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異世界における革命軍の創り方  作者: 吉本ヒロ
3章 12歳、学園編
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行軍訓練4

次話と一緒にするかどうか迷いましたが、いったんここで区切らせてもらいます。

というわけで、次話はかなり短めですがご容赦を。。。



 イザークはリヴィアを抱えたままゴブリン達を振り切り、森の中にある小さな岩山の麓にたどり着いた。


 そこだけは周辺に木々もなく、代わりに青々と生い茂る背の高い草が一面に生えている。


 情報通りなら、この岩山に洞窟がある。


 イザークの身長に迫る程の草のお陰で、ここからはどこに洞窟があるのかも分からない。カモフラージュとしては充分だろう。



「っ、いいから放せ! 私はあいつらの相手を――」



 その時にリヴィアが声をあげて身動きしたことで、ようやくリヴィアを抱えていた事を思い出した。


「する必要はないだろ」


 だが、イザークはリヴィアを離すことなくリヴィアの言葉に重ね、それ以上は言わせないよう塞ぐ。



「当初の目的は達した。あとは、俺達が逃げるだけだ」

「…………」



 どう考えてもシリル達は安全圏まで逃げ切っている。

 後は隠れ潜み、リヴィアの回復を待って森を抜けるか、そのまま冒険者や教師から成る救助隊を待てば良いだけだ。


 だが、ゴブリンロードが出たと言う話を聞けば急場しのぎの編成ではミイラ取りがミイラになる。本格的な救援隊の編成には時間がかかるだろう。


 それまで隠れ潜むというのはリスクが高い。だから現実的な対応を考慮すれば、やはり自力で抜け出すより他ない。


 だから出来る事は、せいぜい再び遭遇しないよう祈るくらいか。


「ち、近い。いつまでこうしているつもりだ!」


 息を落ち着けた事でようやく今の体勢に気付いたのか、頬を赤く染め、慌てて両手でイザークの胸を押す。


「……ん? ああ、悪い。考え事をしていた」


 リヴィアをゆっくり地面に下ろす。


 リヴィアは地面に降り、気丈にも普段通りの立ち振る舞いを心掛けているようだが、やはりまだふらついている。



 この状態では歩くだけならまだしも全力で走れないだろうし、肝心な時に転ぶ可能性もある。それに、ゴブリン達の最後の怒りの声は、しっかりとイザークの耳にも届いていた。今すぐ動けてもゴブリン達が散開してイザーク達の事を探しているはずだ。



 今はとにかく身を隠す方が良いだろう。

 今すぐ来た道を引き返すのは言うまでもなく危険だろうし、しかしこのままここを進めば森の奥へと進んでしまう。


 それはそれで、さすがに危険度が高い。

 やはりここは、非常事態に対する備えを活かすべきだろう。


 僅かに残る足跡、注視すれば辛うじて違和感を覚える程度に斬られた草。それらを目印にリヴィアの手を引いて、イザークは生い茂った草むらをかき分けて進む。


「お、ラッキーだな。こんな所に洞窟がある。向こうからは見えないだろうから、ここならそう悪くはないはずだ。しばらくは身を潜めていよう」


 そしてその先、岩山生い茂った草に隠されているかのような洞窟を偶々(・・)見付けたイザークが、休憩を提案する。



「…………もし中に魔物がいたらどうするつもりだ」

「分かった。なら俺が見てくるからお前はここで待ってろ」



 孤児達がここを示したのだ。

 という事なら中の安全は確保されているし、ここに隠れて後の事を任せていれば別方向にゴブリン達を誘導してくれるだろう。しかし、その裏事情を知らないリヴィアの懸念はもっともだ。



