幕間
あの誓約魔法の重大性をイザークは知らないだろう。
エルフ族にのみ伝わる、生涯添い遂げると誓った男女だけが交わす重大な儀式。
自分は貴方を決して後悔させないと、裏切らないという誓い。
いつか、成人してから交わす事になるだろうとその日を夢見ていたから、まさかこんな年齢で交わす事になるとは思わなかったが、今日の選択は過ちではないだろう予感がある。
ただ、後悔しない自信はあるが、早まったという想いは多分にある。
この儀式の事を知られていないと思ったからこそやったのではあるが、知られていれば顔もロクに見れない日々を過ごすだろう。
その事ばかり考えていたせいか、気付かぬうちに指は自然と自分の唇をなぞる。
「〰〰〰〰っ!!」
思い起こされる熱く、柔らかい感触。痛いくらいに激しく高鳴る心臓の音。先程の事をより詳細に思い出して思わず叫びたくなるのを必死で抑える。
これは、どの道しばらくまっすぐに顔を見れないのではないかと思うも後の祭り。
いや、あの場ではそれが最善だと思ったし、今も後悔はしていないのだからきっと同じ事を繰り返しただろうが。
力強い、覚悟を秘めた瞳。
嘘偽りない真っ直ぐな言葉。
そして、何もせずとも総てが手に入る恵まれた立場でありながら赤の他人のためにそれらを捨て、命懸けの恐怖に震えながらも打ち勝った強い心。
想像も絶する困難な道のりになるはずなのは分かっているはずだ。
自分と変わらない年齢で、どうしてあれほど強く在れるのか。
分からないがそんな姿を見せられ、あれほど真摯に紡がれた言葉を聞き、自分の為に闘ってくれる人をただ何もせずに見ているだけなど、そんな自分を到底許せるはずもない。
だからせめて一緒にいよう。
少しでも力になる。
もし彼が道半ばで死ぬとしても、一人じゃ死なせない。
その時は自分も一緒に、笑って死のう。
彼の覚悟は間違っていなかったのだと。
彼の決意は尊いものなのだと。
それを、全ての人間と、そして彼自身に伝えるために。
そう誓い、温かい気持ちに包まれながら、気付けば奴隷になった日以降初めて深い眠りに就いた。