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異世界における革命軍の創り方  作者: 吉本ヒロ
3章 12歳、学園編
51/112

模擬戦

遅くなって申し訳ない。

数話分は出来上がったものの、やらなければならないことが多いため、しばらく不定期更新続きそうです(汗





「イザーク様、おはようございます! 此方、イザーク様の指示通り用意しておきました!」


 翌日、家人に命じて朝一番にイザークの部屋まで通させたのはダレンだ。

 ダレンはイザークの顔を見るなり、およそ三十枚の紙の束を差し出してくる。



「ああ、悪いな。仕事が早くて助かるよ」

「いえ、期待に沿えたのならなによりです!」



 それを受け取って、流し気味にパラパラと捲る。

 情報量は予想の範疇で、ある程度細かく書き込まれているのはイザークの陣営の者。

 そして次にナーシェの陣営。これは所々空きがあり、性別と名前だけ等、最低限の情報しかない者も数名いる。


 そして最後にリヴィアの陣営だ。これはリヴィアの事はそれなりに書き込まれているが、他はやはり最低限。


 まず気になっていたのは勢力図。


 ダレンの情報の通りならば、ナーシェがこのクラスの四割を占める最大勢力。

 そして次に、イザークの三割。

 最後に、リヴィアの一割。


 残りの二割はこの三者に縁故がなく、故にリヴィアを除くイザークかナーシェ、どちらにつくかを迷っている所だろう。


 場合によっては結託し、最後まで中立を保つ可能性もあるが。


 リヴィアに至っては本人を含めて三人しかいないのだから、それだけでその勢力の小ささが窺えるというものだ。


 しかし、だからこそ彼女達の結束は固いだろう。


 そして覚悟がある。


 単身で敵地に乗り込むような、そこらの坊ちゃんや嬢ちゃんどもにはない覚悟が。


 それに、あの裏のない性格は信用できるし利用できるだろう。


 この辺りは、最低限とはいえ事前にしていた調査と大差ない。

 ただ、ナーシェがいつ動くかが問題だ。


 遠からず動くのは分かり切っているが、リヴィアが早々に潰されてしまっては困る。



「…………ダレン。すまないが用事が出来た。悪いが先に学校へ行っていてくれ」

「……あっ、はい、分かりました!」



 頼まれた仕事の件もあるが、ダレンはどうせ仕事がなくてもわざわざこの屋敷にまで迎えに来ただろう。しかし今日は学校へ行く間ずっと相手をするのも面倒であり、ダレンに聞かせるわけにはいかない会話もあるため、先に行かせることにする。



 授業が始まるまでまだ時間の余裕はある。



 ナーシェが動く前に準備を整えておかなければならないため、それまでにやらなければならないことは多かった。



「ああ、そうだ。ダレン」


「はい、なんでしょか」


「きみにだから言うが、僕はこれからダレン達にとって理解できない行動をとるだろう。だが、それも理由があっての事だ。僕が考えているのはリヴィアとナーシェの共倒れ。つまり、そのために多少奇異に映る、それも単独行動をとることになるだろうけど、此方の陣営を上手くまとめておいてほしい。勿論、この理由はダレンにだから話したんだ。他の誰にも言ってはいけないよ」


「あ……はいっ! それでは今度こそ失礼します!」



 部屋を出る直前でダレンに掛けた言葉は、ダレンの表情を喜色満面へと変える。

 現状における忠誠という点では、信用のおけるダレンにだから話したというのは本当だ。尤も、この言葉は嘘なのだが、理由としては充分な説得力があるだろう。


 自分が一番信頼されていると勘違いし、得意になったダレンならば今まで以上に御しやすい。


 派閥の維持というイザークにとっては面倒この上ない仕事も、むしろ喜びながら進んでやってくれるだろう。



「キャリー、早速仕事だ。全員に伝えてくれ」

「……あ、はい」



 ダレンが完全に去った後で声を掛けたのは、部屋の隅で影のようにひっそりと佇んでいた、小間使いという名目で王都まで連れてきたキャリーだ。


 自信のなさそうなおどおどとした態度は相変わらずだが、彼女がこの屋敷内にいるイザークと王都に潜伏する孤児達との連絡役としての手駒だ。


 この弱々しい見た目や性格から、屋敷の中においても他の人物達から良く面倒を見てもらえているし、頻繁にいなくなってもサボりではなくイザークの命令によるものだと簡単に信じてもらえる。


 そしてそこらの人間よりは強いが、孤児の中では実戦が苦手だから臆病であり用心深い。


 それらの点から、キャリーの人選はうってつけと言えるだろう。



「先ずはこの二人の情報を最優先、これは出来れば今日中に頼む。残りはナーシェを優先、最後に中立の人間だ。全部で一週間以内。王都を出なければ入手出来そうにない情報はいらないが、重要そうな情報であれば改めて連絡をくれれば判断する」



