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異世界における革命軍の創り方  作者: 吉本ヒロ
2章 10歳、王都へ行く
28/112

本当の気持ち

本日1話目

続けて投稿します。



「クソっ」


 思わず毒づくのをやめられない。

 結局、あれから何度もエミリオの情報を分析しても、進展らしい進展はなかった。

 だが、ならこのまま行き当たりばったりでやってみるかと言えば、それはやりたくない。

 自分より上の人間を何人も知っているから、自分は天才だと思い上がる事なんてできないし、何とかなると楽観もできない。


 だからこそ事前に幾つもの、思いつく限りのパターンを予測し、最善な方向へと誘導していかなければいけないと言うのに、何一つ見破れないから有効な手段を思いつかない。



 もう寝るべきか。



 これ以上考えれば明日に差し支えるだろうし、打開策が思いつく気もしない。だったらこのまま寝て、気分を一新させてから改めて考え直した方がいいだろう。

 溜息ひとつついて、ベッドへと向かう。


「…………ふつう……じゃったな……」

「………………ん?」


 そう思ってベッドに腰掛けた時、アーシェスがぽつりと言った言葉は、幾つか単語でも聞き逃したのかと思うほどにか細い声だった。


「……ふつうじゃった。民の暮らしも笑顔も、妾たちエルフの民と変わらなかった」

「…………ああ」

「…………あの日……里が攻められる三日前に……同じように果物をもらったのじゃ。とても気の良いエルフだったのじゃが……」

「…………」


 恐らく今日、街中を歩いたことで陰鬱と、殺伐としたあの豚が治める領地ではなく、ちゃんとした政治がおこなわれている王都を見て、そこに住む人と接したことで気付いたのだろう。

 拠点に集めたエミリオ達のような例外的な人間ではない普通の人間も、そう変わらないと言う事に。


 自分の事に手一杯で、アーシェスの事に気が回らなかった。

 あの時、様子がおかしいことには気付いていたのだ。だが、今抱えている問題を解決出来ていなかったから、アーシェスの問題に触れることを躊躇わせた。


 いや、これも言い訳だろう。


 そこまで気が回らなかった俺の責任なのだ。


「……強くなったつもりじゃった。心を研ぎ澄まし、腕を磨き、いつでも戦争が起こっても構わないように……いつでも人を殺せる覚悟は出来ていた……」


 だから戸惑ったのだろう。

 鬼畜な人間ばかりではないと言う事を本当の意味で知った。

 そういった今までの固定観念が崩れ去ったことで動揺をきたしたのだ。


「多くの民はまともだよ。だけど人間は欲深く、そして臆病だ。だから簡単に集団に染まるし権力者に操られる。……あそこにいた民たちも、状況次第では大半が牙をむく事になるだろうな」

「……それは分かっておる。妾もまた、エルフの民のために立ち上がらねばならぬことも分かっておる。その振舞いを眼前で見たのじゃから、多くの貴族とそれに従う騎士は間違いなく外道じゃと言う事もな。じゃが、このままでいいのか少しだけ迷ったのじゃ」

「それなら安心しろ。戦場に動員される民はある程度仕方がないのだろうが、むやみやたらに市民を傷つけるつもりはない」



 統治する際にも、やはり犠牲を生めばそれだけ軋轢を増すことにも繋がる。

 だったら、個人的な感情の面を除いても無駄な犠牲は避けるべきであろう。

 勿論一人も傷つけさせない、なんてことは言えない。

 必ずどこかで犠牲は出るだろうから。



「…………お主がそう言うのであれば、きっと大丈夫なのじゃろな」


 アーシェスがそう言って、でもそうじゃないと、まるで此方の考えは見当違いだと言わんばかりに軽く首を横に振って淡く微笑む。

 しかしその微笑みも一転、まるで五年前のあの時のような、悲壮感さえ漂わせるような表情に変わった。



「…………お主の言うとおり、それもある。じゃが、あの時に本当に気になったのは妾ではなくお主のことじゃ。今更かもしれぬがそれでお主は平気なのか? お主は人間で、敵も人間で、きっと誰よりも多くの死を、誰よりも大きな責任を背負う事になるのじゃぞ? 騎士だけではない。平民たちも巻き込むことになる。無理をしてはおらぬのか? もしお主が辛いと言うのなら…………お主が全て投げ出したとしても妾は――」



