始まりのレギオン
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一章はあと2話で終わりの予定です。ストックが尽きそうなので、もう少ししたら週2、3投稿に切り替える予定です。
「今から近くの者と五人一組になれ。そしてここを出てすぐ、近くに待機させたものから一人一つマントを受け取り、フードを被って顔を隠せ。その後は一組ずつ、先導者に従って拠点まで移動しろ」
貧民街に大量の亜人奴隷など、組み合わせとしては最悪だ。
それだけで必ず周囲の注目を集める事になるだろう。
そして数十人単位で移動すれば、それは亜人でなくても人目を引くだろう。
だから五人一組に分け、さらに複数のルートに分けて移動させることで人目を避ける。
それぞれのルートには既に孤児を配置してあるし、ここを出てすぐの場所にも先導役を待機させてある。
既に準備は万全だった。
「先導者に従って拠点に辿りつくまでは何も喋るな。ここを出るまでは全部俺がやるから、大人しくしておいてくれ。では行くぞ」
買い取る奴隷たちを引き連れて部屋を出る。
この部屋から出たのはおよそ半数。
残りは話しかけてもロクに反応も示さない。そして、貯め込んだ財産はこれだけの数の奴隷を飼うことでほぼ全額なくなるだろう。
つまり、現状、戦力にならない彼らの事は見捨てるしかない。
話を知った以上、万全を期すなら買い取るか殺すべきなのだろうが、あの様子では下手をすれば聞いてさえいないのだ。きっと誰にも話す事はないだろう。
罪悪感はある。
だが謝らない。
それは自己満足でしかないし、その資格なんてないから。その代わり、一人でも多くの亜人を救うことでせめてもの代わりにさせてもらうと、一方的に誓うだけだった。
屋敷の入口に着いた時、後に続く奴隷たちを見て、待ち構えていたザイカスが目を丸くする。
「……まさかこれほどの数を買い取って頂けるとは思いもよりませんでした。いやはや、それにしてもさすがはイザーク様、剛毅でございますな」
ただでさえ高額な奴隷を五十人も買い取るのだ。いくら貴族の子供であろうと普通はこれほどの人数を買えるものではないし、買う理由もないだろう。
「ここへ来た時に言ったでしょう? ザイカス殿の奴隷は良い物が揃っていると。その言葉にウソはありませんよ」
「そう言っていただけると商人、冥利に尽きますな。それとこれ程の数を買っていただけるのでしたら、お値段の方、勉強させていただきます。それで、もしイザーク様さえよろしければ――」
「ええ、勿論、今後もザイカス殿をご贔屓にさせていただきたいと思っております。もっとも、さすがにしばらくは買いに来る予定はありませんが」
イザークが苦笑混じりに話せば、それは確かに、とザイカスも相槌を打つ。
「総額でいえば低く見積もっても金貨千枚は頂きたい……と言うのが本音ですが、一度にこれだけの数を買っていただけるのと、何よりイザーク様ですから金貨八百でどうでしょうか?」
「もちろん問題ありませんよ。是非、その値段でお願いします。さっそくですが手続きの方をよろしくお願いします」
金貨九百が全財産だったから正直危ない所ではあったが、それなら問題ないだろう。
「ええ、ここに準備してあります。では此方に血印をお願いいたします」
少し深めに指を切り、用意された契約書を一枚一枚素早くめくりって次々と契約書に血印を押す。
種が割れていれば、突然燃え上がる契約書にも驚く事はない。
熱も感じないからか、不思議と他の契約書に燃え移るようなことはなかった。
「では私はこれにて」
契約が終えれば、もうここに用はない。
時間の余裕があるわけでもないので、早めに立ち去る。
「はい、この度は誠にありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
イザークは大量の奴隷を引き連れて、ザイカスの屋敷を後にした。
ザイカスの屋敷を出て少し移動した路地裏に入り込む。