「それではお前が危険だ! 私が行く!」

「そんな体でか?」

「そうだ! い、いや、違う。心配せずとももう回復した!」



 強情な面は変わらないが、どうせ危険はないのだから問題はない。

 一応立つ事は出来ているし、歩く事も問題はなさそうだ。激しい運動となるとさすがにまだ無理だろうけど。


「……分かった、それじゃ二人で行くぞ」

「む……いや、分かった。それでいいだろう。行くぞ」


 そういいながら、颯爽と先陣を切るのだからたまらない。

 変わらないリヴィアの背後で苦笑しつつ、イザークはリヴィアに続いた。





 洞窟の中はそう広くない。

 十人もいれば、入れない人間が出てくる程だ。


 そんな洞窟の入り口に程近い場所に、イザークとリヴィアは向かい合って座る。



「…………」

「…………」



 とはいえ、リヴィアは先の失敗を引き摺っており、イザークはどう言うべきか言葉を選んでいるため、お互い何を話せばいいのかが分からない。


 気まずい沈黙ばかりが続き、どれほど時間が経ったか分からなくなった時、リヴィアがふと口を開いた。



「…………すまなかった」

「……なにが?」



 ポツリと呟かれた言葉を聞き直したイザークを、リヴィアはキッと睨みつける。


 だが、今回ばかりはさすがにからかったりしたわけじゃない。正直言えば、心当たりが幾つもあってどれを指しているのかが分からない。



「っ! すまなかったと言っている! 私のせいで巻き込んでしまった事を!」


「ああ、いや、でもナーシェの奴、俺も殺す気でいたと思うけど?」


「それでもだ。お前がナーシェと組めば、こんな事にはならなかったはずだ!」


「……そうは思わないけどなあ」


 ナーシェの下に付かなかった時点で、こうなることは決定事項だったように思う。

 なにせその身分に支えられてどこまでも肥大化した自意識が、一番でない事を許さない。実に貴族らしい、気に食わない奴だった。


 だからどの道、そんなナーシェと進んで関わろうとは思えなかったし、そうすればそう遠くない内に同じような事態が起こっていただろう。


「だとしてもだ。なぜ助けた」

「……ん?」

「あのまま二人と一緒に逃げていれば良かっただろう! なぜ危険を冒してまで私を助けたのかと聞いているのだ!」


 やっぱり始めは小さすぎて聞き取れなかった声は、しかし恥ずかしさを誤魔化すためか怒鳴り気味にリヴィアが言う。


「……あー」


 その思いもよらない質問に対し、なんと答えるべきか少々迷う。

 貴族としては珍しく民を大切にするから、将来的に無理に殺す必要がないという合理性を始めとして、理由は幾つもある。


「…………リヴィアが助けるに値する人間だからだよ」

「っ!?」


 そして出てきた言葉は、結局理由の中では何とも言えない無難なものだった。


 どうでも良い奴ならおとりとして使っていただろう。それに何より、あの時、反射的に留まったのだから自分の気持ちばかりは誤魔化しようがない。


「ほら、あれだ。嫌いな奴やどうでもいい奴を助ける程、俺は出来た人間じゃないからな」


 たったそれだけの言葉で、まるでリヴィアは稲妻にでも打たれたかのように驚愕する。


 そして、まるで居もしない幽霊に怯えるような少女の表情でおずおずと尋ねる。


「…………お前は……ナーシェとは違うのか?」

「そりゃそうだ。俺は俺だよ。同一人物なわけがない」


 偏見だったり、イザーク自身ではなく、相手が勝手に作り上げたイザークと言う人間像を見られるのは慣れているし、むしろそうでなくては困るわけだが、リヴィアに関してはもうある程度の部分までは仕方がないだろう。


 義に厚い人間なのは理解している。


 どこまで隠し通せているかは解らないが、バレている部分も適当な理由をでっちあげて喋らないよう言っておけば、利害関係や契約書もない口約束程度でさえ律儀に守ってくれるだろう。


