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異世界における革命軍の創り方  作者: 吉本ヒロ
2章 10歳、王都へ行く
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チェスと騎士

 まだ全ての貴族が集まっているわけではなく、国王が到着していない以上はパーティーも開始とは言えない状況下で、それでも多くの貴族や婦人は情報交換を兼ねた雑談をしながら時間をつぶしている時だった。



「チェックメイト」



 その一角。

 複数のチェス盤が置かれた場所で、三十人以上の貴族達が休憩がてら椅子に座ってチェスに興じている。

 ある者はしたり顔で解説し、またある者はそんな事は気にせずに呑気な様子でチェスを指す。


 まだ普及して間もないとあってはこういった場でしか対戦相手もいないだろうし、戦術も未発達と言ってもいいだろう。

 まるで覚えて間もない子供のように拙い戦術ながら、貴族達は勝ち負けにこだわることなく満足そうにチェスを指す。


 彼らは優越感に浸っていたいだけだからだ。


 駒を支配し、戦場を模した盤で指揮することで。


 拙い戦術だという自覚がないから頭脳プレーをしているという実感さえ抱いている。


 駒の生死を左右し、時として捨て駒として扱うことも、彼らの膨れ上がった支配欲を満たしていく。


 極一部の人間は勝つ事にこだわっている者もいるが、それは生まれもって高い地位にいて、勝つことが当たり前になっている者だけだ。

 そんな人間相手に他の者は、わざと負けるようほどほどのプレーをして、おだてているのが見て取れる。


 もっとも、彼らはわざと負けてやっているつもりなのだろうが、勝ちにこだわる者だけあって頭一つとび出ているのが実情だが。

 そんな彼らを観戦している貴族の中に、イザークはいた。


 別段チェスに興味があるわけではない。


 前世では趣味程度で多少嗜んでいたが、所詮は多少。

 素人に毛が生えた程度で、中堅程度の相手にさえ負け越していた。

 だが、他の貴族が指している所を見る限り、この世界では恐らくながら現状トップレベルだ。だから、格下である彼らのやっている事が良く分かる。

 そしてもし、現時点で自分と同格、或いは理解できないような格上がいた場合、それは間違いなく警戒すべき相手というわけだ。


 貴族の数が多くて一々覚えきれないから服の内ポケットに隠し持っていた紙に、この世界には存在しなかったから密かに特注した鉛筆でひっそりと、そして素早く名前と特徴を書きとめていく。


 正直全部で数百人はいる貴族の名前を覚えるのは無理だと思っていたから、身体的特徴で何とかするしかないと思っていたのだが、事ある事にさすがはカイエル公、などと解説者気取りの者を始めとするそれぞれの貴族がおだて合うから、幸いに名前は問題なかった。


 名前さえ分かれば、爵位や領地くらいなら後で簡単に調べられるだろう。


 姑息な立ち回りを得意とする者、考えなしに、場当たり的に駒を動かしていく者。或いは攻められたとき、それ以上の攻めで誤魔化すタイプや堅実に対処していくタイプ等、人それぞれの考え方が表れる。

 様々な状況でどう対応していくのか。


 チェス用の戦術を解明していない黎明期だからこそそれぞれ本能的に、己自身を軸とする思考に忠実に則って行動するから、考え方が良く分かる。

 勿論これだけで相手の人間性を断定するほど愚かではないが、もし戦場で相まみえた時に相手の採る戦術を判断するための有力な材料の一つとなるだろう。

 そんな人ごみの最後尾で、常に立ち位置に注意しながら他の者に怪しまれないように情報を書き込んでいたが、背後から近づいてくる気配を感じて素早く紙と鉛筆を再び内ポケットに隠し、観察を一端中止する。


「君もチェスに興味があるのかね?」


 背後から掛かったのは、渋みのある落ち着いた声。

 他の観客はその声に気付かず、そして最後尾の自分より少し後ろで立ち止まっていると言う事は自分に用があるのだろう。


 振り返ると、その声に良く合う、髭をキレイに整え、くすんだ金髪をオールバックにしたナイスミドルな男性が立っていた。


「ええ、さすがは今や知らぬ者はいないとさえ言われ、己の才覚一つで莫大な金を生みだす様から錬金術師とさえ呼ばれるほどの大商人、ベルトランの発明した商品です。実に素晴らしいですね。戦場を模した盤はやはり実戦とは異なるのでしょうが、それなりに近いものがあり楽しめます。とは言え、まだまだ若輩の身。やはり先達たる皆さまには遠く及ばないので、ここで見ているだけですけど」


「……ほう、その年でそれだけしっかりした受け答えが出来るとは大したものだ」


「それはどうもありがとうございます。しかし、他の同年の者たちとも話しましたが、やはり僕と変わらぬ程度に受け答えしていたので、僕だけが特別優秀というわけではないですよ」


 まずったか。


 いずれは爵位が邪魔をして陰に徹することは無理なのだろうが、可能な限り同年代の中間辺りに居座るつもりだった。

 その方が目立たずに情報収集を出来るからだ。

 事実、何人か同年代の者達の様子を観察していたが、話の内容はともかく、それほど変わらない受け答えなのだから、不自然な点はないはずだが。


「そうなのかな? どうにも自分の娘と比較してしまってね。君と同じ年ごろなのだが、まだまだお転婆で困っているのだよ。今日も、ドレスとは女の着る物であり騎士たる私には不要なものだ、と突っぱねられてしまったよ」


