表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界における革命軍の創り方  作者: 吉本ヒロ
2章 10歳、王都へ行く
32/112

白薔薇の歌劇団



 貴族令嬢と平民男性の恋を描いた『レーヌ川のほとりで』は、王都の住民を虜とし、王の前で披露するほどの話題となった空前絶後の人気作だった。

 一見女性しか興味がなさそうな内容だが、それだけではここまでの人気を博し得ない。


 白薔薇の歌劇団には、もう一つの武器があった。


 男装の麗人。


 その言葉以外に、彼女を表現する言葉がない。その言葉はまるで、彼女のためにあると言っても過言ではないだろう。短めの髪もあって、中性的な凛々しい雰囲気を醸し出している。

 決して大声ではなく、しかし朗々と響き渡る声。

 指先、視線の一つに至るまで気を張り巡らせている演技。


 話の面白さなど二の次になってしまう程に、男女関係なく彼女の雰囲気に呑み込まれてしまう。説明などなくとも間違える余地なんて一切なく、彼女は確かに主役だった。


 今まではそれほど人気のなかった彼女達が拠点とする場所はそう広くなく、昼間はあまりお金のない平民が後ろの席で、そしてそれなりに裕福な商人が前側の席で見ている程度だったらしい。


 だが、今夜の舞台は格が違う。


 何せ王家が所有している劇場だ。


 そこが夜に使われるのは一月の内の僅か数日。

 計算された構造で月光が差しこみ、天然のスポットライトとしてステージを照らす。それだけでもわざわざ見にくる価値があるような幻想的な雰囲気を醸し出している。

 そのような場所で、王や名のある貴族が見ている中、しかし堂々と臆することなく演じてのけるのはさすがの一言に尽きるだろう。


 そして今、主人公とヒロインの駆け落ちを最後に舞台の幕が下りた。

 観客は一斉に興奮しながら立ち上がり、止む事のない拍手が響き渡る。

 イザークがライルに連れられて来たのはそんな場所だった。

 先の興奮冷めぬままに、各々が思い思いに連れに語りながら帰って行く。

 イザークもその中の一人として、乗って来た馬車に乗り込んだ。


 上辺だけの感想をライルに述べながら。


 そして、胸の内で計画を立てながら。





 そして時刻は昼。

 王家の前で演じた演劇団のいる場所とは思えないほどにみすぼらしい、広さだけが取り柄の劇場をイザークが訪れる。

 入ってすぐの場所にいた者へ頼み、取り次ぎを経て数分。


「これはこれはお坊ちゃま。本日はどのようなご用件で」


 眼鏡を掛けた三十代後半と思しき、優男が出迎えた。

 イザークの身形から名のある貴族の子息、最低でも大商人レベルの子供だと判断したのだろう。


「あなたは?」

「これは申し遅れました。私の名前はトッシュ。この劇場の座長を務めさせて頂いております」

「でしたら話が早い。実は――」

「貴族の息子が来たって?」


 話の途中で割り込んできたのは、昨夜の主役。


 名前は確か――


「メーリカ、お前は出るなと言っただろう!」


 どこか困ったようにトッシュが叫ぶ。

 だが、メーリカはそれを意にも介さずに距離を詰める。


「帰んな。ここはアンタのような貴族の坊やが来る所じゃないわ」

「メーリカ!! 申し訳ございません。実は昔、貴族様相手に嫌な思いをしたとかでして、その……」

「構いませんよ。実は、昨夜の舞台を見せて頂きました。そのあまりの素晴らしさに感動して、その事を話したら私の知人十名が演劇を習いたいと言うので、よろしければ彼らに演技指導をしてあげて頂けませんか? 勿論、謝礼は払います」


