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異世界における革命軍の創り方  作者: 吉本ヒロ
2章 10歳、王都へ行く
23/112

 街から少し離れた所で先を行くエミリオ達が地面に置いていた武器を受け取り、そのまま合流することもなく目的地へと進む。

 幸い、と言うべきか、ツイていないと言うべきか、平野部では魔物と遭遇しなかった。

 もっとも、比較的街に近い場所では弱い魔物が僅かしかいないため、そうそう遭遇する事はないのだが。



 その街から一時間ほど歩いた場所に、その森はあった。

 人が街に集まって住むように、魔物のおよそ半数は森を棲みかとする。

 つまり、ここから先は人間が異物であり、外敵。

 己のいるべき領分を弁えた森に棲む魔物が平野部に出ることなど滅多にないが、逆に言えば踏み入ってくる相手には己の縄張りを守るために容赦しない。


 平野のように見通しが良いわけでもないから、ここから先は一層の警戒が必要だろう。

 人目につかないよう森へと踏み入れると、顔を隠す必要もなくなっために皆がフードをとる。



「良い匂いじゃ」



 アーシェスが胸一杯に空気を吸い、そして味わうようにゆっくりと吐く。

 森には馴染みのないジェナスまでもが、感慨深げに周囲を見回している。

 ここで先行していたエミリオ達が合流し、これからの行動をすり合わせる。



「では、冒険者としての意見を聞かせてもらえますか? 今日はなるべくフリードさんの意見を尊重するつもりですので」

「……今日は無難に深部までは立ち入らないようにしたほうがいいだろう。日帰りだし、初陣だ。俺も通いなれた場所とは言え、さすがに前回訪れた時から時間が経ちすぎている。浅い場所だと他の冒険者と遭遇する可能性もあるが、そこそこ深い場所までいけばその心配はないだろうな」

「それが良さそうですね。それじゃあ手筈通り、エミリオは出口付近で待機していてくれ。万が一、人が来た場合は別方向への誘導も頼む」

「ああ、分かった」



 エミリオが頷いて、再び仲間を伴って離れていく。

 森の中ならそれほど人がいるわけでもなく、まして人が接近すればわかるだろうから、これで人目を気にしなくても大丈夫だろう。


「それとアーシェス。言わなくても分かると思うが、森の中だ。弓だと色々と制限がつくから用心しろ。俺の傍を離れるな」

「妾を誰だと思っておる。森の民たるエルフの王女じゃぞ。……じゃ、じゃがまあ、お主の心配は受け取っておくのじゃ」


 全員の顔を見渡すが、皆早く実戦を経験したくてウズウズとしているような顔だ。この様子なら問題ないだろう。



「それじゃあ出発だ」





 ここから先は、基本的にみんな無言。たまに二、三言は喋ってもすぐに会話が途切れるような状態が続いた。


 それは周囲を警戒してのことだ。


 自分たちの声のせいで接近に気付かないようでは愚の骨頂だろう。

 適度な緊張感を保ったまま、より深い場所を目指して歩を進める。

 そのまま一時間以上歩いて、ほとんど光も差し込まないような、鬱蒼と生い茂った森を歩く。遠くの方で小動物は何度か見かけたが、いまだに魔物とは出会わない。




 そして二時間後、誰しもが声に出さないが、今日は不発かと思い始めた時を見計らったように事態が動く。



「来たのじゃ!!」

「……そうみたいね」



 緊張がほとんど途切れていたときに、いち早く接敵を確認したアーシェスが警戒を促す声を上げる。次いでルツィアが。視界を塞がれる森で生きるために特化したその鋭敏な聴覚が、余すことなくその力を発揮する。

 此方は総勢六名の比較的大所帯。単独、または少数で動いている弱い魔物は自然と逃げ出しているはずだ。だと言うのにそこを襲うと言う事は、よほどの数か強さなのだろう。皆、誰かに言われるまでもなく自然と気を引き締め、武器を構える。


