合流
次回投稿ですが、作者の都合上4日後の投稿になります。
まぁ話の都合上も兼ねており、2話続けて投稿するのでペース的には変わらないのですが。
申し訳ないですがご了承ください。
「へえ、ここが……」
足を止めた場所は、外観だけなら貴族の屋敷と言われても納得しそうな程の大きさの建物の前だ。
出入り口からはひっきりなしに人が出入りしているのが、ここの盛況さを窺わせる。
辿り着いたのは今、王都で最も繁盛していると言われている店だった。
中も外観同様に広く、百人近くの客が興味深そうに様々な商品を見ている横で店員が商品の解説をしている。
そのどれもが最近出回った新製品で、ここにいる人間にとっては馴染みのないものばかりだろう。
斬新な発想で生み出された商品の数々は、その全てが大ヒット商品として王都だけでなく国中の、近頃は国外にまで普及しているとか。
「ほう、これがお主の開発した商品か……」
アーシェスが横から覗きこむように、商品の一つ、正確には駒の一つを手にとってしげしげと眺める。
それはチェス盤。
貴族向けの商売故にここには置いていないと思ったが、ここにある以上はどうやら一定の需要があるのだろう。
だが、アーシェスの行動は知的好奇心から来るのではなく、まるで顔を合わせないで済むように、敢えて別の何かに注目しているように見える。
あの後はしばらくしてから何とかよそよそしい会話が生まれ、今では一応今までと変わらない程度の体裁くらいは取り戻した。
とは言えやはり積極的に話しかける気持ちにはなれず、そんなアーシェスを見詰めてしばらく店内で時間を潰しながら、それとなく店を見回すのも三度目になった。
その際にようやく見知った顔が店の奥へと消えるのを確認し、その場で更に数分だけ時間を潰し、アーシェスの手を引いて店外へと出た。
そのまま適当に来た道を歩き、手頃な喫茶店に寄る。
食べ物はともかく、飲み物にお金をかけるのは中流階級以上の裕福な層の人間しかいないせいか、イザーク達の他には数組しかおらず、静かで落ち着いた上品な空間を演出している。
「よお、どうやら無事に着いたみたいだな」
そこに少し遅れて、服装自体はくたびれた平民の物を着ているエミリオが顔を見せ、対面の席へと腰かけた。
「俺は珈琲を頼む」
注文を聞くために近づいて来たウエイトレスに珈琲を注文する。
庶民は奮発してもせいぜい安めの珈琲が限度であり、貴族や裕福な商人達は見栄もあって高価な紅茶を飲むのがこの国での基本だ。
しばらくしてウエイトレスが珈琲を運んで来る。そして傍から離れるのを待ち、お互いがお互いの背後に人がいない事を確認し、注視しないと気付かない程僅かに頷いて安全を教える。
それからようやくイザークは口を開いた。
「頼んでいた件はどうなった?」
「ああ、それなんだが……まずは夜姫の件だけど、明日の昼過ぎなら会えるそうだ」
「……随分と急だな」
「相手がその日じゃないと会えないだとよ。ただ、ホントかどうかは分からねえけど……」
「いや、こっちはお願いする立場だし、早いに越したことはない。場所は?」
「ああ、ここからでも見えるだろうけど宿屋『天上の女神』の最上階を貸し切ったそうだ」
そう言ってエミリオが視線で示した先には、王都の中でも一際高い建物があった。多くの建物が階層は低く、横に長い形をしている中で、その建物だけが縦に伸びたタワー型だ。
城壁よりも僅かに高い頂上からの景色はさぞかし眺めが良い事だろう。
そのためか、貴族や名のある商人がよく使う宿屋としても知られており、急に部屋を借りるなど、まして貸し切りなど出来る筈もないのだが――。
「貸し切ったのは向こうか?」
「ああ、一応言っておくが、此方は会わせたい人物がいる、とにかく会ってほしいと言う趣旨のこと以外は伝えていなかったそうだ」
「…………」
意味が分からない。
普通、そういう場所を貸し切るのならそれなりの相手か人数がいなければ、そんな真似をするはずがない。
だと言うのに、誰が来るかも告げていない状態で、一人しか来ないのに貸し切るなど普通じゃない。
「……夜姫に関する情報は?」
「調べた限り、多くの貴族との繋がりがある。例えばある侯爵が持てるすべての権力を振るって手に入れようとしたが他の貴族達の妨害にあって断念したとか、王都でも有名な大商人が積んだ小国を買えるほどの大金を袖にしたとかそんな所だ。まあこの辺りは有名な話だからすぐに入手できたが、逆に詳しい話はさっぱりだった」
エミリオはお手上げだとばかりに首を振る。
ここへ到着してからあまり時間が経っていなかったせいばかりではないだろう。
たしかに、まだ情報網など出来上がってはいないだろうが、それでももう少し詳しい情報が手に入らなければおかしいのだ。
きっとどこかで情報が意図的に伏せられている。
「…………一応未確認でいいなら他にも情報はあるが……」
エミリオはどうにも歯切れが悪そうに、まるで言っていいのかどうかを逡巡しているかのように躊躇いがちに告げる。
「いや、それでも構わない。時間もないし、情報の精査は俺がする」
「分かった。一応夜姫と直接会った事のある人間の使用人みたいな、それなりに近い奴らからなら何人か話は聞けたんだが、それがどうにも安定しないと言うかバラバラと言うべきか……。それがな――」
結局、エミリオから聞いた話では何一つ分からなかった。
ある者は獣のように荒々しいと評し、またある者は淑女とは斯く在るべしと、全ての淑女にとってお手本のようだと言った。
それはまるで別人の話を聞かされている気分にさせられるほどに一定しない。
ただ一つの共通点は、誰もがその娼婦を最高だと褒め称えている事だけだ。
これだけの話を聞ければ自然とその娼婦に期待をしてしまうし、その期待は間違いではないだろう。
だが、それと同時に胸の内で不安が膨れ上がり、渦巻くのを感じる。
今までと違い、事前の情報が少なすぎる。と言うより、より混乱しただけで皆無と言ってもいいだろう。
しかも、相手はそれを意図的に作り出すほどの人間。
自分の手に負えるのか。
逆に意図を見破られ、破滅する可能性も考えなければならないかもしれない。
この先、これくらいの綱渡りを何度もやらなければならないだろう。
それは分かっている。
だが、やはりどうやってもリスクに対する緊張や不安を取り除く事は出来そうになかった。




