来ちゃった
https://kakuyomu.jp/works/1177354054889244190
新作のURLです。
しばらくはちょこちょこ上げるので、よろしければ見てやってください。
ちなみに新人賞に落ちた作品のリメイクです。
当然(拙いながら)自信作ですが、やはり最近の公募は一般に寄せた文章などが主流?のためか、どうにも自分の文体だとWebにするしかなさそうです。
本当なら前回のアンケートを参考に更なるリメイクをしたいと思っていたのですが、どうにも公募の時間がないので投稿しました。
毎度こんな感じのタイミングで投稿している気もしますが・・・(^^;)
一応二章も鋭意製作中です。
なろう向けではなさそうなので、今回は他サイト(カクヨム)になりますが、よろしければ感想、批評、評価を頂けると嬉しいです。
需要があればこちらでも投稿するかもですが、今のところその予定はありませんのであしからず。
「これが報告書」
リーズから受け取った書類に目を通す。
別の領地にいた、食べていけない農民や孤児等を公に、或いは秘密裏に自領へ招いて既に一万人を突破した。
開拓村を興す事で地元民との諍いも避け、数年間は許可のない者が村の外へ出ることを禁ずるなど、多少なりとも窮屈な思いをさせることにはなった。
だが、食料を確保できている現状は脱走者も少なく、治安悪化は最低限に抑えられたので、問題はなさそうだ。
「それで、文官の方は?」
「うん、こっちも問題なし。教育を終わった子らがいっぱい来たから、今は少し忙しいくらいでなんとかなってるよ」
「そうか……」
数は力だ。
古今東西、数の暴力に勝てた例は少ない。
何倍もの数を誇る敵軍に勝つという英雄譚に誰もが憧憬を抱くのは、それが実際にはとても困難な事だからこそ。
なにより人手がいくらあっても足りないこの領地には、とにかく数が必要だった。
産業を興し、兵として鍛える。
急速な改革は、今までの商売で得た個人的な資産があってこそ出来る力技だ。
資材は息のかかった商人に発注するから彼らは商人として成長し、そしてこちらとしても予算を削減出来る。
「それと、国内の地図もほとんどできたみたい。拠点はまだ半分ちょっとくらいだけど、今のところは順調だね」
「なら良い」
リーズが各地に散らばっている者達の報告書を口頭で伝えてくる。
そんな中、口上を遮る闖入者が飛び込んできた。
「やっほー、遊びに来たよー」
「…………は?」
それはあまりにも突然すぎて、理解の追いつかない光景だった。
まるで勝手知る我が家の如く、あまりにも気軽に開け放たれた扉は仮にもこの屋敷の主の部屋。
必然的に最も警護が厳重なはずなのだが、こうも易々と突破を許してしまう辺り、警備をもっと厳重にするべきだろうか。
と言うか、ここまで押し通るなら殺されてもおかしくないというのに、本当に何をしてたんだ。
「ま、誠に申し訳ございません、イザーク様!」
現実逃避じみた思考を巡らせていたイザークを現実に引き戻したのは、遅れてやってきた一般メイドの一人。
「せ、せめて部屋の前で待って頂くようにお伝えしたのですが、ここまで通してしまいました!」
「そうそう、私がいいからいいから、なんて言ってここまで来たんだから、彼女は叱らないであげてね」
まったく悪びれもせず、初めてここを訪れるはずだと言うのに躊躇いが感じられないのは、見知った仲だからから神経が図太いからか。
「…………はあ」
眉間にしわを寄せ、本当に深いため息をつき、気を落ち着かせる。
激務のせいで幻覚でも見ているのかと僅かに期待しながら、目を瞑ったままゆっくりと眉間をほぐし、目を開けるもやはり光景は変わらない。
メイドの一人は、今まさに己の進退が関わっているということもあり、必死の様子だ。
これほどの失敗をしたとなると、一般的な貴族ではメイドを首になればマシな方。最悪の場合事情を説明する機会すら与えられずに家族を巻き込み、文字通り首が飛ぶ可能性さえあるのだから。
「ああ、構わない。さすがに先輩を止められるとは思っていないからな。だが、お客人は早速お帰りのようだ。案内して差し上げろ」
「え……、え?」
顔はきょろきょろとイザークとフィオナの間を行ったり来たりで忙しない。
どうにも、やはり荷が重いかと嘆息する。
「ああ、彼なりの照れ隠しだから気にしないでいいわよ」
「彼女の主は僕ですが?」
「でも私は客人よ、それも貴族の。他家とはいえ、使用人に口出しする権利くらいあるわ」
「主の命が最優先でしょう。それに、招かれざる客という言葉をご存じですか?」
「私とキミの仲じゃない。遠慮は無用よね」
「親しき仲にも礼儀あり。貴族以前に、人としての品格を備えられては?」
「ええ、所詮は他人のたかだか友人同士の仲の話なんて興味ないわ。私は妻としてそれらしく振舞っているの」
「寝言は寝て言って下さい」
「キミの方こそ、いい加減現実を認めなさいな」
「「…………」」
互いの主張を通しあうだけの、譲り合いなど一切存在しない会話は平行線。
「ふふっ……」
「……なにがおかしいんですか?」
僅かな沈黙の後で、フィオナは唐突に笑う。
