奴隷
3、4話ほど暗い感じの話が続きます。
色々考えたつもりでしたが、結局この形に。
構成力のなさを痛感する今日この頃。。。
本来ならプレゼントを与えられてはしゃぐ子供を演じなければならないのだろうが、そんな気力も湧かずにずっと外を眺めていたせいで、馬車内は完全に無言だった。
せめてもの幸運は五分かそこらで家に着いたことだろう。
エルフの少女を連れて部屋に辿りついたおかげで、ようやく周囲に気兼ねすることなく一息つける。
「ええと、キミの名前を教えてくれないか? 俺はイザークだ。親の前はともかく、そうでなければ敬語を使う必要はないから好きに呼んでくれ」
「…………」
が、一応握手のために差し出した手も、質問と同じく無視される。
「あ~、エルフだから言葉が通じないとかはあるのか?」
「…………」
種族特有の言語はないはずだから言語は共通のはずだが、どうにもこれだけ反応がないと正直不安になってくる。
「それとも腹が減ってたり喉が渇いてたりするのか?」
「…………」
「分かった。一応通じている前提で言わせてもらうけど、俺の前でその態度をとるのは妥協するけど、せめて親の前でくらい、最低限でいいから従ってくれないか? 出来れば命令はしたくないから、そっちの方が助かるんだが……」
「…………ふん、知りたいなら命令すればよいじゃろ。忌まわしい契約のせいで逆らう術を持たないのだから、簡単に教えてやる」
今まで反応がなかったから、最後にするつもりで話しかけたのだが、反応があって少しだけ驚く。
が、ようやく口を開いと思ったら、思いっきりけんか腰だった。
苛立たしげに目を細めて、煩わしいと言わんばかりの口調に、早くも及び腰になる。
「いや、さっきも言ったと思うけど出来れば命令はしたくないんだが……」
「貴族の息子だと言うのに随分と生温いのじゃな。それとも演技か? くだらぬ。貴様らの性根が腐っておる事は知っておる。大方、最後に騙された事を笑うつもりなのであろうが、そのようなものに騙されるつもりはないのじゃ」
「……分かった。俺に関してはどんな態度でも構わないけど、とにかく親の前でだけは大人しくしてくれ。でないと面倒なことになるんだ」
これが、最大限の妥協点だ。
もし親の前でこんなことをされれば、このハイエルフの少女の扱いはかなり酷いものになるだろうことは簡単に予想できるし、命令しないと納得しないだろう。
「そんなのは妾の知ったことではないのじゃ」
が、そんな事情など知らないと、鼻で笑い、バカにしたように挑発する。
このハイエルフの少女が抱いている人への、貴族への恨みは相当に根深いのだろう。
何とか会話のきっかけを作ろうとするが、とりつく島もない。
「はあ」
このまま何を言っても効果はないだろう。
自分に出来ることは、せめて親と対面させないことくらいか。
「それで、妾の寝床はどこじゃ。この部屋にあるのはお主のじゃろ。外か、それとも床にでも寝ればよいのかの?」
それは投げやりで、寝る場所なんてどこでもいいと言わんばかりの態度だ。
ただやることもなく、なるべく関わりたくもないからふて寝すると決めたのだろう。
だが、イザークもその辺りをどうするのか全く聞いていなかった。
言わなかったということは適当に使用人辺りと一緒にしろとでもいうことなのだろうが、この少女を目の届かないところに置けば間違いなく問題が発生するだろう。
「……ああ、だったらそこのベッドを使ってくれ」
「なっ!? ふざけるな!! それはお主と同じ場所で寝ろということか! お主、妾をそのように扱うなど許されると思っておるのか! いや、いい。妾は床で寝る!」
だからこその提案だったのだが、今までの投げやりな態度はすぐに豹変する。
「それだと俺の気がすまないんだけど……」
