成長
次回から週3投稿に切り替えます。
恐らくはそれでストックが貯まるはず・・・なので、貯まれば週4,5にするなど、様子を見て行きたいと思います。
「うぉぉおおおお!!」
燃えるような赤髪にも劣らない程の闘志を、ジェナスが周囲へと撒き散らす。
その身の丈ほどもある戦斧を縦横無尽に振り回し、眼前の敵をあと一歩の所で懐へと踏み込ませない。
しかし、広場の中心地でジェナスと向き合うエステルはそんなものなど一切意にとめない。
二メートル近い身長とそれに見合うだけの鋼のような筋肉に包まれた体躯は、五十センチは低い少女に対してあまりも酷いのではないか。
そんな考えは、少女の顔を見れば即座に霧散しよう。
こんな状況でありながら、どこか茫洋とした眠たげな目は余裕故か挑発からか。一切の緊張も気負いも感じられない。ただ一つだけ言える事は、その少女が何であれ、その表情はこの場において酷く場違いにしか見えない。
客観的に見れば大人と少女の対峙でありながら一向に決着がつく気配を見せないのは、容赦なく暴れ回る暴風圏内にいながら全ての攻撃をかわしているからだ。
時には手甲だけでなく脚甲さえも使って弾き、逸らし、更には戦斧さえも足場とする三次元的な、複雑であり、予測不可能の動きで捉えさせない。
返して小柄な少女を捉えきれない巨漢の対応はどこまでもシンプル。
相手に合わせる必要などない。
ただ速く、かわせない程に速く。
技術などいらない、力こそが全て。
攻撃を速く、連続するために技術を突きつめた合理的な動きをしながらも、根幹にあるのはその発想だ。
技術も、最後に物を言う力を引き立てるための脇役に過ぎない。
しかしそれは単純故に強力であり、それ故に打開策もまた正攻法で上を行く、ただそれだけ。
罠にこそ嵌めやすいが、今はそんな状況ではない。
だからこそ、目で追う。獣人特有の圧倒的な動体視力と運動性能が悲鳴を上げるほどに、そしてそれに気付かないほど極限まで研ぎ澄まされ、体に染みついた戦闘訓練と訴えかける本能のままに一切考えることなく体を動かす。
どれほどの時が経ったか。恐らくは一分にも満たないだろう、しかし、一時間以上にも感じるほどの濃密な時間。
そして生じた、隙とも呼べないほどの一瞬の隙。
「……あまいにゃ」
リーチの差という戦闘における圧倒的な利点は、しかし、懐に潜り込まれたことで一気に形勢不利へと傾いた。
こうなってしまえばたとえ今すぐ背後に跳び退っても、此方が下がるより相手の方が何倍も速いためそのまま距離を詰められて負け、このままでは手数の差で即座に負けてしまう。
「ちっ」
舌打ちと共に、面の部分で激しく地面を叩く。
少女の方も、これはさすがに予想していなかっただろう。
それはどれほどの力か、局所的に揺れる地面。無数の細かい砂や小石が面となって勢いよく襲い掛かる。驚異的なボディバランスを誇る獣人の少女も、意表をつかれたことで僅かにバランスを崩す。
ジェナスの判断は一瞬だった。即座に戦斧を放し、渾身の右ストレートを放つ。
だが、それでも、届かない。
身長差があるためにとっさの攻撃では頭しか狙えず、頭を傾けるどころか側転の要領で完璧に容易く避けられ、反撃とばかりに胸と顔に足が迫る。
「グッ!?」
「……かたいにゃ」
顔を狙った足は受け止める事ができたが、胸目掛けた蹴り足は止められなかった。とはいえ、猫耳を生やした少女は蹴った足が痛いとばかりにしかめっ面を浮かべた。
一瞬だけ息が詰まるも、その足を離すことなく逆さまの状態で吊り下げる。
「にゃ……?」
「チッ」
先程までの危機迫る雰囲気が霧散した、危機感のない顔に思わず舌打ちしてしまう。
体力的にはまだまだ余裕があるし、このまま攻撃を加えてもいい。勿論、そうすればこんな状況であれ、なんらかの回避や反撃の手段を用いるのだろうが。
だが、もし今のが実戦であれば爪先に刃をとりつけていたはずであり、先の一撃で間違いなく心臓を貫かれていただろう。
だとすれば、今の勝負は紛れもない負けであった。
追撃こそ加えないが、苛立ち混じりに、まるでゴミのように放り捨てる。
「にゃ〰〰!!」
抗議するように空中で叫ぶエステルを無視し、背を向けて次の対戦相手を探す。
ジェナスとしては今すぐに再戦したいが、同じ相手と連続で戦うことは禁止されている。
なるべく多くの経験を積め、とのことだが、ジェナスの相手が務まる者などそう多くはなく、結果、対戦回数はごく一部の者に偏ってしまうのは仕方がないだろう。
