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異世界における革命軍の創り方  作者: 吉本ヒロ
2章 10歳、王都へ行く
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頼みごと





「いやぁ、そろそろ俺達、お役御免じゃないのか?」


 ジェナス達の訓練風景を見ていると、気軽な口調でレイスが話しかけてきた。

 たしかにレイスの言うとおりであり、今お役御免になっても充分に貯まったお金があるから問題はない。ここに雇われる前とは違い、将来には何の憂いもなかった。


 だが正直、これだけの秘密を知っている俺たちを、あの雇い主が何もすることなく普通に解放するのだろうか。そう思うと不安がよぎる。


 なんだかんだ言ってそれなりには信頼されていたみたいではあるし、解放されてもここの事に関しては一切言うつもりはない。その辺りのことは理解されているとも思っている。何せ、雇われた直後はハニートラップや酒など、いくつかのパターンで秘密を漏らすかどうか試してきたのだから。


 あの時も信頼しているといいながら、あの用心深さだ。

 いや、きっと信頼しているといった言葉に嘘はなかった。初対面における最高評価をくれたのは間違いない。ただ、伝聞だけで判断を下すことの軽率さを持ち合わせていないということであり、念には念を入れる用心深い性格なだけだ。

 それにレイスのいう通り、お役御免になる日はそう遠くないのも分かる。


 孤児や亜人の教育に関しては、今までの自分達の努力は何だったのかと思うほど、あっという間に追い越された。



 ああ、だが、これはある意味当然の結果だったのかもしれない。



 見ていれば嫌でも分かる。

 手を抜いたつもりはなかった。

 自分達なりに必死にやってきたし、その結果である四級になった時は心から喜んだ。



 だが、彼らを見ていると違うと言う事を思い知らされるのだ。

 あれほどまで鬼気迫り、あれほどまでに自らを追い詰めることが出来ていなかったし、知ったあとでは尚更同じ事を出来はしなかった。



 それが、この差だ。



 自分達が二十年近くかけて辿り着いた場所にたったの五年で追いつき、半数近くの者には追い抜かれた。

 もはやその中でも一部の者には少しも勝てる気さえしない。

 これ以上俺たちを雇う意味があまりないのではないか。



「こんにちは、フリードさん」


「げっ」


「おっ、来たな、坊主」


 なんてことを考えていたせいか、出た。

 ここの領主の息子であり、俺たちをこんなことに巻き込んだ張本人。

 張り付けたような胡散臭い笑みは、何かを企んでいることの証拠だとこの五年間で学んだせいか、警戒心がグッと高まる。


 これが孤児や亜人達と接している時は年相応の純粋な笑顔を浮かべるし、それを見ていたからこそ、悪だくみをしている時の笑顔が分かるようになったのだが。


 と言うか、なんでコイツはこんなに余裕なんだと長年連れ添った戦友を思わず見るも、まったく気にもせず親しそうに世間話を始めている。

 結果として窮地を救ってくれたから感謝はしている。

 もっとも、この少年に言わせてみればギブアンドテイクの結果であり、気に病む必要はないとのことだが。

 そう、感謝の念は、忘れない。だが、やはりこの少年には色々と振り回っされぱなしなのだから、そちらも忘れることなんてできない。

 今度は何を企んでいるのか、場合によっては回避するために周辺にいる人間を巻き込んででも全力を尽くして止めねばならないだろう。


「それにしてもフリードさんは随分と酷い挨拶ですね」


 などと言いながら、全く気にしてないという風に隣に並んで訓練風景を眺める。


「フリードさんの目から見て、彼らはどうですか?」

「どうもこうもない。ほぼ完璧だ。少なくとも俺達より強いやつの方が多いくらいだぞ? 自信を失くしちまったよ」

「そうですか、それは良かった。ですが、ほぼ、とは?」

「それをお前さんに言う必要があるか? どうせ言わなくても分かってるんだろ」


「ええ、実戦ですね」

「そうだ。孤児たちはともかく、亜人は実戦経験を積む機会がない。これだけの実力がありながら実戦をしたことがないってのはあまりにバランスが悪いし、これから先のことを考えるとなるべく早急に実戦を積むべきだな」



