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異世界における革命軍の創り方  作者: 吉本ヒロ
3章 12歳、学園編
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事後処理


 リヴィアを背負って森を出たイザークが、街道からこちらへと走り、向かってくるシリルとエイグルの姿を発見したのはすぐだった。


 まだかなり距離があるが、もう数分でここまでたどり着くだろう。


 経過した時間から考えれば、どう考えたって早過ぎる。


 恐らくは途中にいた中立の生徒に伝言を頼んだか。


 イザークは背負ったリヴィアをゆっくり地面に下ろした。



「あの二人がいればあとは大丈夫だろ。悪いけど、俺は折り返し地点まで行って知らせてくる」


「…………イザーク? ……お前は何を考えている?」


 訝しむような、何かを危惧するかのような問いに、イザークはいつも通りに答える。


「なにも、と言えば嘘になるけど、物騒な事は考えてないよ」


「一人では危険だ。シリル達も来ている。一緒に行くぞ」


「その体でか? 手、折れている可能性もある。早くちゃんと手当てした方がいい」


 背負った時に、それとなく確認はした。

 特に大きく腫れあがった左腕は、なるべく早くに手当てする必要もある。


「しかし……!」


「大丈夫だよ。ゴブリン達なら何とかなるって証明出来たし、そもそも今、この近辺はゴブリンロードが荒らし回り、倒された直後だ。魔物はいない。帰りは物資を運ぶための馬車に乗って帰ることになるだろうし」


「……なら、せめて約束してほしい。ちゃんと帰ってきてくれ。そして、誰も殺さないと」



 ああ、やはりある程度は読まれていたかと、表情に出さずに苦笑する。


 もっとも、こんな不自然な切り出し方じゃ無理があったと分かってはいたが。



「正直言えば従わざるを得なかった他の奴らはともかく、こんなことを仕出かしたナーシェ本人には責任を追及してやりたいところだけど、見ての通り一人だしな。相手はもう折り返し地点に着いているだろうし、四級の冒険者も護衛についているんだ。貴族らしく口でいかせてもらうよ」



 さて、と。これで保険は掛けた。

 まるで本音を話したように聞こえただろう。


 もしなにかやるなら取り巻きは見逃し、ナーシェ本人だけだと思うだろう。

 その気持ちも考えも、嘘じゃない。


 でもこれだけのことをやってくれたんだ。何もせずに放っておくには危険すぎるし、感情も収まらない。


 それなりに怪しまれるだろうが、一応しらばっくれる自信はある。


「それじゃ、あの二人にはよろしく言っといてくれ。さっさと治療しろよ」


 返事は待たず、リヴィアを置いて街道をゆっくりと走る。

 そして、森が二人の間を遮り、姿が見えなくなってすぐに森へと入って行った。


 戦闘音を聞きつけたのだろう。既に全員がここに集まっていたのは分かっていた。



「必要ないだろうが、保険だ。一人はここに残って、リヴィアの護衛につけ。もし厄介な魔物が近づけば、接近される前に別方向へ誘導しろ。残りは俺についてこい。ナーシェに追いつければ、あとは分かるな」



 返事はないが、ただ静かに頷いたのが伝わる。


 後は時間との勝負だった。










 森を迂回するようなルートの街道に対し、森を抜けて真っ直ぐに走り抜けたイザークは先にゴール地点まで行き、ナーシェ達がゴールしていない事を離れた場所から視認して、街道を戻る。


