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異世界における革命軍の創り方  作者: 吉本ヒロ
2章 10歳、王都へ行く
24/112

大商人

「イザークです。呼ばれたと聞いてまいりました。入ってもよろしいでしょうか?」

「ああ」


 久しぶりにこの街へ帰ってきた父親に呼ばれ、その居室へと足を運ぶ。

 僅かに年をとった事を感じさせる風貌ながら、それでも年々欲は深くなっていくのか、毎晩愛人や性奴隷を部屋へ連れ込んでいるのは周知の事実だった。


 母親の方も、それは構わないようだ。


 子供が欲しければ妾と作れ、と言わんばかりに黙認し、自身も外へ出て男漁りをしているようだし。

 義務的にイザークを産んだものの、それ以外を産もうとは思わなかったのだろう。実際女でなくても、あの豚とする事を考えればそれだけで怖気が走る事を理解できるが。


「それで、本日のご用件は何でしょうか?」

「ああ、十日後にワシは王都へ行くが、お前ももう十になる。十二になれば学園に通う事にもなるのだから、今の内に王都を知っておいた方が良いだろう。ワシに付いてこい」


 幼いころの教えが思想に関わるとあってか、それこそ幼いころは結構な期間この街にいたのだが、政治に関してはほとんど丸投げしているせいか、近頃では親がこの街にいることはほとんどない。

 一ヶ月が三十日で固定されていること以外は地球と変わらない暦が採用されているこの世界で、一年の内せいぜい一、二ヶ月程度だろう。


 決定事項のように話すことは気に入らないし、急な事も多い。

 そのせいで何度か此方の予定を大幅に変更しなければならないこともあったが、王都へは早く行きたいと思っていた。しかしそれには、十二歳になるまで待たなければいけないと思っていたから渡りに船だった。


「分かりました。具体的にはどのくらい滞在するか伺っても?」

「最低でも数ヶ月はいることになるだろう。そのつもりで支度をしておけ」

「分かりました。用件は以上でしょうか?」

「ああ」

「それでは失礼します」



 一礼し、すぐに部屋を出る。やらなければならない事が一気に増えた。

 まずは最優先でベルトランの所を当たらなければならないだろう。

ベルトランも忙しくて王都にいる事の方が多いが、確かこの時期は此方に帰って来ていたはずだ。今はもう発明品の秘密を探るべく大商会の密偵が見張っているだろうから、昼間から堂々と直接訪れる事は出来ないが、孤児達を使って早急にアポを取るべきだろう。


 ここにいるうちにやるべき事は何があるか。その考えをまとめながら、孤児達のいる拠点へと向かった。





 密会の場所はいつも通りベルトランの居室だった。

 ただし正面からではなく、夜の闇に紛れて裏口から忍び込む形だが。

 部屋は一階の庭に面した場所にあるので、忍び込みさえすればそれほどの困難はない。


 コンコン、と小さくノックし、窓が開けられたところでここまで引き連れてきた全員が次々と乗り込む。


「こんばんわ。夜分に大所帯ですみませんね」

「いえいえ、此方こそわざわざこのような形で来ていただき恐縮です」


 ベルトランとは一年ぶりに会ったが、見た目にそれほど大きな変化は見られない。

 もうそれなりの歳のはずだが、商人よりも一流の戦士と見紛う体躯には些かの衰えもない。


「所用で此方へ来ていると聞き、窺いました。今ではこの国でも一位二位を争う、最も勢いのある大商会とか。おめでとうございます」


 とは言え、その所用は年に一回必ず起こる。


 帰ってきてはいるがそれほど長い期間は滞在しない。きっと少しでもイザークと親睦を深めるため、と言うのが一番の目的なのだろう。

 それに合わせて、温存していた新商品に関するアイディアを少しずつ教えているのも大きいのだろうが。


 会うこと自体は様々な情報を知ることが出来、収穫にもなるので嫌ではない。

しかし、イザークの方は当然ながら何の問題もないが、逆にベルトランの方はかなり警戒されており、それなりのレベルの密偵が常に張り付いているせいで、周囲に知られずに会うのも一苦労だった。

