暗殺任務5
一部の執筆と推敲を寝ぼけ頭で書いたので、正直後になって読み返すのが怖かったり^^;
ロザンがピンチに陥ることなどない。今回の膠着状態でさえ異例の事態と言っても良い。そしてその隙を突くかのように登場したのは、黒衣に身を包む八人の暗殺者だった。
三つ巴でありながら、しかし利害関係から実質1対1と変わらない状況。
なにせ、出現した暗殺者とベルガ達の目的は同じなのだから。
だから、先の一言だけでベルガとクレスタは一瞬で全てを、そしてそれより一拍遅れてロザンやその部下は上辺だけながらある程度察した。
「援護するぜ、そこの兄さん」
暗殺者のリーダーらしき男がそう言い放ち――
「――なんてな」
暗殺者は、アベルは呟く。
そう、先の言葉はあくまでロザン達をたとえ僅かでも混乱させるためのポーズに過ぎない。
ベルガとクレスタは、顔が見えなくても声で気付いた。
だからこそ、その意味も。
思考の空隙を穿つように、アベルに注意が向いていた隙にクレスタが素早く懐から取り出したのは、掌に収まる程度の黒い玉。それを先頭に立つ騎士の少し前にある地面へ向けて強く叩きつけると、そこを中心におおよそ三メートル四方を包み込む煙が噴出した。
その煙に紛れ、ベルガとクレスタは即座に転身。背後にいる、動揺著しい先頭に立っていたロザンの部下を踏み台に続く騎士達を跳び越え、包囲を脱する。
アベル達もまた、ロザンとその部下に屋上から牽制の飛び道具を放ちながらベルガと並走する。
もはや散発的に出現する騎士はベルガの敵ではない。
足を止めて斬り結ぶまでもなく一瞬の交錯で斬り捨て、アベルやクレスタの妨害もあって後続が追いつく間もなく、いつしか八人と二人は一丸となって城壁を登り、その反対側へと姿を消す。
「…………な、あ、馬を回せ! 追跡するぞ!!」
そのあまりの身体能力に思わず呆気にとられていたが、城壁を乗り越え、姿が消えた時、弾かれたようにロザン配下の将が即座に命令を下す。
伝令が走り、馬を率いて戻ってくる。
追跡部隊である騎兵は総勢三十騎。時間をかければかける程にこの数は増し、索敵範囲も広がる。つまり最悪、その三十騎は足止めでも良い。
「よせ」
だが、それを制止したは他ならぬロザンであった。
「並の兵士では分が悪い。良くて数人を倒せると言ったところか。しかしその代償は、こちらの全滅だ」
「ならばこそ、閣下の命を狙った連中には示さねばなりませぬ! それにあれほどの手練を数人倒せるのならば、決して損ではありますまい」
だが、それで退く程彼の決意も甘くない。
全滅してでも見せしめのために、相討ち覚悟で逆襲する。
敬愛する主君を襲った。それだけでも万死に値する行為だ。それにそういった姿勢を見せておかねば、それこそ暗殺者は増す一方だ。
まして自身の部下達は、そして何より自分自身が並ではない。多くは小競り合いとは言え、ロザンに付き従って既に十を超える戦場を共にし、武勲も立てた。そこらの雑兵などそれこそ当然のように蹴散らしてきたのだから、いくら相手が精鋭とはいえ簡単には遅れをとらない。
「ならば森に入るまでだ。そこまでいけば、見逃せ」
暗殺者が騎兵を相手に、なんの遮蔽物もない平地を逃げ続けるとは思えない。
ならばこそ、身を隠せる森へ入るだろう。そしてあの身体能力や武器の扱いでは、森へ入られれば騎士の身に余る。
そういう判断の下での命令。
「はっ! 感謝いたします!」
それ以上はやりとりの時間も惜しいとばかりに、自身もまた部下が率いてきた馬に騎乗し、最低限の兵装を整えて追撃部隊を率いる。
だがしかし、忠義に目を曇らせ、直接剣を交える事を避け、逃走を是とする暗殺者風情だと内心で侮った彼は、ロザンの言っている言葉を額面通りにしか受け取らなかった。