「…………そう、だな。お前はお前だ。確かに違う。……そうか、私はこんな当たり前のことも気づかなかったのか……」


 ようやく何かが腑に落ちたのか、納得したようにリヴィアはそう言って、自嘲するような笑みを浮かべる。


「本当にすまなかった。……私は何も見えていなかったらしい。許してくれなんて言わない。だが、せめて私なりに責任はとらせてもらう」


「いや、責任とかいいよ」


「…………は? い、いや、だが私は散々お前に――」


「あんな環境にいたら誰だってああなるだろ」


 リヴィアの過ごしてきた環境は容易に想像がつく。

 いつも周りは敵だらけ。体以上に心は生傷が絶えない人生だっただろう。

 そんなあっけらかんとしたイザークの物言いに、リヴィアは呆気にとられたようにぽかんとした表情をする。



「きっと、リヴィアは正しいと思うよ。心ない言葉や態度から心を護るために、態度も心も硬くする必要があった。でも、だからと言って常にそうである必要はないと思う。お前の言う父親(かぞく)の前や、エイグル(とも)シリル(だち)とか、そういった一部の信頼できる人間の前でくらいはもう少しくらい緩くてもいいんじゃないか? どこかで休憩しないと、今のリヴィアみたいに自分の硬さで身動きとれなくなる」



 そこで生じた隙を突くように語られたイザークの言葉は、なぜだか自然とリヴィアの心の内に沁み込んだ。


 だから、尋ねたくなった。


「どうしてお前は……その、私にそんなにしてくれるんだ……?」


 おずおずと、戸惑うように言葉を紡ぐ。

 なぜ、こんな自分を助けてくれたのか。

 なぜ、そこまで優しくしてくれるのかを。



「……私はほら、あまり皆から好かれるような人間じゃないって事くらいは自分でも分かってるし、面白味だってないだろう。まじめで融通が利かないし、お前にも散々嫌われるような事を言ってきた。今回だって強引にリーダーになって、色々文句を言って煩わしかっただろう? 無茶をして巻き込んで、危険に晒したりもした」



 自嘲するように、リヴィアが呟く。

 自覚はあったのだ。

 だが、それは簡単に変えられるものではない。

 いつだって周囲から敵意に曝されていたのだ。自分の立ち位置を理解できないはずがない。


 イザークも、それは充分に理解していた。リヴィア自身の物の考え方、態度は、 むしろこうなる事が当たり前だと言える。


「そういうの、自分じゃ気付かないもんだけど、からかうと意外と面白かったりするし」


「なっ! お前、私がまじめに――」


「それに……」


 遮って、本心を言う。

 と言うより、冗談めかして言わないとさすがに恥ずかしい。


 きっと、面倒事から逃げることなく全部抱え込んで、でも誰にも助けを呼べない不器用なリヴィアが気になったのだろう。


 どこか似ている。そんな気がしたら、放っておけなくなった。


「……素直に、凄いと思うんだ。女だから諦めろ、って理不尽だよな。男より強いと証明しても生意気だ、ズルをしたと弾かれ、なかったことにされる。くだらない固定観念は、中々払拭されない」


「…………」


 その逆境の中、全てに抗い続ける姿に感嘆を覚えた。

 個人的には、区別すべき所はすべきだろう。だが、それだけで差別するのは間違っている。これは前世の価値観も大きいのだろうが、結局は今の自分自身がそう思っているのだから変えようがない。


