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異世界における革命軍の創り方  作者: 吉本ヒロ
2章 10歳、王都へ行く
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街の薬屋さん



 エミリオの情報通り、土地勘のある者でもないと分からないような、入り組んだ路地裏を歩いて行く。


 が、迷う事はないし、治安の悪そうな場所にしてはゴロツキがいなかった。むしろ、この近辺に来る前の、ここと比較すればまだ治安がよさそうな場所の方が目に見えてたむろしていたとさえ言えよう。


 今日のような日にピクニックにでも出掛ければ、さぞかしいい気分になれるだろうと思わせる澄んだ青空。

 そんな青空を局所的に覆い隠すのは、毒々しいカラフルな色の煙。


 それはまるで、真っ白な画布を子供がむやみやたらに汚すような行為だ。

 どうやればそんな色の煙が出るのか聞いてみたい所ではあるが、近隣住民曰く日常茶飯事らしい。


 ここのおかげでこの近辺の治安は保たれているらしいし、個人的にも良く分かる目印として迷う事もなかったので助かったと言えなくもないが。



「すみませーん!」



 強めに扉をノックし、やや大きめの声をあげるが反応はない。

 だが間違いなく、中に人のいる気配はする。

 正直、エミリオ達に任せなかった事を早くも後悔している。最悪、道連れに……一緒に連れて来ていればまだなんとかできたのかもしれないが。


 もはや建物の前に立っているだけで身の危険を感じるのだ。

 だと言うのに、今からこの中に入って行かなければならない。数度の深呼吸後、仕方なく覚悟を決め、腕を持ち上げて口元を覆い、簡易的ながらもマスクの代用とする。


 既に目がチカチカし、目の端にはうっすらと涙が滲んでいるが、それも頑張って耐えてきた。


 アーシェスなどは近づいただけで鼻が痛いといい、急いで来た道を引き返して少し離れた建物の陰から見守っている。

 エルフは五感が強いようなので仕方がないが、つい薄情者と叫びたくなったのも仕方がないだろう。


 扉を開けた途端に今まで中に籠っていた煙が爆発したかと思うほどに勢いよく噴き出し、襲い来る。


 それはもう回避など不可能な完全な奇襲。



「うぉぉおおおお! 目が、目がああああァァ!!」



 目や喉、そして鼻を今までに感じた事のない刺激的な痛みが襲い、反射的に地面を転がって距離をとる。

 まさかリアルム○カの真似をやる事になるとは思わなかったが、今は必死だからそこまで気を回す余裕がない。



「……ゲホッ、ゴホッ!」



 鼻水や涙が止まらず、体中が拒絶反応を示した。


 その威力はいたずらで済むレベルをとっくに超えている。



「あ゛ー」



 喉がいがらっぽいし、目からは涙が止まらない。

 なぜエミリオを連れてこなかったのかと本気で後悔するも、今更の話だった。

 そのまま地面を転がり回ってしばらく経ち、ようやく落ち着いたころで怒りよりも先に中の人が心配になる。


 一瞬であれほどのダメージを負ったのだ。あの中に閉じ込められれば、とてもじゃないが正気を保てないのではないかと不安になった。


 まだ依頼も済んでいないのだから、その前に死なれては困る。


 煙も粗方出尽くしたようで、開けっ放しになっている入口から出てくる煙はほとんどない。



「じ、……あ゛ー、失礼します」



 さすがにあの短時間で完全回復とはいかず、発音も上手くいかない。

 とは言え、最低限の機能は戻った。腕で口元と鼻を覆い、屈み気味の姿勢で慎重に足を踏み入れる。


「あのー、どなたかいらっしゃいませんか?」


 中はそれなりに広いはずなのだが、所狭しと本やフラスコ、大小様々な壺等があちらこちらに乱雑に置かれているせいで、やけに手狭に感じる。



「…………た……たぞ……」



 その時、奥から僅かながら声が零れた。

 そちらの方へ足を向け、半開きになっている扉から中を覗く。

 そこにいたのは、もとは白衣なのだろうが、工業用水が流れ込んだどぶ川のように酷く濁った虹色で染められている元白衣を着たもじゃもじゃ頭の男性。



