リヴィアの想い
今年最後の更新です。
亀更新にお付き合いいただき、ありがとうございます。
来年も可能な限り更新するつもりですので、よろしければ最後までお付き合いのほどをよろしくお願いします。
「…………とおい。遠い、な……」
リヴィアは体力の限界まで我武者羅に剣を振るっていた。汗だくのまま地面に倒れ込んで、荒くなった呼吸を整えながら空へと手を伸ばす。
イザークとの最後の会話を、そして最後に見た顔を毎日のように思い出す。
一歩踏み込めば届く手は、しかしどうしようもない距離を感じて踏み込む事が出来なかった。結局、何も出来ずに立ち去るだけだった。
今更こんな形で手を伸ばしたって届くはずもないのに。
あの時手を伸ばせば何かが変わったのだろうかと、幾度となくそう思う。
侯爵が野盗に襲われて殺害された。
そんな大ニュースは嫌でも耳に入った。
そして成人したばかりの若き嫡男、イザークが跡を継いだことも。
間違いなく、イザークは父親を殺したのだろう。
それ自体はなんの確証もないただの直感ではあるが、それでも確信を持って言える。
尤も、その行為自体は当然ながら少数派だが、貴族として特別珍しい事例ではない。だが、あのイザークがそうまでして領主になりたかったのかと思うと、それはそれで違和感が強い。
そんなものに執着しない奴だと思っていた。
むしろ体裁としては慣習を守りつつも、実際にはそれに囚われない奔放な振舞いからは、貴族位そのものが煩わしいとさえ思っていたように感じたのだ。
だとしたらなぜ、イザークは領主になりたがっていたのだろうか。放っておけば、時が来れば自ずと成れるというのに。どうしてそこまで急いで、父親を殺してまで領主に成ろうとしたのか。
民の為? それもあるかもしれない。
アイツはそういう点で無闇に虐げる事を良しとするような奴じゃない。たとえ当主になろうと父親が生きていれば影響力が残り、善政などできはしない。だが、本当にそれだけなのだろうか?
正直な所、それだけのためにそこまでの行動を起こしたとは、とてもではないが考えにくい。
或いは、それさえもただの通過点だとしたら――
そんな思考はばかげていると、そもそも貴族であること自体が煩わしいと思うような人間だというのに、わざわざ貴族になる時期を早めたという事自体説明がつかないのだ。それ以上先のことなんて分かるはずもないと思考を放棄する。
彼の行動に勝手に一喜一憂して、本当に、無知で愚かな小娘そのものだ。
「……会いに、いかないのかしら?」
声を掛けられた事で不意に、近づいた足音に気付く。
その主、シリルから僅かな躊躇いと告げられた言葉に身を起こし、頭を振る。
「まだだ。まだ、今の私ではアイツの横に並べない」
魅力的な提案だ。
たった半年で、大きく状況は変わった。
会って話したいこともたくさんある。
だけどそれと同じくらいには、会いに行くことに尻込みしてしまう理由もあるのだ。
「でも年齢的にも、それに当主となった以上尚更、いつ結婚してもおかしくないわよ?」
「うっ……」
そうなのだ。
それだけが心配だった。
婚約者がいても、実際に結婚するまで確定だと言えるわけではない。だが、当主となった今は、少しでも早くに後継者を作る事も重要な責務だ。
それに、頭をよぎるのはイザークの婚約者ではなく、フィオナの顔。
あの人は頭脳も女性としても行動力も、何から何まで自分より上なのだ。
後手に回っていい相手ではない。
今こうしている間にも、イザークに対して何か仕掛けていないという保証なんてないのだから。せめて行動力くらい並ばないと話にならない。だけど焦って行動したところで結果は目に見えている。
いや、そもそもイザークは既に当主を継ぎ、自分は婿養子を迎えなければならない立場だ。
まともに考えれば選択肢に入れて良い相手ではなく、諦めるべきなのだろう。
義務として結婚をしても、恋をして結婚なんてあり得ないとそう思っていた。
ただ見ず知らずの、そして自らが実権を握れるよう立場の弱い家から婿を迎え、体だけの関係で終わらせるものだと思っていた。
だけどもう、ダメなのだ。
イザークの口から直接否定されないと、この気持ちは殺せない。