 演技指導に関してはターニャにもお願いしているが、できれば必要以上に頼りたくはないし、何より昨日の舞台を見て確信した。

 同じ演技でも、ターニャのそれとは気色が違うのだ。

 言うなれば、ターニャは雰囲気を作るのは上手い。そして、雰囲気だけで全てを欺く事が出来るほどだ。だが、そこには常に、ターニャという核になる存在がいる。


 言い換えれば、全くの別人として振舞う能力に欠ける。これは職業柄、ある程度は仕方がないのだろう。

 逆に、このメーリカを始めとする、この歌劇団は違った。

 今見せている素の部分と、昨夜見た演技上のキャラクターとでは、全くの別人なのだ。


 化粧を施して外見を別人に変え、演技として自らさえも偽る能力。それは、複数の人格を有していると言っても過言ではないだろう。

 この能力も潜入には必ず必要になってくるし、ターニャの授業でその神髄を教わる事は出来ない。


「帰れと言ったはずよ。純粋なお客としてなら歓迎するけど、私たちは貴族の坊やの道楽に付き合っていられるほど暇じゃないわ」


 だが、どうにも思い通りにいきそうになかった。貴族の子息だと知っていてもばっさりと切り捨てられる。

 潔く、真摯でストイックな所は、同性からも人気が出るのが分かる程の男らしさだ。

 しかし、過去に何があったのかなんて知らないが、それでは余計に敵まで作ってしまうだろうに。


「では謝礼ではなく、望みを叶えると言えば? この場所よりも良い、白薔薇の歌劇団専用の劇場などは?」

「くどいね。私は必要ないと言ったの。どうせ私が欲しいものはアンタに用意出来ない」

「物は試しに言ってみるのも悪くないのではないですか? どうせ減るものでもないでしょう?」

「くどい、そう言ったのよ」


 これ以上言う事はないとばかりに、トッシュを引き摺るように引っ張って奥へと消えていった。


 どうにも嫌われたようだな。


 仕方がないが、今回は一時撤退するべきだろう。


 今度はどうアプローチをするべきか。




「エミリオ、頼みがある」

「どうした?」


 翌日、色々と考えた結果、仕方がないので裏口から攻めることにした。


「白薔薇の歌劇団を知ってるな?」

「ああ、前に一度、皆で見に行ったことがある。正直見る前はバカにしてたけど、あれは噂になるだけあって確かに凄かったな」


 エミリオ達にはこういった娯楽の方面でも様々な経験を積ませておくことにしている。

 いざ潜入する際、様々な話題を知っていた方がいざという時に役に立つ可能性もあるからだ。


「彼らの周辺を探ってくれ。過去の事件や弱みがあればそれがいい。団長かメーリカ辺り、団内で権力を握っている者か団全体に関わることで頼む。ああ、多分、その二人に関して言えば金絡みの弱みはなさそうだからそれ以外でだ。それも無理そうなら下っぱ十人以上の弱みかな。二週間以上待って無理そうなら最悪、団員数名に賭けごとでもさせて負け込ませ、借金にでもつけ込めばいけるだろう」

「あいよ」


 こういったことに慣れてきたのだろう。


 話が早くて助かる。


 しばらくこの件はエミリオに任せるとして、他の案件に回るとしよう。

 時間はこれでかなり切羽詰まっている。

 この王都に滞在するのはあと二ヶ月らしいから、それまでに全ての案件を片付けなければならないのだ。

 とりあえず今日は、幾つかの小道具の制作を頼みに行かなければならない。

 イザークは手先の器用な細工職人がいると評判の店へと足を向けた。






 一人を直接見張りに残し、しばらくは分担で白薔薇の歌劇団を知る人物に聞き込みを行ったが、目新しい情報はせいぜいメーリカの母親が貴族の妾だったが、メーリカを孕んで捨てられた事くらいだった。

 一応報告こそするが、それを弱みとしては呼べないだろう。

 中には偏見や差別のためにその出自が知られる事を嫌う者もいるが、その程度なら苦にもしないような人物であることは調べているうちに分かっている。

 今晩の張り込みは俺の担当だし、少し動いてみるか。

 聞き込みは限界があるし、見ているだけではこれ以上進展もなさそうだった。寝静まった頃に帳簿でも探しに忍び込むのもアリかもしれない。


 方針を決め、今晩の準備のために一旦現在の拠点へと帰って行った。




 舞台があるのは勿論だが、数十人が住み込んでいるために、ここの劇場はかなり大きい。

 さすがにそこを一人でカバーするのは無理だが、この劇団の重要人物であるトッシュとメーリカの住んでいる部屋は既に把握済みだった。

 二つの部屋は距離も近いため、その中間地点の屋根の上でエミリオは身を隠していた。


 幸い、この劇場は屋根の傾斜がそれほどきつくなく、ゆったりと寝そべる事も出来る。

 こんな場所に人がいるはずなどないという思い込みもあり、屋根の上をわざわざ見上げる人間がいるはずなどないし、ここを見ることが出来るのは角度の問題で、それなりに距離のある場所からしか見れない。