「私がここまで心躍った相手は久方ぶりだ。キミ達にまだ私に挑む気概が残っていると言うのなら、もう一戦交えてみたいものだな。が、まだ足りぬ。経験が、幾度となく死を超えた者にしか届かぬ領域には、まだな。故に、もう一化けするのを期待しているよ」
向けた相手に届く事など期待していない言葉は、追跡のための慌ただしい騒音に掻き消された。
追跡部隊の将である彼は、ロザンの命を聞いていなかった。いや、聞いてはいたが、それを意図的に無視したのだ。だからこそ、彼は後ろめたさから深く考える事を放棄した。
彼にとって、そしてこの街に住む人間にとって守護の象徴であり希望でもあるロザンを襲ったと言うのは許せない。
彼自身、代々公爵家に仕えてきた家柄という誇りが、このまま暗殺者を見逃すわけにはいかないのだと吼える。
だからこそ誰よりも早く騎兵を率いて追跡し、およそ一キロ先で暗殺者が森へと入り込むのを確認する。たしかに、あの身体能力は脅威だろう。しかし彼らは、特にあの二人は大きな疲労が溜まっているはずだ。ならば今の内、少なくとも僅かな時間とはいえ閣下と渡り合ったあの男だけでも殺す。
あれは危険だと、そう本能の告げるがままに森へと突入した。
――もし彼がロザンの言った損耗率はあくまで平野部に限った話であり、森へ入られた場合は撤退を指示した意味を本当の意味で理解していたなら、この追跡はなかったのかもしれない。
森の木々が邪魔で動きが鈍る。が、それがどうした。訓練の一環で、あの森を騎乗して駆けた事だって何度もある。多少は遅くなっても、追いつけるだろう。
彼が経験則から弾きだした答え、そして答えに至るその思考は間違っていない。
だが、彼は気付かない。
あの身体能力を見ていながら、木々に遮られ、得物の差で多少の不利になろうと、数、疲労、戦闘経験。それらの要素から負けはしないと考えている彼には。
森こそが、本当の意味で孤児達が得意とするフィールドであることを。
人目をはばかることなく訓練出来る森は、イザークや孤児達が好んだ環境である事を知らない。
小回りの利かない騎兵が、木から木へと飛び移る程に身軽な暗殺者に勝てる道理などないと言う事を――
最後尾の騎士の頭上、木の枝から飛び降りてきた一人の孤児が見事馬上に飛び乗り、騎手の背後から口元を押さえ、首元を切り裂く。
そのまま馬を奪い、声もなく死んだ騎士に気付かぬまま新しく最後尾となった者に接近し、一閃。首元を切り裂かれ、落馬した音には各々の焦りと馬蹄の音で気付かない。
そうやって五人。
ようやく、六人目が背後の不穏な気配に気づき、後ろを見やる。
「て――」
そして叫ぼうとした時には投げられた短刀が喉元を切り裂き、彼は反射的に喉元を抑える。しかし噴き出る血を止める事は叶わず、落馬した拍子に首を折って息絶えた。が、彼があげた最後の声に気付いた人間が後ろを確認。
「敵襲だ!」
全軍へと伝えて馬の足を止める。
後衛にいた人間から次々と馬の足を止めるも、それが仇となった。馬を奪っていた孤児が最後に馬の尻を軽くナイフで切り裂く。そして馬の背から跳躍し、手近な木の枝を掴んで半回転。
木の枝の上で足を着き、華麗にこの場から離脱する。
「ぐあっ!?」
混乱し、加速した馬は急遽足を止めた前の馬に突撃し、先に放り出された騎士の上に倒れる。騎士は口から血を吐き、痙攣するだけで他の反応は何もなかった。
「くっ、おのれッ! 追――いや、全員集まれ!」
敵にいいようにされ、熱した頭で、しかし彼はまだ冷静であった。
先の一幕。
いかにも暗殺者が好みそうなヒットアンドアウェイだ。ならばここで後を追った所で、再びなんらかの罠や奇襲が待ち受けているだろう。それに何より、向こう側へ逃げたと言う事は結局合流のために引き返すと言う事。
自分達を迂回するにせよ何にせよ、多少なりとも相手に何よりも貴重な時間を浪費させる事が出来る。
この勝負では、お互いに時が重要だった。
