれているようなやりやすい相手、そうはいない。あれほど自分が幼く、未熟だった頃の心理学の実践相手とし、典型的な貴族だからこそ重要なサンプルとして使える相手、そうはいなかったのだから。
「へえ、そうなんだ。だったら、親に隠れていけない事でもしてるのね。ふふ、ほんと、悪い子。……ま、そんな事はどうでも良いわ。それより、まるでその許嫁の事なんてどうでもいい、いや、まるで結ばれないみたいな言い方ね?」
「そんなつもりはなかったのですが……。参考までに、どうしてそう思ったのか聞いても?」
「だってキミ、結婚に価値を見出していないでしょう? 本当に好きな相手がいるなら、キミならどんな手段を使ってもその子と結ばれようとするはずだけど、そんな子はいないみたいだしね。かと言って、キミの親が目先の利益で選んだような相手を、キミが何の考えももたずにそのまま結婚するなんてあるわけないでしょう? キミがその気になれば、もっと多くの利を齎す相手を探せるでしょう?」
一を知って十を知る、とはこの事だろう。
此方も喋らされていると自覚はしても、糸より細い情報を手繰って得たい情報を得るなど、一体どれだけの人が出来るだろうか。
だが、やはり情報が少ないからこそ、まだ真実までたどり着いていない。
だからこそ、ここは否定も肯定もしない。
「大凡の男がそうであるように、自分は強い女性よりもお淑やかな女性を好みます。残念ながら、先輩は趣味じゃないです」
「ふふ、まるで自分もそうだと言うような一般論ね。でも残念。私と対等に言い合えている時点で凡人なんかじゃないわよ」
「……随分と思い上がりが過ぎますね。それとも僕への過大評価ですか? 少なくとも僕は、自分がそうだとは思えませんが」
「あら、当然よ。それだけの結果も残してきたし、今も周囲の人間はつまらなく見えるもの。キミみたいな例外を除いてね」
「買い被りです」
一言で切って捨て、間を持たせ、戦略を練るため、落ち着くために運ばれてきた紅茶のカップを手に取り口に運ぶ。
「傷つけば赤い血を流し、貴族という身分を失えばどこにでもいる市井の一角に過ぎない。キミの言葉だったわね。ええ、私個人としてもとても興味深く、好感も持てるわ。でも、普通の貴族は誰かに守られているのが当たり前。自分は特別だから傷つくなんてありえないと思っているものよ。中には青い血が流れてるなんて事を正気で言ってのける信じられないような人もいるみたいだし……。それにそもそも、生まれた時からそうであった人間は貴族という身分を失う、なんて発想そのものが出ないのよ」
「っ!」
出会った時よりも遥かに大きい動揺が襲う。
言われてみればその通りだ。
再び間をとり、動揺を誤魔化すためにカップを口に運ぼうとし、しかしその行動が仇となった。その言葉で手に持っていた紅茶が波紋を立てる。
これで間違いなく悟られただろう。
奇襲を受け、動揺したからこそ口をついて出た、今なら愚かだと断言できる言葉。なんて無様な失言、そして無様なミスだ。
ああ、本当に、この女性は性質が悪い。
「そう、まるで貴族であることになんか興味がないみたい」
「ッ!」
その言葉が何よりも確信を突いた。
必要だから貴族位に固執しているが、それ以外ではわざわざ手放すほどではなくても固執するだけの理由がたいしてないのだ。
仮に庶民に生まれても、やはりそれなりの手段でそれなりの生活は出来たであろうし、その時は奴隷を持つ事もなかったからテレビ画面の向こう側として割り切ってしまう事が出来た。
今思えば、そちらの方がよっぽど平穏な生活を送れただろう。だけど今はそんな事を思った所でどうしようもない。今はただ目の前の敵に集中するべきだと切り替える。
「……分かりました。どうやら、このままあなたを相手に化かし合いをするのは分が悪い。それで、俺に何のようです?」
「ふふ……」
ここへ来て少しずつながら、ようやく本性を見せたのだと理解させられる。フィオナの喋る一字一句が、イザークにとって彼女を知るための貴重なサンプルだ。
だからこそ、分かる。
血のつながりなんて関係ない。
間違いなく、彼女とターニャは姉妹だった。