「いや、これだと思ってね。ほんと、キミがいない日々は物足りなかったのよ。退屈すぎて死にそうなくらいに」
「だったら死ねばいいのに」
この対応こそ彼女が求めているものだと分かっていながら、しかし毒づくのを止められない。
「くっ、あははっ、あっははははは! ふふっ、相変わらず容赦ないのね」
目じりに浮かんだ涙を拭いながら、屈託なく笑うフィオナ。
「いや、もうほんと、キミは私を楽しませてくれる天才ね」
「これほどいらないと思った才能はないですよ」
厄介な人に目をつけられるだなんて才能を欲しがる人間がいるなら見てみたいものだ。
「……どうしてここにいるんですか? いや、アポとか取り次ぎとか、そういった常識を知らないんですか?」
「将来の旦那様に会いに来る健気な婚約者に対してそんな態度は良くないわよ?」
「…………」
この人相手にはもう何を言っても駄目な気がしてきた。
「……お、おおう。イザークが圧されてるとこなんて初めて見た……」
先程まで唖然とし、空気と化していたリーズがようやく息を吹き返す。
だけど、どうせならそのまま置物になってもらってた方がマシだろう。リーズは抜けている所があるせいで、先輩相手にどんなボロを出すか分からない。
というか既に、呼び捨てしてくれたせいで親しい仲だと気付かれた。
まして長い付き合いだと暴露しやがった。後で接触しない様、厳しく言っておかなくては。
「リーズ、黙れ。小遣いでもやるから、これで街に行ってキャンディーでも舐めてろ」
「やったー!」
投げて渡した銀貨を握り締め、開け放たれていたドアから一目散に外の市へと繰り出すリーズの事はもはや眼中になかった。
フィオナは珍獣を見るような目つきでリーズを見ていたが、すぐに視線を外す。
「それで、本題はなんですか? わざわざ来て頂かなくても、手紙くらいで良かったのでは?」
「ふふふ、焦らないの。久しぶりに顔を合わせたんだから、少しくらいいいじゃない。ああ、長旅で疲れたから、ゆっくり、何日か滞在するのもいいわね。今が忙しいなら、夜にでもゆっくりお話しましょ?」
ずいっと身を乗り出すようにして、上目遣いで見つめるフィオナ。
近づいた体は、何とも言えない色香を振りまいている。
だけど、そんなのは今更だ。
「見ての通り、仕事が山積みで忙しいんですよ。こんな時間すら勿体ないくらいには。雑談がしたいなら適当な相手でも用意しますから、そいつとお願いします」
政治にも軍事にも雑事にすら関わらない、何も知らないただの町人辺りをダース単位で用意するのに。
「なら、私が手伝ってあげましょうか?」
「自分の領地の機密をあなたに明かすバカはいませんよ」
尤も、この人であれば現状の調査とその結果からある程度深い部分まで読み取っているだろうが、それでもみすみす裏付けする書類を見せるつもりはない。
「ねえ、キミもいい歳なんだし、そろそろ結婚しないのかしら?」
「先輩の家は、ロザン公爵家の側でしょう? でしたら、僕とは敵対関係ですね。いや、残念です。これでは先輩との仲を深める事もできない」
「あら、私、これでも尽くす女よ? キミさえこの関係を認めてくれるなら、実家の方は捨てるわ」
「自分の家を簡単に捨てるような女性を信じられるほど、僕は心が広くないので」
「別に簡単じゃないわ。貴族としての立場は色々と便利だもの。ただ、キミの方が重たかったというだけ。それに、私の全てを好きに出来るのよ?」
両腕を組んで胸を寄せる。
嫣然と微笑むフィオナは、歳不相応の色気をこれでもかと放っていた。
「女が抱きたければ、娼婦でも呼びますよ」
そんなものに惑わされてしまえば後がどうなるか分からないので丁重に断るが。
「後悔はさせないわよ?」
「既に、知り合った事を後悔していますけど?」
「あらそう。……ねえ、私、尽くす女だって言ったわよね。キミは、消えた物資でナニをするつもりなのかな?」
「なんのことですか?」
警戒はしていた。
フィオナなら、突然本題に入るだろうと。
「そういう素直で可愛いところ、お姉さん好きよ?」
先程と一貫した態度のつもりだった。だというのに隠し切れなかった動揺を見て、フィオナの唇は笑みの形を作る。
だからこの人は油断ならないのだ。
カマをかけたのもあるだろう。だが、それにしたって初手でこの手を切るという事は、当てずっぽうではなくそれなりに自信があったという事でもある。
そして今、それは確信に変わった。
「商人の往来は増したし、山賊に襲われた、なんて理由も使ったりして、上手く隠していたわね。でも、やっぱり辻褄が合わない、隠し切れていない部分っていうのは出てくるわ」
そこのカモフラージュや尾行対策は完璧にしていたつもりだったが、まだ甘かったか。
……いや、尾行はされていないだろう。
少なくとも、肝心の現場を見られたわけではなさそうだ。
となると、特定の商人。そして、その商人が山賊に襲われた事になった街道等から、おおよその当たりを付けられたか。
拠点を移す必要性がある。いや、だが、それは亜人種だけ移すべきで、今の拠点と人は残すべきか。それとも、フィオナは動く隙を狙っている?
