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異世界における革命軍の創り方  作者: 吉本ヒロ
2章 10歳、王都へ行く
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夜姫とのレッスン




 王都の中心地から外れた閑静な別荘地の一つ。

 ここは最も外側の壁に程近いために家や土地の規模と比べれば比較的安く、中堅規模の商人等の別宅として使われているケースがほとんどだ。

 建っている家はまばらで隣との距離もそれなりにあり、それもまだ空き家が多い。

 つい最近売れたというその中の一軒を、エミリオ達は王都での拠点として住んでいる。


 そこに十数人の若者たちが集まっていた。

 その中の一人、若者を率いる最も若い少年が、最も高い年齢の、とは言え妙齢の美女に愚痴を言う。


「大金貨五千枚とかどれだけ暴利を貪るんですか。蓄えの二割が飛びましたよ」


 ターニャを自由にするための請負金が想像以上の大金だったために、苦々しい想いで告げる。

 ある程度覚悟はしていたが、実際、この国一年の税収が大金貨五万枚と言われているのだから、その一割にも匹敵する大金が一気に飛ぶのはさすがに堪えた。


 ただ、それが自分の望むだけの実力を兼ね備えた数少ない相手を教師として迎え入れるための値段であり、エミリオ達が任務を成功させ、無事に生きて戻るために最も必要な事となれば、高いか安いか悩む所だ。


「あら、あれでも充分に安い方よ。当初は八千だった所を、私の方から色々と口利きしたからその程度で済んでるのよ? それにしても随分と貯め込んでいるのね?」

「かなり急に、とてつもない額の大金が必要になる場合もありますからね」

「そうね、いざという時の為の蓄えはとても大切だわ」


 だがささやかな嫌味にもターニャはしれっと答えて受け流す。

 もっとも、此方から頼み込んだ事ではあるし、前回も勝ちを譲ってもらったようなものだったのだから、言うほど文句はない。そもそも対等の条件でさえ口では勝てない。


 まして土台勝ち目もない勝負なのだから、早々に放棄した方がいいだろう。


「公表はいつになりますか?」

「近日中、としか言えないわね。もっとも、私はしばらくここに住むのだから問題ないでしょう?」

「ええ、ここなら人目につく事もありません。姿を隠し、護衛として彼らと一緒にいることが条件ですが、外に出ても問題はないでしょう」


 ターニャが引退したというニュースは間違いなく、一大ニュースとしてこの王都を揺るがすことになるだろう。

 そして、そのターニャを自分の物にしようと探す人間は必ずいる。

 だから王都の中でも外れに位置する、ここにターニャを迎え入れたのだ。ターニャを買った貴族や商人が領地に連れ帰っただのと適当な噂を流してはいるが、ほとぼりが完全に冷めるまではしばらくここに滞在してもらうつもりだった。


 家を囲い込むようなそれなりに広い庭もあるため、簡単には中を見られることもないはずだ。


「それで、彼らはいつ紹介してくれるのかしら?」


 そう言ってターニャが視線で促した先には、エミリオ達十名が待機している。


「勿体ぶったつもりはないんですけどね。一人を除けば、彼らがターニャさんに頼みたい生徒です。一通りの面倒を見て頂けると助かります」

「初めまして、私がターニャよ。今日からイザークちゃんの命令でキミたちに色々な事を教えるわ。皆、そのつもりでよろしくね」

「その言い方には語弊があります。私と貴女は対等なはずですから、それは命令ではなく依頼です。それとちゃん付けは何とかなりませんか?」

「だったら私の事はターニャと呼びなさい。女の子と親しくなる始めの一歩は親しげに名前で呼ぶ事よ」

「年上に対する敬意は必要でしょう? それに、もうそれなりに親しいと思っていますし、逆に必要以上に親しくなる必要はありませんから、これで問題ないです」

「あら、私を買ったのだから年齢ではなく立場を優先して、ご主人様らしい振舞いがあるんじゃないかしら? それに、今日は随分とつれないのね。昨日はあんなに激しかったのに」

