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異世界における革命軍の創り方  作者: 吉本ヒロ
1章 5歳、革命決意
15/112

亜人

もう一つの方の作品に誤投稿してた(爆)

気付けばお気に入りが270件に。

日間ランキングを下から見てて、案の定載ってないな、とか思ってたから33位にあってビビりました(汗)

300位にも載っていなかったような作品が、気付けば33位になったのも皆さんのおかげです。

お気に入り登録、評価してくださった方々、改めてありがとうございます。

「お久しぶりですね、ザイカス殿。今日はよろしく頼みます」



 ベルトランの商会が繁盛し、まとまった売上金が手に入ったのは昨日のことだ。

 人材の教育には時間がかかるため、次の優先課題である亜人種の確保に乗り出した。

 奴隷を取り扱う商会はまとまった資本金が必要なために数少なく、確実に親には悟られないよう対処できるのは一度でも見知ったザイカスが確実だったから、ここを選んだ。



「此方こそお久しぶりです。本日はわざわざ我が家へお越しいただいてありがとうございます。イザーク様が初の奴隷を買われたのを昨日の事のように思い出せますよ」

「ええ、その奴隷のお陰で、奴隷を持つことの楽しさに目覚めてしまいましてね。ザイカス殿が用意して頂いた奴隷は素晴らしかったので、いつも傍においてしまうのですよ」



 そう言って、横にいるアーシェスを視線で示す。



「それは良かった。見れば随分と大人しくなったようで。これもイザーク様の奴隷を飼う手腕が優れているからですな」

「いえいえ、ザイカス殿の見付けた素材が良かったからですよ」

「いやはや、イザーク様はお上手ですな」



 息が臭いとか時間の無駄だとか思う事はいっぱいあるが、それでも貴族の息子として中身の伴わない社交辞令を重ねる。

 会話が途切れた頃合いを見計らって、さっそく本題へと移行させる。



「それで、私が伝えた通りの商品はご用意出来ていますか?」

「勿論ですとも。ご要望の通り、全種類の亜人種の子供を一室に集めておきました。あとは存分に選別してください」

「ああ、それと、今回買う奴隷は連絡した通り、父様には内密にお願いいたします。数が数ですし、全て調教した後で驚かせたいと思っているので、場合によっては数年かかる可能性もありますが……」

「ええ、それは勿論。もっとも、初めての奴隷を短期間で屈服させたイザーク様なら数ヶ月もあればすぐに終わりそうですけどな」



 太った腹を抱えてわははははと豪快に笑うのも、つばが飛び散るのでやめてほしいのだが。



「今日は父様には内密に出たので、あまり時間は掛けられません。申し訳ないですが、さっそく部屋まで案内していただけますか?」

「ああ、これは気がつかなくて申し訳ありません。此方へどうぞ」



 これ以上話したくもないので、適当な理由をでっちあげて話を打ち切ると、ザイカスは背中を向けて歩きだした。

 前回アーシェスがいた部屋を通り過ぎ、廊下の突き当たり、屋敷の端っこにあたる部屋へと案内された。



「此方の部屋の中に、事前のご指定どおりに十歳までの亜人種を集めておきました。では私はこれにて。どれだけ時間を掛けて頂いても構いませんので、ごゆるりとどうぞ」

「ええ、ありがとうございます」



 ザイカスが立ち去るのを確認してから、アーシェスに声を掛ける。



「…………悪かったな」

「あれがお主の立場としては当然の返答なのじゃ。仕方ないのだから気に病む必要などなかろう」



 そのくらいの意を汲んでくれることくらいは分かっていても、謝らずにはいられなかった。そしてアーシェスはそこまで理解した上で、仕方ないと言ってくれるのが伝わってくる。