「なんで隠すのかな? 私、とっても気になっちゃう……」
「軍備を整えるのは当然の事です。しかしそれを大っぴらに行えば無駄な警戒を招いて、周辺の貴族と険悪な仲になるのは避けたいですからね」
「ふふっ、そう……」
「ええ、そうです」
教える気はないという言葉に、フィオナは微笑んだだけ。
さすがに革命の事が露見するとまではいかないだろうが、今まで以上に亜人に関連する全ての事を隠す必要がある。特に今いる亜人種の姿を見られれば、健康的な、それも鍛え上げた体から大きく核心に迫られてしまうだろう。
隠れ里の警戒は厳重にしないといけないが、かと言って連絡要員を送る事で場所が悟られるようなヘマもまた、避けなければならない。
フィオナがこの場から去った直後に動いても、きっと既に命を受けた密偵がこの屋敷に関わる人間を追跡するだろう。
今この場にエミリオがいない事が酷く惜しまれる。
エミリオならばすぐに悟ってフィオナが動く前に独自の判断でこの場を抜けだし、監視の目を撒いて上手くやるだろうに。
「ああ、それと、なんでキミは父親を殺してまで当主になったのかしら? 私としては、キミがそんなものに興味があるとは思えないんだよねえ。なのにそうまでして当主になった理由は何かしら?」
「まさか、そんな物騒で恩知らずな真似を僕がするはずがないでしょう? 尊敬する父親の事を息子である僕が殺すような真似はしませんよ」
「あら、ごめんなさい。そうね、今のは私の失言だったわ」
「分かってもらえれば結構です。だけど、そうですね。例えば、養豚場に行った事はありますか? そこは変わった場所で、うるさく、人に泥を塗るのが得意なだけで煮ても焼いても食えない豚がいっぱいいるのです。やつらは臭い。普段傍にいないならともかく、そのうちの一匹がいつも僕の傍をうろついていれば……。ああ、それだけで反吐が出るし、呼吸するのも苦しいでしょう?」
快適な生活環境を整えるために必要なのだと嘯く。
実際革命の件がなければ、八割程度は本心なのだろうから。
「平民の生活を向上させているのは?」
「それこそ貴女なら言うまでもないでしょう。限界まで絞るようなやり方はバカのやり方です。幸いと言うべきか、僕は父がそうだったからこそ、人並みに生活出来る程度にしただけで彼らは随分と感謝してくれていますよ」
これもまた、合理性を求めたが故の結果だ。
尤も、このまま子飼いの者たちを使って偏った情報を流す事で、生活を向上させた事実と相まって洗脳染みた忠誠心を植えつけているが。
「うん、なるほどなるほど。お姉さん、キミが思ってたより早く動いてくれて、そこは一安心ね」
うんうんと頷くフィオナに対する嫌な予感。
「一つだけ、いいこと教えてあげる」
「……それは是非とも聞きたいですね」
わざわざ前置きするフィオナ。
何が来るのかと、思わず身構える。
だけど、そんなものは無駄でしかなかった。それほどの言葉が、襲う。
「戦争が起こるわよ」
「――ッ!?」
心臓を掴まれたかのような衝撃が走った。
声をあげなかっただけでも奇跡に等しい。
驚愕を抑えきれなかった事を、フィオナは悟っただろう。
激しく脈打つ心臓が、真っ白になった頭が、動揺を隠す余裕すら奪い去る。
そんな中で、今すぐにこの人を殺すべきかと迷う。失敗すればどうなるか、説得するべきなのか、婚約に持ち込めばどう動くか、あまりに安直な策ばかりが脳裏を去来しては過ぎ去る。
そんな迷いの中、フィオナは更に続けて口を開いた。
「だからキミは、私の側に付きなさい」
「…………どういう事ですか?」
そしてその一言が、新たな疑問を宿す。
それはまるで立場が逆ではないか、と。
「王位継承権の争いよ。第一王子と第二王子、恐らく最初に第一王子から暗殺を仕掛け、第二王子は辛くも逃れる。そして当然のように国を二分にしての戦争。そんな筋書きね」
予想外の言葉に凍りついた脳を無理やりフル回転させ、フィオナの言葉をシミュレーションする。
驚きは、全く知らなかった情報を齎されたからとでも解釈してくれたのか。