暗殺者を逃がさないよう、最低でも足止めをする騎士。これは時間が経てば経つ程、増援が来る可能性があるからだ。そしてやはり、疲労しきった二人を逃がすために先遣隊の足を止め、時間を稼ごうとする暗殺者といった構造だ。
それに後方から順に止まったため、部隊の先頭と最後尾ではだいぶ距離が離されていた。
たしかに、ここで彼の考えは正しかった。
素直に追えばやはりそこに罠はあった。が、その判断は間違いであった。いや、そもそも、森に入った時点で彼はあまりに致命的なミスを犯していたと言う事を、彼は続けて思い知らされることとなった。
微かな風切り音が聞こえてきたのはその時だった。
「っ!?」「ぎゃあっ!」
苦痛に呻く声や悲鳴が上がる。
今度は何事かと注意を向けようとし、しかし視界の端から飛来してきた物体を捉え、反射的に槍で弾き落とす。
「…………これは?」
一瞬だけそれに目をやり、しかし絶え間なくそれが襲いかかってきているために再び周囲を警戒する。
それは、この世界では馴染みのないものだ。
円形の薄い鉄の板だが、合計八の棘が鎌のように曲がりながら円を描いていた。
それはイザークの前世の知識にあった手裏剣と言われる武具の一つだ。
一つ一つが薄いために大量に持ち歩け、なお且つ魔物相手に効果は薄くとも、殺す事ではなく傷つける事に主眼を置いて戦闘能力を激減させるという目的の為ならば、対人戦において無類の効力を発揮する。
イザークがアベルを護衛任務に推したのは、これがあるからだ。
手裏剣の扱いにおいて、アベルが孤児達の中で最も秀でていた。
片手に三枚ずつ、計六枚をもち、少しずつタイミングをずらしながら投げる事で、複数の敵へ同時に飛翔する。その際、手首のスナップを利かせる事で真っ直ぐではなく、様々な角度から飛来するようになる。それはまるで、受ける側は多人数を相手にしているかのような錯覚を覚えるほどだ。
近接戦闘で最強クラスのベルガが手こずるというのなら、中・遠距離からの援護がいる。
が、弓では到達距離までに時間がかかりすぎ、未来を予測する程の観察眼を持つ射手でなければ却って足手まといになりかねない。
さすがに、孤児の中にそれほどの弓の使い手はいなかった。また、基本的にはまっすぐにしか飛ばない弓ではロザン相手には効果が薄い。
それにあくまでベルガはクレスタの護衛でありサポートなのだ。暗殺が失敗した際の撤退を補助するのが主な目的でしかない。しかし最初からアベルたちをその枠の中に組み込んでしまえば、それこそベルガは無理をして彼らまで守ろうとしてしまうだろう。
そうなってしまえば、最悪その身を犠牲にして逃がそうとする。しかし別にしてしまえば、ベルガはクレスタ一人を守ることに専心でき、何より指揮系統を分けることでベルガの意思が別働隊には反映はされなくなる。
それは、ベルガを失うわけにはいかないイザークなりの配慮だった。
尤も、あの警戒態勢の中では安易にベルガ達へ接近する事自体が不可能だったため、相手に動きがあり、それを確認してから移動を開始したせいで一歩間違えれば間に合わない結果にもなりかねなかったが。
ただ正直なところ、これはあまりにも目立ち過ぎる。
何せ今まで存在しなかった珍しい物を持ち歩いてしまえば嫌でも注意を引くし、もし裏の世界限定とは言え露見してしまえば敵には自分が裏方の仕事に従事する人間と公言しているに等しい。故に、イザークはこれの使用を限定した。
一つは自分、もしくは仲間の命が危機に瀕した時。
そしてもう一つ。
確実に敵を皆殺しにし、回収出来る時。
それは風を切り、木々の合間を縫って横、或いは背後から弧を描いて飛来する。
腕に、目に、足に。防ぎきれなかったものが突き刺さり、急速に戦闘能力を激減させていく。中には不運にも首に受けて死んだものもいた。
「突破する! 私に続け!」
彼の判断は迅速だった。
