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異世界における革命軍の創り方  作者: 吉本ヒロ
4章 15歳、王国内乱編
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恋と愛3





「…………なあ、俺、何かしたか?」

「なにも」



昨日同様俺の先を歩き、堂々と寝室に入ったアーシェスにようやく意を決して話しかける。


とはいえ、話しかけておきながら聞こえてほしくないという思いのせいで、情けなくもぼそぼそと呟くような声になってしまったのも仕方がないだろう。が、その願いも虚しく、静かな部屋ではしっかりとその耳に届いたようで明確な返事が返ってくる。


話しかけたのも結局、意を決したというより、時間制限が来たから仕方なく話しかけたというのが現実だが。


それにしても、何もしていないと否定しておきながら、しかしどう見ても不機嫌そうにしか見えないのはなぜか。



このまま何もなかった事にしたいと、その話題に触れてはならないという思いは、しかしいずれにせよ避けては通れないのだからとねじ伏せ、とは言え相変わらず情けなくも小声で続ける。



「いや、でも、ほら……」

「何もしておらぬと言っておるじゃろう」



ほら、やっぱりこうなった。

その声も態度も不機嫌そのもの。どうやら言葉では否定するくせに、不機嫌そのものの態度を隠すつもりはないらしい。



「だったら……」


「じゃから、なぜ何もせんのじゃ!」



「…………は?」



「妾がこうしておるのじゃぞ! なぜ男でありながら襲わんのじゃ!!」


「……………………ええと、そういう事……なのか?」



初めは何を言っているのか分からないせいでフリーズした思考でも、そんな叫びと共に詰め寄られてしまえば、捻くれ者だと言われている自分でさえ曲解しようもない。

意識しないようにしていた薄く、露出の多いナイトドレスが今まで以上に扇情的に見える。



「お主はいつもそうじゃ! バカみたいにとんでもない事を平然とやっておきながら、誰でも分かるようなこういう時に一歩退いて自ら動こうとせぬ! 男なら、したい事をすれば良いじゃろう!!」



そう言われてもお互い年齢相応に積み上げてきたかどうかはともかく、実際精神年齢が高いだとかお互いの立場とかそういった理由から、正直なところ内心引け目を感じていないわけでもないのだ。



「いや、あの、アーシェス近――」


「そもそもなぜ、昨日あれほどいつでも良いというサインを出して気付かぬのじゃ!!」



だからズカズカと詰め寄られると体が触れ合うほどの距離に迫り、だというのに止まる気配がないから自然とそのままに退がり、しかし距離が空く間もなく詰められるから何歩も退がり続け、いつの間にか自分でも気付かない程退がり過ぎた足はベッドに引っかかってそのまま背中から倒れ込んだ。

そんな自分の上にアーシェスは逃さないとばかりに馬乗りになる。



「…………ええと、まずはあれだ。落ちつこうか」



そんなアーシェスを力ずくで撥ね退けるわけにもいかないため、もはや完全に逃げ場をなくしてしまったイザークは必死で頭を回転させるが、出てきたのはつまらない時間稼ぎの言葉だけ。

唯一まともに思いついたのは時間稼ぎの間にさらに詰められるのは不味いからと、押し留めるためにその両肩に手を置いた事くらい。



「妾は至極冷静じゃ」


「いや……だけど……」



自棄になったり、酔っ払ったからではないようだが、どうにも勢いに任せて自ら暴走したような雰囲気があるのだ。それに目が据わっている。が、それを言った所で聞く耳を持っているとは思えない。



「お主は色々言いたい事があるようじゃが……」


「…………」



どうやら俺の目は口ほどに物を言うらしい。



「少なくともこの事に関しては常日頃から何度も考えてきたのじゃ。じゃから問題など何もない。むしろ、そう言うお主の方こそ落ち着いたらどうじゃ」


「いや、俺は落ち着いてるぞ。いきなりこんな事になって多少あれだが、半周回ってちゃんと落ち着いている」


「…………」



どうにも言動がちょっとおかしくなった気がしなくもない。アーシェスから呆れたような視線が送られてくるが、いや実際、突然こんな風に迫られて落ちつけるわけがないだろう。