「行くぞ」

「ああ」



 半ば自分に言い聞かせるように呟いた言葉に、アーシェスが応える。

 そして開けたドアの先で、百を超える瞳に刺し貫かれる。そこに好意的な視線など一つたりとてありはしない。



 尻尾や獣耳を生やした獣人がいた。

 少年少女だけが集められているはずなのに、既に髭が生えているドワーフがいた。

 耳の尖った端整な容姿のエルフがいた。

 外観はエルフに類似しながらも、銀髪にして肌の色が薄い茶褐色のダークエルフがいた。



 指定した通りに、よく奴隷として扱われている全種族がこの場所に集結していた。

 だが多くはただ鏡のように見たモノを映すだけのガラス玉のような瞳であり、もう何も見えていまい。酷い者は目に光を失い、口を開けて痴呆のように佇む者もいる。


 もう既に心が、死んでいるのだ。

 情けで彼らを救うには、今の自分はあまりに無力で、見捨てるほかはない。

 次いで警戒を抱くような疑心に満ちた瞳。そして最後に、僅かばかりの敵愾心を抱いている者たち。

 それだけで分かる。この状況で己を失っていない彼らなら、間違いなく優秀な手駒になるだろう事が。

 気圧されないように滲んできた手汗を、ズボンを強く握りしめて拭う。

 部屋に踏み入り、数歩進んだ先、背後に付き従うアーシェスを見て僅かに驚きの表情を見せる他の奴隷たち。

 それは希少なハイエルフを目撃したからではない。そこに奴隷では持ち得ない、アーシェスの持つ生きる意志、そして覚悟が伝わったのだろう。



「…………奴隷は要らない! ただ覚悟の在る者がほしい。来たるべき時まで、たとえ目の前で同胞が倒れ、血に塗れていようと心を殺して見ぬふりをし、ただ牙を研ぎ澄まし、そして己の鼓動が止まる最後の時まで抗い続ける覚悟の在る戦士はいるか!!!」



 大きく息を吸い、未だ微かに残る震えを誤魔化すかのようにただ感情のままに叫ぶ。

 衝撃を与える必要があった。そうでなければこんな事は到底信じてもらえず、故に賛同者も増えるはずがないのだから。

 だからこそ簡潔に、思うがままに叫ぶ。



「人間の暴虐を止め、まだ見ぬ同胞のために支配を打ち砕く気概を持つ者、その意思を持つ者がいれば前に出ろ!!」



 いつしか力で抑え込んでいた震えは自然に止まっていた。



「我が同胞らよ、どうか聞いてほしい。この者が言った言葉に嘘偽りはない! お主たちを護れなかった王族の末娘たる妾を信頼は出来ぬかもしれぬ。だが、恥を承知で言わせてもらうのじゃ。どうか、今傷ついている他の同胞らを解放するためにも、妾、アーシェス=シェラード=ユグドラシルに、いや、ここにいるイザークに力を貸してほしい!!」



