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異世界における革命軍の創り方  作者: 吉本ヒロ
3章 12歳、学園編
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善良なる敵地



「色々と聞きたい事があるからちょっと帰りに付き合ってほしいんですけど、時間は大丈夫ですか?」



 翌日の放課後、行軍訓練に備えてリヴィア達の班へ行くイザークをある者は心配そうに、またある者はやはり理解出来ないとばかりに怪訝そうな表情をして見守る。



 リヴィアはリヴィアで苦虫をかみつぶしたような表情を隠そうとしないものの、すぐさま拒絶しないあたり会話の必要性は理解しているだろう。



「…………いいだろう。ただし、場所は私が指定する。でなければ何を企んでいるかも分からないからな」


「ええ、別にそれでも構いませんよ。何も企んでなどいませんし」


「……ふん、どうだかな」



 極力話などしたくもないとばかりにすぐさま踵を返し、教室を出る。

 とりあえずは人気のない所に向かうのだろうが、リヴィア側の残る二人もまた一緒に背を向ける辺り、警戒が足りないのか何かあっても対処できるという自信の表れか。


 と、思っていたが、そのうちの一人。ドワーフのジェナス程ではないが、年齢の割にはやけにガタイのいい筋肉質の少年がわざと歩く速度を遅らせ、イザークに近づいて来る。



「よう、俺はエイグル。エイグル=スティアーノ=モルフィーだ。よろしく頼む。つっても、まぁ田舎貴族の、それも男爵家の三男だから知らないだろうけどな。そんで、なんでお前は俺達ん所に来たんだ?」



 自分は警戒などしていないと言わんばかりに、ニカッと歯を見せ、陽気な顔で笑う。



 事実そうなのだろう。事前情報でもそうだったが、見た目からして細かい事や腹芸は苦手そうだった。


 今も探りを入れるためというより、単に気になったから聞いてみただけで裏はなさそうだった。


 エイグルに合わせて気持ちを切り替える。



 金や権力に屈するようならそもそもリヴィアの派閥に属してはいない。だから、単純に心根で分かり合うため最低レベルの貴族らしさを残しつつ、しかしある程度は打ち解けられるような性格を意識する。


 他の貴族と変わらないようでは、恐らく一生打ち解けない。だから、彼らがある程度は警戒を解き、最終的に打ち解けられるような性格へと。


 リヴィアから最も好まれるであろう勤勉で義に厚く、真面目な性格は日常でしか見せる機会がない。つまり長期的に、そして教室にいる誰しもに見られることになるから論外。


 だから軽い冗談を言うような、そして警戒するに値しない愚かで軽薄な人間性を意識し、リヴィア以外の二人に取り入る。



「……ああ、いや、実際、俺の派閥の誰をそっちにやっても揉めただろうからな。それに、俺自身が動けば今のところ敵意はない、っていう証明になればと思ってね」



 これは形式ばかりを気にする、そこらの堅苦しい貴族とは違うという事を見せるためだ。



「へえ、お前意外と話せるのな」


「まあ、頭の凝り固まった他の奴らと比べればマシだと思ってるよ。それと、一応こっちも自己紹介は必要か?」


「いや、さすがに知ってる。イザークだろう? 侯爵家の人間なのにお前、なんか思ってたのと違うな……。なんとなく、お前は悪い奴じゃなさそうだ」



 イザークの名乗りを遮って、エイグルが言う。

 格上の家の人間に対して不敬罪にも当たりかねない無礼な振舞いだが、本人が気付いていないのは勿論、そもそもその気がないのは見ていて分かる。



 だが、その会話を聞いていたのだろう。



 隠す気もないし、普通の声で喋っていたのだから聞こえて当然ではあったが、リヴィアが振り向いて言う。



「フンッ、バカを言うな、エイグル。その男も貴族なのだぞ。信用など出来るものか」


「そういう自分だって貴族だろ……」


「〰〰〰〰っ!!」


 思わず呟いた言葉に顔を真っ赤に染めるリヴィアは、何か言おうとして口を開け、しかし返すべき言葉がないせいで何も言えないような様子を見せる。



「あらあら、今回はリヴィアの負けね。それはそうと、私はシリルよ。シリル=リースラント=シノヴィー。エイグルと似たような家だから、まあ知らないでしょうけどよろしくね。ああ、あと。リヴィアを苛めていいのは私だけだから、もし苛めたいなら私の許可を取ってからにして頂戴」