「あ……分かりました」


「それじゃあ行ってこい」


「……はい」


 一礼し、部屋を出たキャリーを見送った後で、イザークも先の情報を脳内で吟味する。


 裏切り者である可能性を割り出すのは簡単だ。


 その人間の領地周辺の貴族が所属する勢力図、その人間が長子かそれ以外か、そして、本人の人間性。それらを押さえれば、おおよその察しはついてくる。

 人間性は未だ分からない部分も多いが、それ以外なら簡単に調べはつくし、おおよそならば頭に入っている。


 後はそれらを踏まえ、可能性の高い者の動向に注意しておけばよいだけの事だ。


 イザークはこれからやるべき事をまとめ、日課である朝の鍛練へと赴いた。






 入学時から新入生特有の浮かれ気分に浸れないイザークにとって、三日も通えばこの学校もどんなものかは分かるようになる。


 つまらない授業にバカらしい覇権争い。


 それら一切がイザークにとって興味はないものの、少なくとも覇権争いに関しては他人事ではないので、仕方がなく付き合っているのが現状だ。


 しかし早くも定着した例の如く聞き流すだけの無駄な授業時間を過ごす、というわけにはいかない授業が一つだけあった。


 古くからの慣習であり、今以上に激しい争いの絶えなかった当時の名残である実戦訓練だ。


 当時は貴族が先陣を切って戦場に臨んだと言われているほどだったから、指揮は勿論だがそれ以上に個人の武勇が尊ばれた時代だ。


 多くの者は剣とカイトシールドをそれぞれ片手に持った標準的な装備で、その人間は大抵が時代遅れだとぶつくさ言いながら剣や盾をせわしなく弄り、時折教師の目を誤魔化すように剣を振るう。



 少なくとも教師も現状は弁えているため、余程露骨にサボらない限り多少の私語をしても文句は言わない。


 しかし極僅かながら、ハルバートを装備している者やナイフを両手に持った者などもいる。


 彼らは自分の武器を選ぶという点で既にこだわりがあるのだろう。その扱いは慣れ親しんだ者のそれであり、他の生徒とは一線を画している。


 これは男女別の授業であり、多くの女子は婦女としての礼儀作法等を学ぶ授業をとっているのだが、例外的にここにも二人、女子がいる。


 一人は言わずもがなリヴィアであり、もう一人もリヴィアの陣営に属する少女だ。


 冷めたような切れ長の目をした、肩口で切り揃えられた髪型で、冷徹そうな印象を与える。ナーシェの自己紹介の際に笑っていた、ハルバートを選んだ大柄な少年をどついていた少女だ。


 この二人は、リヴィアの陣営に属しているだけあって己を律し、鍛えているだけの油断ならない雰囲気を纏っていたため、キャリーに命令して最優先で調べさせた。



 当然ながら、その報告が正しいのかをじっくり観察して確認したい所ではあった。だが、今のイザークに出来る側の人間をゆっくりと観察している余裕はない。

なぜならこれはイザークが最も注意を払い、高い集中力を発揮しなければならない唯一の授業だ。



 何せ出来ない生徒と同じ動きをしなければならない。



 体に染みつかせた反射的な動きの一切を封じ、敢えて考えて稚拙に、のろのろと動かなければならないというのは予想以上に難しい。


 教師の合図で始まった素振りを他の多くの生徒同様たどたどしく、剣に振り回されているよう動かなければならない。


 これはかなり神経を削られるし、出来ない生徒の動きを真似なければならないために違和感が強い。


 結果、ある意味では他の生徒以上にぎこちない動きになったが、変な動きが身についてしまいそうで内心苦々しく思う心を押し殺す。


 その間にも、順番に教師に呼ばれた生徒が、一対一で教師と模擬戦をやっている。


 この学校で唯一貴族に連なる事のない家系の人間で、今は引退した上級クラスの冒険者だ。重傷者か、死人さえ出さなければいかなる貴族の権力でも手出しはしないという条件の下、講師として招いている。


 これは自分に贔屓しない、気に入らないからという理由で貴族が講師に危害を加え、講師不足を招いた事による妥協案だ。莫大な月謝が払われている今でさえ尚、貴族の相手という事で不人気な職らしいが、それでも辛うじてながらなり手がいないわけではない。



