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異世界における革命軍の創り方  作者: 吉本ヒロ
2章 10歳、王都へ行く
29/112

夜姫

本日2話目です。




「ここか……」


 夜姫が指定した貴族か大商人御用達の宿屋の一室。

 現代日本のホテルと比べても遜色ない内装。

 真紅の絨毯は柔らかく足を受け止め、一切の音を殺す。

 本当にこの最上階全体を貸し切ったようで、周囲に人影はない。


 結局、エミリオから受け取った情報は大した意味を成さなかった。

 それだけではその人物の本質を掴み切れなかった。いや、掴ませてもらえなかったと言うべきか。ただ判断できたことは、相手が紛う事なき一流であり、格上ということだけ。


 だから可能な限りの対策と、最大限の警戒をもってこの場に臨む。

 それでも不思議と、怖気づくことだけはなかった。

 昨夜の事が無関係ではないだろう。

 だが、その事を思い出せば緊張感までもが薄れてしまい、さすがにこれはマズイと深呼吸を数度。


 そして簡単に片付くよう祈ってから扉をノックする。


「ベルトランさんから紹介を受けた者です。入ってもよろしいでしょうか?」

「ええ、どうぞ」


 ノックの後に声をかけると、すぐに返事が返ってくる。


 たった一言。


 その一言でさえ官能的な響きを乗せ、その声を聞いた男は期待に胸を弾ませるだろう。


 扉を開けた先で、息を呑む。

 そこにいたのは本当に人間か。そう疑ってしまうほどの、エルフにも劣らぬ美貌。

 そのどこまでも吸い込まれそうな夜の闇に似た、軽くウェーブがかった漆黒の髪に満月よりも尚煌々と輝く金の瞳。


 やけに胸元の開いたドレスの上からだからこそ、尚の事良く分かる、完璧なプロポーション。


 その姿はまさに、夜を支配する最高の娼婦だった。


「あら、どうかしたかしら?」

「……失礼しました。あまりの美しさに驚いてしまって」


 部屋に足を踏み入れ、扉を閉める。

 決して相手を不快にさせないよう仄かに漂う甘い匂いは、しかしこの場においてまるで食虫花に捕らわれた虫になった気分にさせる。


「あら、お上手ね」

「いえ、これは本心ですよ。今までも数多くの人から言われてきたのでは? つまり、私の一言はその事実を補強するだけで、決してお世辞の類などではないですよ」


 そこに、相手が子供だからと油断している雰囲気は感じられない。

 ただ、どこまでも自然体だ。本気になるまでもないが、かといって手加減して足元を掬われるようなヘマはしてくれないだろう。


「はじめまして、イザークと申します。以後、お見知りおきを」

「ターニャよ。もっとも、今では本名よりも夜姫の名前の方が有名になってしまっているけど」


 苦笑気味な顔も魅力的で、もっと色々な表情を見てみたいと思ってしまう。その意思をねじ伏せ、心を殺しながら挨拶する。


「まずは私の招きに応じて頂き、ありがとうございます」

「それはいいのよ。今、王都で一番有名な商人さんからの紹介なのだから、私も興味があったの。もっとも、さすがにこんな子供と会うことになるとは思いもよらなかったけど……」


 全く驚いた素振りも見せず、まして言うほど子供扱いするつもりはないくせに、などと心の奥で思いつつも、顔には出さないように努める。


「ベルトラン殿の出身地が私の父親の領地でしてね。少々縁があったので頼らせてもらったのですよ」

「なるほど。あれだけの人と縁を築くなんてあなたも抜け目がないわね」

「まさか、偶々名を上げる前に知り合えただけです。気付けば今のような大商人になっていたので、知り合えたことは幸運だと思っていますけど」


 他愛のない会話で探りを入れる。

 隠している本性、望み、基本的思考。

 データでは分からなかったからこそ、今すぐに分析していかなければならない。


「しかし黒髪とは珍しいですね。私は初めて見ました。吸い込まれそうな深みのある色だ」

「あら、ありがとう。密かな私の自慢なのよ。だから、そう言ってもらえたら嬉しいわ」


 少なくともこの世界では初めて見る。

 それだけ珍しい色なのだから出身地でも割り出せられれば何とかなるだろうかとも思ったが、素直に生まれをきいても答えてくれるはずもないのだし、やはりそう上手くはいかないだろう。