「…………主従、なんだよな?」


「ええ、普段はリヴィアが私のご主人様だけど、夜はそれが逆転するの」


「ち、違うぞ!! シリルも何を言っている!? そんな事はないだろう! 第一、私達は女同士だぞ!」


「ええ、そうね。女同士だからいいんじゃない」



 シリルはリヴィアの反応にゾクゾクと体を震わせる。あまり感情を出さない印象を受けていたが、その扇情的な仕草や濡れた唇など、アンバランスさが返って淫靡な様を際立たせる。


「まあ、でもあなた、本当にほかの人たちとは違うみたいね。少しは話が通じるようで助かるわ。短い間でしょうけどよろしくね」


「ああ、こちらこそ」


「なっ、シリルもこんな奴と仲良くする必要なんてない!」


「あら、嫉妬かしら?」


「お前は……だから違うと言っているだろう」



 そんな抗議はどこ吹く風。

 まるで気にしていないとばかりにシリルは気にも留めない。

 エイグルと、それに乗っかるようなシリルのやり取りで、リヴィアから辛辣な言葉を言われても、致命的なまでには険悪な雰囲気にならない。


 とは言え、シリルの目はエイグルのように笑っていない。


 その場の空気や感情をコントロールし、イザークに対してまるで品定めをするかのように、時折油断ならない視線を送ってくる。

 ある意味、この少女はこの中の誰よりも貴族らしいといえた。

 当然、イザークのある程度話の解る部分を疑っているだろう。



 貴族とは誰もが、己こそ正しいという歪んだ自負の持ち主と言っても良い。そんな中で突如輪の中に入った話が通じるが故に不審な他者に対し、警戒する姿勢こそがある意味普通なのだ。



