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異世界における革命軍の創り方  作者: 吉本ヒロ
2章 10歳、王都へ行く
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王都


 小高い丘の中心地、最も高い場所に建つ、白を基調に統一された城。

 それは見ているだけで己の矮小さを自覚させ、畏怖の念を抱かせるほどの荘厳さを見せつける。

 ここから眺めただけではいったいどれだけの人が暮らしているのか、自分が住んでいる街の何倍かさえ見当もつかない。


 高さ十メートルを超す城壁が広大な街をぐるりと取り囲み、それが区画を分けるように五重になっている。それは、三百年という長い時と共にこの街が発展してきた証。



 言葉などなく、ただただ、圧倒される。


 数十万もの人が住むだけあって、城壁の外からでも分かる活気に満ちている。

 国の中心地とあって、政治もそれなりには機能しているのだろう。

 まったくもって自分の領地とは大違いだ。

 それでも、亜人を奴隷とすることを認めているのだからその元凶たる王家も滅ぼさなければならないのだが。


 とはいえ、これ程の城壁を前に正攻法はどう考えても無理だろう。

 兵力差等を考えると、やはり小技や裏技を駆使するより他あるまい。

 先に内部に伏兵でも仕込んで内部と外部から同時に攻めるか、それとも抜け道でも作っておくべきか。


 この辺りもすぐに決める必要はないが、学園を卒業する十五才までには手を打っておくべきだろう。


 とは言え、やはり今は先のことよりも目先のこと。

 他にもやることが多いために後回しとさせてもらうが。





 四つの門を抜けるにつれ人通りは少なくなり、最後に伯爵、侯爵、公爵の位階を持つ者だけが家を持つことが許された、高位貴族が住む住宅街へと入る。

 そこには、一つ一つが無駄に広く、大きい建物や庭があった。

 より王城に近く、より大きい二つの建物がこの王国に二家ある公爵家所有の物だ。


 そして今乗っている馬車がこの国に四家ある侯爵家の建物の一つ、召使い総出で出迎えられた門を行く。

 それは自宅よりも大きく、より豪奢な雰囲気の家だ。

 王都にあるということは、全ての貴族の目に留まることになるのだからそれだけ気を遣ったのだろう。

 玄関の前で馬車は止まり、外にいた人が扉を開けた後でラインに続いて外へ出る。


「はじめまして、イザーク様。私の名前はセイン。ここ、王都にあるジナード家の執事として屋敷の管理をさせて頂いております。何か用があればお気軽に仰ってください」


 まるで見本のように丁寧に、深々と頭を下げたのは髭や髪に白色が混ざった初老の男性。


「ああ、イザークだ。よろしく頼む」

「ええ、こちらこそ」

「セイン、ワシは旅で疲れた。自室で休んでおる故、後の事は任せた」

「かしこまりました」


 再び深々と頭を下げたセインを尻目に、ラインは屋敷の奥へと消えていった。


「ぼっちゃまはこれからいかがなさいますか?」

「今日はもう遅い。僕も休もう。部屋へ案内してくれ」


 これまでの旅の疲れもあるし、今日はそろそろ陽も沈む。

 夜は夜で賑わいそうだが、急ぎでもないし不慣れな自分がいきなり夜の街に繰り出すのも良くはないだろう。


「かしこまりました。希望がございましたら、よろしければ此方にいるメイドの中から専属の者をお付けしますので、その者へ申しつけてください」

「……いや、基本的には特に用事もなさそうだから結構だ」


 専属の者がつけば自由に身動きもとれなくなるだろう。

 だったら護衛として付いて来たクレイを間に挟ませたほうがよっぽど楽そうだった。


「はっ、失礼致しました。では此方へどうぞ」


 そう言って先導する先は、ライルが消えていった方向とは逆の通路。その先で、領地にある自室よりも大きく、豪華な部屋へ通された。


「結構だ。もう下がっても構わない。……ああ、せっかく王都へ来たのだから明日から日が暮れるまで、しばらくの間は街を見に行くつもりだ。その日の内に何か予定があるようなら最悪朝の内までに伝えてくれ」


「かしこまりました。それでは失礼します」


 セインは頭を下げ、粛々と退出した。


「…………そういうことで明日からは街に繰り出す予定だけど、アーシェスはどうする?」

「そんなこと言わずとも決まっておる。どの道ここにいてもやることなどないのじゃからお主に付いていくのじゃ」


 聞くまでもないことではあったし、息抜きとして観光も兼ねて動くのだから一人よりは良いだろう。


「それじゃ朝食後に動くぞ」

「了解じゃ」



 その後は旅の疲れもあったのか夕食を食べてすぐに睡魔が襲いかかり、起きておく理由もなかったからあっさりと眠りについた。







 アーシェスにはいつものようにフード付きのマントを着させ、街へと出かける。

 ここ、王都では本来隠す必要はないのだが、既に上限だと思われていたアーシェスの美貌は、成長と共に更に増したせいで人目を集めて仕方がなくなるだろうし、下手をすれば最悪、貴重なハイエルフを手に入れようと王族や公爵レベルの人間が動く可能性もないわけではない。


