踊る会議
二輪免許を取りに行ってたから投稿が遅れた、なんて言い訳はしませんとも。ええ、ただ呟いただけで言い訳じゃないです。
イザークは最悪、ナーシェが翌日に動く事も想定していたのに、一週間も動く気配がないせいで肩すかしを食らった気分だった。
だが、本当に動く気がないというわけではないのは考えるまでもない事だ。
此方としてもその期間で情報収集をする事が出来たので文句はないが、ずっと警戒を続けるというのは神経がもたない。
逆に一週間も動かないとなると意外と慎重派なのかと評価を改めはしたが、この一週間、些細な日常の出来事とはいえ稚拙かつ拙速な面も目立っているため、判断に迷っていた。
それに、もしも裏で父親が動いていたのならナーシェと違って厄介極まりない。何せ謀略家であるヒューゲル公爵の右腕的存在なのだ。
リヴィアに対する悪意は本格的なものとなるだろう。
だから、この行動があまり良くない事は解っていながら、イザークは直接ナーシェ相手に聞く事にする。
「少し話したい事があるんだけど、時間は大丈夫かな?」
お互い微妙な立場ながら、今は一応味方と言っていい立場だ。
聞けばナーシェもある程度は話すだろうし、話す気がなくとも探りを入れられれば充分という思いからだ。
「ああ、勿論だとも。それで、何のようかな?」
「二人で話したい。廊下に出てもらえるかな?」
「分かった。お前達はここで待っていろ」
配下に指示し、イザークの先導に従ってナーシェも廊下の隅まで移動する。
「さて、あまり授業まで時間もない。面倒な事はなしにして早速聞きたいんだけど、動くのは三週間後、という事で間違いないかな?」
その言葉に、ナーシェはにやりと笑みを濃くする。
「そうだね、そこまで分かっているなら隠し事はやめておこう。やるなら徹底的に、というのはパパの教えでね。学園内での小細工よりも、その日を選んだのさ。だからもう少しだけ待っててもらえるかな。キミにも最高のショーを特等席で見物させてあげるよ」
何か企んでいるのは間違いないだろう。
それは、リヴィアだけでなく自分に対しても。ナーシェの言う特等席は、ナーシェの側ではなくリヴィアの側を指している事に、その優越感に浸るような厭らしい笑みで気付く。
魑魅魍魎の貴族と違い、何かあればすぐ得意になって自慢したがる、自制の利かない子供の相手は楽でいい。
従わなかった事への不満をぶちまけるためにも、このクラスを独裁するのに最も邪魔になるイザークを排除しようと動いても何ら不思議ではない。
何より、ナーシェにとってうってつけの舞台が三週間後に迫っているのだから。
「……ああ、それなら良かった。あの宣言から時間が経っているから、実はとっくに失敗していたんじゃないかと思って心配していたんだ。もしかしたら、きみには出来ないんじゃないかと思ったよ」
「っ!! ボクを誰だと思っている! なめるなよ、その程度の事がボクに出来ないはずがない! 後悔するといい、お前もすぐに、あの生意気な女と同じ道を辿らせてやる!」
だから挑発する。やらないのではなく出来ないと言った事で示す、露骨な怒り。
これでナーシェの考えが勘違いではない事を確定したのと同時、両者の間により大きな亀裂を刻む。
相手がその気なのだ。
組んだ所で得られるメリットはゼロに等しい。それに何より、気に入らない相手と組むよりはまだある程度認めているリヴィアと組んだ方が良いという判断の下、もはや避けられない争いを前に静かに策を練った。
「さて、諸君には今更言うまでもないが、一週間後には行軍訓練が行われる。この時間に四人一組の班を各自で結成しなさい」
あの時から二週間が経過した。
授業風景は特に変わらないものの、生徒間で流れる空気は慣れからくる気の抜けたものではなく、むしろ徐々に張り詰めたものへと変質していった。
それはあの日以来から怒気を撒き散らしているナーシェのせいでもあり、そのナーシェとの間が急速に険悪なものとなったせいでもある。そして誰もが、一週間後に行われる行軍訓練でナーシェが行動することを予期していたからだ。
その言葉を受け、それぞれが自分の席を立ち、自分が盟主と仰ぐ相手の席へと近づいていく。
ナーシェの班は単純だ。
中立派の数名を取り込んでいたためナーシェ含めて十二人。自分の班にはお気に入りの三人を。そして残りも適当に振り分ければ、余り者が出ることはなかった。
だが、イザークの班とリヴィアの班はそうもいかない。
中立の者同士は早々に、余計な横槍を入れられないよう事前の結託でもしていたのだろうが、即座に八人で二班を組んだため、イザークの班から一人、リヴィアの班へと行かなければならないせいで、その候補として選ばれた、立場の弱い三人が押し付け合い、遅々として進まないのだ。
誰もが彼女のグループに入り、巻き込まれる事を恐れている。
と、この教室にいる誰もがそう思っているだろう。
事実そうなのだろうが、これは事前に、イザークが時間いっぱいまで揉めろとそう命じていたことだ。
そして、授業時間の終わりが見えていた時、教室内の意識は誰もがイザークたちのグループ、正確に言えば、全ての決定権を持つイザークに集中していた。
「それでは僕が立候補しても構わないでしょうか?」
「なっ!?」
「は……?」
「っ!? イザーク様、それは――!」