 戦闘に備え、自然と高揚する心を抑え、緊張で息が上がらないよう呼吸を深くして意識的に落ち着かせる。


 ザザザッ、と、生い茂る葉を掻き分け、急速に接近する音が左右に別れ、周囲を取り囲むように円環状に走り続ける。



「円陣を組め!」



 それとほぼ同時に叫ぶ。

 事前に決められた配置通り、アーシェスを中心に据え、他の者は背中合わせに周囲を固める。


 それでもまだ、姿は見えない。


 高まる緊張。いつかかってくるか分からない奇襲に備え続けると言う事は、一瞬の遅れも許されない張り詰めた心のせいで、それだけ精神的に疲労していくと言う事だ。

 これから対峙する魔物に知能があるかどうかは分からないが、もしもこれを狙ってやったというのなら随分と性格が悪いやつなのだろう。


「ッチ、いいか、良く聞け! 恐らくヴェアヴォルフを筆頭とする群れだ! 数は最低でも八。雑魚は二級程度だが、ヴェアヴォルフ自体はサイズ次第で四級相当の、この近辺じゃ最強クラスの危険種だ。油断するな!!」


 フリードが叫ぶ。

 それは今までに積み重ねてきた経験者の勘か。

 知識が正しければそれなりの知性を備え、群れを率いて狩りを行う厄介な魔物。

だが、危機感を募らせるのはフリードただ一人。


 ジェナスはこの時を待っていた、早くかかって来いとばかりに獰猛な笑みを浮かべ、エステルはいつも通り、眠たげな眼で極限まで体を弛緩させ、あらゆる状態に対応できるように備える。

 ルツィアはどこか高揚したような表情をし、アーシェスは一匹も逃さぬとばかりに鋭く森を睨む。イザークもまた、緊張こそあるが危機感を募らせるほどではない。


 均衡を破ったのは、アーシェスだ。


 まだ姿も現していない敵に対して、茂みに矢を射かける。

 ただそれは、焦れたが故の結果ではない。


「キャンッ!」


 響く、甲高い犬の鳴き声に地面を滑るような音。

 姿が見えない敵に対し、音や気配で予測して射かけた。

 死んだかどうかまでは分からないが、間違いなくアーシェスの矢が当たったであろう事が確信できる。

 そしてその声を合図に、全方位から一斉に体長一、二メートル程の、四肢が異常に盛り上がった野犬が跳びかかって来た。


「しゃらくせぇ!!」


 その剛腕から繰り出される一閃。

 いつ振り始め、いつ振り終わったか。気付けば振り抜いた体勢になっていた、ジェナスの叫びと共に放たれた横薙ぎの一撃が、二匹まとめてその体を分断する。


「……無駄にゃ」


 木を蹴って、より高い場所から全てを飛び越えるように中心のアーシェス目掛けて跳んできた野犬に、エステルがその場で高く跳び上がりながら迎え撃ち、独楽のように回りながら回転蹴りを見舞う。

 脚甲の先端に取り付けた刃が容赦なく野犬の首元に食い込み、そのまま地面へと叩きつけられて息の根を止める。


「ハアッ!!」


 ルツィアの連続する剣閃は閃光のように、美々しくも苛烈。そして一片の容赦もなく、一瞬で三体の野犬に無数の風穴を空ける。

 イザークも、跳びかかってきた野犬の喉元に剣を突き入れ、そのまま後頭部から貫通させた。そして素早く、剣を払うように地面へ死体を叩きつけながら剣を抜いて次に備える。



 犬だけあって、それなりには速い。

 平原ならともかく森林で、これだけの集団で襲われれば並程度の冒険者は苦戦するだろう。だが、攻撃に移った時のその動きは酷く直線的だ。


 そして何より、その程度の速さなど日頃の訓練でそれ以上に速い速度を見馴れているのだから楽に対処できる。

 それは偶然か、或いは狙っての事か。

 迎撃するために宙に跳んだエステルが着地する瞬間という絶妙なタイミングで襲いかかった野犬は、しかしアーシェスの弓に頭を射抜かれて絶命する。


 これで九。


 あっという間にそれだけの数を殲滅されたからか、一旦攻撃は止み、まだ姿を見せない茂みの向こう側からは動揺の気配がする。

 相手の数が減ったことで感じ取れるようになったが、残すところあと三匹と言ったところだろう。



 来るか引くか。

 決して此方から仕掛ける事はせず、ただ構えたまま相手のアクションを待ち続ける。



「アオオオオオオオオォォォォン」



 そして森の奥から、森中に響くのではないかと思われるほどの遠吠え。

 その声には間違いなく、仲間を殺された事による怒りと殺意が含まれていた。



 来る!