 それは、アーシェスなりの精一杯の意志表示だった。

 以前とは違ってそれなりに心の余裕が出来、王都へ来て様々な人を見たからこそ気付いてしまったのだろう。

 まるで己の身を切るような所業に必死で耐えるように、しかし一語一語を確かに紡いでいく。

 本来やらなくても良い事を、その身を削ってやっているのだから責めはしないと。


 全く抑え込めてはいないし、だからこそ本心で望んでいる事くらいお見通しで、言葉ではそういいながらそんな事を想っている自分を責めているのが良く分かる。

そして、それでもなるべく感情を出さないように頑張っている事も。


 だからそれ以上の言葉を喋らせるわけにはいかないから――


「アーシェス、俺なら平気だから心配しなくても大丈夫だ。あの日、俺はもう覚悟を決めたから」



 だからだろうか。


 言葉はすぐに出た。


 事実、嘘ではない。


 何が何でもやり遂げるというあの日の誓いは今も忘れずにこの胸の奥に在って、あの日の熱もそのままに秘め続けている。


 自分がやらなければならない事くらい分かっているし、これはきっと、前世の知識を持ち合わせた自分にしか出来ない事でもある。


 少なくともこの世界の人間よりは命の価値を高めに見積もっているだろう。

もし顔を知る人間が、仲間が死んだときのことを考えればどうしようもないほどに辛いが、そうでなければ千人死のうと数字でしかない。だったら、きっと大丈夫だろう。

 いや、それとも、そう思い込まなければやってられないのかもしれないと、心の片隅でふと思った。


 だがそれも一瞬。


 すぐに他の事でその考えを掻き消し、なかった事にして心の奥底に埋める。


「嘘じゃな」


 だと言うのに、アーシェスは否定して寂しそうに微笑う。


「なにを――」


「覚悟があると言うのは本当じゃろう。お主なら大丈夫じゃと思っておるし信じておる。来たるべき痛みに備える事は出来よう。そして痛みに耐える事は出来よう。じゃが、それでも、痛いものは痛いのじゃ。妾達の為に戦いを決意したような優しさを持つお主が同胞を傷つけるのなら、その時は必ずお主も傷ついている。それが平気なはずが、大丈夫なはずがないのじゃ」


「――っ!?」


 なぜだか分からず、ただアーシェスから距離を置こうと体が反射的に動きかけた。

 しかしその前にアーシェスが頬に手を添え、哀しそうな瞳で見つめる。

 あくまで添えただけで、触れているだけの決して強い力ではない。だと言うのに、なぜか体は硬直したまま動かなくなった。


「妾では頼りないかもしれない。お主のような知識を持ち合わせてはおらぬし、弓以外で出来ることなどほとんどない。じゃが、少なくとも妾はあの日お主に救われ、あの日からずっと、お主の力になりたいと思っておるのじゃ。他にも、そんな者達はお主の周囲にたくさんおる事を忘れないでほしいのじゃ」


「…………俺は……俺はやらなきゃいけなくて……だからこんなことくらい……」


「この五年間、ずっとお主を傍で見てきたのじゃぞ? お主のことは妾が一番良く解っておる。普段は鋭いくせに偶に本気で鈍かったり、誰も考えつきもしない事を思いつく癖に意外と常識知らずなバカだったりする。色々と抱え込んで辛いくせになんでもない振りをしてカッコつけて、まだ妾にも色々と隠し事をしておる。それに中々素直にならんが、でも、たまには甘えてもいいのじゃぞ?」


