カスカラ_05
走って走って、周りに誰もいなくなって……
どこかの村が見えたところで、止まった。一歩遅れてゲトーシュも止まる。すっかり上がってしまった息が治まるのを……治まる前に、ゲトーシュが僕の手を引っ張る。
「カ、カスカラ、大丈夫?! 怪我はない?!」
あの場合、危なかったのはゲトーシュのほうなんじゃないだろうか。でもとにかく、まずはゲトーシュを安心させなきゃ。
「僕は、平気だ。たった今、これだけ走ったんだ。大丈夫って証明に、ならない?」
答えつつ、頭の半分は渦巻く疑問が占めている。
あの時、ゲトーシュは僕を派遣軍の中に見付けた。だとしても、どうして一人で飛び込んできた?
「ゲトーシュ、ど……」
どうしてと口を開くより早く、ゲトーシュが畳み掛ける。
「カスカラ、びっくりしたのよ! あんなトコロに一人で立ってるんだから!」
批難混じりだ。とてもとても相手したから、心配で疲れちゃって批難しちゃう、批難。つまり、相手を大事に思っている証拠。
だけど、一人でって……?
「あの、僕がどう見えたの?」
問うたら、ゲトーシュは心配そうに僕を伺った。
「カスカラ、平気だったの? 何もなかったの? 一人で敵の……化け物の中に立ってたじゃない……」
敵? 化け物?
「化け物って……」
「カスカラ、一杯の化け物の中に紛れちゃって抜けだそうとしてたでしょ? 凄い数だったものね。私も、近くであんな沢山を見たの、初めて。目に入った瞬間、あれじゃ絶対に助からないって思った。けど、化け物はみんな逃げようとしてたからカスカラは無事だった、のかな?」
ああ、だから〝怪我はない?〟ってゲトーシュは尋ねたんだ。でも、じゃあ、もしかして、化け物って――一緒にいた派遣軍の兵士を、指してる――
「……僕は、分かったの?」
ゲトーシュはちょと怒ったように、視線を逸らす。
「ご近所さん、なんだし……幼馴染、なんだし……見間違えたり、しないもの」
しまった、別の意味に取られてる!
「もちろん、僕にも一目でゲトーシュが分かったよ! そういう意味で言ったんじゃないんだ! あの場所……えーと、あの状況が〝ゲトーシュにどう見えていたか〟、聞きたかっただけなんだ。えっと、その、僕の他には誰も、見なかった? 人――人間は、いなかった?」
ゲトーシュは痛ましそうに、首を否定に振る。……また、誤解をされたみたいだ。
「誰も……カスカラ一人だった……」
なんとか、表情を平坦に保つ。
「そ、そう。誰も、見なかったんだ……見えなかったんだ……」
えっと。答が、見えてきた気がする。反乱軍の女の人たちは無差別に肉親さえ攻撃したけれど、それって、つまり、女の人たちにはこちら側がぜーんぶ化け物に見えていたから、じゃないかな。……でも、なら、どうして僕は、〝当たり前〟に見えたんだろう?
……駄目だ。僕程度が考えても、解答は見付からない。
「カスカラ、どうしてあんな場所にいたの? 今、何してるの?」
畳み込まれて、つい〝本当〟を漏らす。
「僕は今、召集されて、軍隊にいるんだ」
ゲトーシュが嬉しそうになった。
「じゃあ、カスカラも敵と戦ってるのね! それで、あそこにいたんだ」
〝も〟?