と言うか同性の視線でさえ惹きつけてしまうほどのアーシェスとこんな状況になって、緊張しない奴なんているはずがない。



「…………ええと、あれだほら……そうだ! 革命軍を提唱した人間である俺がハイエルフであるアーシェスを抱いたって言ったら、外聞と言うか士気と言うか体裁があまりよろしくないんじゃ……」



そうだ。


大義ならこっちにある。


とっさに思いついた言い訳にしては、中々に上出来と言える部類だ。


こんな時にまで想いとは裏腹に、必死に逃げ回る自分は捻くれ者だと言われても否定できないなと密かに思う。が、実際色々とよろしくないのだからしょうがない。



「エルフと人間が愛し合っているのなら、それは象徴と言うものじゃ。これから集まってくる全種族が人間であるお主を信頼するとっかかりとなろう。だからむしろ、皆に愛し合っていると見せつけてやれば良い」

「うぐっ」



だから割と自信のあった言い訳がまさかこんなに簡単に論破されるとは思わず、呻いてしまう姿を見られてアーシェスの顔に優位に立った者特有の嗜虐的な笑みが浮かぶ。

ああ、だけどそんな表情も悪くないと思ってしまう辺り、自分はもうダメなのかもしれない。



「いや、でももしあの……あれだ。めしべとおしべと言うか、その……出来たら困るだろ?」

「なぜエルフが人間の性奴隷とされているか、お主が知らんはずなかろう。それに万が一出来たとしても、蜂起するのは早くて数年後だと聞いておるが?」

「いや、まあ……」



アーシェスの言うとおり人間とエルフは両者の種族が違うためか、元々エルフ同士でさえ五~十年に一人と言われている程子供は出来にくい。そして当然のことながら人間とでは更に確率は落ち、実質出来ないと言われている程に出来にくいのも無理はない。無論子供が出来ないわけではないが、限りなくゼロに近いのだ。



指揮官として一通りの教育も施していたのが、こんな所で裏目に出るとは思わなかった。次々と退路を塞がれ、割と本音混じりの言葉さえ容易に論破されてしまう。



「…………」

「…………」



「まったく、本当にお主という男は…………」



往生際の悪さに少しばかり呆れたとばかりに、アーシェスは溜め息を一つ。

だけどすぐにそれすら愛おしいと、温かい苦笑を零す。


結局、そのまま何も言えないまま過ぎる時間に痺れを切らしたか、そっと両手で肩を抑えている内の片手を包み込まれる。決して力が入っているわけではないその両手は、しかし抗いがたい力を以ってその胸にゆっくり導かれた。



「この身は全て、お主のものじゃ。ここに詰まっておるものは全て、お主にもらったものじゃ。こうして触れ合う事が出来るのは、この心臓の音は、生きているという実感は、何物にも代え難いこの気持ちは、全部お主にもらったものじゃ。全て、思いもしなかった温もり全部、お主がくれたのじゃ」


「…………おれは――」



これだけ言われて、この期に及んでまだ、迷う。

抱えているもの全て言うべきなのか。言ってもいいのか。

その迷いはアーシェスにも伝わった。



「知っておるよ。この後に及んでまだ妾にも隠しごとをしておる事くらい。じゃが、それを言うよう強要するつもりはない。そんな事などお主の言いたい時に言えば良いのじゃ」

「アーシェス……」



だけどそんな事はどうでもいいとばかりに、アーシェスは続ける。



「独りで勝手に、見失ってしまうほど先を行くくせに、傍で見ておらんとボロボロに傷ついて倒れるくらいに色々と抱え込んでしまう。合理的で現実主義で誰よりも頭が良いくせに、馬鹿みたいに信じられないくらいの理想主義者じゃ。それでも、いや、だからこそ救われた者は多く、これから救われる者はもっと多い。お主しかおらぬ。お主以外に、それを成し遂げられると信じられる者も、この身を任せたいと思う者も、お主以外におらぬのじゃ」



それは容赦のない追い打ちでもあった。

自分でも気付かぬうちに、アーシェスを抑えていた手の力はとっくに抜け落ちていた。



「出来れば、お主の方からも言ってほしいのじゃ……」



さすがに、ここまでお膳立てされていればアーシェスがどんな言葉を望んでいるのかくらいは分かる。

と言うかそもそもいい加減逃げるのにも限界があるし、なによりここまでされて逃げるのは男として情けないにもほどがある。



だから――





「…………ああ、好きだよ」




最初の一言くらい、ぶっきらぼうになるのだけは仕方がないだろう。

これはどうしようもなく自分の負けなのだし、アーシェスにこの言葉を言うつもりはなかった。ただ、アーシェスの言葉で、その行動で、それだけ抑えが利かなくなってしまっただけなのだ。