 そう誰もが確信し、緊張を高めて待ち受ける。

 ドドッ、ドドッ、という四本足の獣が大地を駆ける音。

 その音だけで伝わる、体重の重さ。

 一体どれほどの大きさなのか、想像もつかない。

 だが、決して遅いわけではない。むしろ近づく音はかなりの速度だ。

 そして茂みを突き破って姿を現した獣は、あっという間にジェナスの眼前に現れた。



 その速さだけで分かる。四メートル近い体長を誇るヴェアヴォルフの身体能力は、先程相手にした野犬の比じゃない。

 毛皮の上からでも分かる、全身の筋肉が発達した体を見て、体長一、二メートル程だった野犬は、所詮子供でしかないのだと思い知らされる。

 直後に後ろの二本足で立ち上がってその腕でジェナスを攻撃する。


「チィッ!」


 反射的に、戦斧を横に構えて防御の姿勢をとる。

 警戒を怠ったわけではない筈だ。だが、初めて見るその速さに反応が遅れた。それだけなら、本来は立て直せたのだ。


 だが、今回は違う。


 圧倒的膂力から繰り出された攻撃は、ジェナスの巨体をも容易く弾き飛ばした。

装備も含めれば百五十キロはあろうジェナスが五メートル近く飛ばされ、近くの木に体がぶつかってようやく止まる。


「こいつッ!」


 反射的に、最も近くにいたルツィアが攻撃を仕掛ける。

 それは動揺故かいつもの正確さが失われ、渾身の一撃は左腕に刺さりはしたが貫くには至らずに、その巨体を支える筋肉でレイピアが止まった。


 そう、止まったのだ。


 ルツィアが得意とする正確無比な連続技は、その筋肉に縫いとめられて抜くことさえできず、一撃で終わった。


「ッ!?」


 反対の手から繰り出された攻撃を、突き刺さったレイピアを手放したことで後方へ跳び退って避ける。が、満足に攻撃が通らず、武器を一つ失ったことで普段は冷静なルツィアが更なる動揺を露わにする。


 焦りが頭を埋め尽くす。


 やるべきことは分かっている。

 即座に指示を出し、的確に対応していくべきだ。

 敵の注意を引きつけようとするエステルの動きが、どこかぎこちない。

 アーシェスの矢が、先程とは倍以上の大きさを誇る的に対して掠りながら後方へ飛んで行く。

 冷静であれば、まだ余裕で対処出来ただろう。今からでも無傷で勝てただろう。間違いなく、それほどの力がある。

だが、今は全員が大なり小なり冷静さを失っていた。



「落ちつけ!!」



 が、未だ一人だけ冷静な人間が残っていた。

 ベテランの風格さえ感じさせる一喝。

 その声には、仲間は勿論、思わずヴェアヴォルフさえ一瞬動きを止めてしまうほどの圧があった。


 そして、再び時は動きだす。


「エステルとルツィアは二人で引きつけてくれ。アーシェスは牽制を、フリードさんは、すみませんが今すぐジェナスを見に行ってください!」


 自分はまだ残っている野犬に対する周辺警戒と、万が一ルツィア達が抜かれた際に備える、アーシェスを守る最後の壁だ。

 フリードの一喝で平常心を取り戻したのは何もイザークだけではない。

 ルツィアとエステルが、見事な連携で翻弄する。

 意識が逸れた瞬間に攻撃し、意識が向けば回避に集中する。単純ながらも実際に行うのが難しいそれは、お互いの動きなら訓練で知り尽くしているからこそ出来る事だ。


 これでここは大丈夫だろう。


 最も気になっていたジェナスが飛ばされた方向へチラリと視線をやった先、フリードに支えられることもなく立ち上がっているジェナスがいた。



「あ゛ァ゛、いい気に乗ってんじゃねぇぞ、この野良犬風情がァ!!」



 弾き飛ばされた際に木にでもぶつけたのであろう。頭から血を流しながらも、ジェナスが吼える。

 ジェナスは腸が煮え繰り返るような怒りを覚えながらも、頭は冷静だった。

確かに強いだろう。


 少なくとも、人間離れした力は間違いなく今まで出会った中で最高クラス。

 それでも、不意をつかれたが、反応出来ない程ではない。だったら、実際に見てその身体能力を知り、姿を現している事で不意打ちさえ打てなくなった今なら――自分が勝てない筈はない。