「俺は――っ!」


 もう覚悟は出来ている。


 その程度の事は足を止める理由にならない。


 その言葉が、何故か先程のように出なかった。


「一人で抱え込んでばかりでは辛いじゃろう。弱音を吐いて、涙を流し、不満を零してもらっても構わん。安心するのじゃ。妾が全部受け止めてやるからの」


 こうすれば涙なんて見えないから、泣いている事も分からないからとばかりに、胸に押しつけるように強く抱え込む。


「――っ! …………はは、胸なんてたいしてないくせに」

「バカ者め。女の魅力はそんなものではないのじゃ」


 力なく呟いた言葉に対し、いつものようなムキになった様子は感じられない。

 その声には、なぜだがまるで子供をあやす母親のような余裕さえ感じられる。

 柔らかく、ゆったりとした心音が聞こえ、それが自然と心を落ち着かせる。


 ああ、まいった。


 心の奥底で、降参を告げる声がする。

 それと同時に、張り詰めていた何かが切れた音がした。


 自分だけにしか出来ないと、いつから思い上がっていただろうか。

 いつの間にか、全部一人で抱え込んでた気になってた。

 情けない所や弱さを見せて失望させたくなくて、自分から背負った荷の重さに、いつの間にか潰れそうになってた。

 隣にいてくれた者達の事に、ずっと傍で、これほどまでに陰で支え続けていてくれたという事に、今の今まで気付けなかった。


「……知ってるよ。…………ありがとう」

「っ! う、うむ! 分かれば良いのじゃ、分かればの」


 そのくせ何故か今更驚いたようにアーシェスの心臓が一度だけ高く跳ねあがる。


「……少しだけ言わせてもらえばさ。やっぱりふとした瞬間になんで俺はこんなことやってんだろう、って思う時があるんだ。危ない橋を渡ろうとする度に逃げ出したくなって、でもアーシェス達皆の顔が浮かんで、裏切れないし裏切りたくないって思う。後悔なんてしない。覚悟も決めた。逃げないし必ずやり遂げて見せる。でも……たまに無性に逃げ出したくて、こんな風に弱音を吐きたくなってしまう時があるんだ……」


 この間、アーシェスはただ無言で後頭部や背中をさすってくれる。


 だからだろうか。


「…………少し……疲れた……。だから少しだけ……もう少しだけ、このまま居させてほしい……」

「うむ、お主の気が済むまでこのままで構わないのじゃ」


 その後に自然と流れ込んでくる言葉がやけに心地よくて――




あっという間に意識は暗転した。









「…………やっちまった」


 起きてすぐに、思わず呻く。

 片手を髪に当てガシガシと強く頭を掻くが、気は一向に晴れない。

 鮮明に思い出せる昨夜の出来事は、間違いなく夢じゃないだろう。

 横ではどこか満足気なアーシェスが未だぐっすり眠っている。


 正直かなり助かった。

 今顔を合わせたら、正直どうすればいいのか全く分からない。


 なんだあの無様は。


 慰めようとしたのに、逆に慰められるとかあり得ないだろ。

 大人として成長する機会がなかったから精神年齢はあの時のままかもしれないが、それでも年上なのだ。アーシェスはきっと同年代と思っているだろうが、年下にあんな風に慰められるなんて思い出しただけで――


「〰〰〰〰ぁぁぁぁっ!!」


 布団の中で押し殺しながらも声をあげる。

 恥ずかしすぎて悶えてしまう。

 隣にアーシェスがいなかったらベッドから転げ落ちる勢いで転がり回っていたことだろう。

 だと言うのに、当然ながらなかったことには出来なくて、それになかったことにしたくはないと思っている。


 そして何度目かの寝返りで、アーシェスの顔が目の前にあることに気付いて、反射的にまた反対側へと寝返りをうつ。


「…………おはようなのじゃ」


「――!」


 その動作から僅か数瞬後、背後からかかる声を聞いて反射的に、体の動きはすぐに止まった。


 気のせいだ。


 そうだ、さっきのはただの寝返りだ。そしてただの寝言だ。だから、どうかまだ眠っていると勘違いしてくれ。


 幸い、今はアーシェスの顔を見れないからと背中を向けていた。

 直接顔を見られる心配はないから、多少表情が動いていたとしても気付かれない筈だ。


「昨夜は随分と激しかったの」

「…………」


 だからまるで事後みたいに言うのはやめろ。

 たしかに色々と吐き出したお陰で肩の荷は軽くなったし、なんだか精神的に楽にはなったけど。

 必死で声をあげないよう抑えるが、この状況はいつまで続くのか。

 いや、そもそも本当に起きている事に気付いているのだろうか。


「お主も子供のようで本当にかわいかったのじゃ」

「…………」


 自分だって子供のくせにかわいいってなんだよ。

 と言うより、かわいいというならむしろアーシェスの方が……ッ!!

 ただでさえ恥ずかしい思いしてるのに、もっと恥ずかしくなって余計に起きられなくなっただろ。

 今なら顔も耳も真っ赤になってそうだ。

 ああ、もう。段々と気付かれてるような気がしてきた。



「子供が出来てしまったらどうなるのじゃろうな?」



「そんなわけあるかッ!! ……あ」

「うむ、ようやく起きた様じゃの」


 満面の笑みを浮かべるアーシェスは間違いなく気付いていて、狙って言ったのだろう。


「よし、俺は腹が減ったから今すぐに飯を食べてくる」


 これ以上ここにいてたまるかと、この状況を抜けだす為に適当な理由を言ってベッドから出る。


「照れんでも良いではないか」


 だからなんでそんなに余裕なんだ。

 アーシェスは人の顔を胸に押しつけておいて恥ずかしくないのか。 

 今も思い出したせいで、こっちは余計に恥ずかしくなって来るというのに。


 それが少しだけ、いや、かなり悔しかった。





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