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異世界における革命軍の創り方  作者: 吉本ヒロ
3章 12歳、学園編
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密会

いきなり手紙で始まりますが、夜に手紙を送られた彼のことではありませんのでw


 送り人不明の手紙が送られてきたのは昨日の事だ。


 手紙なんてものは字が書けなければ当然ながら書けないのだから、それだけで一定の教養を持った人間だという証明にはなる。しかし、教養があるから安心出来るという理論はあまりにも無理がある。


 大なり小なり、この世に恨みを買わない人間などいない。


 どんな聖人君子であれ清廉潔白な人物であれ、悪党からは妬まれ、権力者の目につけば民衆を惑わすとされ、或いは庶民にさえ、単にその生き方が気に入らないと逆恨みされる時だってある。


 ましてこの身は確実に多くの人間の恨みを買っているのだろうから、誘い出されるだけの可能性も考えるべきだった。


 それに教養のある人間ほど、狡猾な罠を仕掛けてくる。


 だが、もしそうならこんな怪しい手紙ではなく、適当な親しい人物の名を挙げて怪しまれないようにするだろう。


 何より、この手紙からはどこか懐かしい匂いがして、丁度明日は暇なのだから構わないかと指定の場所に赴く事にした。





「久しぶりね」



 声を掛けられたのは、指定されていた喫茶店。


 人通りの多いメインストリートに面しているからこそ、ある程度は安心して繰り出したというのもある。


 手紙の時点で分かってはいたが、こんな所を使うのだからそれなりの金銭は持っているのだろう。


 だが、そんな事は気にもならなかった。なにせ数年は会っていないというのに聞いた瞬間すぐに分かったのは、自分が唯一慕っていた懐かしい人だったからだ。



「姉さん!?」



 ただ、まさかこんな時にこんな場所で再会するはめになるとは思わなかったから、らしくもなく声をあげる。


 周囲の耳目を集めてしまったのを察し、すぐに曖昧に笑ってごまかした。





「……姉さんは変わらないわね」



 こんなに急に、それも数年ぶりに会ったと言うのに、声のトーンもフードの下から覗く彼女の美貌も。そして何より彼女の象徴でもあった夜よりも尚暗い、しかしなぜだか不思議な光沢を放つ黒髪も、当時の記憶のまま変わっていない。むしろ、表情は少しいきいきしているようにさえ思える。



「そういう貴女もね。少しは改善したようだし、取り繕うのも上手くはなったみたいだけど本質は相変わらずね。まだまだ退屈そうなところは変わってないわ」


「……敵わないなぁ。今の私なら、まさか一目で見破られるとは思わなかった」


「貴女に全てを教えたのは誰だと思っているのかしら? 私を騙したいなら、私の教えを自分のものに昇華するしかないわよ」


「今はまだ脱皮中。もう少しで、自分なりのやり方が掴めそうな気がするんだけどなあ……」


 はあ、と溜め息を一つ。

 あの頃よりずっと成長しているという自覚があるのに、それでもまだまだ遠いままだなんて独りよがりもいいところだ。


「そう。でも確かに、今の貴女なら簡単に見破る事が出来る人は少ないでしょうから、そこは安心してもいいわね。うん、大きくなったわ」


「もう、やめてよ……」


 普段は本心を見せないくせに、こういう時だけ本心で語るのだから止めてほしい。


 本当に自分も姉も相変わらずで、だからあの時のまま子供扱いされている気がしているというのに、それでもやっぱり照れてしまうのもやめられないのだから。


「それで、何の用なの?」


「あら、懐かしいから再会したい、なんて事はないのかしら?」


 だから話題を変える。

 それを理解していながら乗ってくれる姉が手加減しているのが分かっているから、本気を出させてみたいという欲望が覗く。


「冗談。懐かしい、なんて理由で会いに来る人じゃないでしょ、姉さんは。それも嘘じゃないでしょうけど、理由がなければ会おうとはしないと思うけど?」


「まったく、可愛げがなくなったわね。私の事を姉さん、なんて言ってついて回ってた時期が懐かしいわ」


「小さいころから、可愛げがない子供で有名だったはずだけど?」


「私に対してならあったじゃない。慕ってくれてるのが良く解ったわ」


「……降参。もう、恥ずかしいから昔の話はやめてよね」


 ふふ、と笑う様からはまさに大人の余裕を感じられる。


 子供の頃の話を持ち出されると、さすがに分が悪い。


 子供ながら異質だった。周囲の全てがバカに見えて、故に誰とも解り合えない、なんて思ってたのに、ふとした拍子に知り合って共感を覚えてしまったのだから仕方がないじゃないか。