 取り巻き達が随分と疲弊していたのだろう。

 普通に歩けばとっくにゴールしてもおかしくない時間だというのに、ゴール地点からおよそ二キロも離れた場所で、彼らは休息をとっていた。


 そして、自分達に近づく人間を発見し、そしてその表情は驚愕に染まる。



「よう」



 驚きで声を発する事もできないナーシェ達とは違い、近づいて来た彼は飄々と、まるで友人が街中で出会った時のように気軽に声をかけた。



「なっ、なんでお前が生きている!? あの化け物を相手にしたんだぞ! 死んだはずだろう!!」


「なんだ、お前の目は腐ってんのか?」


 今ここにいる誰もが、後ろからではなく前から来たということにさえ気付かない。


 あれだけの戦いの後だ。疲労は蓄積しているし、ここまでほとんど全力で駆けてきたから息もまだ整いきっていない。だが、ギリギリゴールに辿りつかれる前に追いついた。


「ちょっと話がしたいんだ。そこの森で話さないか? なに、遠くまで行こうってわけじゃない。入ってすぐでいい」


「…………あ、ああ、いいだろう」


 考えることは同じ。


 だが、イザークは一人で、ナーシェは護衛が無傷で生きている。


 その事実がナーシェに余裕をもたらし、背を向けて歩くイザークの後ろを追従する。



「それで、何の話だい? 遺言くらいなら聞いてやってもいいけど?」


 ここへ来るまでの僅かな時間で、完全に余裕を取り戻したのだろう。ナーシェは圧倒的強者にのみ許される笑みを浮かべる。



「ゆいごん……遺言ねえ。俺はお前と違って、そんな趣味は持ち合わせちゃいないんだよなあ」



 見下すような冷たい視線。

 それは、この状況を理解しているのであれば、たとえ強がりでさえ出来ないはずの目だった。


 だから、余裕を取り戻したはずの心がざわつく。



「そ、そうか。きみに自殺願望があるとは知らなかったが、今すぐに死ににきたのかな?」



 荒げそうになる声を必死に抑えているのが丸分かりだ。

 しかし、腹を立てているのがナーシェだけだとは限らない。



「死にに来た? のこのこついて来たのはお前だろ。ああ、俺の方こそ、お前みたいな生き汚い豚がのこのこ死にに来たなんて驚きだ」


「っ!! ふざけるな!! 現状を把握できていないのか! この状況でお前に何が出来るっ!!」


 そして火に油を注ぐ行為に、とうとうナーシェは烈火のごとく怒りだす。


「どうした? いつものように取り繕って、余裕ぶってみろよ。好きだろう、そういうの? 無駄に外見ばかりを取り繕う事が、お前達貴族はよ」


 まるで自分は違うと言うような物言いに、しかしナーシェは気付けない。

 その怒りが全く堪えていないというような飄々とした物言いのせいで、怒りだけがナーシェの思考を支配していた。


 しかしその一方、冷静な冒険者達はイザークに対する違和感ばかりが強くなる。



「この時期、相手の力量も見定めていないのに早々に動くような奴は自己顕示欲が強い。そして自分を過信している愚か者だ。現状自分が一番強いからと言って、だから勝てる程甘くはないんだよ。大人しくしておけばそのまま放置してやったんだが、俺を殺そうとしてくれたんだ。お前が殺される覚悟も、当然出来ているんだろう?」



「だっ、だからどうした! この状況で、お前に何が出来ると言うんだ! もういい! やれ、お前達!」



 本能では理解の及ばない強者に怯えていながら、しかし状況がナーシェを強気に振舞わせる。


 単身で駆けつけたイザークに冒険者が、同じ派閥の貴族三人が傍にいるこの状況で負けはあり得なかった。


 だが、冒険者達は動かない。


 いや、動けない。



「ああ、俺に対して随分とイラついていたみたいだが、俺もお前を見ていてずっと思ってたよ。今すぐにでも潰してやりたいと。何も出来ない無能のくせに他者を傷つけながら、品のないげらげら笑う声が耳障りだったんだ。……それをこっちが大人しくしてりゃあ調子こいてつけ上がりやがって、随分と面倒な真似してくれやがったな」


「あ……」


 それは一切の感情を押し殺した淡々とした声。しかし、だと言うのに、そこには愚鈍なナーシェですら感じられるほどに大きく膨れ上がり、今にも爆発しそうな怒気を感じさせ、そして形容し難いなにかがナーシェを威圧する。