「ふん、そんなもの知るわけがなかろう。……それとも命令するか?」
それは挑発するように、そしてどこか挑戦するような目つき。
きっと人間とはそういうものだと決めつけたいのだろう。恨みが濁らないように、全ての人間が亜人種にとって悪意からくる行動をとらないと気が済まない。
「……そうだな。分かった、命令するよ。ベッドで寝ろ」
「結局それがお主の本性だということだな。ずいぶんと簡単に化けの皮がはがれたようだが……おぬし、何をしておる?」
「普通に寝ようとしてるだけだけど?」
「なぜ床に寝ようとしておるのかを聞いているのじゃ!」
「同じベッドで寝るのが嫌なんだろ? 俺は床で寝るのも特に抵抗もないから気にしなくていいよ」
実際、まだ数回ながら野宿の経験もある。
当然ながら周囲には内緒にしているし、初めてやった時は走りまわっていたせいで部屋に戻るのも億劫なほど疲れた挙げ句、勢いで野宿をしたので風邪をひいてしまった。そのせいで余計に部屋に戻ることが億劫になったほどに大変だったが。
これから先のことを考えれば、今のうちにそういったことも慣れておかないといけないし、普段はやっぱりベッドで寝てしまいがちなのでいい機会だろう。
屋根はあるしそれなりにいい絨毯の上なのだ。床でもそれなりに贅沢な方だ。
「そういうことを言っておるのではない! なぜ妾がベッドで寝て、お主が床なのじゃ!」
「いや、だって同じベッドで寝るのが嫌なんだろ? かと言ってお前一人にしたら確実に面倒なことになるだろうし、俺がこの部屋を出たら怪しまれるからこれが一番無難だろ」
「…………だったらお主もベッドで寝ればよいじゃろう」
「それはキミが嫌だって言ってたじゃん。言っただろ。床で寝る事に抵抗はないし、これも修行の一環だよ」
「〰〰〰〰っ!! なら命令じゃ! 妾は気にせんからお主もベッドで寝るのじゃ!」
どう見ても気にしてると言わんばかりの態度に強い口調。
奴隷に命令される主と言うのもなんと言うかシュールなものだろう。
個人的には、精神的には対等なつもりだからまだいいが、あの親や他の使用人達に知られればそれだけで大問題だ。
「分かった。ただ、さすがに寝るにはまだ早いから、先に飯にしよう。そろそろ出来てる頃合いだから持ってこさせるよ」
「ふん、妾はいらぬ。お主一人で食べるがよい」
きゅぅぅぅうん。
だが、先の一言で体が空腹を思い出したのか、タイミングよくまるで子犬の鳴き声のような音がした。
見れば少女の白磁の肌は、熟れたリンゴのように真っ赤に染まっている。
「い、今のはあれじゃ……、の、喉が、そう、唾を飲み込んだ際に喉がたまたま変な風に鳴っただけじゃからの! 決して空腹で鳴ったわけじゃないから、その辺り、間違えるでないぞ!」
「……分かってる。とりあえず、飯をもらってくるから、しばらくここにいろ」
「う、うむ。分かれば良いのじゃ、分かればの」
ここで肯定しておかないと話が進みそうになかったからとりあえず肯定しておいたが、どうやらそれで正解だったようだ。
誕生日と言う事でいつもより豪勢な食事を早めに済ませ、食べ物をナプキンに包んでから抜け出した。
「プレゼントが気になっているのだろう」
背後ではそんな声と共に笑い声が聞こえた気がしたが、それも聞こえなかったことにして自室へと戻る。
ハイエルフの少女はよほどお腹が減っていたのか、持ち帰った料理をあっという間に全て平らげた。
「……なあ、いい加減考え直さないか?」
「何をじゃ?」
「いや、あの……視線が気になって眠れないんだけど……」
「ふん。そんなもの、意識しなければ良いだけじゃろ」
「……分かったよ。それじゃ、おやすみ」
寝返りをうって、背中を向けるようにして目を瞑る。