 アーシェスが言葉を継いで、叫ぶ。

 きっと俺一人なら説得力に欠けていた。だが、アーシェスのお陰で信憑性が増した。

 奴隷たちの間を、ざわめきが駆け巡る。

 考える時間を与えるために、黙り、目を閉じ、ただ待った。だから空気を伝播して伝わる彼らの動揺も、逡巡も、手にとるように分かった。



 そのままおよそ一分後、閉じていた目を開け、一歩だけ前に踏み出していた少年と目が合う。



 ここには少年少女だけが集められているはずだが、指定した年齢とは不相応に体格の良い少年だった。こげ茶色の髪に、僅かに覗く生えかけの髭。恐らくはドワーフ族だろう。


「なあ、おい。念の為に聞いておくが、お前が言う戦士ってのは、エルフも入ってるのか?」

「ああ、勿論だ」


 それは、横にいるアーシェスを見て気付いているはずだ。それでも確認するからには余程何かあるのだろう。

 目の前に立つドワーフは返答を聞き、大きく息を吐く。


「仮にお前の言う事が本当だとして、それを信じるとして、ああ、それまではいい……」


 淡々と、まるで力を蓄えるかのように一言一言を告げる。


「獣人たちも認めよう……。だがよぉ、なんでそこにエルフが入っている?」

「……なに?」

「なぜ俺たちドワーフがぁ! 無力なエルフ共と組む必要性があるんだァ!!」

それは唐突に、今まで抑え込んでいた怒気が一気に溢れだす。

「ふん、ドワーフ如きが私たちエルフよりも強いだと? どうやら単細胞のドワーフは知性だけでなく、冗談のセンスもないようだな」


 その時、その気勢に圧されることなく、他の奴隷に紛れていたエルフの一人が声を上げる。


「やるかテメエ! 力の差を思い知らせてやるぞォッ!!」

「出来るものならな!」


 先程のエルフの少年がバカにしたように嘲笑したことで、空気は一気に険悪なものに変わり、それは周囲に伝播した。

 契約書の効力で暴力沙汰にこそ発展しないが、感情そのものに対しては抑えが効かない。


 エルフとドワーフが罵声を浴びせながら、それぞれ間近で睨みあう。


「……くだらないにゃ」


 それを見て、猫耳と尻尾を生やした獣人族の少女が心底つまらなさそうに呟く。

どこまでも上限知らずに高まる緊張。上昇する熱気。



「落ちつくのじゃ!!」



 そんな中、冷水を浴びせかけるかのようにアーシェスが叫ぶ。



「我が民が失礼な物言いをした。代表して妾が謝罪するから、許してほしい」


 頭を下げたアーシェスに、イザークを除いた、ここにいる全ての者が衝撃を受けた。

 王族が、まして他民族の、それも犬猿の仲であるドワーフに頭を下げたのだ。故にその衝撃は計り知れない程の大きさで、ここにいる者達のナニカに亀裂を入れる。


「っ!」

「なッ!? ですがアーシェス様! 先に挑発したのはコイツの――」

「落ちつけと言ったはずじゃ。今そのような小さな事に構っておる場合か!」


 それでも尚、反論を重ねようとしたエルフを更に叱りつける。


「……っ、分かりました」


 エルフの少年も、何とか抑え込むように返事を返した。

 そのままアーシェスの謝罪で丸く収まれば良かったのだろうが、その不服そうな顔から、未だ納得はできてはいないだろう。



 エルフ、ドワーフ、双方ともある程度の怒りは収まったようだが、アーシェスの言葉だけでは解決しなかったようだ。未だ、問題は根強く残っている事が分かる。

 このままこの場を切り抜けても、どうせ同じことを繰り返す羽目になるのは目に見えている。

 そして、この問題をここで解決しない限り、尾を引いてより厄介な事に繋がりかねないだろう。


「なあ、なんでドワーフとエルフは仲が悪いんだ?」

「こいつらが、俺達ドワーフをバカにしやがるからだ」

「随分と被害妄想が激しいな。これだから単細胞のドワーフは手に負えないんだ」

「なにおう!」

「やるか!」


 ああ、そう。分かりやすい説明をどうもありがとう。


「くだらない。デカイのは図体だけか。俺みたいなガキと比べても、随分と小さいんだな」

「なに!!」

「なんだと!!」


 もう面倒だ。

 これ以上付き合っても解決しないだろうし、根っこをどうにかする必要がある。


「聞こえなかったのか? 器が小さいって言ってるんだ。エルフかドワーフかなんて、俺からすれば些細な違いだ。俺にはどっちも、ただ己の身の境遇を嘆き、周囲にあたり散らしているガキにしか見えない」

「人間風情が、この私に上から語るなど何様だ!!」

「人間如きが、いい気になるな!!」


 二人分の怒りの矛先が、イザークへと向く。

 怒りを溜めこんできたのも分かる。

 怒りを誰かにぶつけたいのも分かる。

 だが、やはりそれは心のどこかで思ってきた事の発露なのだ。だったら、それを許してはいけない。



「なぁ、おい。何故その怒りを、こんな状況に貶めた人間にぶつけない。なぜ今もまだ、同じ境遇の者同士で争う。そんな考えだから負けるんだ。俺は負けたくない。未だにその考えを捨てられないなら、お前達はいらないよ」



 互いに互いの欠点を補い合う関係が必要なんだ。

 片方がピンチに陥れば、もう片方が身を挺して助けるような、強固な信頼関係。 それが出来なければ、きっと革命なんて成功しない。



「…………だったら、お前に従えば、その考え方になれば勝てるって言うのか? この絶望的な状況から、どうしようもない状況から抜け出せると言うのか?」

「そんな保障、出来るわけないだろ。ただ、もしおまえの考え方であれば絶対に負けるって保障なら出来るけどな」

「なぜだ! なぜそう簡単に言い切れる!!」



 保障が出来たらあんなにも迷わなかった。

 片手間に救って、それで終わりだった。

 それが出来ないから、今もこんなに悩んでいる。



「お前一人で解決できるほど、相手は弱いか?」



「っ!」



 万軍を凌駕する単騎であるのならば、まだ話は違う。

 だが実際はそうではない。

 どれだけ強くてもせいぜい数十人が限度だろう。奇跡が起きて百人か。現実がそうである以上、策と数に頼らなければ到底勝ち目などないのだ。



「最初、各種族に地の利がある防衛戦で、各種族最高の質と量を兼ね備えた戦士達が負けたのは、各個撃破されたからだろう? 長所を生かせず弱点を突かれ、そして敗北した」



 ドワーフが弓兵によって遠距離からじわじわと削られたように、エルフが騎兵による突撃を許して戦線を崩壊させたように、獣人が知恵と策略を以て搦め手で負けたように。


「でも今は違う。それぞれが敗北を知ったはずだ。そこから何も学ばない奴を俺は要らない。ドワーフは前線を護り、エルフが後方から援護し、獣人が機動力を生かして撹乱する。その構想が描ける奴は、俺に力を貸してほしい」