「次、リヴィア」


「はい!」


 だらけた空気を引き裂くような返事。


 歩く姿は凛然とし、その態度は平常そのもので、そこには微塵の気負いも感じられない。


 教師側もそれを感じ取ったのだろう。


 教師の放つ空気が初めて緊迫したものに変わる。本気になったと気づいた者が、果たしてこの場に何人いたか。


 教師が開始の合図を告げ、少しだけ待った教師がリヴィアは動かないと判断し、自ら仕掛けた。


 コンパクトに隙のない一撃ばかりを繰り出すのは、リヴィアを最大限警戒している事の証だ。


 リヴィアはそれを盾で受け、時折反撃するも、その攻撃は全て同じように盾で防がれる。



――あの教師は負けるな。



 それが、イザークがリヴィアと教師とのやりとりを見て抱いた感想だ。

 貴族の子弟を育てる学校の教員をしているだけあって、万が一の事態が起こった場合の護衛も兼ねているのだから、実力は充分にある。現に、試合展開は決して悪い物ではない。


 六対四、下手をすれば七対三くらいか、やや教師のほうが優勢とさえ言える。だが余裕があるわけじゃあない。


 教師と生徒が戦った場合、当然ながら教師が勝つのが当たり前だ。


 まして、男相手に負ける事なら今までにも数度あっただろうが、相手は女。


 その思いがある以上、思い通りに勝負を進められないから焦りが生まれ、少しずつだが攻めの手は激しく、そして荒くなる。



 反対に、リヴィアの方は押され気味のまましばらく経つというのに未だに冷静だ。攻撃の激しさが増したことで周囲のギャラリーは剣を振る手を止め、自然と歓声を送っているが、戦いの趨勢が傾いているのを感じ取れていないのだろう。


 一見、リヴィアがより不利になったように見えるが、一つ一つを丁寧に処理し、堅実に対応していく。


 負けて当たり前だと思われる立場にいることも大きいのか。いや、きっと負けて当たり前だなんて思いで戦っていない。


 女の身で在りながらこの年で年上の教師と対等に戦えるだけの技量は、今までの道のりが決して平凡ではなかったと思わせるに十分に足る。


 相手がどれだけ強くても、対峙する者全てに勝つ。ただその一念で剣を握っているのだろう。


 でなければ訓練だからと言って、あれほどの気迫は出せない筈だ。さすがはさすが。女だてらに剣を握ってはいないということか。


 少しずつリヴィアに傾く形勢を誰よりも強く感じている教師の方は、より焦りを増す。


 息が荒くなり、攻撃はより雑になっていく。


 リヴィアも疲れはあろう。しかし、その一撃一撃を今まで以上に丁寧に処理し、己の力で掴み、手繰り寄せた流れを決して手放さない。


 その力は決して一朝一夕で身に付くようなものではない。それを、戦いの趨勢までは感じ取れなくても、教師の焦り、そしてリヴィアの力を他の生徒も感じ取っているだろう。



 だから教師が負けるかもと危惧し、ささやかな抵抗とばかりに苛立ち混じりの視線や舌打ち、そして悪口をリヴィアに届くように口に出す。


 しかし、その程度の邪魔など聞こえないとばかりに、類稀な集中力が周囲の雑音を遮断する。



 教師側が繰り出した突きに合わせ、リヴィアが盾を突きだす。

 想定したタイミングよりも早く、そして強い衝撃が襲う。

 とうとう誰が見ても分かる程強く、教師が焦燥を顔に出した。

 このままでは負けると判断したのだろう。

 生じた隙を上書きするかのように、大きく勝負に出た。

 しかし、そんな破れかぶれで強引な一撃こそ、リヴィアの望む所だった。


 教師側が大きく勝負に出た一撃をキレイに受け流し、体勢を崩した所を今度はリヴィアが強打する。


 辛うじて防ぐ事は出来たが、それはこの一撃をなんとか持ち堪えただけで、先程以上に大きく体勢を崩している。


 その瞬間に生じた決定的な隙を逃すはずもなく、第二撃を首元に突きつけられて教師は負けを認めた。


 生徒が教師に勝つという充分に誇るべき快挙を成し遂げながらも、本人は特に嬉しそうな顔をするでもなく、淡々と剣を下ろし、頭を下げる。



「ちっ、女のくせに生意気な……」


「どうせまぐれですよ。ああ、それか、女だから手加減してもらえただけでしょう」


「ははははは、なるほどな、確かに。女が男に勝てるはずもない。それを女だからとこうも手加減してもらえるのだから、女というのは楽でいいな。羨ましい限りだよ」


「――っ」


 その態度が癪に障ったのか、それとも、リヴィアのとる行動の全てを否定しないと気が済まないのか。


 誰一人としてこの教師に勝てなかった男子生徒は口々に生意気だと言い、ナーシェの陣営は特に露骨に、女だから手加減されたのだと言う。


 しかし、それはイザークの側も同じだ。


 イザーク自身にその気はなくても、俗物たる貴族の子弟は皆同じような反応をしている。


 ダレンがイザークへ向けてアピールするかのように音頭をとり、他の者が続く。

 わざと聞こえるような舌打ちなど序の口。彼らは何が何でも、いっそ必死ささえ感じさせるほどに、自分達が理解出来ない程高みにいる彼女を、理解できる枠へ引き摺りおろそうとする。


 リヴィアが全力を尽くして勝ちとった尊い勝利が穢され、陳腐なモノへと貶められていく。


 表情は一瞬崩れただけですぐに立て直し、内心を上手く隠そうとしているのだろう。だが、強く握りしめられた剣と盾が、彼女の抱く悔しさの一端を滲ませる。



「…………」



 ここで鳴る、終業の鐘の音。

 教師が解散を告げ、リヴィアは淡々とした足取りで、しかし誰よりも早くにこの場を去った。



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