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異世界における革命軍の創り方  作者: 吉本ヒロ
3章 12歳、学園編
72/112

毒婦の遺伝1




「やっほー」



 放課後になってすぐ、そんな気の抜ける声と共に教室に入って来た女性は、初めて見る顔だった。

 先端が軽くウェーブのかかった、ルビーのように深い紅色の髪をそのままに流している。華やいだ雰囲気、陽気な声からも分かる通り、快活そうな女性だ。

 女性にしては身長も高く、それも年齢の割には出る所と引っ込んでいる所もはっきりしているモデルのような体型。

 そんな相手が、まるで勝手の知った我が家のようになんの躊躇いも感じさせずに入って来た。



 だが、知らないのも仕方がないだろう。


 何せ相手は同学年じゃない。

 同学年なら、隣のクラスの人間も含めて全員の顔は覚えている。

 それに、それなりの回数パーティーに出席はしているが、各貴族の大まかな傾向は把握できているし、大半が代わり映えのしない似た者ばかりなせいで、近頃は敬遠気味になっていたのだから。



 あと数年で後を継ぐような人間や優秀といった類の噂が流れている人間を除けば、同年代の人間はそこまで重要視していなかった。まだそれら全ての人間と顔合わせが出来たわけではないが、互いの立場等から顔合わせ自体がほぼ不可能な相手も少なからずいるから、切り上げたという理由もあった。

 ともあれ、相手は制服を着ているという事は他学年。二年生か三年生かまでは分からないが、大人びた雰囲気は同学年の少女では到底出せまい。

そして、クラスの視線が自分に向いているのも理解している。



 行軍訓練以降、詳細は知らなくても結果としてイザークがナーシェを下したのだと、専らの評判だった。

 ナーシェの派閥の大半はイザークの陣営へ鞍替えし、それが出来ない程深く関わざるを得ない人間の肩身はとても狭く、目立たないよう教室の隅でひっそりと生きている。



 結果として、クラスのリーダーはイザークというのが暗黙の了解だった。

 そんな面倒なものはリヴィアに押し付けようとしたが本人は頑として首を縦には振らず、仕方なく交換条件として、こちらもまた難儀はしたが、本人も言いくるめてゴブリンロードを一人で倒したということにしておいたので、それはそれでリヴィアも評判にはなっていたが。



「失礼ですが、どなたですか?」



 だから人の話を聞かないであろう雰囲気の、今すぐにでも他人に投げ出したくなるような、面倒そうな人間の相手もまたイザークの仕事なのだ。



「ふむふむ、キミがイザークくんか……」



 わざわざ自己紹介するまでもないと言うことだろう。

 クラス内の反応と、自分の対応だけでそこまで見抜かれた。

 それだけでも事前の情報収集を行い、かつそれなりに頭がキレる人間だというのが理解できる。



 とはいえ、此方の言葉を完全に無視するあたり、やはり面倒そうな相手だという疑念も深まったが。



「もし先日の件を深く知りたいなら、自分よりもあそこにいる彼女に聞いた方が良いですよ。なんせゴブリンロードを倒したのも彼女ですから」

「お前は……」

「…………」



 だからスケープゴートよろしくリヴィアに丸投げしようとし、しかし相手は呆れた声を出すリヴィアに反応さえすることなく、まだ値踏みするかのような視線で全身をくまなく見ている。

 相手が並程度の人間ならば気にも留めないが、まるで全てを見透かすような目で見られれば、さすがにいい気はしない。



「ふーん、なるほどね……」



 そして得心がいったのか、今になってようやく視線が交わった。



「うん、キミは中々いいね」

「……何の事でしょうか?」

「いや、雰囲気って言うのかな。なんだか、そこらの人間にはないような不思議なものを感じちゃう。ねえ、ちょっと二人きりでお姉さんとお話しない?」

「…………」

「なっ!?」



 リヴィアが驚きの声をあげているが、そんなことに構っていられない。

 突然の来訪は奇襲を行う軍略家のそれ。意味深な言い回しで本心を見せず、考える間もないほど速い展開は、一方的に相手のペースに呑みこむのに一役買っている。



 こういう相手は覚えがある。

 まるであの人そっくりではないか。

 形だけは支配下にあり、ある程度自分の言う事は聞いてくれるものの、主導権を握らせずに飄々と自分を掴ませない捉えどころのない女性。

 本当に望んだものは必ず手に入れ、自分の意を通す人間。自分に見せている性格が本当に本性なのか演技なのか。それが分からず、疑わせることそのものが狙い通りなのだと分かっていても疑わざるを得ないような相手。