 そう苦笑気味に語る。

 そういうことなら問題はなさそうだった。


「おっと、愚痴っぽくなってすまないな。私の悪い癖だ」

「いえ、それほど子として可愛がっておられるのでしょう? 自然と話題にしてしまうのも仕方がないかと」


「…………親の贔屓目もあるのだろうが、母親に似たのであろうな。あれで中々器量は良いと思っている。しかし先に言ったとおりお転婆な上に頑固でな。中々己の意志を曲げようとしないからよく周囲の者とも衝突してしまう。君さえよければでいいので目を掛けてやってはくれないかな?」


 へえ、と思わず感心する。

 この人は貴族にしては珍しく善人なのだろう。

 子供をよく見ているし、過保護にならない程度には心配している。だからどれほど家族の事を想っているのかが伝わってくる。


「ええ、分かりました。確約はしかねますが、可能な限り努力はしましょう。……娘さんのお名前を聞かせて頂けませんか?」

「おっと、紹介が遅れたな。先ず私の名前はジェラルド=ファナリス=バルトルート。国王様より侯爵の地位を頂いている。娘の名前はリヴィアだ」

「っ!?」


 まずいな。


 この国の同格である侯爵位とそれ以上の者くらいは数も少なかったため、自分なりに情報を集めて相関図で覚えている。

 間違いなく、この人物は多くの貴族の敵意を集め、しかし領民から多大な信頼を寄せられている人物。つまり、わが父親、あの豚野郎の敵だ。

 個人的な感情はともかく、このような公の場で仲良くは出来ないし、自分の家を知れば面倒な事になるだろう。


 だが、ここで偽名を名乗るのもさすがによくない。

 貴族の数は多く、一回で集められる情報量が知れている以上、今後もこういった場所へは出席したい。その度にジェラルドから逃げ回っていては集めたい情報も集められないだろうし、今後も会う可能性を考えればバレた時が面倒だからだ。


 しかし、相手が名乗った以上は此方も名乗らなければならないのが常識だ。

 その辺りの事情を知らない常識知らずの子供として、知らないフリでもするべきか。


「どうかしたかね?」

「いえ、まさか侯爵様だとは思わずに、とんだ失礼を……」


「はっはっは、そのような事は気にするな。その年でそれだけの受け答えが出来るのならむしろ誇っても良い程だし、此方が頼みごとをしているのだから君はもっと尊大な態度でも構わないのだぞ?」


「頼み事と言っても、目を掛けろという程度のことなら頼み事のうちに入らないかと。それに私も確約したわけではないですし、何より侯爵家の方とコネが出来るというのであれば、貴族としては願ったりかなったりですから」


 不自然じゃない程度に少しずつ、もっと子供らしく、俗な貴族のレベルまで話のグレードを下げるべきか。


「それでも構わないさ」


 ……ジェラルドはどこまで気づいているのだ。

 貴族というものは、必ずと言っていいほどに派閥がある。

 当然ながら、このジェラルドも、自身を筆頭とする派閥があるはずなのだ。

 善良な貴族というものがあまりに少ないためにその勢力こそ最弱だが、それでもたしか十人前後の貴族が加盟していたはず。


 そして、初めてこの場に来た貴族の子供というのは、親が傍にいなければ誰の子供かも分からない。だから、すぐにイザークが誰の子供かは分からないだろう。

 だが、それだけ小さい勢力でしかないのだから、気になった子供が都合よく自分の派閥にいるなんて普通は思わないはずなのだ。


 だったら、敵対している家系の子供に頼み込んで何が目的なのかが分からない。


「しかしながら、侯爵様ならば同じ派閥の人間に補佐をさせた方が確実だと思われますが?」

「確かに私の派閥がないわけではないが、ただでさえ数が少ないから娘と同い年となると二人しかいなくてね。信頼してないわけではないがもう少しだけ人数が、それも君のような子供がいてくれれば少しは安心できると思ったのだよ」


 暗に、しかし貴族ならば明言しているレベルで他派閥の人間に任せていいのかと聞いてみたものの、それに気付かないのか、気付かなかったフリなのか。

 気付いているととれなくもないが、敵対派閥の人間だと頼む事もないだろうから余計に分からなくなる。


「……名前だけでは間違ってしまう可能性もあります。よろしければ、リヴィアさんの見た目等の情報を教えて頂けませんか?」


「ああ、そうだったな。あの子は金髪を後ろで一つに括り、蒼天の瞳をした、母親似のかわいい娘だ。きっとすぐに分かるだろう」


「分かりました。可能であれば、力になりましょう」


 貴族としての立場を考えると、表だって助けると面倒なことになりそうだからバランスが非常に難しいだろうが、この人には恩を売っておけばキチンと返してくれそうだ。

 余裕があれば程度でいいなら、考えておいて損はないだろう。


「ところで、もし君さえよければ一手どうかな?」

「いえ、先に言った通り、まだまだ若輩の身です。私などに時間を掛けるよりは他の方とやったほうが楽しめるかと」

「なるほど、それは残念だ」


 さすがに余程気になる相手以外で自分が打つつもりはない。

 一人にしか集中できないから格段に効率は落ちるし、手の内をさらすのは控えておくべきだろう。


「そろそろパーティーも始まりそうなので、申し訳ないですがここで失礼します」 

 今日はこれ以上相手をしていると、致命的なボロが出そうだ。

 聞くべき要件は聞いたのだ。もう離れても問題はないはず。

 幸いと言うべきかそこまで配慮されての事か。

 ジェラルドが引き止めることはなかった。





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