「あの……ゲトーシュは今、どうしてるの?」
ゲトーシュが〝あ、仕舞ったわ〟という貌になる。
「そっか……そうよね。私も、カスカラがどうしてるか、今まで知らなかったんだもの。あのね。私は、エーメリカ王女様と一緒にいるの」
「王女様と、一緒に……あの、ゲトーシュ。もっと詳しく訊いて、いいかな? 今、この国は混乱してるじゃないか。だから、僕等には、仲間について以外はハッキリが判らないんだ」
「ええ」とにこやかに頷き、ゲトーシュは話し始めた。
「あの日、あの時」
さっそく解らない。
「あの日って、いつかな?」
「国中に化け物が現われた日よ」
多分、王女様が反乱を起こして王都に光の柱が出現した日だろう。
「あの日、ね。どこも誰も、まず慌ててたそうなの。でも、エーメリカ王女様は真っ先に対抗されたのよ。国中から私たちが集められて、王女様から力を与えられた。それから、私たちはずっと戦ってるの」
疾しさも後ろ向きさも、少しもなし。誇らし気ですらあった。
「確認させてもうらうけど、その〝集められた〟のが、ゲトーシュと、ゲトーシュと同じ格好をした女の人たち?」
「そうよ。魔法を与える王女様のもとには、女の人を選んで集めたんですって」
そうか……操られてたって、どうして女の人たちが〝あそこまで王女様に従ってるんだろう〟って、誰もが疑問だったんだ。
女の人たちは〝反乱してる〟なんて思ってない。〝正しい事をしてる〟って思ってる。しかも、こっちが化け物に見えてるんじゃ……
口籠っていると、心配そうに左右を見ていたゲトーシュが口を開く。
「カスカラ。また、化け物が出るかもしれない。私の仲間のところへ行きましょう」
「ゲトーシュの仲間って……王女様の軍へ?」
「ええ」
「それは駄目だ!」
強く否定してしまった僕を、ゲトーシュがビックリして見ている。しまった、何とかフォローしないと。
それに、せっかくゲトーシュを見付けたのだ。別れたくないし、魔法を解きたいし! 王女様のもとには戻したくない。このまま一緒に、派遣軍に……それも、駄目か。ゲトーシュはさっき、兵士を攻撃しようとしたじゃないか。
破綻しないようになるべく嘘は吐かず、でもゲトーシュに納得してもらえそうな作り事を探した。
「その……ゲトーシュ。僕は、大事な任務で、仲間と連絡を取らなきゃならないんだ。もう、命令とか関係なくて〝これが出来なかったら先がないってくらい大事〟に関して」
「だから、カスカラは一人であんな危ない場所にいたの」
「うん。たまたま近くに、地面が抉れるくらいの大きな魔法が当たったんだ。逃げる連中に巻き込まれちゃって」
自分のせいじゃないのに、ゲトーシュは申し訳なさそうになる。
「それ、レートさんだわ。あの人は、剣も使えるから……」
どうして〝剣も使える〟と〝強力〟なのかは、不明。それどころじゃない。
「だから、これから、その〝続き〟をしなきゃと、思うんだけど……」
「えっと……あの、それじゃ……」
ゲトーシュがもじもじと右を見て左を見る。
しまった! この流れだと、僕とゲトーシュはこの場で別れるんだ。ゲトーシュは王女様のもとに戻る。それは駄目だ!
「あの、ゲトーシュ!」
「はいっ!」
「ゲトーシュも、僕と一緒にいて! 王女様の軍には戻らず、離れないで! えっと、ほら、さっき! 僕とゲトーシュが一緒に逃げたのを、僕の周りにいた者たちに見られているだろう?! 別れたあと、ゲトーシュだけが狙われてどうにかなったなんて、絶対に嫌だ! ここで別れたら、荒れ地を仲間がいる場所まで一人切りで戻るんだ。一人になったら、僕もゲトーシュも背中がガラ空きじゃないか。魔術ができたって、背中から襲われたら、やられる。心配なんだ! 一緒にいてくれ!」
一気に言い切ったあと、冷や冷やしながらゲトーシュの返答を待った。いちおう筋が通った理屈を並べられたと思うけれど。
ゲトーシュは俯いて……なんか、赤くなってる。非常時に不謹慎だけど、可憐だ……
「あ、有り難う。うん、私、カスカラと行く……」
「良かった! とうぶん一緒だよ!」
安堵で僕は緊張が抜け、何故かゲトーシュはますます赤くなる。
「そ、それで。これから何処へ行くの?」
咄嗟に、視界の隅に見えていた村を指した。
「取り敢えず、そこの村へ」
「それでカスカラはこっちに走ってきたのね」
「うん……それじゃ、行こうか」
頷いて、歩き出そうとする。でも、ゲトーシュは立ったままだ。
「ゲトーシュ、どうしたの?」
不安になって呼び掛ける。まさか、嘘がバレたんじゃ……
「あの……手……」
「は? て? 何のこ――あ……」
視線を落として、気付いた。僕はずっとゲトーシュの手首を握ったままだった。