 故に会うのは自然と夜になり、孤児たちを使って周辺に偽装を施すなどして気を使わないといけないのだから面倒この上ない。


 今も、鍛え上げた孤児達が密偵の気を引いたから安心して会う事が出来るのだ。


「いえいえ、全てはイザーク殿のお陰です。あれほどの商品のアイディアを頂きながら、それを活かせないとあっては商人を名乗る資格もありませんからな。それで、そちらの方々は……?」


 ベルトランの戸惑いは尤もだ。エミリオは仲介役として既に顔見知りだから問題ないが、アーシェスと他の孤児達は初対面だろう。


「ここにいるハイエルフの子はアーシェス。そして、残りはエミリオの部下の者達です。実は今回、彼らの事でお願いがありまして……」

「お願いですか?」


 まだ十歳と子供ではあるが、ハイエルフという言葉、神性さえ感じるほどのアーシェスの美貌に驚きの念を滲ませる。が、そこはさすがの大商人。今の本題はそこではないと察し、続きを促す。

 アーシェスに関して言えば今回はただの付き添いではあるが、今後世話になる可能性もあり、本人も付いてくると言い張っていたので仕方なく連れてきた。


 ここにいる孤児達は、以前エミリオに選ばせた精鋭の十人だ。肉体的には勿論、精神力や頭の良さ等、総合力が高く、また危険に立ち向かう意思を持ち合わせた者たちが選ばれている。

 しかしながら、その十人の中にアホの子の気があるリーズまでいるのは、少々疑問ではあるのだが。


 今回、孤児たちを同席させたのは紹介がメインだ。

 今後、彼らは長い間ベルトランの世話になる予定であり、いざという時に顔を見知っておいてもらった方が話は早い。


「その事なのですが、ベルトランさんは今回もすぐに王都へ戻られるのでしょう?」

「ええ、まあこれでも色々と忙しい身でありますからね。これからもやらねばならない事は多いですから」

「でしたら、しばらく王都で彼らを預かってはもらえませんか? 勿論、その滞在費などは私持ちで構いません」

「いえ、別にお金に困っているわけではないので滞在費は構わないのですが、何か理由でも?」

「ええ、実は彼らを王都で学ばせたい。それと、近々私も王都へ行く事になったので、その際に手足がないのは困るでしょう?」

「なるほど。しかしどのような事を学ばせるのか聞いてみても?」


 ベルトランの瞳に宿るのは純粋な好奇心だ。

 職業柄、やはり情報は多いに越したことはないし、まして普通とは違う事をするのであれば余計に知りたいのだろう。が、ここでは差し障りのない事以外言うつもりはない。


「一言では言えないほどに色々です。王都と言うからにはやはり多種多様な人間がいるのでしょう?」

「ええ、初めて王都に来た人間はそこに驚かされますな。十個ものボールを一度も地面に落とすことなく、次々と円を描くように投げ続けたり、何も掴んでいないはずの握りこぶしの中から球やお金を出したりと、まさに驚きの一言です。商人たる私が思わずお金を落としていったほどであり、またそれに値するものだと思っておりますが。それと何より、地方には感じられない『華』がありますな」


「ほう、それは大変興味深い。大通りを歩いていればそんな彼らと出会えますか?」


「ええ、人に見られないと彼らも食べていけないですからね。それに、さすがに毎日見ていれば飽きるでしょうから、地元の者よりも旅人相手の商売です。大通り以外は危険も大きいため、旅人は敬遠しがちですからな」