じわじわと、的確に袋小路に追い込む話術。対等なはずのテーブルで、しかし睥睨するかのようなその瞳が、自分自身にさえ本心を隠し、誤魔化すからこそどうとでも偽れるようなその態度が、上っ面だけは誰よりも良いその言動が、全てが既知だ。毒婦の遺伝は受け継がれていると間違いなく確信できる。
「まあいいわ。それじゃあまずは軽くいくけど、姉さんを買えるだけの金額をどうやって手に入れたのかしら? 私はそれが、とても気になっちゃうな」
「お小遣いですよ。あとは個人的に気に入られたから、ターニャさんがそれで済ませてくれたんでしょう」
「そんな分かりやすい嘘を言うのはやめた方がいいわよ。義姉さんを手に入れようとするなら、どれだけ低く見積もっても金貨三千枚、実際にはその倍近くがかかっているはずよ。私でさえ苦労するようなそんな金額を一体どうすれば出せたのか、それに義姉さんを買って何がしたいのかを教えてほしいわね」
「…………無理、とは言わないんですね」
「ええ、私もこっそりと、それなりの商会を運営してるからね」
「…………」
まるでそれなりで構わないという言い方。
それは事実、そうなのだろう。それほど資金に困っていなければ、その方面に必要以上に力を入れる理由がないからだ。それに、ターニャを買った理由が抱くためや男としてのプライドを満たすため、などといった理由が通じる相手でもない。そんな事はさすがに五歳児にはありえないだろうし、何よりそんなつまらない理由で買われるような人間ではないと相手は知っている。
それに何よりその言い回し。それではまるで――
「ああ、そう言えば、ちょうどキミが生まれて数年後に、キミの領地から随分と珍しい商品を卸す商人が出始めたわね?」
「ああ、ベルトラン商会ですか。確かに、僕も懇意にさせて頂いていますが、本当に斬新なアイデアの商品ばかりですね。ちょうど僕がまだ幼い子供の頃に色々と面白い遊び道具やおいしいお菓子が発売されたので、それなりにお世話になってますね」
「ふふふ、そうね……」
この話の流れはマズイ。更に、主導権は今あちらにあるのだ。ターニャの件でさえ本命への布石に過ぎない。そのくせ、布石にさえ答えさせようとする一石二鳥の策。せめて主導権だけでも取り戻さないと、本当に取り返しがつかなくなる。
子供、といった部分を始め、幾つか牽制を混ぜてみたものの、やはりある程度確信に近いものを抱いているのだろう。なにせ本人が、子供ながらに大人顔負けの活躍をしてのけてきたのだ。他人には重要なフィルターとなるはずの年齢が、言い訳として通用しない。
「それでね、私でも考えつかないような物がいっぱいあったからとても気になっちゃって、本人に会って来たの」
「なるほど。確かに彼は興味深かった。僕も彼と顔を合わせた事がありますが、本当に発明したとは思えない」
「あら、奇遇ね」
「必然でしょう。発明品は酒、食品、菓子、玩具、今までに存在しない類の芸術品、その他諸々あまりに他分野にすぎる。酒一つとっても分野的には科学的な物まで含まれ、複合的な視点で作られている。彼は優秀な商人である事は間違いないですが、同時に普通すぎる。あくまで、凡人の枠に収まる優秀さです。ですから僕の考察では各分野のスペシャリストが集まり、それを表の顔としてベルトランさんが代表で売っていた、という所ですね。正体を隠すのはやはり襲われる危険性等があるためでしょう。複数人でなく一人ならば守り易いですしね」
「あら、でも推測は違うわね」
「…………参考までに聞かせて頂いても?」
打てば響くようなやり取りの中に混ぜた嘘でミスリードを促しても、彼女自身が確信を持っているのならば通用しない。今までにも充分に推理や調査を重ねただろう。そしてこの日の為に準備を整えてきたのだ。
防戦一方になってしまっている事を自覚していても、斬り込むだけの隙がない。
「彼は確かに凡人の中では優秀。そこまでは同じだけど、発明したのは一人。……まあ多少読みを外した時の逃げ道を用意させてもらえるなら、多くて三人ね」
「……その数字の根拠は?」
逃げ道、などと言っているが、それは自信がないからこそ出た言葉なんかじゃない。フィオナの逃げ道ではなくイザークの逃げ道だ。彼女は間違いなくイザーク一人だと確信している。