ダレンを始めとするこちらの陣営には目線で抑えるよう促す。
ナーシェは鴨が葱背負ってきたと、こんな場でなければ今にも大笑いしそうな程顔がにやついている。
「反対だ! なぜ私がよりにもよって貴様などと……。我々は三人だけで結構だ!」
そして案の定、リヴィアからは反発の声。
席を立ち、イザークの元へと詰め寄る。
「仕方がないでしょう。そちらは三人で、他には誰も希望者がいない。そして私のグループは一人余っています。その誰かに行けと命じるよりは、僕一人が行った方が角は立たない。それとも、訓練自体を放棄しますか?」
尤も、この発言であらゆる所から角は立ったが。
授業の放棄などできるはずがない。
実戦に関する授業を選択している者はよほどの事情がない限り強制参加であり、ましてこの真面目な少女がそれを拒否できるはずがなかった。
「僕はイザーク君を支持しますね。クラス内の和を尊ぶ。実に素晴らしい事だと思いますよ」
そして当然、ナーシェはイザークを支持する。
「貴様は黙っていろ、ナーシェ! どういうつもりだ、イザーク。何を企んでいる。貴様の目的は何だ?」
「企むなどと人聞きの悪い。仮に企んでいるというのなら、僕自身ではなく他の者を送り込みますよ。それに、もし何かあれば三対一。どう考えても僕が圧倒的に不利だと思いますよ?」
仮にも授業中だというのに、駆け引きも何もないストレートな物言いに内心で苦笑をしながら、表面上はすまし顔で答える。
一対一でさえ勝てないのに。そんな空気を滲ませれば、リヴィアはそれに反論出来ない。
実直な性格という事は、規則など決められたものに弱い。四人で一チーム。その概念が常識として支配している以上、この少女に拒み切れるものではない。
ただ、それでも甘いと言わざるを得ないだろう。
彼女の立場からすれば最も警戒すべき人間を入れようとしているのだ。此方からすれば助かるが、形だけでも中立派から早々に一人取り込んでおくべきだったのだ。実戦はともかく、政治面ではやはり素人。駆け引きの初歩も知らないようだから、やりやすくはある。
それにしても、頼れる部下がいないと言うのは本当に困ったものだ。
此方の陣営の誰もが貴族らしい使えない人間ばかりなのだ。何か起これば真っ先にパニックに陥り、逃げ出すか動けもせずに足を引っ張るだろう。
幾ら影で護衛をつけても、表だって動けない場面も多いはず。
だから自ら入り、ある程度フォローをしなければならない。
下手な注目を浴びる事を覚悟し、メリットデメリットを比較した際、ほとんど水平の天秤からリヴィアの班に入る事を選んだ。
先にナーシェを潰せば、この少女一人ならどうとでも出来る。
それに、大人しくしているようなら無用な手出しをするつもりもない。
「…………いいだろう。だが、もし妙な事をすれば容赦はしないから、そのつもりでいろ」
渋々ながら、リヴィアは自分の席へと戻ろうとし、しかしすぐに後ろを振り返る。
「……どういうつもりだ?」
「はい? 何がですか?」
「だから、どうして私の後をついてくるのかと聞いているのだ!」
「同じ班になったのだから、改めて自己紹介したほうがよいかと思っただけですよ」
「それなら結構だ。貴様のことなら知っている」
「ですが、ぼくはそちらの班のメンバーをよく知りません。ですから、もしよければ自己紹介していただけないですか?」
「男はエイグル、女はシリルだ。もう授業も終わる。さっさと席に戻れ」
随分と嫌われた物だと内心で肩をすくめ、言われたとおりに席へ戻る。
授業の終了を終わらせる鐘の音が聞こえたのは、それから僅か数分後だった。
「イザーク様、どう言う事ですか!」
と、先程のリヴィアを再現するかのような様相で詰め寄ったのはダレンだった。
しかし、それが派閥全員の意思を代弁しているのは考えるまでもない。
尤も、イザークとしてはこういう事態が起こっても上手く派閥をまとめ上げろ。そういう意図を、以前に述べたのだが。
こうして詰め寄って来たのはダレンが覚えていないからか、それとも他の者達を抑えきれなかったからか。
「ダレン。僕は以前に言ったはずだよ。君達も、僕には僕の考えがある。今の行動が納得できないのは分かっているつもりだが、どうかここは僕を信じてついて来て欲しい」
多少判断に迷いつつも、こう言えば誰も反対は出来ない。
皆、表情は納得できていないものの、渋々ながら頷いていた。
実際、ナーシェが仕掛ける事を分かっていながら、無策でリヴィアの班に入るなど自殺行為以外の何物でもないのだ。
つまり、何か策があると匂わせるだけで良い。
「さあ、この話はこれで終わりだ。それと、余計な心配を掛けさせてしまい申し訳ないな。今日はもう、これで終わりだ。昼ごはんは僕が御馳走するから食べにいかないか?」
その言葉に、急速に明るくなる雰囲気。
現金なものだと内心で苦笑する。
普段は食べないような、それこそパーティーか祝い事等で奮発した時でもないような豪華な物を御馳走するというのだから当然だろう。
財力を見せつけ、気に懸けているというポーズをとる事で求心力を得るありふれた行為ではあるが、これも中々バカには出来ない。
すぐに集まり、ご機嫌取りの会話の相手をしながら派閥を率いて貴族向けの高級レストランへと繰り出した。