 今でさえ、この周辺地域には彼らに匹敵するほどの強さを持った生物はほとんどいない。

 全ての相手を実戦で軽く捻るばかりでは、殺し合いという、そこに戦闘に関する全てが詰まった最も大切なことを学べないのだ。

 だが、今ならまだギリギリで間に合うはずだ。

 初陣というのはそれだけで緊張させられるし、緊張すれば格段に動きは鈍る。

 だからこそ、多少は格下が相手でも問題はないし、むしろそちらの方がいいとさえいえるだろう。


「その件で今日はお願いに来ました。彼らに実戦経験を積ませるのはフリードさん達にしか出来ないことなので是非とも引き受けて頂きたい」


「…………」


 ああ、くそ。また誘導されたと察したのは、全てが終わった後だった。

 断ることはできるだろう。だが、それはあくまでもこの場のこと。

 本来は契約範囲外の仕事だが、先のやり取りでギリギリ契約範囲内に収めさせられた。

 それに教官としての立場を再確認させた上で、生徒が強くなるために大切なことをわざわざ言葉に出して言わされた。だったら、厄介ごとでも引き受けざるを得ない。


 だが、ただの教官ではなく、命のやり取りをする実戦での教官となるとその負担は桁違いであり、何よりあの日以来、自分たちも街の外に出ていない。


 やれるのか? そう自問自答し、やれると答える。だが、それはあくまで精神上でのこと。それなら五年前のあの時もやれると答えたはずだ。問題は、体がついていくかどうか。


 傷は癒えたが、体で覚えてしまっていた死の恐怖。それが、嫌が応にも思い起こされる。



「大丈夫ですよ」

「…………」

「皆さんは強い。まして、彼らはそれ以上に強い。ほら、心配する要素がない」

ほら、と言いながら、今回は作り物ではない、安心させるような笑みを見せる。

いったい、この少年はどこまで見抜いているのか。



 ましてこれだけ言えば引き受けてくれると、そう信じている者の目だ。


「……お前さんはどうなんだ?」


 ただ、一つだけ気になったのは、先の口振りにイザーク自身が含まれていないことか。

 付いてくるつもりだと思っていたが、そんなそぶりはない。が、そこまで無責任な人間じゃないことは分かっている。

 根が心配性なのだろう。それが危険な場所であろうと、なるべく自分の目で確かめたいというタイプの人間だということくらい分かっている。


「僕も行きますよ。次回以降はともかく、初回は門番に話をつけなければなりませんからね。安心してください。クレイに付き添ってもらって、すでに数回はゴブリン程度ですが相手にしてきましたから」


 と、初心者が一番最初に通るであろうポピュラーな実戦相手、緑色の肌をした一メートル程の子鬼を相手にしたという。

 二十匹を退治してようやく半人前扱いではあるが、一級になりたての冒険者が必ずと言っていいほど相手をし、集団戦におけるイロハを学ぶ相手のせいか、死亡率もそれなりに高い。


 それでもこの少年には不足だろうに、などと思ったが、その言葉の割には少しだけ表情が硬い。


 恐らくは初めての実戦で内面に大きな変化があったのだろう。

 それが殺されそうになった恐怖か、それとも殺したことによる恐怖かまでは分からないが、また一つ、年不相応な少年の子供らしい面を見れて思わず安堵する。


「実際、殺し合いはそう問題でもなかったんですが、殺した後で少々思い出してしまうとちょっとだけ堪えますね。まぁ、これももう少しすれば慣れそうですし、本来僕は指揮官です。剣を振る状況というのはある種最悪のパターン。だったら、いないくらいで考えておいたほうがいいでしょう?」


「はあ、分かった。勝手にしろ」


 気づかれたことに、気づいたのだろう。

 不安を覚えないよう、冗談めかして反論できない事実を伝える様は、見事なまでに指揮官だった。


「ありがとうございます」


 この時ばかりは、元に戻った胡散臭い笑顔がやけに頼もしかった。






「リーダーの者は全員集まってくれ!」



 広場に響くイザークの号令。

 話があった翌日に、各種族のリーダーを招集する。

 安定感や強さなど、総合的に強く、バランスのとれたチーム構成にするなら、やはり各種族のリーダーが一番良いからだ。


 昨日指示した通り、それぞれが今すぐに実戦を始めても問題のない装備に、外観で亜人と分からないようにマントを着て集合する。

 装備品もジェナスの戦斧はフリードに、他の者は孤児に預けている。

 表情に緊張こそ見られないものの、そこにはやはり普段見せない興奮の色が見て取れる。

 これが吉と出るか凶と出るかは、その時になってみないと分からない。


「今から試験的な意味合いも込めた実戦経験を積んでもらう。これが上手くいくようなら順次、他の者たちにも経験を積ませていこうと思う。当然ながら命懸けだ。こんな場所で死ぬなよ?」