「まず、数が多ければ私にはさすがに分かるわ。彼の後ろに、それだけの人数が動いている形跡が見られなかった。そして何より、私にも思いつかないような物を発明する異常な人間がそう何人も同時に発見出来るわけがない」
「……随分な自信ですね。僕にはその自信が羨ましい」
実際にそうなのだから性質が悪い。
この人を超えるような人間がそう何人もいられたら困る。
「だって、私が仕組みを説明されて尚、理解できない物まであったのよ? それがどれだけ常軌を逸しているか、貴方に分かるかしら?」
「…………彼が商売道具の秘密を明かすとは思えませんが?」
「個人の伝手でなんとかなるものもあるわ。それに私が本気になって探したと言うのに尻尾も掴めないのよ? その点でも普通じゃないわ。それほどまでに入念に正体を隠せているし、誰にも知られないよう隠そうともしている。だけど意外な時に、意外なタイミングで全部の答えが繋がっちゃったわ。それもつい先日ね」
そう言って此方へ向けてウインク一つ。
でも、それを認めるわけにはいかない。
「とても高く評価してもらっているようで光栄ですが、生憎と、私はあなたが思う程強くない」
「……なぜかしらね。キミは強く賢い。だと言うのに、客観的に自分の力を把握しておきながら本当にそうなんだと信じている」
「事実そうでしょう。貴女や他の、極一部の化け物には勝てません」
まるでその言葉を呑みこむための時間を表現するかのように、一瞬だけ空気が凍る。
相手のボーダーラインを見定めるために放った、本音混じりの侮蔑。この後の反応は、相手はどう出るか。不快に思うならそれもよし、逆にその程度の場所に落ち着いてくれるような人間であるという証明に繋がる。
そうでなくとも、感情を動かせば話が変わる切っ掛けにもなる。
それを図るために放った言葉はしかし、彼女はイザークが予測した展開をまたも裏切る。
「っく、あはっ、アハハハハハハハハ――――! ……ふふっ、はは、あはははは、そうね、うん、あはははは、はは、わたし、たしかに、そう、ふふ……」
なにが面白かったのか、彼女は突然笑い声を上げる。
周囲の耳目が集まるのもお構いなしに、本当に楽しくて収まりがつかないとばかりに、しばらく彼女はただお腹を両手で抑えながら体を震わせ、笑い続けた。
「――あはははは。……ふう、いやー、ホント、キミは笑わせてくれるね」
「そんなつもりはないんですけどね」
「ふふっ」
ぶっきらぼうに告げるイザークに、フィオナは再び小さく笑う。
ウインクするように片目を瞑り、目端に浮かんだ涙を白く細長い指で拭った。
「うん、久々ね。ほんと、こんなに笑ったのはいつからかも思い出せない程久しぶり。あはは、それにしても随分と飾らずに言うのね」
「ええ、事実ですし」
「でも諦めてないし、負けるつもりもないでしょう? 何よりキミは、私と同じくせに本当に自分の事をどこまでも凡人だと信じている」
「別に誰よりも強く、だなんて考えてはいませんよ。俺一人じゃ出来る事は限られている。万能にも何か一つ突出する存在にさえなれやしない。自分だけで全と成す、なんて発想はお断りですよ。俺は部品でいい」
そう、究極的には王でさえ、社会を成すための一部品でしかない。ならばいわんや貴族でしかない自分は、数多くの人間の中の一人でしかない自分は、やはり本来ならば代替の利く一部品なのだ。尤も、今こんなバカげたことを考える奴がいるとは他に思えないからこそ、代えは利かないと自負しているが。
「その発想が普通じゃないのよ。誰しもが納得できる答えで在りながら、しかし誰かに言われるまで気付けないような答えが出てくる事自体ね。どう見ても充分突出しているというのに、なんでキミはそう自己評価が低いのかなぁ」
別に、自己評価は間違っていないと思っている。
己が平凡な人間であるからこそ、分を弁えているのだ。自分自身の強みはただ知っている事だけであり、過ごした環境の違いから来る考え方や価値観の差なのだ。だからこそここでは異質であり、故に突出しているように見えるだけ。
「そのズレはなに? バカでもなければ客観視も出来ていて、どうやったらそんな判断になるのかしら?」
「さて、ですからそもそも、大前提であるその判断が間違っています。どうやらあなたに僕の事は分かって頂けないようだ」