「それで、キミはどうして私に会いたかったのかしら?」

「っ!」


 きた。

 もう少し雑談に時間を費やしたかったが、それを言っても始まらないだろう。案外その辺も見抜かれているのかもしれないが。


 ここからが本番だ。


「その話なのですが、ターニャさんは寝る事以外の仕事を請け負う事はありますか?」

「基本的には今の仕事で稼げているからその気はないわ。でも、結局は内容次第といったところかしらね」


 断っても悪く思わないように下地を作りつつ、場合によっては引き受けるという、無難であり、かなり有効な手だろう。


 先に向こうから何らかの形で食いつくようにしたかったが、やはり立場上どうあってもこちらから踏み込まなければならないか。


「率直に言わせて頂きますが、ベッドの上では自慢するためにいろいろなことを喋る方が多いのでは? 後で冷静になればそれらは誰にも言えない後ろめたい事かと思いましてね。率直に申し上げて、よろしければその内容を聞かせていただけませんか? 勿論、貴女から情報が漏れたと思われないように手を尽くしますし、タダとは言いません」


 まだ事態が軽い状態で止めるべきだ。本格的で複雑な心理戦にはならないよう、敢えて率直かつシンプルに提案する。


「そういう話なら残念ね。私は娼婦としての誇りがあるの。小さな嘘ならつく事もあるけど、そういった大切なことを漏らせばその娼婦は信頼を得られないわ。だからごめんなさいね」


 だが、その提案は断られた。

 この時代にしては高い職業意識だ。

 さすがは一流の人間と言ったところか。だがこの様子なら信用できそうだし、本題に入ってもいいだろう。


「では――ッ!?」


 すんでの所で、言葉を止める。


「あら、どうかしたかしら?」


 艶然と微笑む姿にゾクッと背筋に寒気が走り、底知れないナニカを感じた。


「…………いえ、何も……」


 本当に信用できるのか? 


 ここに来る時、今まで同様何度もシュミレーションし、幾つもの展開を考えてきた。


 間違いなく、この展開もその中の一つだ。


 だがこれは、あまりにも上手くいきすぎている。


 外見や最高の娼婦という評価こそ共通するが、内面に関しての感想は人によって大きく異なり、まるで別人と思えるほどに共通点がなかった。


 つまりそれは、相手に合わせて相手の望む自分を演じられるということだ。

だからこそ、相手の言う事の大半を信じないと決めた上で対面している。だというのに、なぜ今、あっさりと本題に入ろうとしたのだ。


 まだ会って数分。今までに出会った人のように、幼い子供という見た目に騙され、そのギャップを利用して激しく動揺していたような人間でもない。その心にはさざ波一つ立ってないだろう。


 動揺で相手が本心を晒していたわけでも冷静さを失っているわけでもないのに、気付けば目的を喋らされそうになっていた事にギリギリで気付く。


 娼婦の誇り? 間違いなく、目の前の娼婦はそんな物なんて持ち合わせていない。そんな可愛らしい存在じゃない。


 娼婦の頂点に立ちながら、何人もの貴族を尻に敷いておきながら、目の前の女性はまだ満足していない。

 挑戦するような瞳は、更なる上を目指しているような、現状に満足せず、餓えている者特有のものだ。


 何を求めている。


 金はないだろう。


 山のような金貨を用意した商人の話を断ったと聞く。だったら、金貨を山と積んで用意した所で、きっと銅貨一枚と大差ないはずだ。


 自由?


