行軍訓練5
と言うわけで、宣言通りかなり短めです。
申し訳ない。。。
強くなりたいと、ずっとそう願ってきた。それだけを考えてきた。なのに今、弱いと言われている。そう解釈さえ出来るのに、それがどうしようもなく嬉しい。
なぜ男に生まれなかったのかと、あれだけ女に生まれた事を恨んでおきながら、今は女であることに喜びさえ感じてしまっている。
泣く事は弱さだと思っていたのに、まるで何も出来ない女の象徴のように思っていたのに、今は泣きたくてしょうがない。それほどまでに嬉しいのだ。
女だから、と言う理由で何度も弾かれてきた。
自分の目指すべき場所は高すぎて、シリル達でさえ、その点について応援はしてくれても、内心で諦めていたのは理解していた。
だと言うのに、これはズルイだろう。
敵だと思っていたのに、認めてくれていたなんて。こんな時に、言うなんて。
今までに感じた事のないほど強烈な感情の奔流が胸の内で渦巻く。
「リヴィア」
「は、はい!」
なんだ、これは。
今まで何度も、当然のように呼ばれてきた名前だと言うのに、なぜ今更胸が高鳴る。
あの返事はどうなんだと、頭のどこかで冷静な部分が言う。
なのに、抑えが効かない。全力疾走した時のように激しく高鳴り、そして締め付けられるように痛い。
知らない、知らない知らない知らない。
こんな想いを、私は知らない。
「一応確認するけど、体はもう大丈夫か?」
「あ、ああ」
声を聞く度に心が高鳴るし、返す声は震える。
むず痒いような痛みを伴う甘い感情も、今までに感じた事のない気持ちの高揚も。
全部が初めてなのだ。
だから、ここから先どうすればいいのか分からない。
ただとにかく、正面から顔を見れない。そして悟られないように顔を伏せるしかなかった。
—―—―悟られただろうか。
悟られたくはない。自分でさえ良く分からずに持て余し、何が何だか良く解らなくて心の準備も出来ていないのに悟られるのは恥ずかしすぎるじゃないか。
しかし、悟ってほしいという想いがあるのも確かなのだ。
きっと、もし悟ってくれたなら、それはそれでどうしようもないほどに嬉しくて嬉しくて抑えが利かなくなるだろう。
酷い矛盾だと言う事は自分でもよく分かっていて、なんて滑稽だと、度し難いほどに愚かだと分かっていると言うのに。
きっとこんな時でもないと、自分は動けない。何の理由もない日常のままだと、きっと意地を張ってしまう。だから悟ってほしい。リードしてくれたなら、今ならきっと素直に従えるから。
「さすがにこんな場所で夜まで待つのはまずい。ここでその時間まで粘れるかどうか怪しい所だし、夜に戦わなければならない事態になれば最悪だ。体が大丈夫そうならここを出ようと思うが行けるか? ゴブリンロードとの戦いは避けようと思うが、最悪の場合は覚悟しておいた方が良いだろうし、ゴブリン相手の戦いは避けられない」
「……問題はない」
だと言うのに、目の前の彼は気付く素振りを全く見せなくて。
一応振り切ったとはいえ、今も窮地のまま変わらない事くらい分かっている。
だけど、それでも文句の一つでも言いたくもなるし、やっぱりどこかで安堵している自分もいる。
ただ、命を懸けて護られたことが嬉しい。
だってそれは、それほどの価値があるのだと認められた事と同義じゃないか。
そんな相手の背中を、護れることが嬉しい。
だってそれは、それほどまでに信頼していると言う証なのだから。
その横に並び立てる事が嬉しい。
だってそれは、本当の意味で対等で、それだけ自分自身を認めてくれていると言っているということなのだから。
「行くぞ」
「ああ」
それはとてもシンプルで、静かな言葉だった。
でも、そのたった一言に、強い覚悟を込められているのが伝わる。
抑え込んだ熱意は体中を駆け廻り、体内で暴走する。
それをどうにか抑え込み、自分自身の決意へと変える。
こんな所で負けられない。
ようやく目が醒めたのだ。
今までが、まるで目を閉じていたかのような暗闇だったのだと気付いた。
覚悟は決めた。
あとは進むだけで、まっすぐに歩き続けることは慣れている。
ただ……。
自分自身さえ良く解らなく、コントロール出来ないこのむず痒いような痛みに、何故だかもっと浸っていたいと思ってしまう。
だからだろうか。
実際にどれだけいたのかはともかく、体感時間で言えばほんの僅かな時間。それなのに、もうここを出る事が少しだけ惜しいと思った――。
「ナーシェ様、やりましたね!」
息は上がり、喋ることすら辛いだろうに、それでも彼らは口々に主を褒め称える。
だが、それも無理はない。
出発する順番に細工をしたとは言え、確実に先にあの崖の上で待とうとしていたために、かなりのハイペースであの場所まで行ったのだ。
その時点ですでに、彼らが当初想像していた限界など超えていたし、しかし限界だと思っていた体はゴブリンロードを間近で見て、恐怖に駆られるがままにここまで足を動かした。
今や大地に体を投げ出しているのも恐怖から解放されたその反動であり、今更になって本当の意味で限界を迎えた体が動かなくなっていたことに気付いたからだ。
しかし、彼らにあるのは罪悪感などではない。むしろ、まるでスポーツ選手が何かを成し遂げたかのような爽快感を感じていた。
彼らとて貴族の一員。
策に嵌め、予想外の展開ではあったものの、結果として己の描いた絵図の通りに物事が推移した事に優越感さえ覚えていた。
何せ、ゴブリンロードだ。
結果など見るまでもなく分かる事であり、それは彼らの策略が見事に決まったのと同義であった。
「ああ、これで僕が頂点に立つべき者だと証明されたな」
そんな中、唯一ここまで冒険者に背負われてきたナーシェは息をきらすことなく、得意げに言った。
そこですかさず合いの手を打つ取り巻き達に気分を良くしたのか、彼らの休憩で時間を浪費する事に関して何か思うということがなくなった。
尤も、こればかりは立てと言われても無理があるのだが。
「それにしても、あの四人が必死で逃げる姿は見物だったな。出来る事なら、最後に僕の目の前で死んでくれれば遺言くらいは聞いてやっても良かったんだが。それが実に残念だ」
「それも仕方がないのでは。騎士を気取っていても、所詮は女。そんな女のお供など高が知れているでしょうし、もう一人もナーシェ様に歯向うような、愚かな侯爵家嫡男です。始めから結果は見えていましたよ」
普段なら絶対に口にしないような言葉も、相手が死んでいるものとしているのだから報復の心配も必要ないのだから遠慮なく言えるのだから。
「そうだな」
そういってナーシェが嗤えば、周りの人間はみんなが追従するように嗤った。