「あ、あ、あ、あの! イザークとの関係を教えてもらってもよろしいでしょうか!」


 どこか寂しそうに告げるターニャは、事情を知らない人間からするとまるで本物の恋人のようだと錯覚したことだろう。

 とうとう耐えきれなくなったリーズが顔を真っ赤にしつつも、興味本位であることを隠そうともせずに勢いよく問いかける。


「そうね、昨日は彼の怒涛の攻めに屈して、今はご主人様と囚われの美女ってところかしら?」


「ふわー。お、大人だ……」


「ふんっ!」


 そしてとうとう耐えきれなくなったアーシェスが力強く足を踏む。

 あの時の余裕はどこへ行ったのか、むしろ今までよりも力を込めて踏まれている気がするのは、伝わってくる痛みから間違いないだろう。

 痛みには必死で耐えているが、その様子を見てターニャがおかしさを我慢できないと言わんばかりに微笑う。


 さすがは夜姫と言ったところか。


 事実でありながら敢えて勘違いさせるような言葉で勘違いを促し、事実無根の既成事実を作り上げる。

 周囲の人間全員を勘違いさせた挙げ句、同性であるリーズさえもあっさりと魅了してしまったようだ。


「ぐ、具体的にはどんな内容だったんでしょうか!」

「レッスンその一。女の秘密は多い方が魅力は増すものよ。あなたも女なら覚えておきなさい」

「はい、師匠!!」


 リーズのやつ、影響受けるの早過ぎじゃないのか……?

 色々と早まったかもしれない。

 その姿に、洗脳されて反逆なんて最悪な未来が垣間見えた気がする。

 あとで全員に、よくよく言い聞かせておくべきだろうな。


「それでは早速、授業をお願いします」

「せっかちね。言ったはずよ、早すぎれば女の子にモテないわよ」

「仮にも貴族ですから、そういったことには困らないですよ。お気になさらず」


 ターニャに対する苦手意識からか、どうにも距離を置いてしまう。

 ターニャが教える勉強には興味があるし、これから自分自身にも間違いなく必要になっていくことだから孤児たちと一緒に学ぼうとは思っているが。


「まぁいいわ。あまり時間もないことだから早速始めましょう。最初に言っておくけど、キミたちには相手の嘘の見分け方、上手な嘘のつき方。どんなタイプの人間がいて、どうすればその相手から好かれるか、または嫌われるか。そういったことの全てを学んでもらうわ」


 娼婦であるターニャに求めるのは心理学だ。

 一応メイクと演技も教えてもらうが、そちらは他に専門家がいるからおまけのようなもの。


 スパイとして敵地に潜入する際、武器を振るうことはあくまでも最終手段とするスパイにとっては相手の心を自由に操る術を持っている事が何よりも重要だろう。

 そこを百戦錬磨のターニャから教われば恐らく男女の差はほとんど関係なく、大抵の状況は切り抜けられるはずだ。


「これも今のうちに言っておくけど、最初の試験は何人の異性をナンパ出来るかだからそのつもりでね」

「「「はあ!?」」」


 この一言で、ここにいる全員が察した。ああ、この人はイザークと同類だ、と。


「いくらコツを教えたところで、実践しなければ身に付かないわ。自然な会話を続けながらやっていくのが最低ライン。瞬間的な対応が求められるのだから、体に覚え込ませるしかないの」


「…………」


「納得したようで何よりだわ」


 文句が出ないということは、それぞれ一応の納得はしたのだろう。

 ただ、その手段がナンパだとくれば、さすがに心中穏やかではなさそうだが。


「嘘をつく時と言うのはね、手や足を忙しなく動かす、目線が一定しない、あるいは逆にまったく動かない、なんてこともあるけど、それは初歩の初歩ね。嘘をつく後ろめたい気持ちがあるから自分で自分を誤魔化そうとする防衛本能みたいなもの。それを知って、誤魔化そうとすれば体や表情が硬くなるからそれも問題ない。でも、一部の人間は違うの。呼吸をするように、当たり前のこととして嘘をつく。そこに罪悪感は存在しないわ」


 だから行動にも表れず、見分けも困難だと言う。


「まぁその辺りのことは追々やっていくとして、まずは今言ったことを始めとする初歩の全てを覚えてもらうわ」

「げっ」


 暗記系統、と言うより、勉強そのものが苦手なエミリオが呻く。

 他にも声こそ出さなかったが、二、三人の男勢が嫌そうな顔をしていた。


「この子たち、読み書きは?」

「ああ、一通り問題なく出来る」


 書類を盗みとることもあるため、文字が読めなくては話にならない。

 だから昔、日本語と一緒に教え込んでいた。


「それじゃあ基本的な事を説明するから各自書き写しなさい。それが出来ないと始まらないわ」

「はい!」

「うぇ~い」


 やる気のある女性陣と一部の男性陣とは対照的に、エミリオと数人の男性陣は随分とやる気のなさそうな返事。

 もっとも、彼らの事だからいざ授業が始まると本気で取り組むから心配はしていないが。


「さて、イザーク君は初歩なら問題なさそうだから、お姉さんと二人っきりの特別レッスンをしましょうか?」

「私はエミリオ達と一緒に授業を受けるので遠慮しておきます。知らない事もあるかもしれませんから」

「ふふ、そう、残念ね」


 まるで目一杯見栄を張り、背伸びする弟を見る姉のような視線。

 ふわ~、と言うリーズの声がどこかで聞こえたような気がした。





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