 いや、それもない。


 これほどの人が本気になったなら、それなりの代償は支払う事になるだろうが、あっさりと自由になれるだろう。



「…………貴女は何を求めている。物によるが、大抵の物なら俺が用意してみせよう。だから俺の頼み事を引きうけてもらいたい」

「落ちつきなさい、焦りすぎよ。キミはもっと女性の扱いを学ぶべきね。こういう時は服を脱がす様に一枚一枚ゆっくり、丁寧にしないと相手の体も心も晒せないわ」


 必死に会話の主導権を握ろうと図るが、その悉くがあっさりとかわされる。

 そんなこと、言われるまでもなく分かっている。

 常にこの空間そのものを支配されているような状態が続くとなると到底堪え切れるものでもないし、勝ち目が見えてこない。



「……………………」



 素直に負けを認めて頼む? いや、そうすれば即座に愛想を尽かして話を終わりにするだろう。今、目の前にいる彼女は愉しんでいるのだ。

 時折わざと隙を見せてまで、この時間が続くようにしているほどだ。

 猫が捉えたネズミをいたぶるように、必死で足掻く様を見て楽しんでいる。

 だが、ここでもしネズミが猫を噛んで驚かせれば、きっと味方になってくれるだろうという確証がある。


 ターニャに一矢報いると言う事は、それなりの力を持つ相手として認められる事だ。だから力を示せば、信頼に足ると判断するだろう。


 だが、どうするか。


「……………………」


 思いつく限りの考えが浮かんでは消え、ただ徒に時間だけが去っていく。


「ここまでかしら? 稀代の大商人様が推すから会ってみたというのに、とんだ期待外れね」


「っ!」


 一瞬だけ見せた、落胆した雰囲気。

 それも、言われなくても分かっている事だ。


 自分は凡人。


 ただ、前世の知識があるからこそ、偏ってはいるが一部ではこの世界の人間の誰よりも優れているだろう。けれど――


 即興的なやりとり、知識がない部分の勝負となると、途端にその脆さを露呈してしまう。


 期待に応えなければならないのに、応えられない。


 でも、だからってこんな所で諦められない。


 まだ思いついていないだけで打開策はあるはずだ。



「あの大商人は、確かにそれなりのものを持っていたわ。でもね、噂程の物を感じなかったの。地盤があれば大商人にも成れたでしょうけど、これが本当に、あれだけの品々を開発し、今やこの国一番とまで言われる場所に一から上り詰めた人間なのか。初対面でそう思ったわ。でも、違う。彼は特別な事は何も言わなかったけれど、随分とキミの事を推していた。だから興味が湧いたの。もしかしたら、そう思った。でも違うわね。キミもそれなりの物を持っているけど、あれほどじゃない。ねえ、何故彼は、キミをそれほどまでに推したのかしら?」



