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異世界における革命軍の創り方  作者: 吉本ヒロ
3章 12歳、学園編
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行軍訓練

区切りが難しかったので、短めですがここで区切らせてもらいます。

その代りというのもなんですが、次は金曜か土曜に投稿できる・・・はず。





 数百年も昔のこと、小康状態の今とは比べ物にならない程争いが絶えない時代で貴族に求められたのは、政治よりも武芸だった。


 無論政治が不要だったというわけではないが、専ら内政は文官に任せ、戦場で集団の先頭を駆けるのが当時の貴族の常識であり、華でもあった。


 この学校が貴族の子弟を預かる場所である以上、武芸全般を教えるのは当然だったと言える。



 だから入学後すぐ、まだ本当の意味で厳しい訓練を受けた事のない多くの少年達に現実を教えるため、行軍訓練を課していた。


 これは今ほど腐敗していなかったにせよ、精神を叩き直す意味もあったのだろう。

 今では安全な後方指揮が基本とされ、その風習はある程度形骸化したとはいえ、どの貴族も生涯に数度は軍を率いる事になると言われているために、この制度が完全に廃止されることはなかった。



 尤も、それは当時のものと比べれば現代の軟弱な貴族に合わせて遥かに簡単なものとなってはいるが。


 今はただ十キロ程の荷物を担ぎ、二十キロ先の集合地点までただ歩くというもの。そしてそこで一泊し、戻ってくるという簡易な訓練だ。

 しかし、この程度の訓練でさえ、昨今の貴族の子弟にとっては悪名高きデスマーチと化している。



 まあなんだかんだと言っても、今はまだ誰もが体力を使う訓練前。



「あの班を見ろよ。どうやら冒険者を雇う金もないようだぞ。やれやれ、同じ貴族とは思えないな」

「ここにいること自体場違いなやつですから、仕方がありませんよ」



 そんな減らず口をたたける程度に、彼らは余裕があるということだ。


 先程からぶしつけな視線が遠慮なく送られ、もはや明確な敵となったナーシェの班からはひっきりなしに陰口が叩かれる。


 イザークとしては一応それなりの冒険者を雇おうとしたのだが、リヴィアの必要ない、という反対によってそれもなくなった。



 実際、どんな下級貴族でも二級の冒険者を雇っているせいで、今更ながらに浮いている。


 リヴィア達は慣れているからか、表に出さない程度には心理的なダメージもない。



「ナーシェ様。ならばせめて、形だけでも整えるために最低ランクの冒険者くらい恵んでやったらどうでしょうか?」

「ああ、それは良い案だ。彼らのせいで誇り高い貴族がその程度だと侮られても困るからな。最低限の体裁くらいは整えさせてやらないと」



 だからよけいに冗長して言いたい放題である。

 だが、彼らは気付いているのか。その気がなくても、イザークに対して侮辱しているということに。



 そして当然、貴族として舐められるわけにはいかないイザークとしては、不毛だろうと反論するより他はない。それに実際の所、腹に据えかねている部分もあるのは否定できないのだから。



「なんだ、その程度の冒険者を雇う金しかないのですか。大変ですね」

「ぷっ」



 だからイザークがそう言った瞬間、エイグルが噴き出すのを必死で堪える。しかし、幾ら堪えた所で隠し通せるものではなかった。



「なっ……! どの口で言っている!!」

「ナーシェ様が雇っているのは、この学年で唯一四級の冒険者だ! 馬鹿にするな!」



 それが癪に障ったのだろう。

 取り巻きが声を荒げた。



「たかだかゴブリン風情しか出ないような街道を行くのに、四級とは随分と過剰な防御ですね。それほど怖いですか? 僕は臆病な誰か達と違って、もしなにかあっても、こちらは自分達だけでも余裕で対処出来ます。出てきた魔物はキチンと片付けますよ。……リヴィアが」


「っ!!」


「落ちつけ、お前達。今は好きに言わせておいてやればいいさ。そろそろ出発の時間だ。行くぞ」



 もはや怒りで口がきけない取り巻きを、珍しい事にナーシェがなだめる。

 それで辛うじて落ち着きを取り戻したが、まだ怒りは冷めていないのだろう。ナーシェの後を追いつつも、振り返って睨みつけてくる。



 そして最後に見た、ナーシェが浮かべる嘲笑の笑み。

 それはまるで、これから訪れる事態に対して何も知らない、哀れな子羊に向けるかのような笑みだった。





 先程のやり取りはきっちり聞いていたのだろう。

 ナーシェ達が去った後で、リヴィアが呆れたように呟く。



「……なぜ私がお前の言う事を聞かなければならないんだ」


「いや、だって必要ないって言ったのはリヴィアだし。それに全部倒してくれるんだろ? 俺は無理だから守ってよ」


「守るのではなく、私が退治するというだけだ。貴様も男なら、女に劣っている事に悔しがってみせろ」


「生憎と、俺は貴族だからな。直接戦うような真似をするはずがないだろう?」


「ああそうか。なら勝手にしろ。何かあれば縮こまって、後ろで震えているといい」



 これ以上は話しても無駄だと悟ったのか、リヴィアもまた呆れたように去っていく。

 イザークはその後ろ姿を見守りながらも、同じ班ということでエイグルと一緒にリヴィアの後をついていった。







 王都に程近い森の奥深く。




 ――何故だ何故だ何故だ!




 息は上がり、体勢は乱れ、内心でこんなはずではなかったと悪態の限りをつく男がいた。

 声には出さない。というよりは出せない。

 それは少しでも呼吸を取り戻すためでもあり、ただ単に恐怖からでもある。ほんの少しでも余計な物音を立て、興味をひきたくはなかった。


 背後にはゴブリンが数体。


 それだけなら、当初の予定通りであり何の問題もない。男一人で、そのくらいの相手は出来よう。だが、しかし男は必死で逃げる。


 男の背後に、そしてゴブリン達の背後に、自分では到底手の及ばない化け物がいたからだ。



 遭遇してほんの数秒。たったそれだけで、三人が死んだ。

 残ったもう一人とははぐれたが、彼はまだ生きているのかも分からない。ただ、願わくは彼がまだ生きていて、そしてその化け物の注意を引きつけておいてほしい


 と、ただただそう思う。


 しかし、男の願いはそれまでだった。


 ゴブリン達から少しずつ離れる距離に、ひそかに安堵しそうになった時。

 数百キロはあろう重い足音が聞こえ、地鳴りとなって伝わってくる。

 背後ではゴブリン達がギャーギャーと騒ぐ声。

 それは、囃し立てるような声であり、ここにいると連絡しているかのような声だった。



 嘘だ嘘だ嘘だ!



 恐怖に駆られ、もはや心臓が激しく脈打つ苦しさなど忘れた。

 その代わりに、締め付けられるような、言いようのない苦しさが彼を襲う。

 全力疾走をしているにも拘わらず、かなりの速度で近づいてくる足音。


 だが怖くて後ろを振り返れない。


 どうしようもないほどに全部投げ出したくて、しかしそんなことをすればどうなるかは分かりきっている。



 救いを求めた男は森が開けた街道にようやく出たと同時、鉄槌のような一撃を受けて肉塊に変じた。




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