言いたい事なら、言うべき事ならいっぱいあった。


それは口にしたくない言葉であり、頑なに心の奥底にしまい続けた本音。


アーシェスはハイエルフだ。千年を生きるハイエルフの、それも王族が、俺のような百年も生きられない人間を選んで良いのかという事も、俺が全ての種族の希望を背負って立てるほどの英雄なんかじゃない事も。他にもたくさん聞きたくて、そして口にしたくない事があった。


傷つける事を恐れたし、こんな形で傷つきたくもなかった。だから一線だけは踏み越えないようにしていたというのに。


ああでも、きっと何を言っても無駄だろう。今は何を言っても、彼女に言い負かされる確信がある。俺はアーシェスに勝てない。自分自身が理屈ではなく感情で負ける事を望んでしまっているのだ。それほどまでに、どうしようもないほどに、俺は彼女に参ってしまっている。


そして小さく息を吐く。


余計な考えや意地を全部吐き出して、気持ちを改める。さすがにこの言葉をあんな態度で言って終わらせたくはないから――




「好きだよ。ずっと、そうだった」




だから言葉を重ねる。

今度は真摯に、心の底から湧きあがるがままに。

そして、それだけで十分だった。




「…………ようやく、じゃな。ようやくお主の口からその言葉が聞けた」




ほっと一息つくように、きっと本人でさえ意図せずに零した言葉。

本当に自分のことながら情けないし、知らない所で余計な負担を掛けてしまったんじゃないかという罪の意識が過ったが、それさえも一瞬の事。心から零れた小さな笑み、その安堵した表情に、そんな思考やしょうもないプライドはあっけなく吹き飛ばされる。


そしてふと思う。


いつからそうだったのかと。


そういえばいつからアーシェスの事を気にするようになったのかと。


いつの間にか好きになっていたから良く分からない。


だから過去の記憶を掘り返した。


近い物なら幾つも行き当たったが、決定的な物はなんだったのか。


そうして行き当たったモノがあまりにも予想外と言えば予想外で、しかし実際それはすとんと、あまりにも自然と腑に落ちたものだったから。


こんな時に思わず苦笑が零れた。


その行動があまりに自分らしくなくて、精神が体に引き摺られたとか色々言いたい事はあるけど。普通ならばすぐに気付くほど不自然だったと言うのに、今更になって気付くのだ。


おかしくならないわけがない。


俺はずっと、初めて会ったあの時から――





「――――ああ、今思えば、多分一目ぼれだった」





「…………は? な、あっ、〰〰〰〰っ!!」





――ずっと彼女に参ってしまっていたのだ。





それを聞いたアーシェスの表情は、一言では言い表せない程に様々に入り乱れた複雑な、百面相とも言える表情。


最初だけきょとんとしたかと思えば、後は驚愕、羞恥、歓喜、怒り、あらゆるものが混ざった何とも言えない複雑な顔だった。




「おっ、おぬし、あ、っ、……………………ば、バカじゃ!」





結局怒る事にしたらしい。



「そ、それにた、多分とはなんじゃ、多分とは! それほど大事な事なのに、なぜはっきりと覚えておらぬ! そ、それにそれほど昔からなら、あれほどずっと待っておったというのになぜ手を出さなかったのじゃ!」



でもそれはどう見ても照れ隠しで、ぴくぴくと動く耳は先端まで真っ赤に染まる。思わずそんなアーシェスに苦笑の色を強める。実際、言いたい事は分かる。普通一目ぼれなんて余程の衝撃を受けなければならず、それほどのものなら忘れられるはずがないのだから。