 だったら始めから噂にならないよう、また街中でも自由に動けるように隠しておいた方がいいだろう。



 徒歩で中小貴族が住む居住区、裕福な商人や有名な職人が住む居住区を抜け、三つ目の、一般的な平民が住む居住区へと到着した。

 門を抜けた直後であるこの場所こそそうではないが、大型の馬車が四台は横並びで移動できそうな程に大きなメインストリートは、しかし碌に隙間もないほどの人ごみで埋まっている。

 スリも横行しそうだな、と注意の必要性を感じながらも、心が湧きたつのを抑えきれない。



「止まってないで早く行くのじゃ」


 それはアーシェスも同じだったのだろう。

 横をすり抜けるように前へ出た際に腕を掴まれ、引っ張るように人ごみへ飛び込んでいく。


「分かったから落ちつけ」


 とは言ってみたものの効果はなく、興味深そうにきょろきょろと周囲へ視線を動かす。


「いいからフードをしっかり被ってろ。無暗に人目を引くな!」


 尖った耳までは見られなかったが、時折顔を覗かせていたせいで、偶然それを見た人間は老若男女問わずにしばらく硬直している様が何度かあった。


「ふふん、妾のことを独占したいのならそう言えば良いのじゃ。安心するがよい、妾はおぬしの奴隷じゃからの。お主の許可がなければ傍を離れぬのじゃ」


 とか言いながら、すぐに物珍しそうにあっちへふらふら、こっちへふらふらとするのはやめてほしい。


 エルフは人と比べて知的好奇心が強いと言うからその影響か。

 露店を冷やかしては隣の露店へと移り、時折琴線に触れたモノは欲しいとねだる。


「あらあら、元気な妹さんね。お兄ちゃんも大変でしょう?」


 少し前から見ていたのだろう。

 その中の露店の一つ、リンゴのようなありふれた物から見た事もない変わった形の物まで、様々な果物を置いている露店のおばさんが声を掛ける。


「違うのじゃ、妾たちは兄妹ではなくこいび――」

「ええ、やんちゃ盛りで大変ですけどね」

「む〰〰!」


 イザークが急いで口元を押さえたせいで、アーシェスの口からはくぐもった音を出すばかりだ。


 そんな姿におばさんは苦笑しつつも、どこか微笑ましそうに眺める。


「よろしければリンゴを二つ頂けますか?」


 アーシェスはエルフとあってか、果物の類が何よりも好物なのだ。このままでは後で小言を言われるだろうし、これで機嫌でも直してもらおう。


「それなら小銅貨二十枚ね」

「ではこれで」


 財布ではなくポケットから大銅貨を一枚取り出し、お釣りの小銅貨八十枚を受け取る。


 小銅貨は嵩張るからあまり好きではないのだが、その辺は仕方がないだろう。


「お兄ちゃん、王都は初めてかい?」

「ええ、昨日王都に来たばかりです。しばらくここに滞在する予定ですので、またここに来ることもあるかもしれませんね」


「あらあら、それじゃ記念にこれもあげるわ。クォーツァっていう果物なの。この王都近辺でしかとれない特別な果物だから、きっと食べた事ないでしょう? このままかぶりつけば皮ごと食べられるわ。その代わり、もしよければまた来てね。それと、お嬢ちゃんもお兄ちゃんの言う事は良く聞くのよ」


「――っ!!」


 それは何の変哲もない、客商売には必須の世間話。

 だが背後で抱きすくめるように直接手で口を覆っていたからか、アーシェスが体を硬直させ、息を呑んだのが分かった。


「ええ、きっとまた来ますね。それでは失礼します」


 異変を悟られないようすぐに会話を切り上げ、果物を受け取ってカバンの中にしまい、その場を離れる。

 アーシェスは今までとは逆で、ただ手を引けばされるがまま素直についてくる。


「どうかしたのか?」


 人通りが若干薄れる脇道に逸れ、少ししゃがんでアーシェスの顔を覗きこむ。


「…………」


 それでも、アーシェスはただ言い難そうに目を逸らすだけだ。


「…………言いたくないなら言う必要はない。辛いなら引き返すか?」

「…………」


 アーシェスが首を横に振って、否定の意志を示す。

 しばらくはどうしたらいいのかと逡巡したものの、ここで引き返してもアーシェスに気を遣ったことは分かるだろうし、そのせいで申し訳なく思わせてしまうのも良くないだろう。


「……それじゃあ行くぞ」


 結局迷いながらも、今までより少し強めに手を握ってメインストリートへと歩き始める。


「…………イザーク」

「どうした?」


 その時、引き止めるように繋いだ手を強く握られる。

 それはまるで何かにしがみついていないと不安で仕方がないと言わんばかりに、迷子の子供を連想させた。


「…………みんな……ああなのじゃろうか?」

「みんなって?」

「…………いや、なんでもないのじゃ」

「…………分かった」


 そこからはしばらくの間無言が続いた。

 その足取りは重く、人並みに押し潰されそうになりながら流されていった。






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