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異世界における革命軍の創り方  作者: 吉本ヒロ
2章 10歳、王都へ行く
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ムッツ=ゴローの動物王国



 そこは不思議な空間だった。

 平民が住む区画としては珍しく大きな家に広い庭。

 だが、荒れ果てた家はところどころ穴が空き、雨が降ればたちまちの雨漏りを通り過ぎて床を濡らしてしまうだろう。なにせ遮るものも碌にないのだから。


 本当に人が住んでいるのかと疑いたくなる。伸びきった多様な草を見れば、何の手入れもされていない荒れ果てた庭でしかないのに、それは庭の端の部分だけ。

 その他の大部分はまるで人の手が入っているかのように、所々にポツンと小さな雑草が生えている程度なのだから、やはり人が住んでいるのだろう。



「すみませーん」



 家の中へ向けて声をあげるものの、少し待ってみても反応はない。

 もう一度声を掛けるか。そう思い、息を吸った時に背後から聞こえてきた声。


「にゃー」


 声に反応して振りかえると、少し離れた場所に黒猫が一匹いた。

 此方が振り返った事を確認し、まるで付いてこいと言わんばかりに首を振って裏庭の方へと歩き始める。


 勝手に立ち入ることに多少の抵抗はあるものの、いるならいて助かるし、いないようならすぐに引き返してまた出直せばいいだろう。

 しゃなりしゃなりと歩く様はまるで気位の高い貴婦人のようで、思わず苦笑気味に黒猫の後を追う。


 そして裏庭に着いた時、その光景に息を呑んだ。


「よーしよしよしよし。良い子じゃのう」


 そこには全部で数十匹の犬や猫、ウサギにガゼル。鷲等、多種多様な生き物がいた。

 どこから連れてきたのか、人間でさえ脅威に感じるライオンもいて、捕食者と被捕食者の関係にある生物までもが仲良く並んでいる。

 この世界における生物は、地球にいた頃とそう変わりはない。ただ大きな違いと言えば、それらの生物をベースに巨大化、或いは凶暴化、そして混ざり合うはずのない生物が混ざり合った生物がいる事くらいか。



 それらは魔獣と呼ばれ、誰であろうと見境なく襲いかかってくるために出現場所によっては騎士が出る事もあるが、基本はフリード達のような冒険者が金で雇われて対応している。


 その中の一匹、低ランクとは言え魔獣である灰色の狼をなでまわし、可愛がるのは老年のおじいさん。

 他の動物たちは狼が気持ち良さそうにしているのを見ながら、まるで順番を待つようにおとなしくしている。


 これほどの数になればここは狭く小さいだろうが、充分に動物王国と言えるだろう。


 その光景に思わず呆けていると、先の黒猫がお爺さんの肩に跳び乗り、その耳元でにゃあと一声鳴く。


 それでようやく横を見て、その延長線上にいるイザークに気付いた。


「おや、客人でしたか。これは失礼を。どうにも子供たちが可愛すぎて、一度集中すると中々に気付けなくての……」


 いやはやと頭を掻きながら苦笑気味に答える。

 そんな姿に黒猫がまるで仕方がないなと言わんばかりに首を振りつつも、どこか嬉しそうにその肩から離れない。


「いえ、此方こそ何の連絡もなく、突然失礼します」

「それにしても可愛らしい客人ですな。本日はこのあばら屋にどのような用件で?」


「まずは自己紹介を。僕の名前はイザークと申します。あなたがムッツ=ゴローさんで間違いないでしょうか?」

「ああ、確かにワシがムッツ=ゴローです。見ての通り、動物が好きなだけの偏屈な爺じゃわい」


 屈託なく笑う姿には、自らを卑下するような表情は欠片も見られない。

 心から動物を愛し、それに誇りを抱いているのが伝わってくる。


「早速で申し訳ないですが、本日は助言を求めて此方へ参りました。実は自宅で飼っていた鳩を王都へ連れてきて放した際、ほとんどが帰ってこなかったのですが心当たりを聞いてもよろしいでしょうか?」

「ふむ……。お前さん、それは街で拾った鳩をここ、王都まで連れて来て、放ったという事かね?」

「ええ」


 以前、自分の力で伝書鳩を機能させられるかどうか試したことがある。

 拠点で半年ほど飼い、ベルトランが王都に行く際に鳩を一緒に連れて行き、足に色つきの糸を巻きつけて放してもらった。

 結果、帰って来たのは十羽中一羽。

 帰巣本能が上手く作用しなかったのか、それとも帰路で他の生物に食べられたのかは知らない。が、さすがにそれでは話にならない。

 原因を探ろうにも発信機の類などは当然ながらなく、人力では空を飛ぶ鳩に追いつけずに観察など出来ないから手の打ちようがなくて困っていた。


「なるほどの。だったらそれは、食べられたんじゃな。鳩の天敵は人のおる場所にはそうそう近づかんが、野外では多い。同じ鳩でも、野外に住む鳩ならば普段食べているアムの実という木の実が強烈な臭いを発しておってな。そのせいで、野外では近づいた天敵の方から逃げて行くのじゃ」