 しかし、リヴィアのような露骨な警戒を見せるような、まっすぐな相手ならば簡単に裏をかけるためにたいしたことはない。



 そんなリヴィアやエイグルを隠れ蓑にしたこの少女は油断ならないだろう。だが、相手を測っている時、己もまた測られているという意識が抜け落ちている。



 その辺りはまだ訓練不足、経験不足と言ったところか。実際、この年頃なら相手はせいぜい同年代の貴族の子息が関の山だろう。そう言う点では、仕方のない部分も大きい。



 イザークのそんな考えも、観察するシリルに気付いたことをおくびにも出さずに、ただただリヴィアの後について移動する。




「ふん、この話はもう終わりだ。さっさと本題を話せ」




 そう言ってリヴィアが立ち止まったのは、グラウンドの隅。

 どこか適当な店でお茶をしながら、なんて思いで声をかけたのだが、この少女にはそう言った貴族の常識やら会話の機微というのを理解する気はないのだろう。



 尤も、遠目ながら他人から見える場所にしたという点は、やましい所のない彼女らしい配慮と言えたが。



「まずはこの班のリーダーだけど、リヴィアさんで問題ないか?」


「当然だ!」


「ええ、そうね」


「俺はお前でも構わな――」


 などと言いかけたエイグルは、シリルから即座に足の甲をかかとで踏みぬかれ、蹲って呻いていた。



「……お前にしては殊勝な態度だな。てっきり、自分をリーダーにしろと言ってくると思ったが? それと、取り繕って気持ちが悪い。普通にリヴィアで構わない」



「名前の方は分かった。もし俺がリーダーになったとして、お前達は従ってくれるのか?」


「私が貴様の出す指示に従うはずがないだろう」


「残念ながら、私も同感ね」


「俺はよっぽど変な指示でもない限りは構わな――」


 復活した直後、再びエイグルが足の甲をシリルに踏みぬかれ、撃沈する。



「まあそう言う事だよ」



「あなたはそれでいいのかしら?」



 シリルはエイグルの事を気にも悪びれもせず、淡々と会話を再開する。



「良いも何も、他に選択肢がないだろ。俺は授業自体やる気ないからな。そっちが主導してくれるっていうなら助かるくらいだ」


「ふんっ、随分とプライドのない事だ。まあいい、用件はそれだけか?」


「いいや、お供の冒険者はどうする? 当てがないなら、こっちで適当に見繕っておくけど?」



 これも重要な要素だ。

 せいぜい出食わしてもゴブリン程度だったから昔はそれもなかったようだが、今の貴族は軟弱で、ただ歩くだけの訓練さえまともにこなせる者もいない程だ。まして戦闘など出来るものではないし、昔はこれで死ねばその程度という事だったらしいが、今はもし死ぬような事態になればそれはそれで問題だ。



 だから、護衛として冒険者を雇っても良い事になっている。


 実際の所、護衛兼、荷物持ちというのが実態だから、貴族の坊ちゃんは本当に、ただ歩くだけの訓練ではあるのだが、それだけでもこの訓練は大不評だった。少なくとも、いつなくなってもおかしくないと噂されている程度には。



「そんなものはいらない」



 だが近年、恐らくは冒険者を雇わない者はいないとさえされる程当たり前となっていた冒険者を、少女はいらないと言う。



「一応言っておくけど、俺は戦えないぞ?」


「ふん、お前一人、いてもいなくても変わらない。出てきた魔物は全部私一人で倒してやる」


「なるほど、それは頼もしい。なら、相手は全部任せるからな」


「……つまらないやつめ。それで、要件はもうないだろうな?」


「ああ、今話すことはこれだけだよ」


「なら私たちは帰る」


 そう言って、リヴィアは背を向け、歩き出す。


 構成としてはバカが二人。そして近づいて油断させ、懐から此方を探ろうとする油断のならない女が一人。そんなところだろう。



 だが利害を無視し、情と義で動くといった前評判通り、彼らの結束は本物だ。

 余程の事情がなければ裏切ったりするようなことはないだろう。

 そして、得てしてこういう人間ほど、他者を貶めるのではなく自分を磨いて上へ行く。



 兵数で大きく劣っていようと質が高いため、総合力では此方とそれほど差がないだろう。


 子供とはいえ、貴族。


 貴族として生き抜くための処世術や武器を備えている。まして彼らの場合、周囲にいる大半は敵なのだ。


 その環境が、彼らを弱いままではいさせない。


 義に生きる事は愚かな事で、つまり彼らは愚かな人種だから簡単に勝てるなどと思い上がっては危険だ。


 数が少なくても生き残る術を彼らは持っている。


 それは最悪の場合自分一人でも戦えるだけの力であり、しかし同志である者達との力強い結束が安易な足し算以上の力にもなるだろう。


 その時、歩き出したリヴィアが迷ったように中途半端な動きで振り返る。




「……待て、最後に私からも一つ聞きたい。お前は、何を企んでいる?」




 リヴィアが、いつかと同じ質問を繰り返す。

 そう言っておきながら、答えが返ってくると期待はしていないのだろう。

 返答を待つまでもなく、リヴィアは話し続ける。




「確かに、お前は他の者達とは違うのだろう。お前と話しているとイライラさせられる。上っ面を取り繕ったような所が気に入らない。本性を隠して接している所が、私の知る誰よりも貴族らしくて反吐が出る。どうせくだらない考えを隠しているのだろうが、少しでも不審な動きをすれば容赦しないから覚悟していろ」



 此方の返事など期待していないとばかりに背を向け、リヴィア達はここから立ち去る。

 本来なら慣れない人間関係を解消させるため、親睦会の一つでも開くべきなのだろう。だが、警戒心の塊を相手に打ち解けるのは、随分と難儀な事らしい。

 心理戦など苦手だろうに、時として野生の勘は侮れないから恐ろしい。


 溜め息一つつき、イザークはここから立ち去るリヴィア達の背中を見送った。





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