白薔薇の歌劇団2
「――と、言うわけだ。どうにも脚本作りが上手くいってないらしい」
「へえ」
それは面白いと言わんばかりにイザークの口は笑みの形を作る。
この弱みに付け込めば、物事は簡単に行くはずだ。
ジブリ、ディズニー、童話全般、ロミオとジュリエット、ローマの休日など、独創的な、或いは古典的な、しかしだからこそこの世界にはもってこいの名作なら幾つも知っている。
此方は脚本の提供を。
そして相手は演技とメイクの提供を。
これならウィンウィンの関係を築くことができそうだった。
この時代、さすがの王都といえども演劇をしている集団は僅か二つしかなく、今まではその両方ともそれなりでしかなかった。それは、せいぜい庶民の娯楽に留まっていたのが良い証拠だ。だが、ここでそのうちの片方が台頭してきた。
以前見た劇ではエースである彼女を頂点とし、全ての劇団員が支えることで最高の舞台となっていた。
見方次第では彼女の一人舞台と言えるが、それぞれが己の成すべき役割を弁えているために出しゃばることなく、エースである彼女を中心に纏まり、安定した演劇になっていた。
総合力があり、本当に大切な事を理解している彼らだからこそ、教師役を頼みたいのだ。
「それじゃエミリオ、悪いけどリーズを呼んできてくれ」
「りょーかい」
それから少しだけ待って、リーズが部屋へと入って来た。
「アタシに用があるんだって? どしたの?」
「いや、暇してないかと思ってな。暇なら楽しい物語を聞かせてあげよう」
「……どしたの、急に?」
若干警戒の色を滲ませてはいるが、それでも好奇心を抑えきれていないのが手にとるように分かる。
僅かに距離をとりながらも、離れられないのがその証拠だろう。
今までにも現代知識から来る食べ物や遊び道具、そして物語の類まで様々な物を提供してきたから、その味を忘れられないのだろう。
餌付けはとっくに完了しているのだ。
「いやいや、他意なんてないよ。ただ、日頃の訓練ばかりじゃ退屈だろ? 息抜きにどうかな、って思っただけだよ」
「あ、アタシにだけへんな訓練とか追加しない?」
「しないしない、そこは安心してくれていいよ。ああ、でも、この話を聞き終わった後でいいからおつかいをして来て欲しいかな」
警戒する小動物をなだめるように、悪巧みの類はないことをアピールする。
リーズには子供でもできるちょっとしたお遣いを頼むだけなのだから。
「…………お使い?」
「ああ、伝言をしてきてくれればそれでいい」
「……それだけなんだね?」
「ああ、それでいいよ」
「ならいいよ。だ、だから早く聞かせてくれないかな?」
「待ちきれないみたいだし早速お話を始めようかな。昔ある所に――」
「――さて、この物語を白薔薇の歌劇団に売り込んで欲しい」
「…………え゛? いやいやいや、無理無理無理、無理だって! だってアタシ、今初めて聞いたんだよ!? 確かに面白かったけど、細かい所はほとんど覚えてないんだよ!?」
「いや、それでいい。リーズの覚えている限りでいいから伝えて、相手が乗り気なら作者を知っているが、交換条件を呑んでほしいと伝えてくれ」
「……それでいいなら構わないけど。それで、その条件は?」
「リーズ達、十人に演技指導とメイクの方法を教えること。それだけだ」
「ねえ、それ、イザークが自分で行くのは無理なの?」
「無理じゃないけど、話がまとまらない可能性があってね。多分、初対面のリーズの方がよさそうなんだ」
「ふ~ん、まぁそう言うなら良いけどさ」
リーズだったら相手に警戒心を抱かせずに懐に入り込めるだろう。
何せ初対面でも伝わるあっけらかんとした性格で、しかも演技などではない。
警戒する自分がバカに思えてしまう辺り、天性の才能だと言えるだろう。
きっと昨日の自分のように、リーズ以外に頼めばどこか演技や下心があるという事が見破られるはずだ。