「フン、誰に言ってやがる」

「愚問ね」

「考えるまでもないにゃ……」

「答えるまでもないのじゃ」


 イザークの挑発するような問いかけに、誰もが真っ向から答える四人。

 死の可能性なら考えているだろう。急所にたった一撃。それだけで、誰しもが呆気なく死ぬ事を知っている。


 だが、その誰もが、自分が死なない事を疑っていない。

 実感が湧かないから、ではない。こんな場所で死ぬ器ではないと、そう信じているのだ。

 それは、どこまでも傲慢で単純な思考だが、戦場においてある意味では最も強力な理屈だ。

 追い詰められ、瀕死の状態でさえ生きる事を諦めはしないだろう。

 実戦経験は皆無だが、伊達に今までの訓練を乗り越えてきただけはある。

 壮絶なまでの覚悟を秘めた、戦士の瞳だった。

 これで、後は突出さえさせなければ問題ないだろう。


「エミリオ、それなりに動ける奴を適当に五人連れてきてくれ。周辺警護を頼む」

「あいよ。こっちも準備しとくぜ」


 この場から去ったエミリオが離れた場所でそれぞれに細かく指示を出す。

 そこから全員の準備ができたのを見計らって、出発した。





 ある者は二人一組の友人を装い、またある者は旅装束で。それぞれが無関係の人間を装いながら、それとなく周辺を取り巻くようにガードする。

 この五年で通りの活気はさらになくなったが、それでも人通りはそれなりにあるのだ。万が一にでも、誰かに見られるわけにはいかないだろう。

 道中では約一名、猫の血が混ざった少女が街を興味深そうにきょろきょろと見回していたが、無事に外と街を隔てる門まで辿り着いた。このあたり、中心にいたイザーク一行が目立たないよう、それとなく周辺で立ち回っていたエミリオたちのおかげだろう。


 そして、今度はイザークの番だ。


「ご苦労」

「あ、ハッ!」


 たった一言、それだけで門番が電撃に撃たれたように背筋を伸ばす。

 実戦経験を積むために何度かクレイと来ていたため、すでに顔見知りだった。とは言え、相手は粗相がないように緊張して碌に会話らしい会話をしたこともなかったが。


「こちらはフリード殿、冒険者ランク四級の『ダラスの牙』を率いるリーダーだ」

「イザーク様が言った通り、俺がフリードだ。今後はしばらく通うことになるだろうから、よろしく頼む」

「ハッ、光栄であります!」


 イザークの時とは違い、憧れのプロ野球選手と対面した少年のように興奮した様子で受け答えする。

 この街では最高ランクであり、一門番程度では逆立ちしても勝てない存在だ。

ましてこの世界では、力の強い者ほど尊敬を集めるのだから、当然といえば当然だが。


「今後のことだが、ここにいる彼、フリード殿が率いる『ダラスの牙』のメンバーが通り抜ける際は決して何一つ詮索するな。彼らの身、引いては彼らが引き連れている者達は僕が保証する。他の門番仲間にも伝えておくように」

「ハッ!」


 余計な言葉を話さず、再びキレのある敬礼で応える様は、見事なまでに訓練された門番だ。


「ああ、それと、下の者は理不尽な命令を受けても従わなければならないから大変だろう? いつも頑張ってくれているからな。今日は仕事が終わったら命令を忘れない程度にだが、仕事で起こった嫌な事なんかは皆で飲んで忘れるといい」


 その手に銀貨を三枚握らせる。

 威張るばかりで何もしないが高給取りの騎士などと違い、安い賃金で働かされる門番にはこれが効果的なのだ。

 下っ端門番の給料は月に銀貨三枚。

 どう使うかは彼らの自由だが、それほどの臨時収入なのだから彼の喜びは推して図るべきだろう。


 とたんに顔をほころばせ、慌てて何も見ていませんとばかりにポケットに手を突っ込み、よそ見を始めた。

 これで今後、引率付きならば問題なく外へ出られる。

 実戦訓練を積むことに関して問題はなくなった。


「さあ、行くぞ」


 一行のどこか呆れを含んだ視線は、門番に向けられたものかイザークに向けられたものか。

 そんなことを一切気にせず、イザークは外へと通じる門を抜けて行った。





 門を抜けた先で、誰からともなく自然に足を止めた。

 そこに言葉はない。が、少なくともずっと街中に囚われていた亜人にとっては久しぶりに見る、壁のない外だ。

 風が吹いて草を揺らす。

 地平の彼方まで何一つ遮るものもなく見渡すことが出来る。

 人工物などない自然に、それぞれ思う所があるのだろう。



 そのままどれほど経ったか。



 もう少しこのままにさせてやりたいが、これ以上ここにいては余計な注目を集めてしまうだろう。


「…………行こう」


 自然というなら、これから先は存分に味わう事も出来るのだ。


 誰も頷くことなく、それでも確かに前へと足を踏み出した。




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