間に食事を挟んだことで落ち着かせ、考え直すための時間を作ったつもりだったのだが、まだまだ意地になっているらしい。
結局、食事を終えても少し話しては会話が途切れを繰り返し、いつもよりも早めの時間ではあるが眠ることにした。
だが、少女の方から動いた音は聞こえなかった。つまり、今も見ているのだろう。
そして一度視線を意識すれば、背中を向けたくらいでどうにかなるようなものでもない。
「……………………」
「……………………」
それでも数十分は粘ってみたのだが、やはり視線のせいでどうしても気になって眠れない。
「……あの、やっぱり何とかならない? なんかどうしても気になって眠れないんだけど」
「妾に不埒な真似をせぬように見ておるだけじゃ。お主が寝れば妾も眠るつもりじゃ。もっとも、命令されれば逆らえんがな」
「…………俺もキミも5歳児だしそんな気はまったく起きないんだけど」
仮にも精神的には20代だが、生憎と体に引き摺られたように性欲は皆無だった。
まあこの年で性欲が湧いても困ることこの上ないが。
「バカ者め。男と女が同じ布団で寝る時点で不埒なのじゃ。父様も母様も、生涯添い遂げる相手としか同衾してはならぬと言っておったぞ」
「いや、だってキミ、俺と生涯添い遂げるつもりなんて毛頭ないでしょ。……分かった、だったらやっぱり俺が布団から出るよ」
5歳児のくせに無駄に貞操観念が強いようだった。
いや、むしろ5歳児だからこそか。
このまま布団の中にいるよりも、床にいた方が安眠出来ると確信を持って言える。
布団で寝る奴隷少女と床で寝る主なんてシュールな絵面になりそうだが、第三者がいないのだからそんなのは気にしてられない。
「バカ者! 一度許可したのじゃから今更撤回など出来る筈がないじゃろう!」
「ええ~」
なにこの子、もうホントめんどくさい。
「それに今この事態そのものが例外的なのじゃからこれも例外じゃ。例外なのじゃからなかった事にすればよい」
「そんなんでいいの?」
キッ、と睨みつけるような視線に藪蛇だったと気付いたがもう遅い。
「全部お主が悪いんじゃから素直に従っておけばいいのじゃ!!」
素直に言った結果だったのだが、もはや何も言うまい。
いつの間にか主従が逆転した気もするが、勢いだけの感情論で撃破された以上、それがどれだけ理不尽であろうと従うしかないのだろうから。
「とにかく! お主がここで寝ることは決定事項じゃ! 異論は認めんからさっさと寝るのじゃ!」
「分かったよ」
とはいえ5歳児の体での夜更かしは無理があるのだろう。
気持ちの上ではまだまだ眠れそうになかったのだが、意外とあっさり眠りに落ちていった。
眼前に寝顔がある事に驚き、反射的に起き上る。
起きてすぐに誰かがいる事に加え、人形のように整った綺麗な顔立ちのせいで一瞬にして目が醒めた。
思わず起こしてしまったのではないかと心配になって観察してみたが、どうにも熟睡しているようで、ちょっとやそっとのことでは起きそうにない。
落ち着いて眺めてみると、窓から差し込む陽光を浴びて眠る姿はまるで、一流の画家が描いた絵画のようだ。
熟睡の理由が人間である自分を警戒して夜遅くまでロクに寝れなかったのであろうことは容易に想像できた。
そして、目をつぶっていても分かるくらいに、瞼が腫れていることに気付く。
頬には涙の乾いた跡が残り、膝を抱え、丸くなって眠っている姿からは寂しさを紛らわした後なのだろう。
昨日の行動を振り返れば分かる。
自棄になっているのだ。
本能的には死ぬ事を恐れながら、理性の一部分では死にたがってもいる。
自殺が出来ないからあれほど逆らおうとするし、自分の身を省みない。
きっとそれほどの体験をし、それほどの境遇に追い込まれた。奴隷とはそういうものなのだろう。
今の自分に、そんな少女のために出来ることがあるのだろうか……。