 全種族の長所を利用した時、それら全てがかみ合えば、それは足し算でも掛け算でもない、何乗もの力を生みだすだろう。

 数で劣り、地力で劣り、総合力で劣る此方の陣営が勝つには、団結が必要不可欠なのだ。



「私からもいいかしら」



 声の先にいたのは薄い茶褐色の肌をした、エルフを太陽とするなら、此方は月のように淡く輝く銀髪。紫水晶の瞳をしたダークエルフの少女が前に出る。


「私自身はそれほど思っていないのだけれど、どうにもエルフ側は私たちの事が嫌いみたいなのよね。その態度も改めてもらえるのかしら?」

「穢れた一族まで……」


 ドワーフとの諍いの件もあり、抑え気味に発せられた言葉はしかし、静寂の中で全員に届く。

 言葉を放った者こそ先ほどのエルフだが、アーシェスを除いた全てのエルフが同様に思っているのは、その表情を見れば一目瞭然だった。



「……今度はどんな問題なんだ?」



 次々と湧いて出てくる問題に、頭を抱えたくなる。

 だが理由を知らなければ、説得も論破も出来はしない。


「ダークエルフはその容姿から闇に好かれたエルフの一族であり、穢れし者と呼ばれておる。関われば同様に、エルフもダークエルフに堕ちるとされておるのじゃ」

「……で、それは本当なのか?」

「……いや、少なくとも妾は知らぬ」

「勝手な被害妄想よ。実際は、ただ単に種族が違うだけ。それをエルフは、自分達が優等種などと思い上がっているだけよ」

「……だろうな」


 少なくとも科学的根拠はなさそうだし、他の誰かを下に置こうとする心理があるのだろう。エルフも案外バカなのではないだろうか。

 敵ばかり作っていたのなら、現状はある意味当然の結末なのかもしれなかった。


「……この件は、妾が責任を持って(みな)に言って聞かせよう」

「それで他の皆が納得するとでも? 力で抑えても、どこかで反発が起きるわ」

「力では抑えぬ。必ず皆を説得してみせるのじゃ」

「無理ね」

「無理ではない。それ以上に無理な事をやろうとしておるバカな男がここにおるのじゃ。このくらいの事が出来んで、一体どうしてその男を助けることが出来るのじゃ」

「ふーん……。ねえ、キミ。いったいどうやってお姫様を誑かしたのか、お姉さんに教えてくれるかしら?」

「いや、誑かしたというか、お願いしただけだけど……」


 急に矛先が変わったことで少々焦るが、実際の所ただ見ていて欲しいとお願いしただけだ。

 あとは震えていた事くらいだが、それを言うのは勘弁してもらいたい。

 興味深さそうな表情を浮かべたダークエルフの少女が急に近づいて来て、何やら匂いを嗅いでいる。

 身長差があるせいで、目の前でしゃがむダークエルフの少女の涼やかな顔がすぐ近くまで迫り、ゆったりとした貫頭衣の隙間から年齢からすればやや大きめに膨らんだ胸元が覗く。

 思わず顔が赤くなりそうになるのを自覚して、なるべく意識しないように下を向く。

 それに気付いているのだろう。僅かな含み笑いを見せて、しかし追及することはせずにアーシェスの方を向き直り、問い詰めるような口調で聞く。



「どうもこの子からは嫌いなエルフの匂いがするんだけど、お姫様は何をしたのかしら?」

「い、一緒に暮らしているのだ。妾の匂いくらいしてもおかしくなどなかろう」

「これはそんなんじゃないわね。体の奥からするような、染みついた匂い」

「べ、別に一緒に寝たりなんかしてないのじゃ!」

「へえ、そう言う事。もしかして誓約までしたのかしら?」



 その一言でエルフたちが一気にざわつく。

 エルフたちにしか通じないような特別な意味を含めたやりとりをしている事くらいしか分からないが、アーシェスは余裕を失っているせいか、言葉を重ねるごとに墓穴を掘っているという事に気付いていない。