「とうとう……とうとう俺はやったぞ! 俺は天才だああぁぁ!! ヒーハー!」



 そこには涙をぼろぼろ零しながらも笑い狂っている狂人の姿があった。

 あの煙にやられたのだろうか。既に正気を失っており、手遅れのようだった。

 気付かれていない今の内にそっと静かに半開きの扉を閉める。


 よし、帰ったらエミリオに文句を言おう。


 あれは薬草家なんてものじゃない。ただのマッドサイエンティストだ。それも対人兵器専用の。


 ここで受けた痛みを、エミリオにも味わってもらう事にしよう。

 適当な用件でここにお使いに行かせれば、きっと地獄の苦しみを味わうはずだ。

 今後の予定を決め、元来た道を引き返そうと反転した瞬間、換気のために開けっ放しにしていた入口に立っている少女と目があった。


 買い物帰りなのだろう。


 手とお腹との間に挟むようにして持った袋からは、りんごやパンが覗いている。


「君は……?」

「え? あ、ええと……その……」


 どうするべきだろうか。

 今ならまだ逃げれるが、ここで名乗るとなんだか取り返しのつかない事態に陥ってしまうような気がしてならない。


「安心してよ。変な疑いは持ってないから。だいたい泥棒がうちみたいな所に来るはずもないし……というかむしろ全力で逃げていくしね」


 何かトラウマでも刺激したようだ。

 少女はどこか遠い目をして宙を見ている。


 ああ、良かった。


 話どころか言語も通じない魔窟かと思っていたが、常識人はいたようだ。


「ええと、ここが新薬の開発などもされていると言うお店で間違いないですか?」


「あれ、ホントにお客さん!? てっきり興味本位かと……。悪いんだけどちょっと待ってて。もう、パパ、お客さんが来たらちゃんと対応してって言ったでしょ!」


 手に持っていた荷物を、そこにあった物をどかして強引にスペースを作った机の上に置き、ずかずかと横を通り過ぎて先程閉めた扉を勢いよく開けて怒鳴り込む。



「はっはっはっは、リノはいつからそんなに面白い冗談を言えるようになったんだ? それとももしかして、危ない薬でも嗅いで幻覚でも見たんじゃないのか? だいたい、うちにお客さんが来るなんてそんなこと……」



「……どうも」


 開け放たれた扉から先程奇声をあげていた中年男性と視線が交錯する。


「…………今度こそ成功だと思ったんだが、幻覚を見るなんて副作用が出るならまた失敗か……」


「現実だー!!」


 がっくりと肩を落とす中年に向かい、リノと呼ばれた少女が全力で後頭部をはたく。

 エミリオには、王都でも評判の薬屋を探すように言った。事前の情報通りなら、確かに幾つかの新薬も開発している。が、これはもしかしなくても、別の意味での評判も含まれている気がしてならない。

 先程から色々と不安になる会話が続くが、薬屋の数自体がそれほどなく、それも新薬の開発に力を注ぐような人は皆無と言っていいほどにいない。もはやここまでくれば腹をくくるしかあるまい。


「いやいやいや、だってさ、あんな子供だよ? リノがからかわれてるんじゃないの?」


「泥棒も裸足で逃げ出した家に、子供が悪戯で来寄りつくかぁ!!」


 再び勢いよく頭をはたき、スパーンと小気味良い音が鳴る。


「たしかに、それもそうだね。うん、お待たせして申し訳ない。研究モードに入るとどうもスイッチが入っちゃうみたいで、人格が変わるらしいんだ」


「……もしかして、自覚ない?」


「何度も言っているんだけどね。どうにも本人にその意識がないからか、変化がなくて」


 リノはどこか困ったように笑っているが、そういった面も決して嫌ってはいないということくらいは充分に伝わってくる。


 なんだかんだ言いつつも仲の良い親子なのだろう。


「遅くなってごめんね。あたしはリノ。ここの助手兼接客係よ。それで、本日はウチにどのようなご用件で?」


「一応新薬の開発を頼みたいのですが……」


「ええと……、とても言い難いんだけど、新薬の開発って凄い大変なの。何をどうすればどうなるのか、ってのは、結局やってみなきゃ分かんないし、狙って出来るものでもないのよ。勿論、未知への挑戦ってのはすごく好きよ? でも、とてもじゃないけど、子供に払える金額じゃないわ。……だからごめんね」