「分かるわよ。だって、私がそうなんだもの。周りはバカばっかりで全部がくだらない。バカに合わせてつまらない話に笑わなければならない。キミを見た瞬間気付いちゃったんだもの。ねえ、もう一度聞くけどキミが隠してる牙は、研いである爪は、一体なんなのかな?」
どうしても、何を言っても判断だけは間違えない。もしかしたら、と言う可能性を肥大化させ、誤解させるための手法が通じない。
それほどまでに自分を信じていると言うことだろう。
確かにバカ共に付き合ってヘラヘラ嗤い、あまりにも平然と、いや、むしろ愉快そうに他者を踏みにじるのはさすがに反吐が出るし、その手のバカ共は皆死ねばいいとさえ思うが。
「言ったはずですよ。爪も牙もない、ただの人間ですと」
否定ではなく、それとなく方向を逸らさなければならないのは分かっている。だが、この人がどういう方向へそらせば納得するのかが分からない。真実以外の答えに素直に頷いてくれるような甘い人間ではないからこそ、今はただ否定するしか道を知らない。
「将来的には侯爵位を継ぐ人間が、それでも領地からの収入じゃ足りない程に、それほどまでにお金が必要な事っていうのは限られてるのよね。そうね……例えば戦争、とか?」
そしてだからこそ、自分一人でどんどん答えの方へと近づいて行くのだ。
論理的な思考に基づいて、革命という答えからパズルを作り出したからこそ、似たような位置にいる相手は隠したパズルを発見すれば、自然と論理に従って答えを組み立てる。つまり、そのパズルのピースをいかに変形させ、かつ、歪でないように見える答えに見せかけるかどうか。
これは口で言うほどに簡単な事じゃない。
それなりに頭の働く相手ならばフィオナでなくとも答えに辿りつくだろう。
だからこそ、そのピースを全力で隠すようにしてきたのだ。
見付かったピースの数は幾つなのか、本当に知っている事を全部を吐いたのかによって、此方もまた対応を変えなければならない。
「…………例えば、あくまで例えばですが、僕が陰で大商人を操って大量の資金を得ていたとして、それを使う理由がない。確かに大量の金銭を使う事の代表格は戦争ですが、それにしたって戦争? ばかばかしい。そもそも何が目的でそんな面倒な事をしなければならないんですか」
これだけはマズイ。もしそうだと悟られてしまえば、全てのプランが崩壊してしまう。
だからこそ、緊張した時に反射的に起こる反応を意識的に抑え込み、辛うじて平静を装い、あまりにも空想が過ぎると鼻で笑う。
「…………」
探るようなフィオナの視線に気負いは出さないよう、しかし真っ向から向かい合う。
そのままどれほどの時が経ったか。
ふっと緊迫した空気をほぐすようにフィオナが息を吐く。
「そうなのよねえ、実際、キミは野心なんか持っていないだろうし、王位にさえ興味ないでしょうね。でも、だったら個人的な事にお金を使うくらいしか理由がないのよねえ」
「個人的にやりたい事なら、それこそ侯爵の自分はたいていなんでも出来ますよ」
「そうなのよねえ……」
「だから言ったでしょう。僕が商売人を、それもかのベルトラン商会を陰で操る意味がないと」
「…………ええ、そうね。その通りだわ」
「分かってくれて何よりです」
だけどその表情は額面通り、納得しているとは言っていない。どうあっても認めないから今だけは引き下がると、しかし納得など到底出来ていないと雄弁に告げる。
「さて、それじゃあもう一つ聞きたいのだけど、どうしてキミはそんなに貴族を毛嫌いするのかしら?」
そして間髪いれず、続けての質問攻め。
しかし現状、何一つ彼女の攻勢を完璧に防げてなどいない。だからこそ反撃の糸口は未だ掴めず、しかし相手の事を知る必要があるため、逃げると言う選択肢もまたとれない。
彼女の瞳に宿るのは猫が得物を弄ぶかのような嗜虐的な色。現状におけるお互いの立場から考え、それら全て理解しているからこそ、彼女はまだこの時間を続ける。
「毛嫌いはしていませんよ? 少なくとも、その日食べる物にさえ困るような平民に生まれるなんて考えたくもない。僕は貴族で良かったと思ってますけどね」
「キミなら、その程度の逆境は自分の力でどうとでも出来たでしょう? そんな表層的な在り方じゃなくて、どうして貴族そのものを嫌っているのかしら?」