 だが、ここで口を出せば藪蛇になりかねない事も分かっているため、事の推移を見守ることしか出来そうになかった。



「〰〰〰〰っ!」



 アーシェスが顔を真っ赤に染め、なにやら言いあぐねている。

 もはやアーシェスのこの反応で丸分かりだった。ダークエルフの少女は納得したように頷き、もう用はないとばかりにイザークへと向き直る。



「あらあら、子供のお遊びならお姉さんが入り込む余地もありそうね」

「ダメじゃ!! 子供の遊びなどではない。妾はこの男を――」



 アーシェスが反射的に何かを言い掛けて、ハッとしたように何かに気付いてやめる。



「お主のせいじゃからな!!」



「何がだよ……」


 どうやら口を出さなくても藪蛇だったらしい。


「まあいいわ。お姫様が約束を守ると言うのなら、今は何も言わないでおいてあげる」


 何やらお気に入りのおもちゃを手に入れたような、満足気な顔。

 きっとアーシェスなら御しやすいと判断したのだろう。

 それにもしかしたらダークエルフを嫌わない、それもハイエルフであるアーシェス自身を気に入ったのか。


「話は終わりか?」

「ええ、私からはもうないわ」


 そこで、先程のドワーフの少年が再び割り込んでくる。

 雰囲気は随分と軽かったが、それなりに信じられるだけの何かを掴めたのだろう。納得した顔で、あっさりと話の主導権を譲る。


「少なくとも、お前は俺よりは頭が良いんだろう。お前なりに勝算がある事も分かった。ただ、最後に一つだけ聞かせろ」


 未だ人に対する敵愾心はそのままだが、そこに幾許かの興味を持ったことが分かる。

 だからこそ嘘は許さないと、その力強い瞳でイザークを睨みつける。


「お前は人間だろ。それも貴族だ。そんな奴がなぜ、俺達の肩を持つ」


 それは正当すぎる疑問で、きっとここにいる誰もが抱く想い。

 故に偽ることなく、ありのままの心を吐露する。


「間違いを正そうとして何がおかしい。ああ、いや、きっと、俺がおかしいのだろう」


 何せこの世界では自分の方が異端なのだ。

 前世の、それも違う世界の記憶を持った人間がいると、いったい誰が想像できるだろうか。

 だからこそ、前世で培われた真っ当な常識であるはずの価値観は少数派に貶められる。



「でも、俺はこの間違った現状を正したい。ただ生きたままに死にたくはないし、死なせたくないんだ。見て見ぬふりをし、漠然と生きるような生き方をしないと決めた。信念に殉じて生き抜くと。他の貴族のように玩具のように壊すような真似はしない。生物としての尊厳は守る。その代わり、一思いに死んだ方がマシとも思えるような地獄を進み続ける覚悟はあるか?」



 感情論が愚かだと言うのは分かっている。

 だが同時に、感情論に従うからこそ成せる事があると信じているのだ。

 擦り切れた感情のままに過ごす日々の虚しさを知っている。

 人で在るのならば、時として利害を度外視してでも感情のままに生きて何が悪いのか。

 そんな誰にも譲れない自負と共に、思いの丈をぶつける。



「……………………」



 静寂が支配する。

 いつしか他の奴隷たちも耳を傾け、百人近くいるのが嘘ではないかと思うくらいに物音ひとつ立たない空間。

 どれほどの時が経ったか、張り詰めていた空気を弛緩させるように、ドワーフの少年が小さく息を吐いた。


「……いいだろう。お前を信じよう。俺はドワーフ族一の戦士、赤腕のドミニクの息子、ジェナスだ。よろしく頼む」

「俺の名前はイザークだ。期待しているよ」

「ただし、もし嘘があった場合は何が何でも殺してやるから覚悟しとけ」

「ああ、分かった。まぁ、半年ほど前に同じような事を言った奴がいるが、俺は今のところ生きているからな。少しは信じてくれていいと思うぞ」

「そんなもん俺が知るか。結果で見せてみろ」

「違いない。確かにそうだ」



 ぐうの音も出ない程に言う通りとあって、思わず苦笑してしまう。

 これから先、行動を積み重ねて信頼を得るしかないのだから。


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