とはいえ、この高級住宅街には人通りこそ少ないが、身を隠せるような場所もほとんどない。急いで行動しないと、亜人数十人を連れていれば自ずと注目を集めてしまう事になる。
「ルートは幾つ確保できた?」
そこに待機していたエミリオに、急ぎ話しかける。
「五つが限界だった。これ以上確保しようとしたらさすがに人出が足りない」
「充分だ。これ以上は時間がもったいない。さっそく移動するぞ」
実際、確保できるルートは三つ程度だと思っていたのだからこの差は大きい。
この辺りは貧民街の事を良く知る孤児達に任せて正解だったと言えるだろう。
「分かった」
エミリオが片手を挙げると、二十人程の孤児達が屋根の上や庭の茂みなど、あらゆる場所から出現した。
誰もが現時点で最も身体能力が高い、生え抜きの精鋭だ。
まだまだ拙い部分は多々あるが、全員がこの半年でそれなりの力をつけてきた。
準備していたマントを亜人達に配り、皆が顔を見られないように体に巻きつけた後でフードを被る。
「それじゃあ早速行動を開始してくれ」
イザークの言葉を合図に、先頭を切ってジェナスが動きだす。その行動をきっかけに、亜人達の内五組が先導する孤児に従って移動を開始した。
道中で何人かの貧民街の住民に見られただろうが、さすがに亜人がこんな場所にいるはずがないからどうせ孤児だと判断しただろう。
もしその大半が亜人の子供だと知られれば、何人かのゴロツキは誘拐を企んだはずだ。
そんな者達からの横槍が入る事もなく、一切の問題も起こらぬままにく拠点へと到着した。
しばらく運動をしていなかったせいで、ここへ到着するまでに息が上がっている亜人達に、孤児達が水を差しだす。
「皆そのままでいいから聞いてくれ。まずはドワーフ、エルフ、ダークエルフ、獣人は各種族に別れ、リーダーを決めてほしい」
さすがにいきなり全ての種族間の仲が上手くいくとは思っていない。
まずは自分の種族のリーダーを決定し、種族間での抗争が起こらないようにキチンと統率させる必要がある。問題を起こせば罰を与える。そのためには、個人ではなく一つの組織に属していた方が効果的だからだ。
無論、同じ種族だけで固まらないように近々処置も施すが。
しばらくはリーダーを決めるやりとりを見ているだけで、種族の傾向がおおよそ分かる。
喧々囂々とした議論を重ねるのはドワーフたちで、それとは対照的に理知的で静かに議論するのはエルフとダークエルフ。とは言え、エルフの方はほとんどアーシェスで決まりのようだったが。獣人達は騒がしい物が半数、もう半数はほとんど無言ながら、その中にも一定の支持を集めている者もいる。
「…………決まったようだな」
各種族の輪から、それぞれ一名ずつ前へ出た。
「言うまでもないことじゃが、エルフの代表は妾じゃ。今後ともよろしく頼む」
その黄金色の髪と同じように輝く笑顔を見せつけ、アーシェスが言う。
「ドワーフの代表は俺だ」
既に伸び始めた髭はそのままに、ジェナスがぶっきらぼうに告げる。
ドワーフを代表するような戦士の息子とあって、知名度や力もあったのだろう。その遺伝は、確かに受け継がれているようだった。
「……獣人代表のエステルにゃ」
獣人達の代表は黒髪ショートカットヘア、どこか半ば眠たげに閉じられた鳶色の瞳が特徴的な、猫耳に猫の尻尾を生やした小柄な女の子だ。
やる気のなさそうな雰囲気だが、仮にも犬科や猫科を代表とする様々な種族が入り乱れた獣人族の代表なのだ。
自分から立候補するタイプには見えないが、エステルなりに選ばれた理由があるのだろう。
「ダークエルフは私ね。ルツィアよ、よろしく」
涼やかな声が耳朶を打つ。
アーシェスに絡んでいたダークエルフの少女だった。
自然に流した銀髪を肩口辺りで切り揃え、その薄褐色の肌に紫水晶の瞳が映える。
十歳とは思えない体つきは年齢不相応の色気を醸し出す。
「ふんっ!」
「いつっ!」
ルツィアを見ていると何故かアーシェスに足を踏まれた。
「……なんで足を踏まれなきゃいけない?」
「お主が他の女に見惚れておるからじゃ!」
確かに目を引くような容姿ではあるが、そこまで見つめていたつもりもない。