円陣を組む事も出来たが、暗殺者の目的は逃げ切る事であり、足止めだ。それに、変幻自在の相手を前にこのまま後手に回るのはマズイと判断したのだ。
それと同時に、彼には勝算があった。
今もまた、この不可思議な武器を使う相手に距離を詰めようとすれば、すぐに相手は木を巧みに利用し、此方の攻撃が届かない高みから攻撃してくるだろう。
だが、この先へ行けばそうはいかない。
何度かの訓練で、この国では特別珍しいものでもないが、木としては少々変わった枝のない木があると彼は知っていた。ここと違ってそれほど薄暗いわけでもないので、効果も半減する。
しかし同時に、敵もまた事前の調査でこの森を知っている事を彼は知らなかった。
必殺を期した暗殺任務として真っ先に街へ入ったベルガと違い、護衛を目的としてこの街へ赴いたアベル達は、退路の確保としてこの森を偵察していたのだということを。
この時、彼の頭には暗殺者だと侮る事をやめていた。だが、幾ら善戦しようとも数に勝る完全武装の騎士を相手に本格的に戦うといった選択肢などあるはずがないと、やはりどこかで侮っていたのだ。
それは、言葉を交わす事どころか碌に姿さえ見せようとしない異質な相手に対する嘲り。そして、自身が決して認めようとしない根底から湧きおこる恐怖からくるものだった。
ついに森の風景が変わる。
もはや地を這うしか、彼らの道はない。
その身軽さを生かす機会は失われ、もはや道具に頼った奇怪な攻撃もそれほどのバリエーションはないとふんでいた。
あの飛来する薄い鉄の板も殺傷力自体は低く、何より速度がそれほどでもない。恐れずに動きまわれば自ずと的を外れるだろう。
何より、僅か数百メートル先にベルガとクレスタの姿を見かけて彼は内心で歓喜した。
この段階に至って尚背を向けて逃げる姿は、もはや彼らに一軍を相手に戦う余力が残っていない証拠。
「突撃せよッ!!」
部下に続けと喊声を上げて馬に鞭を入れ、見る間にその距離を詰めて行く。
槍を構え、いつでも突ける状態をキープし、十秒もしない内にその槍が背を向ける暗殺者に届こうと言う時。彼はその身に僅かな抵抗を覚えた。
そして、あまりにも見馴れないおかしな光景に一瞬だけ我を忘れ、少ししてようやくなぜだか天地が逆さにひっくり返っているのだと気付く。
「――――ぁ」
言葉は形にならない。
それが、彼が最後に見た光景。自らの失策にも自身が死んだ事にさえ気付くことなく、彼はあまりにもあっけなく息絶えた。
馬に乗る事で常人より倍近く高い位置にいる騎兵だからこそ引っかかる高さに設置してあるのはランク3級相当の魔物、ジャイアントスパイダーの糸で編まれた鋼糸が『コの字』形に張り巡らされていた。
細く、しかし頑丈なその糸はそのままでも数百キロの重りをも容易に吊るす事が出来る。
たとえ横からの衝撃に弱くとも、刃物ではなく人体程度ならばその力に負ける程弱くはない。
結果、刃物のような鋭さを以って容易に人体へ食い込み、その首を撥ね飛ばした。
彼に続いていた騎兵が合計五人。
急に止まれるわけもなく、何が起こっているのかさえ理解できないまま続けざまに首を飛ばされ、死んでいく。
そこから更に続けて三人。止まれないと判断したが故に、止まるのではなく横に逃げようとした騎士もまた、同じ運命をたどった。
そこでようやく止まった後続の視線の先、いつの間にか足を止めていたあの剣士が何もないはずの宙を一閃。
それはやはり同様に、ここからでは見えないだけで糸の類を切ったのだとすぐに理解出来た。その直後に頭上から複数の石が落ちてきたのだから、そんな事はバカでも分かる。
幸いヘルムもあったため、軽い脳震盪を起こしている者もいるが致命傷には遠い。
しかし、混乱と落下物を避けるため各自が動き、隊形が乱れ、完全に頭上に気をとられていた時――