エステルに関しては心配などする必要がない。
どうせ見なくても、軽く身を捻って華麗な着地をしてみせるのだろうから。
ジェナスが戦っていた場所から少し離れた場所で、アーシェスとルツィアも対峙していた。
当初あった二百メートルの距離は、早くも百メートルまで迫られた。
では、近接戦闘に持ち込まれてしまえば負けることが決まっている弓使いのアーシェスに焦りは見えるかと言えば、そうではない。
ここまではある意味予定調和。この程度の事さえ出来ない者が、ここにいる資格などある筈がない。
まして、これが何度目になるかも分からない勝負なのだ。今までの経験から、本当の勝負は間違いなく五十メートルを切ってからになるだろう。だが、出来る事ならこの相手にだけは負けたくない。
ならばこそ、五十メートル以内に詰め寄られる前に勝負を決し、上から目線で見下したいと思うのも無理はないだろう。
しかし放った矢は、矢とそれほど太さの変わらないレイピアの突きで真っ向から撃ち落とされる。
それはいったいどれほどの技量か。
認めたくはないが、それでも認めざるを得ない。目の前にいるのは志を同じくし、他の者に決して劣らない覚悟を有し、そして同じ男を――
いや、やはりこれだけは何が何でも認められないとばかりに軽く頭を振り、新たに同時に二矢をつがえ、放つ。
一つは頭、もう一つは足を目掛けて飛んでいく。
それを、両手に持ったレイピアで再び突き、落とす。
これもまた、予測通り。
既に五十メートル付近まで迫った相手に対し、これ以上は進ませないとばかりに再び同時に二矢をつがえ、放つ。そしてまた、迎え撃たんとする銀髪のダークエルフも先程同様に迎え撃ち、落そうとレイピアを突き出した。
そこで初めて浮かぶ焦りの表情。
矢の形に細工をし、軌道が変化するように考えた自信作だ。
曲がり始める距離はほぼ固定なのが残念だが、同時にその距離においては必殺の間合いと化す。
変化する矢に合わせるように軌道修正したレイピアは矢にかすりながらも、しかし撃ち落とすほど捉えきれてはいない。
それでも驚異的な反射と判断力をもって必死で体を捻って避けようとするが、もはや間に合うものではない。
矢じりこそ付けていないので打ち身で済むが、右足と左腕に当たったということは実質、この勝負負けを意味する。
「どうやら妾の勝ちのようじゃの。まあお主も頑張ったようじゃが、所詮妾の敵ではない」
アーシェスは意識的に余裕の表情を浮かべ、フフンと勝ち誇る。
「あら、でも合計勝利数は私の方が上よ?」
「あ、相性の差じゃ! 弓じゃと一定の強さを超えた相手とは相性が悪いから仕方ないのじゃ!」
誠に残念ながら、たったの一言で余裕の表情はあっさりと崩れ去ったが。
だが、実際の所はアーシェスの言う通りではある。
重装備に身を固めた敵や一定以上の力量を持つ敵と相対した場合、連射速度や攻撃力に限界がある以上は複数人の弓使いか、最低でも一人の前衛がいて初めて生きる武器なのだから。
「でも重装備の相手ならともかく私は軽装で、しかもレイピアよ。更に言うなら私はわざわざ避けずに全て撃ち落とそうとしているから面倒な相手という点においてはおあいこじゃないかしら?」
「むむむ……」
本人の言うとおり、ルツィアは当初からより困難な方に挑むような姿勢を見せていた。
近接戦闘の場合は下手な癖をつけないために回避もするが、事が対弓に及ぶと一切避けようとしないから体中があざだらけになり、負け続けても挑み続け、それでも余裕の笑みを崩さずに、気付けばいつの間にか勝率は逆転していた。
ルツィアが文字通り血の滲む訓練を積んできたのは、他の誰よりも自分が知っている。だからこそ余計に負けたくはないし、そのおかげで自分もまた強くなれた。
普通の弓ではもはや勝てないから、弓の限界に挑むことが出来た。
だが、分かってはいても言葉に出して認めるのはまた別物なのだ。
「ふん、とにかく今すぐに傷薬を塗ってくるのじゃ」
何でもない風を装ってはいるが確実に痛みを我慢しているだけだろうし、さすがに痣が残るのはよくないだろう。
その辺りは同じ女として充分に理解できる事なのだから。
「あら、心配してくれているのかしら?」
「〰〰〰〰っ! 知らんのじゃ!」
捨て台詞一つ残し、アーシェスが立ち去る。
「ふふ、相変わらず弄り甲斐あるわね」
そんなアーシェスが、聞こえていれば本気で反論していたであろうルツィアの呟きを聞きとめることはなかった。