「それは仕方がないんじゃないかしら? だって、こんなお子様に見惚れろと言う方が無理だものね」
のだが、ルツィアが火に油を注ぐ。
「わ、妾のどこが不満なのじゃ!」
「だって、ねえ?」
そう言って意味ありげにアーシェスのとある部分を注視する。その際に、自身は腕を組んでその部分を強調する事を忘れない。
「い、今はまだ成長してないから仕方がないのじゃ! お主くらいの年齢になればきっと……」
「あらあら、私は同年代の中でも一際大きいと自負しているのだけれど、私に勝てるのかしら?」
「ぬ〰〰〰〰っ!!」
完全に手玉にとられてるな。
胸なんてなくても、将来的にはそんな些細な事が気にならない程の美貌を誇るだろうに。とは思うものの、そこら辺は女にしか分からない何かがあるのだろう。
辟易としつつも仕方がない、とばかりに溜め息一つ吐いて、アーシェスに助け舟を出す。
「見ての通りまだ子供なんだ。あまりからかわないでやってくれ」
「あら、あなたは子供じゃないのかしら?」
「子供さ。ただ、俺も同年代の子供とはそれなりに違うんだよ」
「ええ、そうね。貴方、同年代ではなく人とは違うわね」
今までアーシェスをからかっていた時のような、冗談めかした雰囲気は一気に霧散した。
「……ああ、まあそうだな。こんな事をしようだなんて思う時点で、きっとそこらの人とは違うんだろうよ」
何かを探るような意味深な言葉は確証あってのものか単なる揺さぶりか。
普通は見た目が幼い子供だから、もし答えに近づいても突拍子のない答えになり、まさかとそんなはずはないと一笑する。
「……まあいいわ」
納得はしていないのだろうが、ここはルツィアが引き下がる。
結局、確たる証拠が用意できない以上、最後には自白さえしなければ分からないだろう。今本当の事を言ったとことで、果たしてどれだけ信じてもらえることやら。
もし本当の事を言った場合、下手をすれば信用を損なうだろう。
しかしそれでも、いつか転生者だと告白する時が来るのだろうか――
「基本的なルールは一つ。競い合う事は奨励するが、くだらない理由による喧嘩は認めない。何かあれば連帯責任にするから、巻き添えをくらいたくなかったら上手く統率してくれ」
「当然じゃの」
「……ああ」
「……めんどうにゃ」
「ええ」
僅かに目を逸らし、どこかぎこちなく返事をしたジェナスは、統率し、止める役ではなく、自身が渦中の人になるであろうことを自覚しているのだろう。
本来起こり得る喧嘩よりは回数が減るのかもしれないが、最低でも数回は起きることを容易に想像させる。
「それと、ここの生活で分からないことがあればエミリオ……ザイカスの家から出てすぐに出会った孤児達のリーダーに聞いてくれ。貧民街と接する外側を孤児が、内側を亜人が住むようにしてほしい。それさえ守れば細かい住み分けは任せるが、くれぐれも亜人だということを近隣住民に知られないように外へ出るときは注意を怠るな」
この件に関しては、孤児たちにもよく言い聞かせてある。
外の住民達もここへは近づかないようにしているみたいだし、今の所は問題ないだろう。
「あと、各自武器庫に行って、自分専用の武器を一つだけ持っておけ。ただし、もし武器を喧嘩に使用した場合、容赦はしない。厳罰に処するからこれだけはよく言い含めておけ」
訓練用だから刃は潰してあるが、鈍器としてなら問題ない。当たり所が悪ければそれこそ一撃で死にかねないのだ。
それを喧嘩に使用するようなら、同志たる資格もないと判断し、最悪の場合は処刑しなければならない可能性さえある。
無論、そんな事はしたくもないが、必要であればいくら望まぬ事でも躊躇ってはいけない事を知っている。
「いずれは外で実戦訓練を積んでもらうが、数年間はここから出る事はないだろう。息が詰まるかもしれないが、そのつもりでいてくれ」
言葉の上ではとても長く思え、そして実際にはあっという間に過ぎさるであろう時間を想像し、取り残されないように決意を新たにする。
ようやくスタートラインに立てたのだから。