イザークはこの光景を初めてみた時、まるで竹林だと歓喜した。それは前世の名残を残す数少ない物を懐かしむ気持ちもあったし、それを利用した技も増えたからだ。
無論正式な名称は違うし、叩き割った中は空洞だが、その中に大量の水を含んでいるといった点など、生態系も違う。
だが、やりたい事が出来る、と言う一点において、これは間違いなくイザークが期待した物だったのだから。
――今度は地面が盛り上がった。
それは声、動作の一つ一つから生じる振動を感じ取り、位置を把握する。そして間合いに入った瞬間、土の下から姿を現したのは、三人の孤児。
――それは、別の世界で土遁の術と呼ばれていたもの。
孤児達のスパイのモデルとしてイザークは前世の知識を元に、諜報戦が活発となった近代戦争に主眼を置いた。
無論、古来より情報を重要視する風潮は特に軍師や名のある君主の間にあったし、現世での文化水準と比較すればそれこそ中世並だ。少なくとも銃火器がない以上、補給の概念を疎かにするつもりはないが近代戦ほど重要ではない。
であれば、それこそ時代に見合った物をモデルにするべきなのかもしれない。
だが兵の数、質、共に限界がある以上、後は情報を武器にするしかない。それにたとえ此方が兵の面で有利だとしても情報を最重要視しただろう。
勝ったが全滅に近い損害を受けたのでは話にならない。ただでさえ戦争と乱獲によって数を減らし、人間と比べて出産数が少ない亜人種の犠牲を一人でも減らすためにはやはり万全を尽くさなければならないし、そのためには他の人間が軽視しがちで、しかし重要な部分で秀でていなければならない。
故に、いかに相手から情報を得てそれを持ち帰るか。
極論ではあるが、肉体的な戦闘能力はなくとも全ての状況を打開する頭脳があれば良い、という考えだ。
疑われなければ、失敗しなければ他を圧倒する身体能力は必要ない。だがしかし、やはり理想は理想であって、現実的にはそれで全て上手くいくとも思っていない。
そもそも碌に法が整備されておらず、人間より魔物の方が強いこの世界だ。チンピラとのつまらないいざこざや移動中に山賊や魔物の類に襲われ、死んだのでは元も子もない。
それに向き不向きもあれば、今回のように純粋な戦闘能力が求められる場合も間違いなくあるのだから。
だからこそ、仕方なくとは言え相応の戦闘能力も鍛えさせた。
そして戦闘面のモデルの一つに忍者も含まれている。
忍者もスパイだ。そこに伝えられているのはスパイとして必要な事であり、しかもこの世界にはない独自の発展を遂げた貴重な知識。初見である相手の意表を突き、だと言うのに合理から外れた奇を衒うわけでもない。そこには確かな合理性に裏付けされているのだ。ならば畢竟、これを使わない手はない。
掘り返した直後に見られる土の色の差を気付かれないよう葉を散らす事で隠し、魔物の仕業に見せかけた倒木も配置。騎馬に踏まれないよう位置取りを綿密に計算し、振動から最適なタイミングを判断。
種が割れてしまえば簡単で致命的な隙を晒してしまうが、そんな知識もなければダメ押しとばかりに頭上や空中ばかりを気にさせられていた彼らにそれが気付けるはずなどない。
土の下から姿を現わし、近くにいた騎乗している騎士の首を短刀で突き、呆気にとられ、或いは驚きから硬直している隙をついて更にもう一撃。
二人殺した後でようやく対応を始めるが、もう遅い。
慌てて、辛うじて攻撃の形になっているだけの一撃など容易く避け、更にもう一人を殺す。その後で大きく跳び退り際、置き土産とばかりにナイフを投げて更にもう一人。
「ひっ、うわああああああああ!!」
ついに刃を交えることさえほとんどないままに、一方的に味方が減っていくという恐怖に堪え切れなくなった騎士の一人が悲鳴をあげ、勝手に撤退を開始する。そうなれば、あとはなし崩し的に誰もが我先にと勝手に撤退を開始した。将を失い、数でさえ大幅に下回ってしまった騎士に戦意などあるはずもない。
