拠点
「さて、それで場所の確保はどうなった?」
「ああ、あとは金さえ払えば全員すぐにでも退去するってよ」
この日のための準備で三日はあっという間だった。
色々と方針を練っていたせいで、ろくに剣術の稽古もできなかったくらいだ。だが、それに見合うだけの成果はあったと思う。
「そいつは上々。それじゃ明日の朝までに、これでさっさと退去してもらってくれ」
銀貨がおよそ四百枚入った袋を五袋ほど渡す。
正直これがかなり重かったから、これだけでだいぶ楽になった。
「任せろ。リーズ、来てくれ」
「はいはい~」
エミリオに呼ばれてきたのは、ライトグリーン色の髪をした、美人と言うわけではないが、どことなく愛嬌のある顔立ちの少女だった。
皆どこか陰のある孤児が多い中、そんな苦境にあって尚、険も影を感じさせない笑顔を絶やさないような性格というのは、精神的な強さの証明だろう。大らかでしなやかな雰囲気を感じさせる。
「キミが……あなたがイザーク様だ……ですね。エミリオから聞いてるよ……ます。アタシはリーズ、エミリオとは同い歳だから、エミリオがいない時は私が子供たちの面倒を見ている……ます。これからよろしく」
「無理に敬語を使わなくても構わない。むしろ様付けなんてくすぐったくなるから正直やめてほしい。普通にイザークで頼む」
敬語にさえなっていないような形だが、それも教育を受けていない孤児たちでは仕方がないだろう。そもそも、貴族として生まれながら未だに敬語を使われるのはなれないから、本当にタメ口のほうが楽だった。
「りょーかい。それで、私は何で呼ばれたのかな?」
もっとも、ふつうはここまで早く順応出来ないはずだから、精神的に強いのではなくただ単にばk……天然の気があるだけなのかもしれない。
「ああ、とりあえずの顔合わせと、これで立ち退きの件を始めてくれ」
「ほへー、すっごい重いね。こんなに入っているとは驚いた。ねね、これっていくらぐらい入ってるのかな?」
エミリオに渡した銀貨が詰まった袋は、リーズに渡される。受け取った際に軽くよろめいたのは予想以上の重さだったからだろう。自分自身、持って見てお金だけでこれ程の重さだとは思いもしなかったから、その気持ちはよく分かる。
「二千枚だ。ああ、当然、そこから掠める様な真似はしない方がいい。それと、盗難に注意するために、多くの子供に少しずつ渡して、複数人でチームを組ませてから回ってくれ」
「ふわー、すごいね。こんなにあると逆に怖くなっちゃうかも。りょーかいだよ。それじゃおちびちゃん達、みんなしゅーごーう!」
そう言ってリーズは他の子供たちを収集しながら立ち去っていく。
精神年齢が近いせいか、孤児たちがやけに楽しそうに集まっていく。
そんな姿を眺めながら、充分に距離が出来たのを見計らってから再びエミリオと向き合った。
「さてと、それじゃここからが本番なんだけど、まずはエミリオを頂点に、その下のリーダー格の者を五名選出してほしい。エミリオがリーダーにふさわしいと思った奴なら、基準や人選は任せる。ただし、当然ながら下の者を従えることが出来る者が最低条件だ」
「分かった」
「それと計十名の心身共に優秀な人材、それも厳しい訓練、最も難しい任務に耐えられる奴を選別してくれ」
「……そいつは俺がやってもいいんだろうな」
「お前はリーダーだぞ? 後方で部下の全ての動向を把握し、指示していくのが役目だ。死なれては困る立場だと言う自覚はあるのか?」
「だったら尚更だろ。他の奴らに危険を押しつけるだけ押しつけて、俺だけ楽は出来ねえよ。だから頼む」
ここだけは退かない、譲らないと、真剣な瞳、強い口調で訴える。
実際、覚悟を問うための、形だけの問いかけだったので、覚悟があるのなら問題はなかった。
「言っただろ、人選は任せると。覚悟があって、自分でその訓練に耐えられると思ったなら、誰であろうと問題ないさ」