 些細なやりとりでさえ肝心な時には未だに手玉に取られ、勝った事のない人間。

 正直言えばそんなターニャの影がちらつくせいで、初対面なのに苦手意識が拭えない。



「不思議、と言われても、僕はどこにでもいる人間と変わりませんよ。傷つけば赤い血を流し、貴族という身分を失えばどこにでもいる市井の一角にすぎない、ただの人間です」



「へえ、そう……」



 にこにこと、まるで全てを見透かし、此方の無駄な抵抗を愉しんでいるような笑みは先の一言で深くなる。

 それは作り笑いなどではなく、あまりにもおもしろかったから堪え切れなかったとばかりに零れた笑み。



「今日はやらなければならない事が多くてあまり時間がありません。申し訳ないですが、僕はこれで」



 その表情を見てどうにも嫌な予感がし、話を切り上げる。

 体勢を立て直す意味でも、時間を作って情報収集をするためにも、今は逃げる事が最良だろう。だがやはりと言うべきか、そんな思考を読んだかのように先手を打ってきたのは相手だった。



 そっと顔を近づけて、耳元で囁く。



「ああ、私、ターニャさんと知り合いである程度はキミの事も聞いているから、隠しても無駄よ」

「…………」



 思わずジト目になって睨みつけたイザークだが、そんなものはどこ吹く風。

 いつ情報を交換したのか、といったことを始めとし、色々と聞きたい事はある。しかし相手もまるで此方のアクションを待つかのように、相変わらずの笑顔を作っている。



 この相手は、知っていながら自分の抵抗を見ていたのだ。それはなんと言うか本当に――



「……随分と良い性格ですね」



「あら、ありがと。自分で言うのもなんだけど、実際クラスでも人気はあるから事実だしね」



 おまけに嫌味もあっさりと笑顔で受け流される。

 ホント、自分で言うのもあれだろう。

 全部理解した上でこのセリフなのだ。ああ、やはりこの女性を相手にしていては苦手意識が刺激されてしまう。



「……ほんと、良い性格ですね」

「キミもね」



 先程と同じ言葉を、先程以上の皮肉を込めて呟くも、やはりというかそれに関しては笑顔で返される。

 なるほど。

 この女性は地雷だ。

 既に踏みぬいてしまった感は拭えないが、今からでも距離を置く事にしよう。と、いきたいのは山々だが、問題はどこまで知っているかだ。



 そもそもターニャ自身、自分が掴んでいる全ての情報を流すような人ではない。 いざという時、交渉のためのカードとして重要な情報の一つや二つは表にせずに隠しているはず。

 ましてターニャにさえ全てを知られているなどと考えられないし、考えたくもない。



 これをどこまで知っているかで、此方の取るべき対応も変わってくる。



「ね、だからこれから親交を深めにデートしない?」



 どう切り込むか考えあぐねているところで向こうから提案があった。

 ああ、それにしても全部理解した上でこの提案は本当に性格が悪い。

 その一言に、教室内の女子はきゃーという黄色い悲鳴と、上級生は進んでいるなんてひそひそ話が。たった一人の例外的な女子からは、なぜだか手を置いている机から壊れていないことが不思議なくらいの軋む音が聞こえてくる。