だけどそれは仕方がないだろう。何せ――



「いや、それはアーシェスが悪い」


「な、この期に及んで人のせいじゃと! お主はやはり最低じゃ!」



本当におかしくて何も言い返せず、ただただ笑ってばかりになってしまう。

そんな俺に八つ当たり気味に、あれだけ真っ直ぐに気持ちを告白したくせに、それを誤魔化すかのように怒っているアーシェスがおかしくて、とうとう声を上げて笑った。



だけどあの鮮烈なまでの黄金色の衝撃が恋に落ちるよりも早く、そして強くこの心を打ったのだ。だから、自分はその瞬間に彼女に対して惚れたのかどうかなんて事に気付きもせず、それが恋心かどうかさえ分からないのだ。



ただ思い返してみれば果たして当時の自分は、転生をして自分の事ばかりを考えていたあの頃の自分は、実際にそこまでしてアーシェスを助けようと思ったかという事だ。



無論、同情はしただろう。間違いなく、哀れには思っただろう。アーシェスやその周辺の者達、自分の手の届く範囲でなら、陰ながら庇護する事くらいはしたかもしれない。



だけど――



だけど革命をしようなどと大それたことを本気で実行しようと思っただろうかと。



ああでも、これ以上はあまりにも愚かしくて青臭く、そして何より恥ずかしい想いを直視しなければならないために余計な推測で深く追求するのはやめておこう。



「アーシェス、好きだ」


「……本当に、お主は最低じゃ」



ようやく収まった笑いの代わりに、また想いを言葉にする。

アーシェスの顔を真っ赤に染め、視線を逸らし、しかし口では強がる姿もたまらない。

そんなアーシェスが心を落ち着けるように深く息を吸い、吐く。


そして、もう一度息を吸って――



「妾もじゃ……」



今にも消えそうな声とは裏腹に睨みつけるようなほどに真剣な瞳が、逸らす事は許さないとまっすぐに射抜く。


一瞬の静寂を継いで続ける。



「妾もお主に救われた。希望をもらった。その強さが、優しさが、気高さが、お主の総てが――愛おしい」



そう言って、アーシェスはあらゆる闇を淡く照らし、包み込む月の光のような柔らかい笑みを浮かべる。

胸が一際強く高鳴るのを自覚させられた。


その言葉にその表情は反則だと思う。正直勿体ない気がしなくもないが、いい加減恥ずかしくなって顔を見れそうにないし、今の自分の顔がどうなってるかも分からない。そんなもの見られたくもなかったし我慢の限界だったから、そのまま力いっぱい彼女を抱きしめた。



「ぁ……」



驚きの声を上げただけで、アーシェスは抵抗も何もなくただ無言。

ああ、でもやっぱりコレはコレで恥ずかしいというかなんというか絶対さっきよりも恥ずかしい気がしないでもないというかなんかいい匂いがしてきて頭クラクラするし余計な事なんか考えられなくなってきたしさっきからアーシェスが一言も喋らないからどうしても気になってつい下の方へ顔を向ける。

そうしたら不安や期待がごちゃ混ぜになったような目で此方を見つめる目と目が交わってしまった。

アーシェスが所在なさげに身じろぐのが、体を密着させているから良く分かる。




「………………………」

「…………心臓、お主の音が聞こえるのじゃ」




沈黙に耐えかねたように零れた言葉。だけどそりゃこんな状況で心拍数上がらなかったらそれこそ男じゃないほどだから、当然と言えば当然だ。

それに、その音は二人分なのだからこっちもうるさいくらい良く聞こえる。



「…………あのな、引き下がるなら、今が最後だぞ。これ以上背中押されて、我慢なんて出来るわけない」



こんな世界一の美人を前にしてこんな風に迫られて、まして惚れた相手を前に自制心なんて保てるわけがないのだ。


だから、拒絶などされるはずがないと分かっておきながら逃げるなら逃げてくれと、最大限の理性を振り絞って僅かに拘束を緩めたが、アーシェスはスッと体を上に動かし、顔を更に前に出し、耳元でそっと囁く。






「ふん、それこそ今更じゃ。……お主がいい。妾は他の誰でもなく、お主がいいのじゃ」




だから、顔は見れない。



ただ、その長い耳は先程以上に真っ赤に染まっていたのが、夜の闇の中でも鮮明に見えた。



そしてその不敵な言葉が、だけど残った精一杯の勇気を振り絞って言ったであろう最後の言葉こそが、必死でかき集めて辛うじて形にしただけの、最後に残ったなけなしの理性を粉々に打ち砕いた。







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