 それは、一度ならず死線に身を置いた者だからこそ発せられる殺気。


 ぬるま湯に浸っていたナーシェには到底理解の及ばない、狂気と恐怖を振りまく。



 それに誰よりも反応したのが、冒険者達だ。

 ただの貴族の坊ちゃんと侮っていた相手が、ただ者ではないと察するには充分な異常。



 理性は告げる。貴族の坊ちゃんが一人で此方側の一人にさえ、まして四人に敵うはずがないと。だが、彼らの本能はそう言っていない。



 目の前の少年が発する気は、間違いなく殺し合いを知っている戦士のそれだ。それも、四級である自分たちでさえ、一対一で戦えばどちらが勝つかは解らない程の。



 当然ながら油断すれば、四対一でも死ぬ可能性さえある。


 言葉はなかった。ただ本能的に彼らは武器を構え、少年の一挙一動に注目する。


 それでも相手は貴族なのだ。迂闊には動けない。

 冷静になれば勝てる相手なのに、その異常さが、彼らの判断を狂わせる。そしてそれ故に冒険者達が強い警戒を見せるも、彼らはあまりにもイザークに集中し過ぎた。


「それと……お前はどうも、手下を連れてきたのが自分一人だったと勘違いしている節があるようだが、いつから俺が俺の手下を連れてきていないなどと勘違いしていたんだ?」


 そのツケを、イザークの言葉を合図に飛びだした孤児達が払わせる。

 魔物や目の前にいるイザークに警戒はしていても、まさかこんな場所で暗殺者の類が出るなどとは想像もしていなかったはずだ。


 温室で育ったはずの貴族の坊ちゃんが、その身分とは不釣り合いな殺気を放つ。


 その常識を覆すような異様な光景に、彼らは呑まれたと言っても良い。


 全神経をイザークに集中させていたがため、彼らはその瞬間まで気付かなかった。


 背後から急速に接近する四つの影。それは音もなく疾走し、同時に冒険者達の背後から跳びかかり、鎧の覆われていない喉元へナイフを突き立てる。


 彼らは声を発することもなく倒れ伏す。


 四級の冒険者達が一瞬で死ぬ。



 そのあまりのあっけない光景にまるで現実味が湧かず、声を発することさえ出来ずに呆けていた彼らは、孤児達が振り返りざまの返す一撃でナーシェを除く取り巻き達三人の足にナイフを突き立てる様さえ、まるで他人事のように眺めていた。



「……え?」


「あ……っ、ぎゃぁぁああああああ!!」


「ひっ、いた……い? あ、痛い痛い痛いいたい!!」



 現実味のない光景は、それに痛みが伴う事で現実だと理解する。

 しかし彼らの声を聞く者は、彼ら以外に誰もいない。


「ひっ! …………あ……うそ、だ……」


 ナーシェが悲鳴をあげる。

 イザークが踏みだした一歩と、尻もちをついたナーシェの後退りではその差は大きい。ゆっくりとした数歩分の歩みだけで倒れ込んだ貴族やその前に立つ孤児たちを追い抜き、すぐにナーシェの眼前まで詰め寄った。



「その愚鈍な脳に刻めよ、これが死だ。今は生かしておいてやる。だが、もし今後俺やその周囲に手出ししたらタダじゃおかない。仮にお前が動いていなくても、少しでも疑わしいなら裏を取ることなく行動する。つまり、バカなお前でも理解できるように言うなら、疑われるような行動の一切を慎んでいろ。危害を加えよう者がいるなら、お前が止めろ。俺からはそれだけだ」


 ナーシェの予想に反し、イザークが何もすることなく踵を返してここから去る姿に思わずホッと一息ついた。


「ああ、お前達。しばらくは休暇を与える。それと、そこの冒険者の装備品は適当に処分していいぞ。金は好きに使え」


 何日も前から森に潜り込ませたり、今回の面倒な事件が起こったりと、今回の件では色々と苦労を強いた。


 四級の装備品だ。


 全部質の高いものばかりだし、それだけあれば酒場で三日三晩は余裕で騒げる。ボーナスとしては悪くないだろう。


 僅かに雰囲気が和らいだのを感じながら、イザークはここを立ち去った。


 しかし、ナーシェの判断は早とちりだと言うべきだろう。何せ、ここに残った四人の人間は、主人であるイザークが去ったというのについて行く気配もなければ、冒険者達の装備品に目を向けている気配もない。