「なるほど」


 前世での伝書鳩の歴史は長い。だからその存在がないことを幸運に思いながらも不思議にも思っていたのだが、そういうことなのだろう。

 地球と似ていながらも異なった生態系のせいで、天敵となる存在も多いのか、より過酷な生存競争が繰り広げられているのか。


 野外に生息する鳩と、天敵がいない街に生息する鳩では生態系が異なるのだろう。


「助かりました。さっそく試してみる事にします。もしよろしければ、お礼を受け取ってほしいのですが、何か希望するものはありますか?」


「なにもいらぬよ」


「……え? あ、別に遠慮などなさらずとも、僕はお金に困っていたりすることはないですし、動物に関する事はさすがに敵いませんが、それなりに知識もあるつもりです。何か困ったことがあれば――」


「ワシは大丈夫じゃよ。確かにお前さんから見ればあばら屋に住み、本当に生活出来ておるのかと心配にもなろう。じゃが、この子たちが一緒にいてくれる。ワシにはこれで充分なのじゃ」


 心の底から満ち足りているというような、しわくちゃな笑顔を見せる。

 その表情を見て、言葉を失った。

 その代わりというように、ムッツが口を開く。


「本来、動物を利用しようなどと利己的に考えるような者に力を貸そうとは思わぬでな。じゃが、言葉が通じない動物たちと暮らしておると、不思議と分かるものがある。言葉ではなく、心で結ばれておるのじゃ。そして、それは人も同じじゃ。お主が心ない人物でないことが、ワシには分かる。じゃから力を貸したのじゃ」


「…………」


 そう言われて悪い気はしない。

 だが、このような人物だからこそ、受けた恩は返したい。


「まだまだ若く、そして青いの。他人の好意は素直に受け取るものじゃよ」

「あ…………」


 そう……かもしれない。

 どこか納得しきれていない気持ちが伝わったのか。


 ここは前世と違って科学が発展していないから、犯罪が多いのだ。

 罪を犯したその場で誰かに見られてなければ、大抵は捕まらない。

 そして教養がない人間やより本能に忠実に動く人間が、利己心の強い人間が多い。


 だからだろうか。他人をあまり信じられず、この世界で接した大半の相手は利で縛ることばかりしてきた。

 利害関係がないと不安だったのだ。


 それを否定はしない。


 多くの人間は利で動く者だから。そしてこれは所詮一時的な関係で、もう用はないのだとしても。

 でも、もう少しは人を信じてみてもいいのかもしれないと、そう思った。


「ありがとうございます」


 気付けば、自然と感謝の言葉と共に頭を下げていた。


「よいのじゃよ。何を背負っておるのかは知らんが、お前さんには何か不思議な魅力が備わっておるように思う。それは不思議と人を集め、お前さんを支えてくれる力になるじゃろう。どうしようもないほどに困った時くらい、その者達を頼りなさい。あまり生き急がぬことじゃ、若人よ」


「…………はい」


 敵わないなと、素直にそう思う。

 歳ばかり食った無能な人間も多い中、この人は年齢を重ねたが故の深みを持っている。


 こういった人の想いというのは得てして利己的な人間に踏みにじられる。

 そして利己的でなければ革命など成功するはずもないし、時として情を捨てなければならない場面も多々あるだろう。

 だから、少なくとも今の自分が彼のような人物像を目指そうとは思わないけど。 それでも、彼の意志の一欠片を心の奥に留め置く事くらいはしておきたい。

 それが、今の自分に出来るせめてもの敬意なのだから。





「お前もありがとうな」


 帰り際に思わず、ここへ来た時同様にここまで案内してくれた猫に話しかける。

普段はしないような行動をとってしまう辺り、どこか感傷的になっているのだろう。


「にゃあ」


 だが、まるで気にするなと言わんばかりに一声鳴いた黒猫に対して思わず苦笑を洩らし、それほど悪くない気分でここを後にした。




たまにはこんな話があってもいいかなと。

とは言え、最近はプロット通りに進まないことが多いです^^;

今回も研究者とて招聘する予定だったのですが・・・

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なぜ人々は寒いネタを入れずにはいられないのだろう?
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