 それは最終通告。


 嘘は許さない。


 隠しているものがあるのなら曝け出して見せろと、全てを見透かさんとする冷徹な瞳が、ただイザークを真っ直ぐに見据える。


 そこに、初めてターニャの本性を垣間見た。


 恐らくだが、彼女もまた生きている以上何らかの物を求めている。


 しかし、それが用意出来るかどうかは最低ラインでしかない。そこから先の何かをこそ、ターニャは真に求めている。


「…………それほど退屈ですか?」

「……何のことかしら?」


 軽く首を傾げ、言っていることが分からないといった仕草を見せる。

 それは、どこまでが演技でどこからか本当なのか分からない。

 いや、そう思わせること自体がすでに彼女の術中だろう。

 だったら、考えてもわからないなら放棄する。


 一方的に攻めて、それが本心からくる答えと確信できる物を得られるまで攻め続ける。


「いつもと同じ日常、変わらない生活。楽しみなこと。いや、それとも――

「…………」

「それとも、恐れていますか?」

「――っ!」


 ほんの少し、組んだ手の人差し指が動いた。

 そこを注視していれば逆に表さなかっただろう。目を真っ直ぐに見ながら、しかし体全体をそれとなく見ていたから辛うじて気付けた。


 本来であれば、この程度の言葉には引っかからないはずだ。

 生きていれば誰もが何らかの恐れを抱き、日常が続けば退屈を感じる瞬間は来る。


 そんな誰にでも当てはまる言葉に、しかしこの百戦錬磨の娼婦が反応を示す。それは、このタイミングだからこそ表れた効果。


 垣間覗かせた本音。

 人生に退屈している。

 物事の全てが思い通りにいってつまらない。

 だから危険に首を突っ込みたがり、恐怖さえも人生のスパイスとして楽しむことができるタイプの人間だ。


 そして負けが見え、本当に致命的な傷を負いかねない勝負からは避けるタイプでもある。


「私にはやらなければならないことがある。それは、例えるなら十人で千人と戦うような大博打です。あなたに協力してほしい。勿論、協力は表立ってやる必要はありませんよ。水面下だけで構いません」


 だから挑発する。

 それはターニャにとってわざとであるが、それでも一瞬とは言え僅かに晒した唯一の隙に喰らいつく。


 この危険地帯に踏み込む覚悟があるかどうかと。

 度胸だけではダメ。

 相応の実力だけでもダメ。

 両方がそろって初めて生き残れるような危険に満ちた場所に、お前は来れるのか、と。


 素直に信じて味方にするのは危険だ。孤児たちにさえ未だに全てを話していないのだから、彼女に全てを、革命のことを話すわけにもいかない。

 だが間違いなく、革命には彼女の力が必要だ。

 だから、身の内に秘めた狂気程度なら曝け出す。


「…………参考までに聞かせてもらえるとうれしいのだけど、仮に協力するとしたら私に何をしてほしいのかしら?」


 針の穴程の小さな隙からほんの僅かながらもガードをこじ開けた感触。


「先に言った有力者の秘密はもちろんお願いしたい。ついでに性格等、関連するあらゆる情報も。場合によってはこの地におけるある集団の統率、それともう一つ、その彼らに教育を施してもらいたい」

「教育? ベッドの上でやることの全てを教え込めばいいのかしら?」


 どこか白けたようにターニャが言う。

 しかし、決めつけてもらっては困る。

 時代や境遇故に貞操など気にしない者も一定数いそうではあるが、そんなものをやらせては信頼を失いかねないし、そのやり口は趣味じゃない。


「彼らに対する教育はそれ以外の全て、です」


 おそらく初めて、ターニャの予想を超えたのだろう。

 目をキョトンとさせ、その後すぐにお腹を抱えて笑い出した。


「――っぷ、あはっ、アハハハハハハッ!! ……あ~お腹痛い。ふふっ、キミ、正気よね? そんなこと言い出すなんて、キミくらいなものよ。娼婦にそれ以外の全てを教えろだなんて、とても正気じゃないわね。……ええ、分かったわ。一先ずは私に自由とそれなりのお金と家、それが用意できるというのであれば、そっちについては任せてちょうだい」


 培ってきたモノの核を否定し、破壊されながら、だが自分には価値があると言われているこの矛盾。

 それが、ターニャにとってどれほどの新鮮な驚きをもたらしたかは、本人にしか分からない。

 こればかりはさすがに演技ではないのだろう。

 面白くて仕方がないとばかりにしばらく両手を抱き合わせ、肩を震わせていた。


「あと、最後に一つ。ここ、今日一日貸し切ってあるの。もう出来るのでしょう? 初めての相手、私でやってみない?」


 それは獲物を定めた肉食獣のような、本気の目だった。


「それは遠慮しておきます」


 大変魅力的なお誘いではあるが、今やれば他の事の一切が手につかない程に溺れてしまうことになるだろう。そうなってしまうと今までの苦労が全部水の泡だ。

これだけの美人で百戦錬磨の相手に、勝てるわけがない。


 つまり、三十六計なんとやら。


「それではまた準備が出来たら来ますね」


 精神を総動員し、早々に退散させてもらった。





心理戦になってればいいのですが・・・

正直難しすぎですね。

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