 そう判断し、始めの一歩はゆっくりと。そして徐々に駆け足となって接近する。

 その接近に、何かを言うまでもなく皆が気付いた。

 ここから先は、言葉なんて必要なかった。


「――っ!」


 アーシェスは息を止め、体のブレを完全に止めた後で的確にその眼球目掛けて射かける。それに気付き、かわすヴェアヴォルフだがそれは所詮牽制に過ぎない。


「シッ!」


 その隙を逃す二人ではない。

 ルツィアの狙いは先程とは違い低く、そして的確に膝関節を貫いた。

 今度は敢えて、レイピアを刺したままにする。

 膝関節に刺さったままのレイピアがまともな動きさえ出来ないよう封じる。

 これで武器こそ失ったが、その顔に焦りや悲壮感はかけらも感じられない。

 そしてルツィアに気をとられた隙に、エステルが反対側の足を手甲に取り付けられたカギヅメで喰い込まない程度に引っ掻く。


「ガァァアアアア!!」


 その叫びは苦痛故か怒り故か。

 その身に刃を突き刺され、攪乱され、どうしようもない状況に自棄になって暴れようとしているのが手にとるように分かる。

 そしてそんなヴェアヴォルフの眼前に、ジェナスが迫る。


「死んじまいなァアア!!」


 こんな状態で、回避など出来る筈もない。

 走って来た勢いそのままに、渾身の力を込めて大上段から振り下ろされた戦斧がヴェアヴォルフの脳天をカチ割って、胴体の半ばまで埋まりようやく止まる。


 激しく血が噴き出し、脳髄や内臓がグチャグチャになって潰れている様が見えた。

 いくら生命力に溢れている魔物と言えど、間違いなく即死したと断言できるほどに壮絶な傷だ。


 ボスがやられて逃げ出したのだろう。

 もはや野犬の気配はそこになく、皆気を抜く。


「……ふう、予想以上に良い訓練になったな」


 息を吐いてリラックスする。


「……フン、あの程度、敵じゃねぇ」


 ジェナスも頭からの出血だから心配になったが、拭った後で更に血が出ている様子はなさそうだった。

 動きが鈍っている様子もないし、拠点に戻った後でしばらく様子を見るくらいでも問題ないだろう。

 そんなジェナスの言葉を強がりと断ずることは出来ない。

 実際、今から同じ相手と戦えば無傷で勝てるだろう。だがそれは、あの時に弾き飛ばされたことや、その後の動揺から来る後手に回った対応。その全てが、掛け替えのない経験として活きていくからだ。


 皆が言葉はなくとも頷くのを見て、今日が決して無駄にはならなかったことが分かる。

 とはいえ、こんなことを言えるのは皆が生きているからこそだ。

 これでもし誰か死んでいたら、帰った際に他の仲間達にもたらす衝撃を考えれば大損害だっただろうが。

 今後の実戦訓練をするための指標としても、役に立つ経験だったと思う。


「フリードさん、今後の部隊編成や計画、指揮は任せます。その代わり言わなくても分かるでしょうが、必ず一つの部隊に二人は優秀な者を入れてください」


 亜人に関してはそれほど大きな差はないが、孤児達に関して言えば年齢差などの理由で少なからず差が出る。

 全員が死なずに経験を積むためには、やはりベテランの冒険者に任せるのが一番良いだろう。


「ああ」


 頷くフリードは、大したことはしていないがある意味でここにいる誰よりも疲れたはずだ。

 本当に不味い状況になれば跳び込む。その判断を強い続けられたことで、人一倍強い警戒心を持続させ続けた。


 イザークでさえたったあれだけの時間の警戒で疲れたのだから、その忍耐力はどれほどのものか。

 単純な戦闘力でこそ追い抜いているが、それでもまだまだ学ぶべきことはある。

そう実感できた事もまた、大きな収穫だっただろう。


「それでは帰りましょう」


 今日は酷く疲れた。


「じゃの」


 この後、帰り道で魔物と遭遇する可能性を考えれば、このまま奥へ行くのは危険だろう。その判断に異論などあるはずもなく、元来た道を引き返した。




思ったよりイザークが活躍しなかった。

まぁ指揮官だから問題ないはず。。。

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