「…………あ」


 そして、すぐにナーシェは思い当たる。

 イザークは何もしなくても、この四人が代わりに動く。これはただ、そう言う事なのだと。



「たっ、頼む! 僕を見逃せば、キミ達が一生遊んで暮らせるだけの金をやる! 報復されないよう、僕の家で保護してやってもいい! だから、ここは見逃してくれ!!」



 必死の懇願は、しかし言葉さえ通じていないと思ってしまうほど無反応。

 ただただ機械的にナーシェを拘束し、彼らはまず目の前に転がる取り巻きの三人に攻撃を加えた。







 利害の一致とでも言うべきか。


 リヴィアの意思を一部汲んではいるが、これは打算の結果でもある。


 ここでこいつを殺しても大したメリットがない。殺した事で、これからこいつに虐げられる者が多少は救われるかもしれないが、それだけだ。逆に、ここでコイツに恐怖を与えることで在学中は完全に支配下における。そして卒業後に時間を置けば、恐怖は憎しみへ変わり、将来コイツは俺に歯向ってくる可能性もあるだろう。



 怒りは利潤や合理性を度外視させ、将来やっかいな敵の一人となる父親の足を引っ張ってくれる可能性もある。無論、怯えて何も出来ない可能性の方が高いくらいだが、それならそれでデメリットはない。


 万が一親に話したところで、優秀な手駒がいるということで警戒させ、やはり迂闊にちょっかいを出せなくなるだけだ。


 それに、ここでナーシェを殺しても、あまりに無能なこいつよりは有能なはずの弟が後を継ぐ事になるし、知っている相手の方がやりやすい。


 結果として、生かしておいた方がメリットは大きい。


 だから、殺すべきだという自分自身の気持ちは押し殺し、合理的に対処する。

正直に言えば、無駄に痛めつけて殺すような真似は趣味ではない。


 だが、彼らはナーシェの傍にいてさんざん甘い汁を吸ってきたのだろうし、殺されても文句は言えないような事を何度もしてきたはずだ。


 それに、負けると言うのはそう言う事だ。それは、彼ら貴族身分の人間が何よりも承知している事。



 だから、容赦はしない。



 取り巻き達は爪の一枚一枚を、指の関節一つ一つを、剥がし、折り、斬り落とす。


 それは、拷問なわけでも無理に痛みつけたいわけでもない。


 ただ刻む。ナーシェの心の奥に、忘れられない記憶として。


 見せしめとし、逆らう気を起させなくするためだけの行為。


 そのあまりにも凄惨な光景に、しかし目を逸らしてはより酷い拷問が後から己の身に降りかかると脅されているナーシェは目を逸らせない。



 そして、どれほど経ったか。



 致命傷は一切負っていない。しかし、結果として発狂し、出血多量で三人が息絶えた時、孤児達の目はナーシェへと向けられた。








「ひっ、ひぎぃっ!」



 森に木霊する悲鳴が一人分になってから長い。



「ゴブリンに襲われ、辛うじて撃退したものの傷を負った。そうだな?」



「はっ、はい! ぼ、僕はゴブリンに襲われ、か、辛うじて撃退したもののその際に攻撃を受けて傷つきました!」



 もはや何度目になるかも解らない宣言。


 半ば洗脳染みたやり口だが、精神が弱い人間程効果的な策ではある。


 神経が集中している指先。その爪の間に針を刺すというのは、ダメージは小さいが痛みは大きい。


 致命傷は論外。可能であれば服で隠せる部分が理想ではあったが、そこでは痛みが弱く、万が一にも死ぬ可能性があるため、指先というのはイザーク側からすれば格好の場所だった。


 そこへ執拗に加えられた攻撃で、ナーシェは痛みによる気絶と痛みによる覚醒を繰り返す。


 それは、もはや発狂してもおかしくない程の拷問染みた暴行だった。そして、目が覚める度に、先の宣言だ。この宣言のおかげで己自身を認識し、縋りつき、正気を保てているのだから皮肉なものではあるが。


 もしイザークがここにいれば、屠殺場の豚のようだと評しただろう。


 そんないっそ哀れに思える悲鳴を上げるも、彼を助ける人間は誰もいなかった。






 貴族が三人死んだのだ。


 それだけなら珍しい事ながら、今までも同じ事例があったが、ゴブリンロードなんてそこらの冒険者にさえ手に負えない化け物が出てきた。


 来年から訓練は中止になるだろうなと、まるで他人事のようにイザークは思った。





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