あの継承の儀以降、第二王子であるヴェルナスの動向にも気をつけていたのだが、今の所そんな素振りがなかっただけに驚かされた。
無理やりに思考を切り換え、フィオナの会話に乗る。
「筋書き……ですか。果たしてその物語を書いたのは、一体誰なんですかね?」
「あら、それは私じゃないわよ?」
辛うじて口を開きながら疑惑に満ちた視線をやるが、フィオナはあっさりと受け流す。
「少しアドバイスはしてあげたけど、大筋を描いたのは第二王子のヴェルナス様ね。まあそれなりに頑張ってるみたいだし、話しにもならない第一王子のエシュトル様よりはマシなんじゃないかしら?」
この様子では動揺した根拠を悟られず、勘違いしてくれたようで助かった。
「いつ、起きますか?」
「早ければ一年後、遅くとも二年後ね」
それだけの時間があれば、最低限は軍として形に出来るだろうか。
「もし無能な友軍が軒並み敗北したとしても、私と叔父様ならどうとでも出来るわ。尤も、キミが敵に回れば万が一くらいは可能性がありそうだし、キミと戦うのも面白そうではあるけれど、どうしたって今はまだ早いわね。だってキミ、まだ領主になって一年も経ってないんだもの。それに改革を推し進めている以上、さすがのキミでもまだ自領を把握できてないでしょう。初陣がこんな状況じゃさすがに厳しいでしょうしね。まだまだ楽しめる余地があるのに潰し合ってはつまらないから助けてあげるわ」
だから味方になれと、フィオナは言う。
そしてそれが事実、言うとおりなだけに性質が悪いのだ。
「生憎と、さすがに先輩と争うような特殊な状況は、今回限りだと思いますけどね」
さすがにそんな戦争で、彼女にとって計算外であり俺にとっての切り札でもある亜人種を披露するつもりもない。そもそも、そんな使い方では彼らは理解し動いてくれたとしても、俺にとっては彼らへの裏切りになる。
「それに教国はともかく、帝国の抑えは? どう考えても、内乱に呼応するのは目に見えてますが」
「あら、私と叔父様よ? 片方が帝国、片方が内乱でも問題はないし、さっさと帝国軍を挫いて二人揃って参戦するのもいいわね。さて、どうしようかしら?」
数倍の数を相手取るという発言すら、あまりにも軽く言ってのける。
そして、それを実行してきた事を知っている。
彼女は、やってのけるのだろう。
大陸の覇者たる帝国を相手に当然のような顔をして、ただ作り笑顔の下、無感動にその結果を受けとめるのだ。
これだから英雄はおぞましい。
作りが違う。
個性の範疇に収まらなくなってしまった者を、同じ人間とは思えない。
正直な所、それ以降のフィオナとの会話をあまり覚えていない。
相槌を打つ程度で終わったのだろうと、漠然とそう思う。
ただそれでも、フィオナの提案を了承した事だけは嫌でも、そしてただそれだけが強く記憶に残っていた。
「イザーク、はなし終わった? 終わってないならおかわりのお金を……って、なんだ。終わっちゃったのか」
フィオナが帰って少し後、ひょっこりとリーズが顔をのぞかせる。
にやにやとチェシャ猫のような笑みを浮かべるリーズ。
「それにしても、ものすんごい美人さんだったね。雰囲気とかまるでターニャさんみたいだったよ。そ・れ・で、イザークってば、そんな美人さんとどんな関係? アーシェスとか知ったらどんな反応するかな?」
「…………リーズ、俺を脅そうだなんていい度胸だな。正直、ちょっとストレスがたまってたんだ。懲りるということをまだ学んでいないみたいだし、調子に乗ったらどうなるかをもう一回教え込んだ方がよさそうだな」
「あ……あは?」
「ギルティ」
不器用な作り笑いなど人を不快にさせるだけだ。
作り笑顔が得意な人にやり込められてすぐだからこそ、尚の事勘に障る。
だから、せいぜいリーズで憂さ晴らしをさせてもらうとしよう。
「ぎゃーっ!!」
女が上げるとは思えない悲鳴が屋敷中に響き渡る。
屋敷の使用人はいつも通りの事と、リーズを助ける者は現れない。これもまた日常と受け流していた。