獲物を追っていたと思っていたら、気付けば狩られる側へと回っていたのだと、敵のキルゾーンに踏み込んだと今更気付いた所でもう遅い。
ここは自分達の墓場なのだと理解しようと、もはやどうする事も出来ないのだから。
彼らの知る暗殺者とはあまりにもかけ離れた異端者だからこそ、孤児の方も情報を持ち帰らせるわけにはいかない。
唯一鋼糸が張られてないと確信出来る、今まで通った道をそのままに引き返す事は即ち、撤退の道が分かっていると言う事。そして無論、そこを空けておく理由はない。
退路を塞ぐのはアベル。
幾ら相手が強くとも、今この状況においては歩兵と騎兵。ならば突破は可能だと結論づけたのだろう。一か八かで引き返し、残った三人だけで突破を狙う。この際最悪、一人二人の犠牲は仕方がないと。
「ハッ、甘えよ間抜けが」
しかし返って来たのは嘲笑。
その言葉と共に投げられた手裏剣は悉くが馬の脚に的中し、馬は膝を折って地面を滑るように倒れ、騎士は三人揃って投げ出される。
一人は満足に受け身をとれずに首を折り、次の一人は落下の衝撃に呻き、立ち上がる間もなくナイフを突き立てられ死亡。最後に残った一人でさえ、その隙に立ちあがったものの無傷ではない。
右腕は本来曲がらない方向へ曲がっていたし、その表情は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている。
もはや剣を握っているだけで精一杯で、震えるからだがガチャガチャと鎧を鳴らす。
「お前で最後だ」
その言葉が引き金となった。
「……う、うわああああぁぁぁぁっ!!」
騎士が絶望の悲鳴をあげながら突貫し、初めて剣を振る子供のような稚拙さで、我武者羅に振ったものが当たるはずもない。
「終わりだ」
そして容赦なく、他の大勢の騎士と同様に鎧の隙間にある急所を一突きし、殺した。
「お前達は、この後どうするんだ?」
全ての敵を倒し、手裏剣や鋼糸を回収し終えた後で、アベルはベルガとクレスタに訪ねる。
数人は後方を中心として周囲を警戒しているが、今のところ敵襲の知らせは入っていない。
「…………私たちは王都に……イザークに会うわ。ロザン公爵に対して知り得た事を全部伝えなければいけない。あれは、手紙で伝え切れるものではないから。……それと、全員にロザンとは可能な限り接触しないよう伝達の徹底を頼める? あの人はあまりに危険人物だから……」
「……あー、まあそれだけは確かにな。正直言って、あの距離で対峙するだけでもヤバかった。分かった、伝達の方は任せとけ。さすがに別の領地にはなるが、近くの拠点で全員に通達させとく。俺たちはあいつらに対して顔が割れてないから比較的簡単に動き回れるしな」
アベルは思い出し、身を震わせる。
それと同時、曲がりなりにもアレと一戦交えて生き残っているベルガを言葉に出さずとも内心で称賛する。
そしてだからこそ、いつも以上に口数の少ないベルガの様子を敏感に悟っていた。少なくともすぐには以前のように戦えないかもしれない。が、その辺りのケアもまた、イザークがするだろう。
「それじゃ元気でな」
「……ええ」
「うむ」
別れのあいさつも再会を期した言葉も、既にあの日に済ませてある。
だからお互い、余計な言葉はいらない。
ここから先、一先ず隣国へと逃げ込むベルガ達と違い、自分達は隣の街を目指す事になる。
そこでベルガ達の警告を伝えた後こそが、自分達にとっての本番だった――
これで暗殺任務編は終了。
また学園編に戻ります。
正直一兵士視点で進めるべきとかいろいろ迷いましたが、どれもしっくりこないままに微妙な出来になった気がします・・・
ま、まあ多分大丈夫でしょう(願望9割)
次話も今から予約投稿しておくので、また二週間後をお楽しみに^^