 それが聞けて良かった。

 これで大半の問題は片付くだろう。

 さし当たってベルトランに頼まなければならない事は、あと一つといったところか。

 手っ取り早く済ませるなら商人のネットワークを使うべきなのだろうが、さすがに何をしているのか知られたくないから可能な限り頼りたくない。



「あと一つ、ベルトランさんが知る限り、王都で最高の娼婦を教えていただけませんか?」



「なっ!?」

「はうっ!!」

「おまっ!?」

「……は?」


 アーシェスは金魚のように口をパクパクさせ、リーズは顔を真っ赤に染めながらも興味津津といった様子で次の言葉を待ち受ける。

 エミリオは驚きのあまり何も言えず、ベルトランもまた開いた口が塞がっていない。



「……あ、そ、そうですな。イザーク殿ももう十歳。そのような事に興味を持たれるのも不思議ではないですな……」



 とはいえ、そこはさすがの大商人。自分自身まだ整理が追い付いてないだろうに、体裁だけであろうと他のものよりいち早く立て直す。


「――――っ!!」


 次いでアーシェスが何事か叫ぼうとするが、辛うじて今の己の立場を思い出して抑える。とはいえ、足を本気で踏むのは勘弁してもらいたいのだが。

 言いたい事はおおよそ分かるが、最後まで聞いてからにしてほしいものだ。


「ああ、当然ながら、お前達全員も参加してもらうぞ」


「アホかお前!!」

「ぜ、全員でなんて不潔だよ!!」


 そしてエミリオやリーズもようやく反応する。

 アーシェスが踏んでいる足には更に体重が掛かり、余計に痛みを増した。

 他の孤児達はまだ理解が追い付いていないのかどこか唖然としており、特にツッコミらしいツッコミは入らない。


「会って話をするだけだよ。肌を見せるような事にはならないから安心しろ」


「…………へ?」


 ここでようやく足に掛かっていた体重が、痛みと共に引く。

 自身の妄想で頭がいっぱいになっていたリーゼは理解が遅れ、キョトンとした顔になる。


「言っただろ、王都には勉強をしに行くって。そもそも俺はまだ十歳だぞ? 何を勘違いしてるんだ?」


 ニヤニヤと笑うイザークを見て、間違いなくわざと紛らわしい言い方をしていたのだとエミリオ達が気付く。


「まぁ、お年頃のお前達ならそういう風に想像してもおかしくはないけどな。それで、気になるお相手は誰なんだ?」


「お前はもう少し年下らしくしろ!!」


「子供のくせにいくらなんでもマセ過ぎじゃないかな!?」


 リーズとエミリオはようやくそれに気付いて顔を真っ赤に染めながらも、叫ぶことで誤魔化そうとする。

 話の流れで聞いてはみたが、そのお相手はおおよそだが想像が出来る。

 この二人の間には仲間以上の好意を感じるからだが、その辺りは昔からのリーダーとサブリーダーとしての絆なのか、純粋に男女の仲なのかは確証がないのでどうなのか分からないけど。


「ま、この辺りで遊びはやめとくかな。それで、一流の娼婦に心当たりはありませんか?」


「…………娼婦たちの間にこういう格言があります。三流は一夜限り、二流は体を掴み、一流は心を掴み、本当の一流は心と体の両方を掴む、と。私が知る限り、いえ、王都の住人が知り、誰もが真っ先にその名を挙げるのは『夜姫』です。私がその条件に自信を持って当てはまると言えるのも彼女くらいですな。数ヶ月前から予約しなければ会えず、貴族相手に直前でキャンセルしても相手は文句も言えない、それほどの方です」


 貴族でさえ文句が言えないとは、一体どれほどの権力か。恐らく、様々な方面の権力者を相手にしてきて、それらを複雑に絡み合わせることで一人から糾弾されても問題ない状況を作り上げたのだろう。

 口で言うのは簡単だが、それは一体どれほどの手腕か計り知れない。

 それほどのプロを相手に、交渉しなければならない事を考えると頭が痛くなる。 今の内になんとか方法を練っておくべきだな、と、やらなければならない事が解決したと思った途端にそれ以上の問題が出来たせいで憂鬱にさえ感じる。