それに、実際はそれだけではない。
リーズの曖昧な知識で語られた物語をちゃんと聞きたい。それも時間がないので早急に。つまり、作品のインパクトは強ければ強いほどこちらから申し込んだということを無かったことにさせ、そのままこちらがアクションをとらなければ、その思いが結果として向こうから頼み込んだという形を作れる。
ちゃんとレッスンをしてもらわなければならないためにも、此方から頼み込むよりは今後の関係を築く上で心理的に良いアドバンテージとなるだろう。
所詮は保険程度なのかもしれないが、ないよりはマシな結果になると信じたい。
「それじゃ、これ以上忘れない内に早速いってくるね。ではさらば!」
イザークの返事も聞かず、リーズはシンデレラだの白馬だのと呟きながらも劇場へと駆けて行った。
「たのもー!」
その声と容姿に威厳など欠片も感じられないが、リーズなりに威勢よく白薔薇の歌劇団の門を叩いた。
「ええと、どちら様ですか? 本日の公演予定はありませんが……」
少しして遠慮がちに現れたのは、気の弱そうな青年だった。
「アタシはリーズ。今日は物語を売りに来たりして。代金はアタシとアタシの仲間に演劇のレッスンすること、ただそれだけ!」
「も、物語ですか?」
ジャルティは迷っていた。
物語を売りに来る人間なんて初めて聞いた。目の前の少女からそんな気配は感じないが、どう考えても不自然だ。
しかし、自分が書く新作の物語では駄目なのだと言われて落ち込み、スランプに陥って物語が書けなくなって迷惑を掛けているのも事実だ。
もしかしたらこのタイミングで現れたと言う事は、現状を打破するために神が遣わした人なのかもしれない。
平時であれば間違いなく相手にお帰り願うし、この考え自体異常を疑うような思考ではあるが、今のジャルティにそんな余裕はない。
何より、目の前の少女は大まじめだった。
「…………は、話を聞かせて頂いてもよろしいでしょうか? 内容を聞いてから判断してみたいと思います。勿論、断った後無断で拝借するような真似は致しませんから」
まだ迷い、どう対応するか答えなど出ていないと言うのに、気付けば答えが口をついて出ていた。
もっとも、この対応は不自然ものではない。
無名の相手が名の売れた側に先にアイディアをさらけ出すのが商売上の常識だ。
いつでも逃げられる身軽な者と、簡単にはその土地を離れられない者とでは最初から比べるべくもない。
悪質な相手になると、それを利用して弱者から一方的に富を巻き上げようとするが、それはどうあっても短期的な利益しか生まず、すぐに噂になってその土地を離れでもしなければやっていけなくなるからだ。
せっかく築き上げた地盤を失っても得をする程のアイディアとなればまた別なのかもしれないが、どれだけ良いものだとしても所詮は物語。
それを生かせるのは自分達のような劇団か、吟遊詩人くらいだろう。
「うん、当然だね」
「レッスンに関しては、きっと納得できる物語と引き換えならメーリカさんも納得してくれるはずです。もし断られても、僕が何とか説得してみせますので」
「わかったよ。それでは『シンデレラの野望』、はじまりはじまり~」
この瞬間、もしイザークがこの場にいたら早くもずっこけていたに違いない。
「ある家にシンデレラというお嬢さんがいました」
ジャルティは思った。
平凡な出だしだな、と。
「シンデレラは毎日義母と義姉に苛められ――」
気付けば、そこにいたのはジャルティだけではなくなっていた。
始めは通りがかった下働きの者が。
そして、あまりにも遅い下働きの者を探しに来た見習いの者が。
外出から帰ってきた劇団員が。
いつしかその中の誰かが劇団員を呼び付け、この場にはここの劇団員、ほぼ全員が集まっていた。
「そこでシンデレラが魔女にもらった白馬に乗って王城に乗り込むんだよ!」
「そ、それで!」