 だがこの提案は、そんな温いものではない。

 こちらが不利だと認識していることくらい十分に理解しておきながらも、心情的には探りたいという弱みを的確に突いてきている。



 本来、こういった事は女から誘うような事はない。

 女は男から気に入られるようアピールし、男が誘うというのが常識だからだ。

 どうにも目の前の女性は、そう言った事に無頓着なのだろう。それとも、自分のペースで事を進めようとするための策の一手か。



 どちらかと言うと前者だろうが、後者の意味も理解した上で前者をとっているイメージがある。そして、この手の人間の提案に乗った所で良い事はないという予感がひしひしとする。



「……本当に急な話だから残念です。生憎、今は手持ちのお金が少々不安ですので。また今度でしたらお付き合いしますが?」



 他の人間の興味を引いてしまった以上、半端な断り方は許されない。

 この時点で既に、退路を塞がれたのだ。ならば次善策としての時間稼ぎに走った提案しか許されない。



「あら、それなら安心していいわ。今は私、それなりに持ってるからお姉さんがごちそうしてあげちゃう」



 とりあえず断る、なんて選択はやはり予想済みだろう。



「女性に奢らせるなんて貴族にはあるまじき行いですね。ええ、僕自身のプライドのためにも、お断りさせて頂きます」

「あら、それじゃあ女性のお誘いを断るのは、紳士としてどうなのかしら?」

「比較して、奢らせるなどといった行為の方を重く見たわけです。また今度、日を改めてお付き合いさせてほしいですね」



 お互い探り合うという目的は一致していようと、準備をしてきた相手と奇襲を受けた此方では分が悪い。

 何が何でも一度仕切り直しといきたいのが本音だ。

 そしてできた時間で情報収集を行う。



「なら、キミの家まで付き合うわ。そこでお金を受け取ってから行きましょう」



 だが、そうは問屋が卸さない。

 逃がす気はない。これはそういうことだ。



「言ったはずですよ。時間がありません」

「もう、往生際が悪いわよ」



 やはりこの程度の言い訳などお見通しということだろう。



「往生するには早いと思っているので仕方がないですね」

「ふふ、ほんと生意気ね」



 口調とは裏腹に、嬉しそうに微笑む。

 その笑みだけは、自然と普段の作った笑みとは違うとイザークが悟るに充分なものだった。

 だがその瞬間、バキッ! と、盛大に何かが壊れる音がした。

 横から感じる威圧感の強さに、そちらを向いてはいけないと本能が警鐘を鳴らす。



「イザークは断っているみたいですが。先輩、彼自身迷惑なようですし、そろそろお引き取り願えませんか?」



 感情をすぐ表に出すあのリヴィアが感情を抑え、淡々と言う様はさすがのイザークでさえ底冷えさせる何かを感じさせるには充分だった。



「あら、せっかく人が楽しくお喋りしてるっていうのに無粋ね。話の内容を理解できてないお子様は帰りなさい」



 だというのに、なぜこの人はこうも平然と流せるのか。



「人が嫌がっているのに無理やり付き合わせるのは間違っていると言っているんです」

「彼は嫌がってないわ。ただそんなフリをしているだけ。それが分からないから、あなたは女じゃなくて少女なのよ。どうせ相手にされなくて寂しいんでしょう?」

「なっ……ち、違う! そんなことはない!!」



 しかし役者が違う。



 この女性を相手に、リヴィアは口では勝てない。

 ではどうするか。リヴィアがこの女性に勝てるとすれば一つで、そうなれば面倒事はもっと大きくなる。

 とりあえず、これ以上火に油を注ぎ続ける真似はマズイ。

 この二人をそのままにしておけば、極限まで溜まった怒りがなぜか理不尽にも自分に向く。それだけは充分に察せられた。



「分かりました。先輩、行きましょう」

「あら」

「なっ!?」



 だから強引に元凶である先輩の手を引っ張って駆け足で連れだす。



「ま、待て、イザーク!!」



 背後から聞こえたリヴィアの怒声が、エコーを伴っていつまでも繰り返し響いていた。


このままだと次話はこの作品の一話分の最大文字数を大幅に更新してしまいそうな感じに・・・

正直二分割(してもかなり多め)したいですが、切りどころがなさそうなので多分一話で投稿することになりそうです。


と言うわけで、投稿遅らせます。。。

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