「さっすが。貴族のくせに、やっぱりお前は話が分かるな。後で残り九人、キチンと選別しとくから任せろ」
が、許可をすると先ほどの表情はあっさり霧散し、一転、ニカッと笑う。
小さなグループとはいえ、孤児達のリーダーをしていただけはある。
上に立つ者のなんたるかを体験して自分自身で学び、下の者から慕われるだけの素養を身につけてきたのだろう。
これだけの器量ならば、リーダーとしても充分にやっていけそうだ。
「最後だが、この配置図の通りに、家を作ってもらいたい」
用意したのは家の配置図だ。
一つを除いたそのどれもが、とてもじゃないが十人も入り切らないような小さな家。
しかし買い取った土地、二キロ程の外縁部に沿って、それも通路を狭くし、密集して建てているために、中心地は空白のドーナツ状になっており、合計で千人以上は住めるであろう規模だ。
正直気持ちの上では中心部に百人は入るような大きな家を建てたいのだが、さすがに貧民街にそんなものを建てるわけにもいかないだろう。
「……家? どの程度の質を求めてるのか知らないが、この規模だとかなり難しいぞ?」
「ああ、だから此方で十人ほど大工を手配するし、それと同じ配置図は渡してある。エミリオ達には彼らの補助を頼みたい」
「具体的には……?」
「ここから安全な区画までの送迎、簡単な肉体労働、雑用、そこらの家とも呼べない家からボロボロの木の板を剥ぎとって、出来た家の上に被せてカモフラージュをすること。そして何より、余計な情報を与えない事だ。最低限話を通してはいるが、こんな場所にそれなりの物を建てるお金があるというのは怪しまれるだろう? 上手く子供たちを統率、そして大工と接する人材の選定などが主な仕事になる」
貧民街に小さいとはいえ、真っ当な家を、それも何軒も建てるという行為は、どう考えても不審すぎる。普通そんなお金があれば、それこそもう少しまともな区画に建てて住むだけの力があるはずだからだ。
そして貧民にお金があると言う事はそれだけで犯罪などを疑われ、そうでなくとも、疑惑や好奇心の対象となるだろう。
これからすることを考えれば、可能な限り目立つ真似は避けるべきだ。
「……お前は本当にいきなりこき使ってくれるな」
「日々の糧を得るためだけにはいずり回るよりは余程有意義な生活だと思うけどな」
「違いない。言った以上はやるさ。いつその大工たちが来るんだ?」
「話はもう済ませてるから、明日から来させよう。六時を知らせる鐘が鳴るまでに南門で待たせておく。その日以降の待ち合わせ場所などについては、お前達で相談してくれ」
「分かった。今の所それだけなんだな?」
「ああ。残りは追って指示を出すから、ひとまずはそちらに専念してほしい。それと銀貨の残りは、お前たちの食糧に充ててくれ。その際に野菜は言うまでもないだろうが、一日一食は大豆、牛乳かヤギの乳、それに肉をとるように」
「なんか意味があるのか?」
「ああ、食育ってやつだ。戦う人間の体を作っていかなきゃいけないからな。まあ、色々な物を腹いっぱい食べればいいってことだ」
「よく分からねえけど了解だ」
タダでさえロクに物を食べていない貧弱な体だ。筋肉がない事は戦闘の際に大きな不利だろう。
それにしても。今すぐにやりたい事はまだまだ沢山あるが、そのどれもがまとまったお金を必要とする事ばかりで、一切手をつけられない現状が歯がゆい。
拠点の設立、亜人種ではなく人間の手下。
これは最優先事項であったものの、二百人の維持費だけで相当な金額が必要になる。
前世の知識を利用した商売で大金を稼げるとは言え、彼らの食費等を捻出しながらとなると商売が軌道に乗らないうちはそうそう貯まらないだろう。
家からかっぱらうにしても限度があるし、迂闊な手段はとれない。
「…………ここはもう大丈夫そうだな。しばらくしたらまた見に来るよ。それじゃ俺は帰るから、後は任せた」
「おう、後は任せろ!」
明るいエミリオの声とは対照的にお先は真っ暗。
未だに問題は山積みだった。