 とても言い難そうに、しかしきっぱりと断りを入れる。

 実際、新薬の開発なんてものは博打のようなものなのだ。数ヶ月、下手をすれば数年単位で成果もなく、その間の収入や実験費用を考えれば強力な後ろ盾でもない限り挑戦する気も起きないだろう。


 その点、ここは良くも悪くも異常だ。以前開発したと聞く薬が売れているから辛うじて生計を立てられているようだが、やはり実験費用等は限られているはず。


「お金に糸目はつけませんし、使う素材もある程度は分かっています。その条件でもですか?」

「……キミ、本気?」

「ええ、本気です。更に言うなら、将来は僕が運営するザークリア領に引っ越して頂きたい。ここと比較して数倍の規模の研究室と設備を約束します。それでどうですか?」


 監視付きでやれるかどうか、この提案はつまりそういう事だ。

 王都で好き勝手やられた場合、研究結果を秘匿しきれない可能性も出てくる。

 本人達が秘密を漏らすつもりはなくとも、盗みだす輩もいるだろう。そういった事情を考慮すれば、とてもじゃないがこのまま王都で研究させるわけにはいかない。


「…………ちょっと待ってて。それで、パパはどう思うの?」


「うーん、正直言えばとてもおいしいね。この近辺の草花で出来る研究は粗方やっちゃった感じもするし。でも、冷静に考えるとちょっと信用できないかな?」


「当然ですね。尤も、いきなり信用しろというのは無理がある。ですから、妥協案としてまず前金で金貨五枚」


「ごまっ!?」


 最近は厄介な相手とばかりだったから、反応が分かりやすくて助かる。

 使い方次第で、金は信用を生む。

 金は力であり、金貨五枚を出せるということはそれだけお金に困っていないという事。であれば、わざわざ騙して嵌めようとする必要もないという事だ。


 実際に金貨五枚を見せて、机の上に置く。

 インパクトは大きく、掴みとしては充分だろう。


「そして、私なら知識を提供できます」


「へえ? キミが専門家の僕たちに知識を?」


「ええ、僕があなた方に未知という名のおもちゃを提供します。それが面白ければ付いて来て頂けませんか?」


 この時代、この手の学問は間違いなく学問として確立はされていない。

 それぞれが知る技術はせいぜいが家に伝わっている程度で、それを赤の他人に教えると言う事は商売敵に教えることと同義。だから同類との交流などないせいで進歩が非常に遅い。


 場当たり的に思考錯誤の実験を繰り返す毎日であり、狙った物など作れない。偶発的に発生した事象を利用するだけであり、明確な目標もなく、行き当たりばったりである研究者の精神的苦労は推して測るべきだ。

 そこを、ある程度とはいえ的を絞った研究ができる。

 それに、研究者を名乗りながら未知と聞いて食いつかないようならそれまでだろう。


「…………そう言うからには余程の自信があるのだろうね。いいよ、試してみよう」


「ありがとうございます。確認しますが、水は上へ向かうことはない。それは言うまでもないことですね?」


 重力の概念はなくても、もはや疑うことのない常識だ。

 当然だといわんばかりにうなずく姿に、もはやこれからする実験の成功を確信した。


「ではフラスコと水、火、それにタライをお借りしますね――」







「すごい!! でもなんで!? 水が上に流れてる!!」


「なぜこんなありえない現象が!?」


 実際にやったのは気圧差を利用した水の逆流現象だ。

 この場にあるもので手軽に行え、かつインパクトの強いものをやった。


 実験は無事成功。


 この興奮と興味津々な様を見れば、もはや確定したも同然だろう。


「この事象は、僕の領地に来ていただけるというのなら説明しましょう。ああ、ただし、それに当たって絶対に守って頂きたい約束事があります。研究成果は必ず誰よりも先に僕に報告する事。そして、許可がなければそれに関する事の一切を他の誰にも漏らさないと約束して頂きたい。勿論今回は未契約、かつ何の生産性もない実験程度なので強要するつもりはありませんが」