 黒装束とまではいかないが陽も暮れた時間であり、暗色系の服のために誰にも気付かれないだろう。


 みんなが寝静まるまであと二時間はある。


 暇を持て余しながらも、時折聞こえてくる会話などに耳をすませる。

そのどれもがとりとめのない雑談でしかなく、それらしい収穫は一切ない。


「あなたはこれで妥協しろって言うの!?」


 そのまま変化もなく、そろそろ団員も寝静まろうと言う頃に、二階にあるトッシュの部屋から怒鳴り声が聞こえてきた。

 揉め事の匂いに思わず唇を笑みの形に歪め、音を立てないよう注意しながら素早く屋根の上を移動する。

 出っ張りを利用して宙吊りに近い状態で体を固定し、窓の上から鏡を使って覗くと、トッシュに詰め寄らんばかりにメーリカが迫っている姿が映った。


「仕方がないだろう。彼らも一生懸命やっている。本当に良い脚本が生まれるのはほんの僅かしかないんだ。前回良い作品が出来たと言う事は、逆に言えば今回は多少悪くても仕方がない。これ以上待ち続ければ、キミたちの練習時間がなくなるんだぞ!」


 トッシュのその表情は、とても仕方がないと思っている顔ではない。だが、それでも自らに言い聞かせるように、誰もが納得するしかない理由を告げる。


「前回良かったからこそ、今回も良くないといけないのでしょう!? まぐれだと思われて離れていけば、きっともう二度と来ないわ。それに、私はもしそれで良い作品が生まれるって言うのなら、たとえ練習時間がいつもの半分だろうと完璧に演じてみせるわ!」


 意気込みと覚悟だけは立派だろう。

 だが、それだけで話作りが進めば彼らも苦労はしないはずだ。


「……もうしばらくは『レーヌ川のほとりで』で時間が稼げるはずだ。だが、新作のための準備期間を考えるとそろそろ限界なのも確か。だったら一先ず、今はこの脚本で練習しておいて、もし新作が出来上がったならそっちをしよう。今は、これが限界だ……」

「…………分かったわ。でも、せめてもう一つくらいは作品を仕上げられるようにしたい。私たちからもアイディアを出していって、全員で取り組んでみましょう」

「……そうだな。そうしてみよう」


 どうやらこれで話は終わりのようだった。




 これで忍び込む必要もなくなったし、この案件は解決するだろう。

 イザークの知識はすごい。

 見たこともないおいしい食べ物をいくつも作り出したり、以前、まだ幼かった孤児達に初めて聞くような物語を聞かせていたが、子供たちは勿論自分も含めてとても面白かったという記憶がある。


 それにあれは、多分だが今までにないオリジナルだと本人が言っていた。

 なぜ多分なのかは気になったが、嘘を言っている雰囲気でもないし、そこまで踏み込んでも教えてくれそうになかったから深くは聞かなかったが。


 ジャンルを問わない幅広い知識。それが、イザークを知る誰もが尊敬し、そして畏怖を抱かせる一因だ。

 貴族だから知っていると始めこそ思ったが、そうじゃないのはすぐに気付いた。

 貴族の事などそれほど詳しくは知らないが、どんな偉い貴族さえも知らないような知識をあれだけ披露されれば、それはいくら学のないバカな孤児だって気付かない方がおかしい。

 メーリカがトッシュの部屋を去り、トッシュの部屋から明かりが消える。

 このままここにいても、これ以上の収穫はないだろう。

 エミリオは念のためにメーリカの部屋へ移動し、そちらも床に就いたのを確認た後で音もなくこの場を立ち去った。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