誰もが目を輝かせ、手に汗握る予想だにしない常識外れの展開の連続。
「乗り込んだ先で王子様と踊っていた義姉と王子様を一緒に蹴り飛ばして、そこで王子様が……ええと、たしか……どえむ? に目覚めちゃうの!」
「な、なんと!」
そのままヒートアップし、クライマックスへと駆け抜ける物語。
「それで色々な女の子に踏んでもらって、最も興奮する女の子をお妃にしたい、って言い出して」
「そんな!」
「そこでもライバルたちを蹴り飛ばし、最後は王子様と結婚するの……って話だった……かな……?」
「こ、これです! 僕に足らなかったのは、この独創性です!! リーズさん、一部設定やネタを拝借してもよろしいですか!? それで僕の物語は完成する!!」
「うん、いいよ。あ、でも、交換条件で、アタシとその友達の九人に演技指導とメイクのやり方を教えてくれないかな? 勿論、空いた時間でいいからさ」
「……これで面白い物語が出来るっていうなら、アタイはいいよ」
当然ながら騒ぎを聞きつけたメーリカもここにいた。
途中参加だったから序盤こそ知らないが、ジャルティの言う通り確かに今までになく、そして面白い。
交換条件こそ今聞いたばかりだし、それはつい最近聞いたばかりの話のためにあの子供の影がちらつくが、もしこの物語と引き換えというのなら、演技指導くらいなら構わなかった。
そこで真面目にやらなければ、その時はそれを口実に追い出すだけなのだから。
「なんかアタシの物語だけでも充分だって。あ、ちゃんと指導してくれる、って言う約束は取り付けたよ」
上機嫌で帰ってきたリーズは、成果を出したことで鼻高々の様子だ。
「そうか、なら皆で白薔薇の歌劇団から演技とメイクを習ってくれ。細かいスケジュールはエミリオと相談で頼む」
「ほいほ~い。任せて」
理想を言えば相手側から頼み込ませる形に持って行きたかったが、今の所は演技指導とメイクだけで充分だから、約束が取り付けられただけでも充分だろう。
予想以上にリーズの記憶力がしっかりしていたと言う事か。
リーズの評価を上方修正しなければならなくなったが、いい事だから問題はない。
肩の荷が下りてほっと一息つく。
劇が完成したら皆で見に行くのもいいかもしれない。
一月後の新作公演日。
急ピッチで仕上げたのだということは想像に難くないが、それでも素晴らしい完成度だった。
庶民は何の遠慮もなく腹を抱えて笑い、貴族もくだらないと言いつつ口元を歪めているあたり、ただ我慢しているだけのようだ。
イザークにとっても確かに斬新で面白かった。
だというのになぜだか敗北感が強く、素直に喜べない。
なぜシンデレラが槍を振り回して王城に乗り込むのかとか、大中小サイズのトト○を従えているのかとか色々と突っ込みどころがありすぎるのだ。
いや、結果として上手くいったし、皆満足してくれるならそれでいいんだけどね。
なんか大人気の、しかし堅実で真面目な名作を紹介しようとしてた自分がバカに思えてきた。
間違いなく、これは劇団の手が加えられたのではなく、リーズが事の元凶だろう。
「ほへ?」
恨みがましそうにジト目で見るが、何のことかはわかっていなさそうだ。
リーズはベルトランに紹介して発売され、こういった興行の場では定番となったポップコーンを口一杯に頬張りながら、リスのように口を膨らませている。
イザークが八つ当たりも兼ねて、ポップコーンを奪って同じように口一杯に頬張る。
「あー! それアタシの!!」
リーズの叫びなどどこ吹く風。
奪ったポップコーンを嚥下して、溜飲を下げた。
いや、ホント、当初のプロットでは真面目に古典やジブリなどを紹介して終わる予定だったんですよ?
勢いで書いたらなぜかこうなってしまっただけで。。。
しばらく悩んだ挙句、なんかもうこれでいいや、的な空気になっちゃったのでこの方向で行かせてもらいました。