 ああ、だからこそ、赤の他人であったはずのこの人を未だに姉と呼んでいるのは、今更他の呼び方に変えるのも抵抗があるし、当時の名残もあるのだろうが、やはり今も慕っているというのを悟らせるには充分な原因でもあるのだ。



 その辺りも、理解しているのだろう。


 柔らかい微笑を浮かべたまま、落ち着くまで待ってくれている。


 丁度運ばれてきた紅茶を一口飲み、息を吐く。


 気持ちの切り替えはこれで充分。


 見計らったかのように、目の前の姉は口を開いた。



「貴女の後輩にイザークって言う男の子がいるわ。青臭いのに老獪だったり、情に厚いのに冷酷。芯と言うか、根っこがまだ分からないくらいとてもちぐはぐで、私でさえまだ掴み切れていないの。信じられる? この私が、もう何十……いえ、百時間以上も一緒にすごしていてこのザマなの。そ・れ・に、色々面白そうな秘密を抱え込んでいるわよ。だから、見ていて飽きない子なの。あの子なら、貴女の退屈もなくなると思うわよ?」



「へえ、あの姉さんが……。イザーク……って言うと、侯爵家の後継ぎかしら?」


 たしか今年は侯爵家の跡取りが三人も入学してきて、それなりに騒ぎになったはずだ。


 とはいえ、例外的で風変りな、しかし真面目でつまらなさそうな少女を除けば後は典型的な貴族の跡取りという情報しか流れていなかったはずだから、興味を失くしていたが……。


「ええ、そうね。何を考えているかはまだ分かっていないけど、野心……とは違うわね。野望に近いけど、自分のためではない、と言うべきか……色々なものがぐちゃぐちゃに混ざっている……まあ、そんな感じかしら。なんと、私を買ったのもあの子なのよ、驚いたでしょう? 退屈なら、遊んであげたらどうかしら?」


「へえ……」


 確かに驚いた。


 それも、近年では全くない程に大きな衝撃だ。


 名のある王侯や大商人が望んでも手に入らなかったこの姉が買われたのだから、興味はあったのだ。


 それが、こう言っては何だが、たかだか侯爵家の子息に買われたなど、金銭的にも相手の立場的にも本来はあり得ない。


 だと言うのに、この姉は買われたのだ。それも本人が納得して。


 だとすれば、大金を独自に稼ぎ出すだけの手腕と、何よりこの姉を納得させるだけのものを確かに持っていると言う事だ。


 それだけでも重点的に調べる価値はある。


 まして、それほどまでのその少年の事を高く買っているのだとすれば――



「どうして姉さんは、そんな事を私に教えてくれるのかしら? 私の知ってる姉さんなら、自分で遊びそうな気がするんだけど?」


「あの子、今は王都にいるのに中々私に会いに来てくれないのよ。華が咲く期間は短いと言うのに、こんな美人を放っておいて失礼な話よね。だ・か・ら。これは私からのアプローチなの。しっかりと私の存在をアピールして頂戴ね」


 数年ぶりに会ったのに変わらない美貌。それに、無邪気な村娘のような笑顔で謀略家のような、相反する事を言うのは自分もまた同じだろうに。


 ああ、姉のこんな部分は変わってないのだと思わず苦笑し、掌の上で転がされる事を既に了承してしまっている自分に続けて苦笑する。


 それにしても、この姉の興味を引いてしまった男の子に多少なりとも同情する。

姉は気に入ってはいるようだが、潰れてしまうのならその程度だと割り切る人間だ。


 尤も、それを理解しているからこそ余計な干渉をもらわないよう、本当に必要な時以外は逃げ回っているのかもしれないが。



「うん、そうね。姉さんがそう言うくらいだから私も会ってみるわ。でもいいの? そんなにおいしそうな子ならその子、私が食べちゃうかもしれないわよ?」



 舌で口元を舐める仕草は、夜姫を彷彿させる妖艶な仕草。


 それを見て、妹分の成長を頼もしく思ったのか、やや驚いたように小さく目を見張る。


「ええ、楽しみにしているわ」


 しかし、そんな表情も一瞬だけ。

 すぐにいつものように微笑み、手元にあるカップを口に運ぶ。



 会話はこれで終了と言うことだろう。

 昔話くらいなら付き合ってくれそうな雰囲気でもあるが、この様子ならいずれまた会う機会もあるはずだ。



 数年ぶりと言うにはあまりにも味気ない会話だったが、収穫は大きかった。

 珍しく期待に胸を膨らませている、といった状態だ。何せあの人があそこまで言い、推してきたからにはそれこそ期待外れ、なんてことにだけはならないだろうから。


 それに、変わらない顔を見れただけでも悪くはないものだ。


 珍しく彼女は上機嫌に、それも鼻歌交じりに帰って行った。





次から居残り組やスパイ編に入ります。

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