 時代や環境は違えど、何も出来ず、やらずに死んだ人間としては、素直に負けを認める他あるまい。正直、脱帽した。


 リヴィアほど強い人間はそうはいないだろう。

 二度目の人生であり、特殊な価値観があるからこそ今の自分は戦えている。

 前世の知識があるからそこに勝機を見出し、縋ることで正気を保っていられる。


 その強さゆえに今でこそ折れかけてしまっているが、一人でも生き抜こうとするその強さには尊敬しているのだ。


「言ったと思うけど、どうでもいい奴なんて助けない。ただ死なせるには惜しいと、本気でそう思ったんだ」


「――っ!」


 たとえこれから先、もしいつか戦場で相まみえる事になったとしても、こんな所で、こんな形で死なせていいとは到底思えなかった。


 ああ、そうか。ようやく、リヴィアの最初の質問の答えが分かった。

 色々ありすぎて、まだ自分でも答えを見つけられていなかったけど、喋っていて考えがまとまった。


 ジェラルドから、父親から頼まれたことなんて関係ない。

 メリットやデメリットなんて、忘れていた。ただ単純に、俺が死なせたくはないとそう思った。ただ、それだけなのだ。



 このまっすぐ過ぎる。青臭く愚かで、だがそれ故に気高く。視覚狭窄で尖っていて、それ故に脆くて儚い、そんな少女を。


 それが彼女の短所でもあり、そして長所でもあるのだ。



「だから、少しくらい弱くても良いと思う。さっき言ったけど、シリル達ならその弱さも受け止めてくれるんだろうし」


「…………なら……その……お前はどうなのだ……?」


「…………おれ?」


 まさかそう来るとは思わなかったので、思わず聞き返す。

 しかしリヴィアの方も聞き返されるとは思ってなかったのか、その言葉に僅かに仰け反るように距離を離し、リヴィアらしくないほどボソボソと、そして早口に言いきった。


「…………そ、そうだ! お前はさっき、どうでも良い人間は助けないと言ったな! では……お前にとってどうでも良くない私の弱さを……その、受け止めて……くれるのか?」


「ん……? ああ、まあ愚痴くらいなら付き合っても良いと思うけど……」


 溜め込んだ毒を吐き出す機会も必要になるだろうし、やっぱり仲が良いからこそ、近すぎるあの二人には言い難い事もあるだろう。


 それに言いだしっぺの手前、さすがに断わり難いせいもある。


「なんなんだ、その中途半端な返事は……」


 だからせっかく答えたのに、何故か不満そうに口を尖らせる。


「いや、半端も何も、ちゃんと答えただろ……」


「男ならもっとしっかりしろと言っているのだ!」


「今どきしっかりしてない奴の方が多いと思うけどなあ……」


「屁理屈を言うな! それに、お前はそんなんじゃあないだろう。お前は強い」


「…………は? いや、何を言ってるんだ? 俺が強いわけないだろ? ゴブリン相手でさえ精一杯のような奴だぞ?」


 極力戦闘自体は見られないように動いたし、足の速さやスタミナだけなら苦しくても火事場の馬鹿力で誤魔化せると思っていたが。などと内心の焦りは出さず、どう出るか必死で頭を回転させる。


「だが、こんな私を見捨てないでいてくれた。命懸けで助けてくれた。お前は、私の知る誰よりも強い奴だ」


 が、それはイザークの思い違いだった。


 単純に精神的な部分を言っていたのだと気付き、内心で安堵の息を吐く。だが、少なくとも、崖から降りようとした時、木の枝を掴んだ際の身のこなしは見られていただろう。


 あれだけは、どう言い訳をしたものかと考えていたのだが、リヴィアから触れる気がないのか、それとも今の騒動で忘れているのか。


 カマをかけて藪蛇になってもつまらない。


 本当にどうするべきか悩んで、結局は火事場の馬鹿力でなんとか誤魔化して行こうと決め、しかし言いださなければそれでいいやと、臭い物に蓋の理論で放棄する。



「……あまり買い被るなよ。俺は背伸びして自滅なんて真似はしたくない」


「ああ、そうだな……」


 珍しく、と言うより、初めて見るリヴィアの柔らかい笑み。

 普段の凛々しい姿も美人ではあったが、ツンケンしているものだからどうにも一定の距離より先に踏み込ませないだけの近寄りがたさがあったが、それはそういったものが一切ない、本当に年相応の可愛らしさが引き立った。


「……どうかしたのか?」


「いや、べつに……」


 それを見て、何故だか見てはならないものを見てしまったかのような心境になってしまい、僅かに視線をずらす。



 それが、ほんの少しだけもったいない気がした。




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