「……それは貴女も同様では? でしたら、答えは言うまでもない」
彼女自身が自分と似ていると言うのなら、本心の一部を切り取って彼女と同様だと告げてみる。
「それもそうね。確かに、うんざりしちゃうし」
それにはあっさりと納得し、ほんの僅かに張り詰めていた空気が弛緩する。
だからこそ、ここしかない。
「納得して頂いて結構ですが、だいたい初対面の人間にどうしてそこまで話さなければならないんですか?」
その隙を突き、多少強引と理解していながら流れを変えるために攻勢に転ずる。
「だって、ねえ? キミ、どうでもいい人間にはそんな態度とらないでしょ?」
「――っ!」
ね? と、まるで此方の拙攻を窘めるように、笑顔で核心を突く。
その攻撃はあっさりと挫かれた。むしろカウンターのオマケ付きだ。初対面など関係ないと、同じステージに立てているかどうかだと彼女は告げる。
そしてそれはどうしようもない事実だった。
同じステージかどうかはさておき、次元は違えど同じ高位に立ってはいるのだ。
この人は、今まで軽く受け流してきた無能共とは違う。だからこそ油断なんて出来ないし、しかし異端とされるような考えを持つこの人ならもしかしたら、という可能性も浮かんだのだ。
だけど……。そう、だけど――
間違いなく、自分は優勢だ。だと言うのにあと一歩のところで踏み込ませない。
何度か最後の一歩を踏みこんでみても、風に舞う木の葉のように捉えどころがないのだ。捕まえたと思ったのに、指の間をすり抜けるような感覚。
それはまるで追いかけっこのようだと思い、そういえば自分は碌にそんな事をした覚えなんてないけど、案外それも悪くはなさそうだと感じる。尤も、ここで彼がその言葉を聞けば、追いかけっこだと言うには子供らしさが全くと言っていい程足りていないと愚痴垂れるのだろうが。
だけどそんな憎まれ口まで堪らないと思ってしまう辺り、相当参ってしまっているようだと、自分の中で冷静な部分がそう分析する。
だけど、それでいい。
きっとこれは、今、この時、彼としか味わえない。胸を焦がすこの衝動が彼を求める。が、そんな想いや思考に浸れたのはほんの僅か。
「――僕も、先輩のことならある程度解りましたよ」
その言葉で、意識は現実に引き戻される。
「ふーん。……もしよければ参考までに聞かせてもらえるのかしら?」
理解してもらえる事の嬉しさに小さく身を震わせながら、期待して言葉の続きを待つ。こんな劣勢の中で見せる彼の意地を、彼なりの反撃を見てみたいのだ。
「そんなに退屈ですか、人生が。いえ、その気持ちが分からないわけでもないのですが、僕はそれなりに楽しめていますよ。遊びを否定はしませんが、命を賭けなければ日常さえ楽しめないような破綻者になるのもどうかと。僕も一応、今まで命を懸けることはありましたが、先輩のように遊びで賭けられるほど安くはない」
だからこそ、正鵠を射るその言葉に歓喜と苛立ちが同時に湧きあがる。挑発だと分かっていても、これだけは受け流すわけにはいかない。
「へえ、それはつまり、私の命が軽いと言っているのかしら?」
「ええ、とても。才能はある。能力も高い。外見も充分に綺麗で一見すると非の打ちどころがないですが、先輩は安い人間ですよ」
彼はそういった部分も姉にそっくりだと、暗に告げる。
渇きが癒えないから、足りないからどこまでも貪欲に暴れ、飢えを誤魔化すしかない子供だ。
そんな人間の価値が、高いわけがない、と。
「自分だけは他者より複雑だ、などと思っているなら、その勘違いを正すべきでは?」
ああ、確かに、自分はそんな節もあると言われて初めて思い至る。
実際、私から見れば彼もまた色々と複雑そうではあるが、しかし自身はそうは思っていないようなのだから。
「……なら、勝負しないかしら?」
他人は勿論自分にさえ理解できない狂気を内包しながら、しかし正常でいる彼がどうやっても理解できない。
自分を安いと言った人間も初めてだが、これはそんなんじゃない。
他の誰がそう言っても、問題なく受け流せただろう。自分が安いと思う人間が判断を誤った所で、特になにも言う事はない。だけど、そう。私が認めたこの子にだけは、そう思われるのが気に入らない。
ならば、認めさせなければならないだろう。