実際、結婚が叶わないのなら一夜の夢だけで良かった。認知してほしいとも思わない。そんな手段が浮かんでしまうくらい、自分はイザークに参ってしまっている。
「まったく、案外お前も不器用じゃないか……」
最後の最後に、あんな顔はズルイだろう。
あんな事を言われて、あの時どれだけ自分が傷ついたと思っている。
心が張り裂けそうなほどに、どうしようもなく辛かった。
そして、あの時の表情にどれだけ救われたと思っている。
あれほど自分を偽る事に長けたイザークが、きっとイザーク自身でも気付かない程僅かに、それでも自分でさえ悟れる程に崩れた表情。心許されているから心が零れたと思うのは、勝手な願望なのかも分からない。
だけどそれでも、あのイザークがどうでもいい相手に大切な物を隠しきれないなんて事はありえない。
あの日、ダメなら諦めようと思っていた。
だけど駄目だった。
どうしたって、諦められない。
やっぱり自分は不器用なままで、彼は優しくも孤高のままだったから。
ただただ力になりたいと、そう思うのだ。
そんなリヴィアをシリルはただ、痛む心を殺して見つめる。
どう見てもまだ、リヴィアの心にはイザークの影がある。
振り払えない幻想に因われている姿は見ているだけで辛い。
だけど同時に、今の自分には何もできない。何一つ、力になることはできないのだ。
だから、頼まれていた事を淡々と報告する。
「リヴィア、イザークの事だけど、領主としてかなり上手くやっているようよ。領民の人気は高く、大量の山賊を討ち取ったから治安も改善、商人の往来も活発化しているようね」
それだけの事を聞いて、リヴィアは嬉しそうに微笑む。
だけど同時に、ほんの僅か、影がよぎった。
「なにせ通行料をとらない、なんて今までにない事をしているんだもの。多少の遠回りになっても多くの商人が彼の領地を通過しようとするわ。しかし宿屋や旅に必要な物を売っているお店などでお金を落とす。かなりのリスクがあるように見えて、でも実際に計算してみれば大きく得をしているようね。本当に盲点だったわ」
たとえ本人に民を助けたいと言う気持ちがあっても、それだけで上手くいくほど領地経営は簡単ではない。
だが、大ナタを振るいながらも、上手くかじ取りをしているようだ。
それが、心底腹立たしい。
それだけの事を思いつき、実際にやってのける手腕がありながら、どうしてリヴィアはこうなったのか。
イザークならば、もっと良い終わらせ方が出来たのではないか。
そう思うだけで、やはりどうあっても憎らしいのだ。
「シリル」
「……何かしら?」
思わずハッとする。
静かな声だった。
だけど、強い声だった。
「私は決めたぞ」
「なにを、かしら?」
「強くなる。そのために、私は父様の後を継ぐ」
分かり切っていたはずの事を、改めて宣誓するリヴィア。
だけどその意味を、理解出来ないはずがない。
本当の意味で、もうとっくに強くなったのだと。そしてこれからもっと強くなるのだろうという事だけは、嫌でも理解出来た。
「父様、頼みがあります」
立ち止まれない。
イザークが領主としての務めを果たしている。
もし、何らかのそれ以上を求めているのであれば、今のままでさえ離れている距離が、立ち止まっていてはすぐに置いて行かれるだろう。
騎士としてではなく、貴族として。
無知で愚かな小娘だとしても、決して夢見る乙女などではない。
今は未熟で分からない事ばかりだが、それでもあの日、あいつなりの気を遣われた事くらいは分かるから。人の事を散々不器用だの短絡的だのと言っておきながら、アイツだって不器用じゃないか。そう思うと、随分と久しぶりにおかしく思えてきた。
言うつもりがないなら、それでいい。もっと、もっともっと強くなって、イザークと同じ視点に立った時に見える景色が何なのか理解できるように。
あの時のように、隣にはいられないかもしれない。
いや、あの時でさえ、隣にいると独りよがりに思っていただけだったかもしれない。
それでもいつかイザークと再会した時に胸を張って自分は強くなったんだと言えるくらいには、強くなりたいのだ。
大きすぎる借りを、少しでも返せるように。
「私に足りない物全てを教えてください」
あの時言えなかった言葉を言うために。
そして何より、聞かせてくれなかった言葉を、今度こそ聞かせてもらうために――