「その『夜姫』の昼の時間はどうなっていますか?」

「一般的な娼婦は昼過ぎに起き、夜までは自由時間となっているはずですな。ただ、さすがに個人の行動までは特定できていませんが……」

「では昼に時間をとってもらうよう手配できませんか? 夜だといつになるか分かりそうにないですしね」

「相手が相手ですので確約はしかねますが、それなら問題はないかと思います」

「ではお願いします。可能であれば有名な逸話などがあればそれらの情報もお願いしたい」


 相手は己を偽る事に関してはプロだ。

 だが、どんなプロでも偽れない事が一つだけある。

 行動を起こせば、それは結果として残るのだ。

 複数の結果から考えれば、その相手の大まかな物事の見方や考え方が自ずと判別できる。相手がプロである事を考慮し、わざとその答えに行きつかせた可能性も考え、安易な答えに留まらずに更なる裏を読めばある程度の対策は出来る筈だ。


「申し訳ないですが、今日はここまでにしておきたいと思います。これからの事はエミリオと話しておいてください」


 こっそり抜け出してきたとはいえ、あまり長い事家を留守には出来ない。どうせこの時間は女を相手にしているとはいえ、あのその場の気分や思いつきで行動する単細胞の豚が急用で呼びつける可能性もないわけではないからだ。


「分かりました、では無事に王都で出会える日を楽しみにさせていただきます」

「ええ、何日自由に動き回れるかどうかは分からないので確実に出会える保証はないですが、エミリオを通して連絡くらいはさせていただきます。それでは本日はこれで失礼します」


 最後に頭を下げ、孤児たちを引き連れながら窓を乗り越えて来た道を戻る。






 ベルトランとの密会を終え、しばらく歩いて離れた場所で足を止める。


「どうした?」


 突如足を止めたイザークに怪訝そうな表情でエミリオが尋ねる。


「エミリオ、頼みたい事がある」

「……なんだ?」


 イザークが振り返り、エミリオと向き合う。


「王都へはお前達の方が早く着くだろう。俺が到着するまでに生物と薬草に詳しい者を探しておいてほしい。ただし、裏を探り、既に他の勢力の息が掛かっていた場合は候補に留めておいて、新規で探しておいてくれ。これはあまり良くないが、どうしても見つからなかった場合にのみベルトラン殿を頼れ」


「ベルトランさんを頼るのってそんなにマズイか? かなりいい人だと思うけどな。あと、薬草は薬屋を探せば大丈夫そうだが、生物ってのは難しそうなんだが……」


 良い人だということ自体は否定しないが、良い人なだけの人間に商売は出来ない。

 もしただの良い人であったなら、あの発明品の数々を有効活用出来ずに終わっていただろう。

 世間へ浸透する前に大商会に手柄を横取りされ、力を蓄えることなど出来なかったはずだ。

 あれはあれで中々の強かさを兼ね備えているからこそ、横取りされることなく、この国でも有数の大商人に成り上がったのだから。


 それに、そこに悪意はなくともこちらのやること一つ一つに興味を持っている。だからこそ、なるべくなら情報を渡したくはない。


「あまり借りを作りたくはないからな。生物に関しては出来れば鳥類に詳しい者だ。そんな人間がいれば明らかに変人扱いされているだろうから、いれば噂になるだろうしすぐに見つかると思う。いなければしょうがない」



 今の時代、目先の利益が得られる研究ならまだしも、生物学なんて一見して何の価値もないような物をやっている人間は、それが純粋な興味か生物への愛情から来ているかの差はともかく、間違いなく変人扱いされていることだろう。だからこそ、もしいたとすればすぐに見つかると思っている。


 もしいないようなら、最悪自身で思考錯誤していくしかないが、この辺りは正直自信がないため、出来る事なら見付かってくれた方が大いに助かるだろう。


「分かった。出来るだけやってみる」

「頼む」



 エミリオ達は来た道を、イザークとアーシェスはこの道の先に、それぞれ別れて歩み始めた。


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