 彼らに頼む実験は使用方法次第で多くの人を殺しかねないし、逆に救いかねない。

 戦時に殺されかねない方法を伝えるのは愚かだし、また、相手を救う方法を教えるのも愚かだろう。

 一般に知識を開放するなら、全て終わってからだ。


「もしも破ったら?」


 ものは試し、と言わんばかりに、どこか挑戦的に聞いてくる。


「僕に従ってくれるというのなら身の安全は勿論、快適な生活、満足のいく実験環境等の提供を約束するつもりです。ですが、約束を守らない相手に対して此方も律儀に約束を守る必要はない、とだけ言っておきましょう」


 だから目を逸らさずに真っ向から受ける。

 裏切るつもりがないならばむしろこの条件は飛び付くはず。

 逆に言えば、これで尻込みするような人間はいらない。


「僕としては、最適な実験環境に知識をもらえるだけで充分だね。いいよ、僕はキミについていこう。リノはどうする?」


「もちろん、行くに決まってるわ」


 言うまでもない、と言わんばかりの態度に頼もしさを覚える。


「……それでええと、た、試しになんの素材を使うのかをきいてもいいかしら?」

「……カビですよ、カビ」


 好奇心を抑えきれない子供のように、どこか遠慮がちながら期待に目を輝かせて聞いてきた。

 今言うべきかどうか少し迷ったが、問題はないだろう。

 定期的に知識という餌を与え、他にも彼らが知りたいと思うような知識を隠し持っていると思わせていれば、その間は裏切られる事もないはずだ。


「…………カビ? カビって、あのカビよね?」


「ええそうです。あのカビです。まぁ正確にはアオカビですね」


「…………冗談や嘘なんかじゃないのよね?」


「先ほどの実験で、ありえないことを証明して見せたはずですが? それに初対面の相手にわざわざ金貨五枚も使う冗談なんてバカらしいとは思いませんか?」


「まさかカビで……うふ、うふふふふ」


 うつむき、肩を震わすリノに、なぜだが危険を察知して一歩後退る。



「ふわぁぁああああああ!! なにこれ何これナニコレ!! ヤッバイもう、脳内がビンッビンだよぉ!!」



 耐え切れずに何かのスイッチが入り、爆発したかのように叫ぶリノ。

 反射的に距離をとろうとするも、すでに肩をつかまれている状態では無理だった。

 興奮状態でガクガクと揺らぶられ、頭がシェイクされる気分を味わう。


「ね、ね、ね、なんでカビでできるの? 仕組みは? 結果は? いや、うん、やっぱり言わなくていいわ! それはキミからの挑戦状と見た! あたしが全部解き明かして見せるわ!!」


「馬鹿を言うな、リノ。それを解明するにはこの俺に決まっているだろう!!」


「パパこそ馬鹿を言わないでよ。こんな面白そうなおもちゃ、私が放っておくわけないでしょ!」


 ああ、始めは似てないと思ってたけど、やっぱり親子なんだな。

 こうも我を忘れて飛びかからんばかりに喰らいつくような様を見せられると、間違いなく親子なのだと断言できる。


 普段常識人ぶっているあたり、もしかしたらリノの方も自覚はないのか。

 当初はストッパー役を期待していただけに、大きな誤算だ。

 正直手に負えない爆弾を抱え込んだ気がしてならないが、今更後悔しても遅い。

 せめて爆弾の扱いは可能な限りエミリオにでも任せることにしよう。





なぜか最近イザークがボケキャラになりつつある。。。

当初はツッコミ側のつもりだったんですけどね。

このシーンを書くにあたって、他のキャラを登場させる気も起きなかったし、でもやはりラピ〇タネタもどうせなら書いてみたいな、的なノリでやっちゃっいました。


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