「キミが勝てば、何だって言う事を聞いていいわ。もしキミが負けても、何も罰はない。どう、これほどの条件で戦えるなんて普通はないと思うけど?」
「お断りですね。先輩相手に戦うメリットがない」
「私の持つ権力や体じゃ不満かしら? キミが言ってくれたように、私はたいていの事なら出来るわよ。それに、キミが言うには外見も綺麗らしいしね」
「明確な期限も何もない。仮に生涯絶対服従を誓われても、先輩、そんな退屈は嫌いでしょう?」
「く、ふふっ、あははははっ。ええ、そうね。背後から襲っちゃうかもしれないわね、ええ。ほんとキミ、こんな短時間で随分と私の事を理解してくれてるわね。だからこそ、私はキミになら服従してあげてもいいわよ?」
「服従する人間が支配者より上にいるなんて安心できませんね。それに、あれだけ時間を掛けていながらあなたの言う姉でさえ御しきれていないんです。じゃじゃ馬は一人で結構」
本当におかしくて、笑いを堪え切れない。
こんなに短時間でこれほど自分の事を理解してくれるなんて、やっぱりこの子は堪らない。こんな楽しい会話は姉以来だが、こんなに胸が高鳴る会話なんて初めてなのだ。恋なんて信じられなかったけど、今なら信じてもいいのかもしれないなんて思えてしまう。
なんて歪で、そして可愛らしいのだろう。
今までに自分が認めた人間は叔父と義姉だけ。
他は全ての人間がつまらなく感じた。
傍に誰もいないと思っていた。
だからこそベルトラン商会の品を見た時、他の人間とは違うベクトルで衝撃を受けたのだ。だから会った。そのベルトランに。だけど違った。受け答えに卒はなかったが、常識の範疇でしかない。この人じゃないとすぐに悟った。そんな人間があんな商品を、異端とも言う思考と思想に沿った物を作り出せるはずがないのだ。
そして、今日、求めていたのはこの子なのだと強く感じたのだ。
もっているものが違う。
漂わせている雰囲気が違う。
一見常識的に見えながら、他者には持ち得ない狂気を内包している。
自分の想像なんて容易く超える発明も、これだけ対等に言いあえる機転も。
それら全て、自分よりも年下の人間がやっているのだ。
これを奇跡と言わずしてなんと呼ぶのだろう。
運命的と言っても良い。
欠片すら信じていなかった概念だが、これを偶然と言うにはあまりにも情緒に欠けるし、私と彼には相応しくない。私と彼は出会うべくして出会ったのだとそう思うし、そう思いたい。
メチャクチャにしたいし、そうされたい。
尤も、名残惜しくはあるがそろそろお暇するべきだろう。
彼が必死に噛みついてくるせいでついつい苛めるのが楽しくて、想定以上に長引かせてしまった。
覚えられもしないような無関心は論外だが、このまま関わったところで彼は不機嫌になるだけだろうから。
いい女の条件の一つは引き際を弁える事だと姉も言っていた事だし。
今日の余韻に浸るだけでもしばらくは悪くない日々が過ごせるだろう。
それに、与えた時間でどんな手を打ってくるのか予測するだけでも興奮してしまう。それだけで、会えない時間があると言うのも悪くはない。
だから――
「ま、今日の所はここまででいいわ。またにしましょう」
「次はないかもしれないですよ?」
「ないと思うの?」
「……残念ながら、ありそうですね」
心底残念な事に、その不敵な言葉を肯定せざるを得ない。
何せ此方にそのつもりがなくても、相手がそのつもりなら結果として関わることになるのだから。
この人を相手に全力で逃げようものなら、それこそ晒したくない手札を何枚も晒さなければならない。それはこんな場所で切っていい程安い手札ではないからこそ、凡人を演じなければならない自分はやはり後手に回らざるを得ない。
「うん、よろしい」
良く出来ましたとばかりに頭を撫でるのを、憮然とした表情で撫でられるがままにする。
撥ね退けても良かったが、それをして機嫌を損ね、また絡まれるともっと面倒な事になる。今日は大人しく、このまま去ってもらいたいのだ。
「あ、今度は姉さんも混ぜて三人でね」
「…………は?」
やはりどうにも、大人しくはしてもらえなかったようだ。彼女は去り際、最後の最後に特大の爆弾を残し、鼻歌交じりに実にご機嫌そうに去って行く。
対照的に、残されたイザークの表情はただただ憮然としたものだった。




